第186部 オレグとアンナの姦計はいかに!
1249年8月18日 スウェーデン・マルメ
*)ヴァイキングとの戦い、二戦目
あらぬ言いがかりを付けられたアンナ妃は、ボコられながも言いだしっぺのヴァンダ女王を睨みつけている。
「なんで私がボコられなくてはならないのよ。あんまりだわ。私がスウェーデン王国に帰った暁には、お前たちを呪ってやるからね、覚えておけ!」
「アンナさんよ、呪うのはいつでもできるだろうが、それがどうして帰宅後に呪うのさ。今からでもいいよ! 大いにどうぞ!」
ヴァンダ女王がアンナ妃をからかっている。というか、アンナ妃を激怒させようとしているようだった。人は理不尽な言いがかりを受けてたら激怒して、あらぬ事をつい口を突いて出てしまう生き物だ。よほどの徳のある者か、訓練を受けた者でしか対応が出来ないだろうか。
船倉の一室で白熱したやり取りが続いている時に、
「ワッ!」「きゃ!」「おっとと!」「ドテ!」「バタン!」
船が大きく右に傾いた。テーブルの上は綺麗に片付き、逆に床が大きく食器やワインが散乱してしまった。
「なんだい、ヴァイキングの襲撃か!」
「あ、すまない。俺がエストニアへ帰るように指示したから、船が方向転換しているんだ。ボブ船長から言われていたよ。……どうも、すんまっせん!」
直ぐにまた船は右に大きく傾いた。二度目の方向転換である。この二回の転回で東に向いて帰港先のエストニアへ向かう。
「公爵さま、船長にはどういう指示をだしたんだ、あたしゃぁまた死にたくはないよ。転んで尻を売ってコブを作ったよ。」
「私はヴァンダ女王から大きなコブを買ったよ。こんなもんアンナ妃に結び付けて海に流すよ。きっと大きなクジラが食いつくだろうよ。」
「序に極太のロープも結んでおくか、釣り上げようぜ。ぎゃはぎゃは・ァハハ!」
「ゴンドラ、それいい考えだぜ。空飛んでクジラを見つけろよ。」
「おう任せておけ。」
船は方向転換が済んだので右に陸地が見えている。先ほどまでバルト海の中央を帆走していたから回転の確認が出来た。皆が甲板に上がって確認した。
この日は陸地の入り江に停泊して夜を過ごした。珍しい。クルーが多いと夜中も通しで航海するものだが。海岸線が切り立っていて入り江は崖になっている。だから陸地よりの襲撃はありえないし、バルト海の中央からは船の小さな灯火程度では見つからない。アンナ妃の護衛兵にとっては大きな休息になるはず。
波でも揺れないように四方に碇を下ろして停泊した。しかし空荷に近いからやや高い波にはさすがの大型船も揺れてしまう。積荷のライ麦は念のために全部リリーの境界の中に保管されている。
「夜明けと共に海戦”にならなければいいのだが。」
「オレグ……だ~い丈夫だってば。このシビルさまが居る限りオレグの船は霧笛さ!」
「??……少し漢字が違うようだが?」
「そんなの気にしない。さ、オレグワインで乾杯しようぜ!」
ルイ・カーンは偽物呼ばわりのアンナ妃を会議室に閉じ込めてしまう。そうしてリリーにそのアンナ妃の荷物の中で一番高価な服に着替えさせていた。
ルイ・カーンはリリーを替え玉にして、マルメに在るスウェーデンの王宮に乗り込む予定を立てていた。
オレグの軍艦はスウェーデンのマルメへ向かっている。船長以外はは誰も知らない。今はバルト海に浮かぶゴットランド島の北に停泊している。
「リリー、アンナ妃の顔を造れるようになったか!」
「うん、もう少しだね。明日はアンナ妃に纏わりついて、性格の分析と話し方や考え方を見て覚える。顔が同じならば王宮ででも何とかなるわ。」
「そうだな、兵隊たちは誰も疑っていないし、ここは九十点を付けてもよさそうだ。」
「うんありがとう。それでスウェーデン王宮からは銀の板だけでいいのかしら。」
「だが大量の銀の在る無しは行って確認しないとな。」
「お付の従者はキルケーと黒猫姉妹と黒猫で大丈夫か!」
「うん、アンナ妃を黒猫にして案内させるわよ。」
「でもよう、あれはブタ猫に変身するんじゃないかい?」
「シュバイン・キャット。シュバキャ!だわ。」
「もっとましな名前は無いのか。」
「いいの、それ位でね。後は姿見の鏡が有ればいいわ。任せて!」
翌日の午前中のリリーは、アンナ妃に世間話から始めて王宮の家族や家臣について聞いておいた。普通に訊いても王室の事は言うはずはない。だからキルケーに頼んでアンナ妃を猫ブタに変えてもらい、そうして鏡の前に立たせたのだった。拷問のような仕打ちに落ちたアンナ妃は、解放されたい一心で何でも話してしまうのだつた。
「気位が高いと落ちるのも早いわ!」
昼食が過ぎたころになるだろうか。前方には五十艘のヴァイキングの大船団が待機していると、空高く偵察に出ているエレナから報告が届いた。ルイ・カーンはボブ船長、シビル、ゾフィと魔女の六人を集めて対策会議を始めた。会議には入れない予定のゴンドラが乱入してきた。
「おうおう、ワシもかてろ!」
「お前が居ると会議が踊る。出て行け。」
「そうか、だったら俺一人でヴァイキングを退治に行く。では……。」
「へ、ヘイヘイヘイ、待ってくれ。今お前が出たら出鱈目な海戦になってしまう。もし、数艘ものヴァイキング船を逃がしたら後が大変だからさ、居ていいよ。」
「おうすまないな。それで俺は何をするのだ。」
「その、海戦で逃がしたヴァイキング船を追跡炎上させて欲しい。今回は五十艘の全部を沈めてお宝を頂戴したいのさ。」
「敵の船に移るのは誰だい。」
「ソフィアと白黒猫の姉妹。お目付け役にソワレで行かせる。見つけたらリリーのゲートに放り込んで収納、そして帰還して終わりだ。どうだいこの作戦は、」
「オレグ、上等だぜ、気に入った。」
「おいシビル。今の俺はルイ・カーンだからな。」
「お頭、空ーンか! 今度からはカラーンと呼ぶよ。」
「あぁ分かった。明日からはオレグワインの支給はしない。ビールだけで働け。あ、あぁん??」
「はいルイ・カーンさま!」
あと半日でスウェーデンはマルの港に着くのだというのに、ヴァイキングと遭遇とは縁起でもないのだ。これがアンナ妃の素人狙いなのだろうか。お互いの腹黒は推して知るべし。見下していたら腹下しの虫下しを飲むような感じ。相手を食っても食っても太らない。この時、同僚の先輩の一言『お前、腹に虫が?……。』
この時点では、相手の腹黒な深淵の中はまだ覗いてはいない。
「戦闘開始だ!!!」