第184部 どこまででも、不仲なモノノケたち その一
とんとん拍子に銀の密輸が纏まりつつある。今は端金にしかならない。明日はアンナ妃と共にスウェーデン王家へ行くことになるだろうか。
行先は今のスウェーデンのマルメだった。
「何をしているのです。私の準備は終わっています。さぁ早くマルメに行くのですよ。兵士は迷惑が掛からないように二十人まで増やしました。」
「そ、そんな~、……大人数で!」
「あら、駄賃は出せません。今さら嫌だとは言わせ……戦争いたしますか?」
「いえ、ごもっともです。純度の高い銀の地金でした。喜んでお供をさせて頂きますが途中乗り換えをお願いします。」
「えぇいいわよ。ご自慢の軍艦とやらを楽しみにしています。今は対岸のデンマークに不穏な動きがありますので。軍艦は必要でしょう。」
「そんな~私の秘密がばれてしまいますよ~。」
強面のアンナ妃には対抗できるはずもなく、それこそ泣くに泣かれぬ出航となった。
「リリー先にハープサルへ飛んでくれないか。ハープサルの港には招待が出来ないからさ。……ね?」
「はいはいお兄さま。直ぐに飛んで行きますわ。でもレニングラードからは半日は離れませんと。もし船を占拠されましたら大損確定ですわ。」
「だな!」
急遽、クルワンの沖の洋上で乗り換える事に決めた。
1249年8月16日 スウェーデン・マルメ
*)マルメ
マルメはスウェーデンの最南端にある都市。現在は三位の人口を有している。デンマークの目と鼻の先に在る。当時はまだストックホルムは存在していない。同じくフィンランドのヘルシンキも無かった。だがバルト海沿岸部はスウェーデンの領地だった。
このスウェーデンとレニングラード地方の東や南の地で戦争が、スウェーデン王家とノヴゴロド公国が延々と戦争を続けていた。それも十二世紀から十五世紀にかけての息のなが~い戦争であった。オレグとしてはポーランドの東のそまた陸地の東で繰り広げられる戦争は、耳には入っていなかった。寝耳に水だろうか。
単発式で行われた戦争であった。終戦はノヴゴロド共和国が十五世紀の終わりになって、力を付けたモスクワ大公国に吸収合併されて終わるのである。
ルイ・カーンがこの事を知るのはまだ先になる。
「何をしているのです。私の準備は終わっています。さぁ早くマルメに行くのですよ。兵士は迷惑が掛からないように二十人まで減らしました。」
「そ、そんな~……遠くまで!」
「あら、船の駄賃は高額で払います。今さら嫌だとは言わせません。戦争いたしますか? なんたって着払いですもの!!! ね?」
「この船ではデンマークには行けません。すぐに沈みますので途中で乗り換えをお願いします。」
「はいはい、予定しておりますのでご自由に。」
「そのう、遠すぎますので……食糧が、……兵士さんも多いし、」
「すでに積んでいるのでしょう? 違いますか!」
「はい、先の船に積ませております。」
「先の船?……ですか?」
「はい、私の軍艦にです。」
「今からどうやって連絡ができるのですか。本拠地に帰港されて構いませんわ。」
「はい承知しました。」
「おうい、全員居るか~! 出航するぞ~!」
「おー!」x13
「??……。」
「お兄さま、お姉さまとシビュラを忘れています。」
「なんだって!!」
「あら、どなたかを積み忘れでしょうか?」
「え、あ、はい。二人を放置したままでした。直ぐに載せますので!」
「荷物なのですか?」
「はいとても厄介な代物ですよ。とても頭が痛くなるような。」
「まぁ面白いお方ですこと!」
ルイ・カーンはシーンプに命じて、貴賓の妃にアイスワインを出すように命じた。兵隊は隊長の采配で半数の十人が選ばれた。これらにはYOーワインを出させて口を大人しくさせる。予定通りに十人ともすべてが伸びてしまう。
「オレグさん、このYOーワインは半分に薄める方が良いみたいですね。原価も下がるでしょうから。」
「いいや原価は変わらんよ。売上が増えるだけだよ。」
「いいえ違うでしょうが。YOーワインの目的はなんですか。」
「目的って、お前、賄賂で配るんだからさ、売り上げには関係ない・・・。。。あれれ???」
「ですね!」 「んだ!」
オレグが後程ハープサルへ飛ぶから、ソフィアには用心棒として居なくてはならない存在だ。何か不測の事態に備えて連れてきている。
「リリー、ソフィアとシビュラの居場所は確定できたか。」
「はい間もなくです。船が動きますので海に落とさないようにと、やや慎重に緯度経度を計算しています。」
「大変だろうが頼んだよ。」
「はい、どうせ落ちても直ぐに船には乗せることが出来ます。」
