第191部 トチェフのブドウ祭り
1249年10月1日 ポーランド・トチェフ村
*)ワインブドウの搾汁機
「カロリーナ。ワインブドウの搾汁機のアイデアはまだ出ないのか!」
「昨日出したでしょうが!」
「あれはブドウを潰すだけだろう。搾汁とは、だな。」
「あれでいいでしょう? ジューシーな果汁が取れるのですもの。まだ何か!」
「あぁそうだとも。果皮と果肉が残る樽の残滓を搾る機械が欲しいのだよ。」
「それ、自分で考えて頂戴よ。四歳の娘には出来ない相談だからね。」
「タライに穴を空けて重しで搾れってか!」
「それでいいでしょう? だいたいね、フリーラン果汁とは昨日のブドウを潰す過程で出る果汁が最高の品質になるのよ。それをなんですか、圧を掛けて全部を搾り取るとは、果皮のタンニンの量が果汁に含まれる事になるの。もうお判りかしら。」
「あの、果皮の苦い成分は混ぜたらいけないのか!」
「赤ワインの渋味成分がタンニンなの。在れば身体にはいいかも知れないけれどもね。それだけ美味しくなくなるのよ。」
「分かった。今まで通りのタライに重しで造ることにする。」
いまいちワインの製造方法が理解できないオレグであった。
「果皮ともども発酵させて何が悪い!」
雑菌が多く混じって良くない。色もドギツイほど色濃くなってしまう。果皮を混合する量でワインの色を決定するらしい。
「もう俺の頭はパンクした。飲んで脳みそを補充しようか。」
(そんな都合のいい機械が在るものか! このばか親父が!)とカロリーナは心で呟いている。
1249年10月3日 ポーランド・トチェフ村
*)ワイン祭り
グダニスクに居るマクシムの妻のチャカに観光客の誘引をお願いした。チャカは二つ返事で了承したが、その方法は最後まで判らなかった。明日からはトチェフ初のワイン祭りが開催される。オレグとグラマリナの宿泊所は満室になっている。オレグの息子らの家族は館でお世話になっているのだが。
気の早い連中は夕方から馬車や徒歩でトチェフの村に集まり出している。野宿になるから治安維持が大変だ。元ドイツ騎士団の男らに村の警備を一任するも、心配でならないオレグは、自らも警備の為の散歩に出ている。この風景は観光客が増えた状態で最終日の翌日まで続く予定である。
これは二日前、
「お兄さま、明日からは港の倉庫を空にしまして、ダンボールで仕切って来客を宿泊させましょうか。」
「おう、……コロナの心配もあるがリリーに任せた。」
「宿泊料金は全部、」
「あぁリリーの収益でいいぞ。俺には気を遣わなくていい。」
「はいお兄さま。では大地の魔法で三万人分の宿を造ります。」
「え”!!!!! その手が在ったのか。俺にも協力させろ!」
「べ~だめです。私独りで行います。」
「リリーさん、魔力を使ったら疲れて動けなくなろうだろ? だからさ、客の誘導は俺に任せろよ。」
「べ~””””。」
ビスワ川の河川敷には多数の簡易宿舎が建造されていた。すでにである。注目する点は中央付近に大きなパブが建設されていた。と、多数の出店も!
「あちゃ~あの女たちの計画か~! そう言えばイワンかヘンリクが何か言っていたようだが、俺も蚊帳の外に置かれていたのか。」
昨日には出店の店員もちらほらで随時商品も並びだしていた。当日からが勝負”だといわんばかりに、開催日の今日は川の港に多数の船が停泊していた。あきらかに夜中にビスワ川を遡ってきた船ばかりだ。
午前十時の祭り開催の花火は揚がらない。せいぜい館の高い搭から鐘を撞く音が鳴り響く位だった。ビスワ川に停泊していた船から多数の観客がメインの広場に集まり出す。ここでワイン乙女のダンスが始まる。多数のタライの中で綺麗に着飾った乙女たちが空に両手を伸ばし、長いスカートを摘まんではブドウを踏んで踊るように軽快に動き出す。観客はヒューヒューと指笛を鳴らして応援する。
そこは実に見事な服を仕立てたリリーだった、綺麗な脚しか見えていなかった。
それだけではなかった。午後からのブドウの足踏みの実演は悲惨だった。午前中にブドウ園から摘まれたブドウは会場に集まる。集まったのだ。これを一人の観客がタライに一房投げ入れた事から始まった。
「お~い、ここのブドウはタライに投げ入れていいそうだ!」
「おう、スカッと気持ち良くなるぜ、お前も投げろよ!」
「そうか~じゃぁ、俺もかわいこちゃんに当たらないように投げようか!」
大勢が投げれば当然中の乙女にも当たってしまう。
「きゃ~いや~だめ~!!!」
黄色い悲鳴がなんともかわいく聞こえる。さらにブドウを投げ入れる男どもが増えていく。これに驚いたリリーはすぐさま、ブドウを残らず召喚してオレグのワイン工場へ移動させた。
「本日のブドウの足踏みダンスは終了いたしました~!」
「ちぇもう無くなったのか。次はいつになる。」
「明日は、午後からの開催になりま~す。」
「しょうがないな~今日は泊りで酒飲むか!」
