第185部 どこまででも、不仲なモノノケたち その二
ルイ・カーンにとっての魔の夜になっていた。明日の朝が怖いとオレグは部屋に逃げていった。そしてYOーワインを一本飲んで抱いて寝た。ちなみに中身はオレグワインの半分を誰かが混ぜていた物だ。
海のジューラスマーテはリリーの奇妙な呪文で無事にゾフィの元に送られた。ヴァイキングとの第二戦も勝利で収めたし、またアンナ妃には大した情報は知られてはいない。
しかしアンナ妃は本当に白熊なのか。シビュラとの睨み合いが気になる処だ。明日は朝から大変だろうか!
大嵐の予感と悪寒がするオレグだった。
1249年8月16日 スウェーデン・マルメ
*)マルメに向けて
アンナ妃にとってこの船旅は、奇奇怪怪な事件の幕開けになるはず。それは間違いない。これから起きるであろう事象が、アンナ妃にとって幸に不が付かぬよう祈るだけが、ルイ・カーンにできることか。
翌日になって不安の幕明けになったルイ・カーンは、いの一番にアンナ妃を探して回る。いくら大きい船だといっても横に十歩、縦に十八歩も歩けば海に落ちる大きさでしかない。甲板はすぐに目に入るから探す必要もないが、船倉は二段階になっている。荷物も満載で隠れる所となれば部屋だけになる。きっと朝一から船内を観察して回ったはず。どこかで疲れて眠っているとか。
船倉から少し荷物を甲板に移して就寝の空間を作った。ゴロゴロと横たわる兵の腹や尻を見るのが忍びない。無残、いや悲惨な光景に見えたであろうアンナ妃は海に身を投げておればいいのに、と願うルイ・カーンだった。
「図体がでかいんだ、隠れる所はないはずだが。階下へ行ってみるか。」
とルイ・カーンは地下三階へ降りた。ここは動力室がメインの部屋になる。ゾフィと三精霊の仕事場と寝室になる。ここに居たならばきっと服はダブダブになっているはずだが。
「おうおう、本当にここで就寝していたのか。こりゃ朝から飯の準備が大変になるだろうな。クマの着ぐるみとは少女趣味に長けている・・の・・か?」
アンナ妃の寝相を見ると、腹は異様に大きくて丸い。手足は太くて長い。アンナ妃の服をつまんで上げてみたら、身体中に布を巻きつけてあった。
「ここは館と違って寒いから、防寒で着込んだのかな。いかにもクマらしい姿に見えるのは気のせいか!」
「あ、オレグ。そこのベァは生きているとは思うが、どうかな。」
「おいゾフィ。まさか精霊さまに献上とかしてはいないだろうな。」
「昨晩はババァから抱きついて来たんだぜ、俺は止めたさ。でもな、あんなデカぶつに押されたら、勢いもあって制止できなかったんだ。しばらく放置してから横に避難させたよ。悪かったか。」
「いいや全然。これなら静かでいいだろうさ。それに精気はあまり抜けてはいないだろうさ。なんたって美食家のデブだもの。」
「でもないと思うよ。凍死しないように布を適当に巻きつけておいたから、今でも大きく見えるだけさ。」
「しゃぁないな~、あとで甲板に引き上げるか。」
「早いほうがいいよ。この部屋は居るだけで精気は抜かれるのだからさ。」
「そうだったな、すぐにサルベージするか。」
ルイ・カーンは動けそうな兵士を集めてアンナ妃を引き上げさせた。兵に甲板までアンナ妃を運ぶよう指示したら、兵の全員から顰蹙を買ってしまった。顔を歪めてアンナ妃を抱えあげようとした兵はあまりの軽さに驚いていた。
「デブの精気は海のジューラスマーテに回しておいたからな。オレグからの精気は要らないよ。」
「そりゃ良かった、ゾフィも助かったな。」
「今はな。だけどヴァイキングは今日も来るだろさ。」
「その時はゾフィの大砲で頼むな。」
「早く撃ちたいから、任せとけ。」
甲板に寝かせたアンナ妃にオレグワインと海水を掛けて復活を願う。
「お兄さま、ホットワインとお湯の方が良かったのではないですか?」
「お日様が代用してくれるさ。気にしない。あとは起きてからの飯が心配だよ。どんだけの大食らいなのかも予想がつかない。」
「出たとこ勝負でいいですよ。生き返ればいいのですから。」
「そうだな。」