「ならば一度落としてしまえ。きっと泳げて気持ちがいいぞ!」
「それはお兄さまが、でしょう?」
「まぁな!」
「では強引に召喚いたします。無事に着きますように! アーメン。」
リリーは離れ行く台地に向かって大きく叫んだ。
「ざけんなオオカミ~、早く戻ってこ~い!」
この叫びを聞いた全員が驚いてリリーを見つめる。リリーはすっきりしたような2525の顔で恥ずかしそうに微笑んだ。
「なんだって! きっとオレグが言わせたんだろうが!」
「バッチャ~ン!」x2
二人が冷たい海に落ちる。
「あらあらお姉さま、今掬ってあげますわ。」
「俺はメダカか!」
「クジラのメダカですわ。」
「お犬さま一本釣り~!」
「キャン!」x2
シビュラが甲板に召喚されたら……アンナ妃と共に睨み合いを始めた。一分、二分と時は過ぎても睨み合いは続いている。この時ソフィアのペンダントが白く輝きだしたのだ。
「オレグ、この船に新しい巫女が乗っていますの?」
「いいや全然。巫女、女・・・・・・、あ~アンナ妃!」
「どんな妃なのよ。」
「どんなって、あんな妃だよ。ほれ、仲良く見つめ合っているだろう?」
「キャッ! 白熊!!」
「なんだって、し、し、しろクマ??」
「だから白と黒が見つめ遭っていますわ。これは邂逅よ、もう戦争だわ!」
「うわ~船が沈むのか!」
「ですわ。どちらかを海に落とすなり、すぐにしませんといけません。」
「俺の客が優先か。ソフィアすまないが残ってアンナ妃の守を頼む。俺とリリーとシビュラは、ハープサルの俺の船に戻って出航の準備に入る。」
「えぇ分かった。でも……。」
「お前の巫女だろうが。労わってやれ!」
「私の方法でいいのかしら。」
「いいだろう? なんたってかんたってソフィアが一番だもの。気にするな。もう海に出ているから関係ない。」
「うん分かったわ。……リリー今度は三人よ。頑張ってね!」
「はいお姉さま。」・・・「バコ~ン!」「わ~、お姉さま、ヒド~い!」
「先ほどの仕返しよ。妹だもの、一回で済ませてあげる。」
「うんお兄さまの命令なのよ、許して~。」
「オレグには三度殴るからいいのよ。」
「ふ~ん。べー!」
「まぁリリーったら!」
「べーだ!」
と言うなりにオレグとシビュラを連れてゲートに逃げ込んだ。これに驚いたのは当然アンナ妃だった。十人の兵隊たちも驚いている。
「ちょっと、そこのメイド。どうして消えたのかしら?」
「え~あ~不明です! 明日には会えますので、それまではお静かに願います。出来ない時は私が絞めてしまいますわ。」
「まぁ、私に向かってなんという口のきき方! お仕置きですね!」
「うるさい、黙れ、ババァ!!」
「キーーーーーー!!!!!!」
今度はソフィアとアンナ妃が、クルワンの沖に船が来るまで、睨み合いが続いていた。夕刻にはオレグの軍艦がライ麦満載で合流したのだった。
「ソフィア、アンナ妃は生かしているだろうな!」
「あ、オレグ。心配して飛んで来たのね。そうよこの通り生かしているわ!」
ルイ・カーンの立つ瀬が無くなる。海なだけに!
「ほらほらシーンプ。お前が給仕をさぼるからだろうが。早く給仕に入れ!」
「え~~~、私の所為ですか~? 違いますよ~。」
「いいから、かかれ!」
「ふぁ~い。」
ルイ・カーン、ソフィア、リリー、シビュラ、シン・ティ、ベギー、シーンプと二人の娘。エレナ、ソワレ、キルケー、魔女の三人の十五人。これにアンナ妃と兵士が二十名が加わる。
オレグの軍艦とは入れ替わりがあるので、スウェーデンのマルメに向かうのはルイ・カーン、ソフィア、リリー、シン・ティ、ベギー、キルケー、シビル、エレナ、ソワレ、そして魔女の三人。
新しくはボブ船長とゾフィと三精霊。そして魔女の三人。合計で二十人。これにアンナ妃と兵士の二十名が加わる。総計で四十一人になった。
ハープサルでは別途コーパルも少しの百個が積まれている。
*)待ってましたヴァイキング船団
「ちょっとルイ・カーン。これはなんですか。洋上で乗り換えだとは、わ、わ、私は海には落ちませんよ、え~そうですとも、海には絶対に落ちません。」
「アンナ妃さま、大丈夫ですよ。ほんの一瞬で大きい船ですよ。」
「@@@@@・・・・・」
アンナ妃は目を回して卒倒してしまった。これに激怒したのが兵隊長だった。兵士は人使いが荒いアンナ妃が倒れたら喜ぶ方だ。兵隊長は義務で怒る必要があるからなのだろうが、実績は実績、一言文句を言っておけば良かった。
「兵隊長、な? な! な?」
「はいそうです。一言文句を言えばいいのです。後で弁護して下さいよ。」
「はいはい大丈夫だぜ。」
