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人狼夫婦と妖精 ツインズの旅  作者: 冬忍 金銀花
第四章 国盗り物語
180/257

第180部 足元の見えないオレグ編 その2


「分かった、そこにビルを建ててしまおう。」


「それで造船ギルドの買収はお墨付きを頂いておりますので、格安で買収が出来ます。羊皮紙は三枚ですからして……他二枚はどのように!」

「ゆっくり考えようか。なぁに急ぐ必要はないさ。」

「では、お父さまを買収されてましたら、この先も有利に事が運ぶやもしれませんので、建設ギルドの買収はどうでしょうか。」

「オヤジには金を積めば自由だから、ここは教会の威光は使うまい。そのうちになにか必要な事ができるさ、きっとな!」


「へぇ~そうでしょうか?」




 1249年7月20日 エストニア・クルワン



*)貯木場の建設


 翌日、ルイ・カーンはシン・ティを貰い受けに教会へ赴いた。プリムラ村へドイツ銀貨について訊きたい事が出来たので行きたかったのだが。


「シン・ティが悪いんじゃないんだよ、俺はプリムラ村へドイツ銀貨について調べたい事が出来たので、直ぐに行きたいんだよね。」

「申し訳ございません。競馬ダービーで話が盛り上がってしまいまして、帰宅を、そのう、忘れてしまいました。」

「おそらく教会で逃げ回って遊んでいただけだろうが。違うか。」


「違います。私は司教さまを追いかけて走り回っただけです。」


「なんだ、逆だったのか。それでねやで歌えたのだろうな。」

「はい上手く歌えました。ですが、私も直ぐに眠ってしまい、なにもありませんでした。とても残念です。また機会を作って下さいませ。」

「おう任せろ。次は公爵になるから姉妹でかからせる。」

「一人がいいな! お姉ちゃんが居たら日干しが回ってくるだけだから。カサカサのお肉なんて肉ではありません。」

「ベギーはそうだったな。相手が死ぬまで精気を抜いてしまうから大いに問題アリだよな。」

「でもおぞましい死体ですので、死因を考える人もないでしょう。ドラキュラなんて誰も信じません。」

「そうか、ドラちゃんの所為にすれば、あのジジイは泣いて喜ぶぞ。うん、決めた奇奴の怪奇現象に仕立てようか。」

「公爵さま、意味不明です。」


「私は悪くありません。早くプリムラ村へ飛んで下さい。」

「あぁそうしよう。ここから東に行った処にハリュという小さな村がある。そこまで行きたい。」

「あ、ハリュは司教さまの狩場でございます。大丈夫でしょうか。」

「大丈夫さ、俺は求人と木材の買い付け、および長屋建設の依頼に行くのだから害にはならないさ。それともなにか問題が?」


「はい、とても貧しい村だという事です。ですので女たちは肥育されて売りに出されるとか。それと綺麗な女たちのみに読み書きとマナーを教えているとからしいのですよ。これは昨日売られて来た女に聞いたのです。間違いありません。私の他に昨日のメイドを二人を道案内に連れて行かれらたらどうでしょうか。」

「いや、お前は連れて行かないが、……そうだな、メイドは考えておこうか。」


「もう公爵さまは嫌いです。きっとペール侯爵さまが策略をお考えだと思います。ですのでルイ・カーンさまは、政治的な攻略をお考え下さい。」


 オレグは妖精から出し抜かれた思いがした。シン・ティが言うのが本当だ。君主が危ない橋を渡る計略を考えている時点で、二流以下の君主だという事だ。ならばハリュを手中に収める事を考えるべきだろう。ハローワークや材木の買い出しはいくらなんでも次期領主が行うものではない。オレグは行き詰る。