「飲食の会場はビスワ川の河川敷で~す。ワインとビールの庫出しセールが始まりま~す。海の怪獣の肉も販売中で~す!」
「これじゃ明日のブドウ踏みダンスが出来ない、どうしよう!」
「オレグ。一房のブドウを銅貨三枚で販売するのよ。そして思いっきりタライに投げさせるというのは、銅よ!」
「ソフィア、銅貨の貨を抜かして言っているのか。」
「いいじゃない。タライにはオレグが入ればいいよね。」
「ではブドウは銅貨二枚で販売。銅貨一枚は乙女に投げるで銅だろうか!」
「それいいわ。ぼろぼろ儲かるわ!」
「そうか、金が欲しい女をタライに入れてやればいいのだよ。此処は高級報酬が得られるのだから、村中の女が集まるだろうさ。」
オレグの目論見は大きな成果を得た。タライは十個を用意していたが、方々からは大小のタライを持った女たちが集まった。ブドウと銅貨が空から降って来るのだ。多少のブドウがぶつかる痛みは我慢が出来る。
「きゃ~、もっと投げてちょうだ~い!」
だが実際は開宴から一時間で投げ入れる男どもは無くなってしまう。当初の出だしが良かったので気を許したオレグやソフィアらの関係者。多くの者は金を切らしたのか、勿体ないと思ったのか。
「お父さん、ここは酒を飲ませて男を唆さないとお金は降ってはこないよ。」
「カロリーナ。何か名案でもあるのか。」
「うん、会場を河川敷へ変えるのよ。うんと酒を飲ませてからブドウ投げを実演すればいいのよね。今度は私も参加したい。」
「カロリーナ。お前という娘は……。」
「うん親孝行ものだよ。ね? お母さま??」
「そうよね~カロリーナは偉いね~!」
「おいおいソフィア。娘を痛めつけてでも金が欲しいのか!」
「いいえ全然。面白ければいいのよ。次は私も娘と一緒に同じタライに入ってスクエアダンスを披露してやるからね!」
「なぁソフィア。子供じみた行いは娘には毒だぜ。よせよ。」
「いいのいいのよ。子と同じ土俵に立たないと判らないこともあるのよ。今年の九州場所は中止かと思ったじゃない。」
「九州場所?? あぁそういえば福岡では開催されなかったな。」
「そうなのよね、大きなお尻が見られなくて残念だったわ。」
「そうよな、俺の尻は小さくて軽いからな。だから女房の尻に敷かれるのさ。世の男はみな尻軽さ!」
「もうオレグったら直ぐに自虐的になるのだから。今晩はくすぐってあげる。これは娘との約束なのよ。」
「??……。カロリーナの入れ知恵か!」
その日の夜は何事もなく過ぎ去った。
翌日は午前から酒とクジラの串焼きや焼き鳥が多数売りに出された。あの悪名高いYOワインが多く出された。午後の遅い時間からブドウの足踏みダンスが開催される。
「お兄さま。お兄さまは大きなタライを中央に置いて下さいな。踊り子の乙女は私が召喚してタライに配置していきます。よろしいですか?」
「可愛い女で頼みたい。できれば独身でいつでも嫁に行ける女がいい。」
「んうもう、それは明日よ、あ・し・た。今日は私が任意で送り込むわ。」
可愛い顔をしたリリーが目で嗤っている。何か恐ろしいたくらみがあるような、そうとてもいやな予感がオレグの背中を駆け上る。
「お兄さま、マジックショーの横断幕を作りました。大きく掲示して下さいな。それと開演の進行はエレナにやらせます。」
「それって、やらせ! なのか。」
リリーは口で説明しているが、すでに配役は決まっていたのか、次々に開演の進行が行われていた。細長いタライがひっくり返されたら、中にはエレナが当初から入っていたかのごとく、綺麗な衣装で姿を現す。
「は~い! 今日は皆様お待ち金のブドウ投げ大会になりました。ブドウ乙女は人房が金貨一枚で出演の権利をお売りいたします。今日の金儲けにタライに入りませんか? 今日は金貨一枚でオーナータライでお金が稼げますよ~!」
「私、払う。是非とも入りたいわ!」
「きゃ~私もお願い。金貨二枚で親子でおねが~い!」
「はいはい次はございませんか!……はいそこの乙女! どうぞ~!」
「ええ~私~!!」
「はい、今回の大会で一番稼いだ乙女には、賞金・金貨二枚を進呈!」
「キャ~! 私、応募したい!」x20
「はいは~い参加費は私に払ってね~! 後は自由にタライを選んで~すぐに開演にしますよ~!」
「男のあんたはダ~メ。乙女だけだからね!」
「ケッ!」
「あなたは親子だから向こうの大きいタライでいいよ、早く行かないとタライは売り切れちゃうね~!」x2
「キャ~! はい金貨一枚ね!」x17
会場では籠にブドウを入れて売り歩く子供たち。
「ブドウ~ひと房銅貨三枚だよう~!」x10
会場のブドウ売り子は十人が用意されていた。これにはグ~の音も出ないオレ*だった。
「おいリリー、これはいったいなんの出し物だい。」
「ただのお金稼ぎよ。こうやって人々の憂さ晴らしのお手伝いが出来るのも、世が乱れているからなのよね~!」
先ほどリリーが言ったマジックショーの横断幕には、次の文言が!