とはボブ船長。頭の硬い人間の扱いがとても上手い。夜になり甲板では兵士が弊死したようにうずくまる。YOーワインに悪酔いしたのと船酔いだ。アンナ妃も目を覚まして起きてくる。
「ねぇルイ・カーン。あんたの女はなんなのよ。まるで鬼神のようだわ。」
「はい皆が皆、人ではありません。唯一私が人と言える人です。」
「では船長は!」
「あ、あれも人でした。他には、……ソワレがどっちかな~?」
「もういいわ。訊いた私がバカでした。それで私は白熊ってなんだい。ぶっ殺してやるわよ、誰が言ったのですか?」
「あぁここの唯一の女神さまですよ。ソフィアというんですが他は巫女としての眷属になります。」
「私もその眷属だと、言うのかしら。」
「たぶん違うでしょう。やや血が濃く出ているだけでしょうか。」
「何よその血とは。」
「はいここらでは。ル=ガ・ルーと呼ばれている人狼です。」
「……ギャ! なんだい、どうした。」
慌てるシビルとオレグの会話。
「オレグ、ヴァイキングの襲撃よ!」
「なんでヴァイキングなんだ。ここはロシアの沖合だろうが。」
「でも、矢が明かりをめがけて飛んでくるんだぜ。他に言いようがないよ。」
「く~この前の仕返しか。」
「きっとこの船が沖に出て、夜になるのを待っていたのね。で、どうする。」
「シビル、強風で追い払えないか。」
「無理だよ、第一にどこに居るのさ。見えないからね。」
「うわ~参ったな~、明かりが無いと戦闘が出来ないとは。」
「相手はヴァイキングよ、夜でも船を自由に扱ってアメリカ大陸までも、行き来が出来るのよ。オレグ、どうかして。」
「ゾフィ、ゾフィは居るか~。」
「あ、ああん? なんだ、奇襲か!」
「なんだよ、どうにか出来ないか。」
「あいつらに言えよ、職業軍人だろうが。」
「とっくにくたばっているのさ。全く使えネ~!」
「それ、オレグと同じだからね。ここは火のウーグンスマーテに打ち上げ花火を頼むとするか。……おい、火のウーグンス。どうにか出来るか。」
「この船にしか明かりは灯せません。それよりも海のジューラスマーテが適任です。」
「あ、なるほど。海のジューラスマーテよ、泳いでヴァイキングを全艘沈めてはくれないだろうか。」
「いいよ、今日は貸しにしておくから、今度みっちり! に。」
「お前が死にたいのならいつでもいいぜ。あの女は怖くないのか。」
「全然。とても可愛い女の子ですもの。怖くはありません。」
「オレグ、なんだって? あ、ああん? 私が恐ろしいとか可愛いとか、一体なにかしら、あ、ああん??」
「ひぇ~!」x2
やっぱり海のジューラスマーテもオレグ同様、ソフィアは怖い。
「はい頑張って沈めてまいります。」
「海のジューラスマーテ、頼んだぞ。」
「ド、ッボーン!」
と海のジューラスマーテは暗い海に飛び込む。すぐに遠方からは悲痛で恐怖の断末魔の叫び声が聞こえてきた。アンナ妃はすぐに、
「ねぇオレグって誰よ、それにさっきは誰が海に落ちたのよ。」
「あ、はい。海の精霊さまですよ。今は海中から攻撃して船に穴を空けている頃なのでしょう。あの響く可愛い叫び声で判断が出来ます。」
「まぁ~随分と怖い男ですのね。それで……。」
「はいオレグとは私の別名です。あだ名ですよ、あだ名!」
「へ~オレグワイン、ねぇ~!」
「ひぇ~!」
「ご容赦を!」
「ふん、なにさ。」
「……。」
「ソフィア止めろ! この方はお得意さまだ、勘弁してくれ!」
「だめよ、甘い顔をしたら今後は面白くない。だから懲らしめる。」
「ふん、なにが懲らしめるだ! このブス女。」
「あちゃ~アンナ妃が言ってしまった~、この密談は破断かな~! ソフィアさん。変身してはいませんよね。月は出ていませんから、ね?」
「く~今日は大人しく引き下がるわ。明日以降またオレグの悪口を言ったら食べてしまうからね。」
「べ~だ!」
「まぁ妃が、ハシタナイ。」
オレグ、アンナ妃とソフィアの罵り合い。ソフィアが引いて幕切れに。
「ねぇ全部沈めてきたわ。はやく掬ってちょうだいな。」
「え、ああ、ご苦労様。今、ゾフィの元に届けるね。」
「うん早くして。」
「アンナ妃の、オデブ~!」
「あちゃ~リリーがアンナ妃の悪口を言ったよ~この密談は破断かな~!」
ルイ・カーンにとっての魔の夜になっていた。明日の朝が怖いとオレグは部屋に逃げていった。そしてYOーワインを一本飲んで抱いて寝た。
海のジューラスマーテはリリーの奇妙な呪文で無事にゾフィの元に送られた。ヴァイキングとの第二戦も勝利で収めたし、またアンナ妃には大した情報は知られてはいない。
しかしアンナ妃は本当に白熊なのか。シビュラとの睨み合いが気になる処だ。明日は朝から大変だろうか!
大嵐の予感と悪寒がするオレグだった。