船倉でくたばっていた兵士は順次甲板に集まりだした。おもに船の横から海面を見つめる者が大多数。
魔女らが朝食を用意するも、大半が残りゾフィの餌食になってしまう。
「ボブ船長、今の船速は速いほうか!」
「そうだな、通常の百三十%になるか。できるだけ早くスウェーデンのマルメに着きたいからさ。」
「この後はスウェーデンの陸地寄りで進むのか。」
「いいや。いくらスウェーデンへの親善とはいえ、見つかれば問答無用となったら堪らないもの。先方では妃が乗っているとは考えもしないよな。」
「だったらこの旗をマストに掲揚するか!」
「おいおいおい兄ちゃん。そんないいものが有るのならばもっと早く出してくれよ。今まで気を揉んで損したぜ。……ケッ、使えね~な~。」
「すまないね、いつもお役に立てなくて。」
「いつもだ、気にするな。」
「……。」
シュンとなるルイ・カーンだった。
*)バルト海クルーズのゴンドラとヴァンダ王女
昼過ぎて退屈になったクルーたち。対照的に寝込んだままの兵士たち。同等数だから寝ている兵士は邪魔で邪険にされていた。ようやく復活の兆しが見えたアンナ妃は指が動きだす、手が動き出す、顔がようやく空を向いた。
「アンナ妃さま、これを飲んで食べて下さい、すぐに元気になりますから。」
「む・・|<@・|・@、>|~り*。」
「では食前酒のワインを一口。」
「チュ~!」 「ゴクン!」 「ギュゥ~!」
ルイ・カーンは特性のワインとワインソースを混ぜたものを口移しで飲ませるのだった。すると、アンナはたちまち元気になりルイ・カーンに抱きついて次の口移しをねだっていた。
「この~エロババァ~が~!」 「バコ~ン!」 「グォン!」
とソフィアのハリセンが炸裂した。奇妙な声を出してアンナが気絶した。
「ソフィア、もっと丁寧にできないかな。また寝せてどうするのよ。」
「あら静かでいいじゃありませんか。船が広く見えますわ。」
ピーチクパーチクと空でひばりが囀りだした。敵機襲来の合図である。ルイ・カーンは背伸びして四方の水平線を見渡すがなにも見えない。さらに激しくピーチクパーチクと空でひばりが鳴くからルイ・カーンの頭上を見上げると、居た!
ドラゴンのゴンドラに乗った面倒くさい妖怪ババァの顔が見えた。ソワレは一目散に船倉へ下りていく。
「グワッハッハ~!!」
「なんでここにドラゴンとヴァンダ女王が居るのよ、もう~!」
「ソワレも難儀するのだな~。もう、わざと頭上高くから降りて来たんだな。」
「グワッハッハ~!!」
と高らかに笑いながら降りてきたドラゴン。船上は戦場さながらの体の様子。兵たちは逃げるか刀を抜いて向ける。だがそこまでであった。兵たちはドラゴンに畏怖して一歩も動けない。そんな一瞬物静かになった船へと降り立つ。
「オレグ、海賊になったのですか? そこに転がるのはお姫さまかしら。」
「はい、スウェーデン王国のアンナ妃さまでございます。」
「まぁまぁ、随分と大きい獲物ですね。今度はスウェーデンに乗り込むのですね。」
「あ、いや、これは手違いで……。」
「手違いでもなんででもいいじゃありませんか。同じ人質ですよ?」
「あ、いえ、このアンナ妃さまは同盟関係でして、今は間違って伸びているだけでございます。」
ドラゴンと共に降りてきた婦人とルイ・カーンが話し出すので、兵たちは及び腰を直して直立している。まだ刀は収めていない。ルイ・カーンはヴァンダ女王に頭を下げて兵たちに向き直って、
「あ、あ~この方はポーランド王国の元ヴァンダ女王さまでございます。ドラゴンは直ぐに人になりますので心配はありません。どうか刀を収めて楽になられて下さい。ドラゴンは私たちの守り神でございます。心配はありません。」
と大きい声で説明した。ルイ・カーンの大きい声と喧騒で目を覚ましたアンナ妃は、ドラゴンを見て再度失神してしまった。
「やれやれ、また問題が広がったよ。どうする俺!」
「オレグ、どうしました?」
「はい、ヴァンダ女王さま。これからスウェーデンのマルメまで商用で向かう途中でございます。同行なさいますか?」