「世紀末を楽しく乗り切る、ブドウ投げコンテスト。賞金あり!!」だった。
「なぁリリー。これを考えたのがチャカだとは思うのだけれども、本当にそうなのか?」
「あぁ、あのおば様はグダニスクからの船と馬車の手配だけです。あの強欲には儲けさせたくはありませんもの。みんな、や・かしまし娘が考えて実行したまでです。」
「じゃぁ、グラマリナが黙ってはいなだろうが。」
「あのおば様はコーパルを握らせて黙らせました。ほら、向こうの隅っこで出店に「コーパル販売中!」と看板が出ていますでしょう?」
「ああ??……あそこか。随分と目立たない処だな。その奥の建物は?」
「そこがいいのですよ。お金持ちは他人から買い物している処を見られたくはないのです。たぶん、大いに繁盛してるかと思いますわ! お兄さまは卸し販売に声を掛けたらどうですか? 奥の建物は秘密です。」
「そうだな、船から持ってくるか。……?? いやいやそうではないだろうが。俺は倉庫から酒と肉を供給する役目があるんだ。とんだ番狂わせの出し物だぜ! それで秘密とはなんだ。」
「うふふふ……。内緒です!」
オレグが倉庫に戻ったら大騒ぎになっていたのだった。倉庫の前には大勢の村の者が集まっていた。
「おいどうしたんだ。」
「あ! 旦那。今探していた所です。旦那の家族が地下の冷凍庫で死んでいたのを見つけて、今引き上げたのです。ほらこの二人。」
「あいや~ミケル、……ラース。こんなに哀れな姿になりはてて……。」
「旦那、今ならまだ間に合うかもしれません。」
「あ、そうだな。銭湯の湯船に入れてやるか。元に膨らむかもな!」
「はい、では旦那。大八車!」
「俺が?…………。」
「はい親でしょうが!…………?」
いち迅の風が空から吹き付ける。村人は恐れ慄いて逃げていく。
「あらあらどうしたのです。」
「グワハハハ……。」
「あれま~、女王さまとゴンドラ!」
「そこの二人。冷たくて旨そうだ。」
「そうね、よく肥えた大きなねずみですよ。ゴンドラが食べたらお腹を壊すわよ。食い気を外して早く銭湯へ運んでやりなさい。」
「おう任せろ。オレグは一人で走って来い!」
「ゴンドラ。村の連中を驚かすではないぞ。」
「もう遅いわい。すでに全員が逃げておる。」
「あちゃ~!!」
「ごめんなさいね。オレグがあんまり面白そうなイベントをしている処を見つけてしまったものだから、つい。」
「なにが、ついですか! 遠くで舞い降りたらよろしいでしょうが。」
「それで良かったのかしら?? あ~んんん??」
「いいえ今日は助かりました。次回も適宜参戦をお願いします。」
「ほぇ、次の戦争はどこで?」
「エストニアの予定です。あ、すみません。息子たちの処へ!」
「はいはい、私もタライに入って身を清めておきます。」
「おっ、と。め立ちますがな。」
「おっ、と、め、ですよ? オレグは銭湯でのんびりと過ごして下さい。」
「トチェフの村を混乱に落とさないでくださいよ、お願いします。」
「はいはいくれぐれも、自重いたします。」
「いいえドラゴンにです。あれは飛ぶだけで村が飛んでしまいますから。」
オレグはグラマリナの銭湯で二人の息子に説教を始めた。
「お父さん、もういたしませんから解放して下さい。」
「ホントかぁ~? かいほう~!」
オレグからしたらここでのんびりと過ごしている訳にはいかない。
「お前ら手伝え!」
「アイアイサー!」
「もう空から災いは降ってはこないだろうな!」
「お~い、港に船が着いたぞ~!」
「なんだ? まだ船が来るのか!」
「旦那、大変です。船に港が!」
「どうした、誰が来たのだ。船に港だな!」
「船に港??……いいえ、あ、すみません慌てていました。領主さまですあのグダニスクの領主さまが来ました。」
「・・・・・・・・・・・?????????」
「旦那?」
「あぁもしかして、もしかすると!」
「急いでお迎えを!……さぁお早く。」
「港にはグラマリナさまが居られるからいいだろう。ここは歓迎用の食材を選んで運ぶとするか。」
「そんな悠長な!」
グラマリナの様子が変化する。グダニスクの領主と言えば公爵になる。男子の位では会えないはず。アレクサンドラ公である。
「旦那、男と子の爵を混ぜたらあきまへん。旦那は公爵さまでしょうが?」
「あぁエセ! が前に付くのだがな。さ~てどうするかな。」
*)降って沸いた銅貨とグラマリナの?