「そうか、そうだよな、シン・ティ、いい事を教えてくれた。礼を言う。」

「イヤですよ~公爵さま。……今晩ヒマしていますから、ね!」

「パカ!」「イテ!」



 1249年8月2日 エストニア・ハリュ



 ハリュには小さいながらも川がある。イェガラ川というが、海から少し遡れば天然の港になる池沼がある。流れも緩やで川に杭を打つだけで貯木場が完成する。


「おおお、これはいい。ここに拠点を造る。」

「ここはもともとが湿地ですので、家は建てられません。」


 と言うルイ・カーンを村人はけんもほろろに打ち消してしまった。とても残念と言わんばかりのルイ・カーンの顔が出来上がる。


「ならばこの村には人が住んでいるのか。」

「いいえ、もう目ぼしい者はおりません。先だって娘らが嫁いで行きましたが、あれで終わりになりました。」

「そうか、あいつらが最後だったのか。それでお前はこれからどうするのだ。」

「はい、クルワンへ移住する予定です。今はその幽姿を集めています。」


「お前のようにガリガリに痩せた、今にも死にそうな男たちを集めているのか。」

「はい、娘らを肥育するだけの食糧しか有りませんでした。おらの娘がいい処のお坊ちゃまに嫁に行けるというので、精一杯に食わせて送り出しました。」


 ルイ・カーンは本当に貧しい村を訪れるのは二度目になる。最初の地も同じように湿地帯が多い村だった。食い物がなくて痩せ細った老人みたいな男が居たのを思い出した。あの時は馬が欲しくて金貨で買い取っていた。


「そうか、ここはクーラン司教の食い物にされた村なのか。」

「なにを言われます。クーラン司教さまのお蔭で村は生活が出来ました。酷い事を言われますならば私も黙ってはおりません。」

「もう十分に怒っているだろうが、クルワンに来れたならばクーラン司教の悪口を聴くこともあるだろうさ。ま~せいぜい気張って出てこい。」


「なんですかあんさんは、絶対に出てきてクーラン司教さまの加護であんさんに一矢報いてやります。」

「そうか、ならば俺を訪ねて来るがよい。俺はルイ・カーン公爵さまだ!」

「ウソくさい。自分を公爵と言うて、さままで付けるとは、どこかの貧乏貴族というのが落ちに決まっています。」


 貧乏人には爵位が通じない。このような僻地では幾何かの金と食い物が有効なのだとルイ・カーンは思い知らされた。今日はシン・ティと村出身のメイドの二人と来ているが、メイドは面倒になるからと船からは下りてこなかった。今の従者はシン・ティと魔女のメイドが一人だけで、リリーのような境界の魔法は使えない。金は置いてこれるが食糧は持っていない。いまさらリリーを呼んで食い物を届けさせるのも間違いだろう。


「そうか、ここに銀貨がある。これでワシの元まで出てこい。」

「要りません、来て早々に奴隷墜ちでしょうが!」

「あ、そう。……死ぬなよ。」

「明後日キヤガレ!」

「バコ~ン!!」


 とシン・ティが村人を殴ってしまったが、ルイ・カーンは気にせずに船へ戻るのだった。


「公爵さま、ここは酷い村ですね。」

「いいや、これが普通なのかもしれない。ここには領主が居ないのだろう。だから領主も見放した地だから金の無い者たちが自由に集まったのさ。ここは生きるも死ぬも自由なのさ。」


「その領主が居たらどうなるのですか?」

「そうだな、あまり変わらないが、生死は自由ではなくて奴隷というところだろうさ。村からは出れないし、嫁を貰うにも金が必要で自分で育てたライ麦は口に入らない。入るのは雑草とブタや鳥の肉が少しだものな。」

「でも、ハープサルではたくさんの食糧が在るのでしょう?」


「まぁな。俺がハープサルに寄生しているからね、その代価にして安く分けているからだよ。あそこは教会とにらみ合っているから、西からは物資が流れて来ないのだよ。当然今では東からも同じになっちまったがな。」


「ふ~ん、キリスト教の教会は人を苛めるのが好きなんだね。」

「国王が好きなだけであって村人は好きなはずはないよ。迫害あって一利なしとはこのことだろう?」


「そうだね!」


 ハリュのイェガラ川の貯木場計画がポシャる。脱帽した。

(帽子(シャッポ)を脱ぐ=ポ・シャッを脱ぐ=ポシャる。)みたいな?




 1249年8月12日 エストニア・ハープサル



*)プリムラ村へ


 ルイ・カーンは恐れていた。今後多くの貴族の意を削ぐのだから、あれらの貴族から反発を食らうのは必至、必定なのだ。だからクルワンから南の森の方に道を通したくはない。木材は搬出に必要だからと、もし四方八方に道を造ればきっと仇となって返ってくるのが落ち。落ち武者ならぬ墜ち貴族がきっとルイ・カーンを狙ってくるのが目に見える。オレグが言っていた事を思い出して欲しい。


 オレグは、海戦ではヴァイキングを全滅させるだけの力量を保持しているが、陸路からの襲撃には弱い防戦も出来ないと。だからクルワン以外で木材を調達しようとしている。近くのハリュの計画が流れたので、西に天然の良港を持つハープサルを貯木場にと考えた。クルワンとハープサルは少し遠いが、ルイ・カーンの本拠地ででもあるから有利だとも考えられる。キリスト教の侵攻の前にどうしてでも、押えておきたい残り少ない地方なのだから。