「もち、面白そうじゃから当然同行しますよ。」
ゴンドラのドラゴンは甲板で大きく翼を広げたままで立っている。長距離を飛行して体温が高いからか、体温を早く下げたいので翼を広げているようだった。時々羽ばたいた後の風が生温かった。兵士は安全と言われてもまだ動こうとはしない。
「ケッ! 俺も偉くなったのか。オレグどの、これらの兵士は部下でござるか。」
「いいや、スウェーデンのアンナ妃の護衛兵になる。食べないでくれよ。」
「おいおい、そのような事を申されたら兵たちが驚くであろうが。」
「いいよ、どうせデクの石潰しさ。」
「まぁそうだろうが。ところで先の見えない海域には五十艘からのヴァイキング船団が停泊していたが、なにか戦争が始まったのか。」
「それをお前が言うのか! ここが逆にゴンドラから俺に教えるべきだろう、違うかこのデクの棒。」
「ほらほらゴンドラ、デンマークで得た情報をオレグに売りなさい。きっと高く買ってくれますよ。」
「お前らのめし代が高くつく。逆に酒代を置いてどこかへ飛んでいけ!」
「オレグどの、飲まないうちから飛んでは行けません。ここはひとつビールでも所望したいが。」
「ひとつビールだな、ひとつだぞ。」
「あとはYOーワインでいいぞ。うん、あれは旨かった。」
「お褒めをどうも。……で、お前はそのワインをいつ、どこで飲んだのだ。教えてはくれないだろうか。」
「あれは先週、グダニスクへ寄った時じゃ。いつも行くパブで飲んだぞ。女が…そう、女がエルザという名前じゃった。俺は三本を飲んでとても気に入った。」
「いいや、それは何かの間違いじゃが、……まてよ、あのグラマリナなら有り得る。きっと俺の倉庫からの横流しで稼いでいるんだな。今日は代金無でいいよいいよ。情報料だな直ぐに用意させよう。」
「ヴァンダ女王さまもご一緒されますでしょう?」
「えぇお願い。序にマッサージもお願いね!!」
「では全員で対策会議室へ!」
ルイ・カーンは主だった者を対策会議室へ集める。ゴンドラからのヴァルト海の現状報告をしてもらうのが目的。ボブ船長、シビル、それからソフィアとリリーもと考えたが姉妹は外した。実戦で指揮すればいいだけの事、わざわざ騒動の種を呼び込む必要はない。第一に大勢で入れる部屋でもない。
「リリー、すまないが午後からは海戦の予報が出ている。クルーには早めにめしを摂らせてくれないだろうか。それと俺らがソワレの居る処に行くから、じゃじゃ馬を甲板に出してくれないか。」
「ソワレは急いで隠れましたものね、そうですね、対策会議室に隠れているでしょうね。直ぐに呼び戻しますわ。」
「あぁ、」
ルイ・カーンは食糧庫のカギをリリーから預かると、ビールとYOーワインとオレグワインを持てるだけ持って対策会議室へ向かった。食糧庫を出る時にふと気になって、一番奥のビール樽を蹴飛ばしたら転がった。
「ケッ、泥棒猫が居るのか。今後は用心用心。」
ルイ・カーンは部屋に入る時にシビルを一瞥しておいた。まぁ、睨んだ”というところか。ワインを木箱から出して適当の間隔で置いていくと軽いビンが混じっていた。
「シビル、このボトルのワイン半分を知らないか。」
「あぁそれな。ゆんべオレグが飲んでいたよ。」
「そうか、俺か~! だがお前も加担したんだろう? 他の樽が空だったぜ。」
「あぁ、あれな、あそこが空樽の置き場なんだ。重いのが手前だから、な?」
「そうか、今度は俺もそうするよ。手前には軽い物を置く。」
「あっちゃ~!」
ルイ・カーンはゴンドラの前にご希望のYOーワインを置いた。ヴァンダ女王にだけ容器にワインを注いでいる。
「なぁオレグどの。」
「あ、とりあえずの生だったな。もう暫く待て、持ってくる。」
「飲みたくて死にそうなんだ、早くな!」
ルイ・カーンは対策室を出る直前にシビルの椅子を蹴っていた。
「なんだい、荷物もちかい?」
「だな、ドラゴンのざるの胃袋を計算に入れなかった。足りないから手伝え。」
「あいよ、でもあのゴンドラは直ぐに目を回すと思うがね。」