オレグはあ~だ、こ~だ! と考えながらゆっくりと歩を進めて港に着いた。港では多数の船がビスワ川に流されている。これはこれで大変な事件なのだが、相手が公爵さまではどうしようもない。船は途中の浅瀬に座礁しているだろうから沈没の心配はいらない。小船で移動しながら持ち舟を探せばいいだけだ。オレグの予想通りにグラマリナがアレクサンドラ公とその息子をもてなしていた。あのグラマリナの店の奥にある建物の前でだが。
リリーの横には居る筈もないチャカがマクシムと共に立ち話をしている。
「はは~んチャカが黒幕か! でも、なんでアレクサンドラ公を連れて来たんだろうか。俺も参戦するか。」
この港の様子にラースとミケルは身を引く。港の広場では騒ぎが収まり静かになっていた。
「グラマリナ。驚かせてすまなかった。民には祭りを続けさせてくれないか。この箱いっぱいにドウカとは思ったが銅貨を詰めてきた。これを空からばら撒いてやってくれ。」
「まぁこのような、勿体無い。私が…、いいえ、直ぐに手配いたします。ですが、驚かれないで下さいませ。」
「公爵に驚く事は存在せぬ。で、何でだ!」
「はい、トチェフの守護神さまが空に舞っておられます。あのドラゴンに頼んで銅貨を降らせてみせます。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「アレクサンドラ公爵さま? さま? 様!」
「あ、いや、なんでもない。あれがドラゴンなのか。どうやって創って空を飛ばしているのだ。」
「本物ですわ。ほら、あそこのヴァンダ女王さまが。」
「ゲゲ、亡霊だろうが!」
「いいえ、本物でございます。その娘は、ほら、私の後ろに立っていますソワレといいますが、齢二百歳になります。」
「俺は船でYOワインを飲みすぎたようだ、部屋に案内してはくれぬか。」
「まぁYOワインを! あれは飲むものではありません。次回からはもう、」
「あぁそうするよ。それからこれは俺の息子だ、よろしくな。」
グラマリナはうっとりとした表情で、
「はい、ボレスワフさま!」
「お前、息子を知っているのか。」
「あ、いいえ、お名前だけでございます。」
と慌てて打ち消していた。ボレスワフという男もまた、グラマリナを前にして頬を赤らめていた。随分と長く会っていなかったのだろうか。
「なんですか、ボレスワフさまもYOワインを飲まれたのでしょうか?」
「あぁそうなんだ。旨そうなワインのラベルだったから、ついつまみ食いをしてしまった。濃くて旨い味だったぞ。」
「飲みすぎましたら、お命が無くなる危険もございます。公爵さまは別としまして、ボレスワフさまはもう飲まれませんように。」
「それはどうしてだ。」
「それは秘密でございます。後は創りましたルイ・カーン公爵さまに尋ねられて下さい。」
港の広場では銅貨が多数降ってきて、歓声と共にまたワイン乙女にぶつけるブドウ祭りが再開された。人々はブドウから銅貨に持ち替えて投げる。
「きゃ~……もっと私に哀の銅貨を!!」
これを叫んだソフィアの娘に賞金が渡された。服が一番ブドウ色に染まってもいたらしい。が、事実は投げ銭も一番多かった。
「お母さんが私を盾にするからでしょうが!」
「カロリーア。ヴァイオリンの音色がとても素晴らしかったわ!」
んな、バカな!