 今はまだエストニアの領主や教会には幸いにも知られてはいない。デンマークからエストニアへの航海上にあるが、遠浅で大小の島に隠れて船からは見えない位置にあるからだ。本当に有利な地形だ。


 ロシアのリガとレニングラードの交易も、遠浅の海がある為にサーレマー島を大きく右回りにして船は航海している。だからロシアにもハープサルが判らない。




 ルイ・カーン、ペール。それにソフィアとリリー。キルケーと数人のメイドを主なメンバーとして、プリムラ村へと集まった。他は魔女らのクルーのみ。


 グダニスクとハープサルを往復しているオレグ船団は、着々と物資を輸送し巨大な倉庫に搬入している。これを見逃す村人は居ない。今か今かと村長むらおさは待っている。ルイ・カーンからの仕事の依頼を。村長むらおさは食うために仕事をくれと言いたいのだろうが、いつもいつもルイ・カーンは居ないのだからシビレを切らして待っている。



「カーンカカン。カーンカカン。」・・・・・「カーンカカン。カーンカカン。」


 港に船が入港する合図が鳴り響いた。総数は二艘。定期便と公爵の船の二艘なのか。二度も金が鳴らされた。


「この鐘も聴くのは久しぶりのように感じる。ちゃんと仕事はしているのだな。」

「はい公爵さま。おそらく今日は村人による多数の出迎えでしょうか。」

「そう、なのか? それはどうしてだ。」

「はい公爵さまが随分とご無沙汰されましたからに決まっています。港に着かれましたらさぞや。」

「そうか、そうだろうな。目と鼻の先に食い物のいい匂いがするのだからな。ペール。今回提示する仕事はなんだ。」

「いやですよ~公爵さま。分かっているくせに!」

「あ、いや。俺は国を治める以外は考えないことにしたんだ。だから今後はペール侯爵が考えてくれないと困る。」

「またまたご冗談を!」

「俺はオヤジギャグしか言わない。決めたんだよ。なぁシン・ティ。」

「あれは来ていませんよ。」 

「……。」


 港の桟橋にはボブの息子がタラップの接続で待機している。他は村長と次長と女が二人。あれはシュヴァインとヒグマのシビュラだった。腹が大きい?? のか。


 続いて定期船が入港した。女たちが甲板に立ったら、


「キンコンカン、キンコンカンコン。キンコンカンコン。」


 と大きく鐘が鳴り響くのだった。村中が騒ぎ出した。


「おいペール侯爵。俺は聞いていないぞ。」

「なに、ほんの手土産にですね。なに、館の口減らしですがな。」

「ペール侯爵、下品だぞ。」

「つい、地が出てしまいました。お許しを。」


 桟橋一本に対して左右に船が停泊した。ボブの息子が困惑している。どちらを先に船のタラップを着けるのかと。村長むらおさは公爵さまの方からだと言う。


「公爵さま~今タラップを付けますね~。」

「おう、お前、誰だ~。」

「私、ラビーの孫で~す。」


 ボブの息子はボブ二号と共にクルワンの造船所で働いている。ルイ・カーンは近くで見てようやく判断ができた。


「無理もございません。なにせ……。」

「あぁ分かっている。ご無沙汰し過ぎだという事をな!」

「はい。」

「ペール、分かったような口はよせ。お前も知らなかったであろうが。」

「さぁタラップが着きました。降りましょうか。」

「ケッ、こやつ……。」

「ルイ・カーンさま、私がお供出来るのは今回まででしょう。以後はトームペア城の城主の仕事で外出ができません。今日は存分にお使い下さい。」

「あぁ頼んだぞ。」


「これはこれは。ペール侯爵さまにルイ・カーン公爵さま。よくお出で下さいました。ささ早く村のパブへ参りましょうか。」

「おおそうか。でもまだ夕食には早いぞ。」

「いえいえ、まずは銭湯からですよ。直ぐに暗くなりますからあとは赤提灯へ!」

「そうか、オヤジの最高傑作を見せてもらおうか。」


 銭湯からはエビの養殖池が見える。その逆もあり。池では女たちがノーパンでエビ漁を行っていた。


「おい村長むらおさ。これではサービス過剰だぞ。俺は後でかみさんから殺される。」

「いえいえ、ご婦人の方には逆のサービスでお持て成しを!」


「お前はもう死んでいる。」……「ゲヘヘヘ・・・・。」


 リリーによりエビ漁の男女は海に流されてしまった。村長むらおさは山の上に。銭湯から出てきた皆々は赤ちょうちんへと通される。そこに並んだ食材は豪華にエビのむき身だけだった。期待してノレンを潜ったルイ・カーンは失望し、そうして村長むらおさの陰謀に気が付いた。