「だったら嬉しいよ、今日はあいつが主賓だからさ、うんと飲ませてやらないといけない。シビルは開戦後にだ。ここは自重しろ。」
「ふぁ~い!」
リリーの食糧庫に着いたら倉庫にカギがかかっていない。
「ちょうど良かったな。オレグ。」
「いいやおかしい。リリーは俺と入れ替えにすぐに来たはず。とするとまた泥棒猫かな。俺は甲板に行って確認する。シビルはゴンドラにビールを届けておいてくれ。くれぐれもザルの前に余分に置くんじゃないぞ。」
「ガッテン! 残りはあたいの!」
「リリー、食糧庫のカギはどうした。またシビルが手を出すぞ。」
「ええ??……掛けてきましたが無いのですか?」
「無くなっている。すると兵隊さんか!」
「ですわね。毎日が日曜日ですのでヒマでしょうがない、とか?」
「だったら仕事を出すか。」
「どのような?」
「船の清掃!」 「賛成です!」
「女のあれが起きたら命じておくよ。」
ルイ・カーンが作戦対策室に戻ったら全員がほろ酔いになっている。まぁここまでは普通。だが……。
「あれれ?? 甲板で伸びているはずの妃さまが、どうして!」
「あ、オレグ、私も参加させなさいよ。だって面白そうだもの。」
「で、他の方は、なんと。」
「別に!」
「まぁマルメとは目と鼻の先ですので、アンナ妃さまにはスウェーデン国の情報を出して頂きたいのですが、出来ますか?」
「まぁ簡単ですわ。知っている事でしたら何でも!」
「体のいい言い方ですね、知らなければ追い出さなくてもいいのですから。」
「まぁ、失礼しちゃう。」
「ゴンドラ、ちょっと飛んでこの妃さまを故郷に送ってくれないか。そうしてスウェーデンの情報と共に戻ってこい。」
「嫌だよ、また矢が飛んでくるし、あそこはもうこりごりだ。嬢ちゃんに頼めよ。」
「そうか、まぐれで妃に当たったら問題だな。」
「ねぇオレグ。このアンナ妃は本物かしら。私には影分身にしか思えません。ひとつ質問して答えが返らない時はふん縛ってもいいかしら。」
「ヴァンダ女王さま。いいですよ、でも間違っても間違えないでくれよ、俺には大事な商売が掛かっているのだからさ。」
「なに簡単ですよ。アンナさん、スウェーデンの首都はどこですか?」
「簡単ですわ、ヘルシンキです。」
「ゴンドラ、腹減らしに縛りあげてくれないか。色々と訊きたい事が、それも山ほども出来ちゃったよ。」
「おう生贄で俺にくれるのか!」
「それでもいいぞ。素性を白状させて欲しい。俺は甲板で寝ているであろう身体を突いてみる。」
「いいぜオレグどの。任せて下さい。」
「な、な、なんですか。私は本物のアンナですよ、無礼は許しません。」
「さ、ヘルシンキとはどこの国ですか、答えて下さい。」
「それは、……まだ存在しません。未来のお話です。」
「おうおう、キテレツな事を言いますな。未来がどうして判るのですか?」
「私には判るのです。明日の夕刻にはこの船は大よそ五十艘からの船団と戦いますが、無事にスウェーデンへ帰港する事が出来ます。だから信じて下さい。」
「やいバナァ。それは本当か、この後戦争になるのか!」
「はい、それはもう、酷い海上戦へとなっていきます。本当ですよ。」
「それでこの船はどうやって勝利したんだい。」
「それこそドラゴンさまのお蔭ですわ。」
「泣き虫ドラちゃんは、そんなに強くはないよ。矢が刺さっただけで海に落ちてしまうんだよ、親の私が言うんだから間違いない。(情けないけれども…。」
「おうみんな、今から船は引き返すからな。……それで。白状したか。」
「いいや、へんてこな返事ばかりで回答にならないんだ。どうするね。」
「階下へ贈るか、三精霊が喜ぶよ。ちなみに甲板には身体は無かったな。」
「違います、この情報はオレグさんの無意識から得た情報です。ですからオレグさんにも同じ質問して下さい。」
「俺、知らないよ。で、上の兵隊は全部拘束したからさ、逃げは出来ないよ。」
「に、にーげたりしませーん。私は本当にアーンナです!」
ルイ・カーンは甲板から降りてきて始終にこやかにしてアンナ妃を見ていた。
オレグとアンナの姦計はいかに!