「なんだ、そういう事か。リリーすまないが船から食糧を出してくれないか。」

「はいオレグお兄さま。村では食べ物が無い、という意思表示なのでしょうね。それにしても定期船では何を運んでいるのです? ペール侯爵さま。」

「建設物資が主ですが、なにか問題でも?」

「村の食糧はどういしているのだ。」

「それはルイ・カーン公爵さまがお運びになられてありますから、私はギルドの食い扶持だけですが。」


「オレグお兄さま。村も街になりました。人口も増えてはおりますが、まだまだ開墾が主ですので食糧の生産が出来ていません。」

「そうか、農業生産よりも街での仕事が多くなってしまったのか。」

「そう言いたかったのですわ。このエビは美味しそうです。頂きましょう?」

「そうだなリリー、可愛そうだからあのジジイを戻してくれないか。」

「はい、直ちに。」

「ギャシン!!」・……「ぎゃ~イヤン、ボチャン、嬉しい、ボチャン、俺が先、ボチャン、俺の嫁だ~・・・・。」」


「リリーあの悲鳴はなんだ。特にジジイの声がイビツだぜ。」

「ストリッパーを温かいお風呂に落としました。混欲になっていますわ!」

「リリー性格が悪いぞ。」

「あ~ら、仕返し序の子作りですわ。……きっと五人位はお産が出来ます。」

「そうよオレグ。さ、飲みましょう?」

「ソフィアお姉さま、ずる~い! ここは私が……。」


「ルイ・キャーン公~爵さま~!」


 ヘロヘロになった村長むらおさがげっそりとした表情で赤提灯に現れた。


「風呂上りに生一杯!」


 村長には今回の来訪の意図がペール侯爵より説明がなされた。喜んだ村長はラビー次長と共に集会所へと向かった。今回の仕事の事業で村の寄り合いが開かれるのだろう。


 赤提灯に入ってまもなくしてシビュラとシュヴァインが迎えに来た。プリムラ村で饗宴を開くのだ、という。プリムラ村の集会所へと連れていかれた。村人は宴会どころではなくて、どれだけの男と女を差し出すのかと協議されている。本当は、


「俺が行く。それとあいつらの五人と女房で……。」

「何を言う。行くのは俺らの部落で行くのだぞ、お前は畑へ……。」


 等々、ペール侯爵の事業に参加する人員で紛糾していただけだった。


 プリムラ村ではシビュラとシュヴァインは嫁になり、もう子供が宿っていた。相手はスレート瓦の社長のトーレスとスレート瓦の技術員の男だった。シビュラのヒグマの巫女の力がお腹の娘に引き継がれてゆく。


 そう、新しい巫女の誕生でソフィアのペンダントの黄色が薄く光輝いていたのだった。くすんだ色が綺麗な透明感のある色に変化した。


「オレグ、きっと頼もしい巫女が産まれそうだわ。」

「そうだろうな、ソフィアが近くに居るのだから強力な女だろうぜ!」

「ちょっと、それ、どういう意味かしら。え、ええ??」

「トーレス、すまないがシビュラを借りたい。よろしいか。」

「ダメですよ、やっとの思いで落としたのですから。」

「いや、産まれてくる娘の為にシビュラを肥育させたいのだよ、未だにガリガリに痩せているではないか。これはお前がめしをやらないからだろうが。違うか。明日からはソフィアを付かせてシビュラを育ててやるよ。」


「そうだトーレス。公爵さまに嫁を差し出せ。さもないとお前はクビだ!」

「え~そんな、ペール侯爵さま、あんまりだ。」

「だったらお前もクルワンの俺の城に来ればいい。」

「はい喜んで~!」


「ペール侯爵、あたいはどうなんだよ。」

「シュヴァインこの村にはなくてはならない人材だから、連れては行けないよ。」

「あら~まぁ~、どうしまひょ!」


 金貨工房の主人は、プレス機の改良型を六台も作って銀貨の製造をしていると報告を行った。これにはさすがのオレグもとても喜んだ。懸案事項がすでに解決していたのだった。


「これで量産化計画は終盤になるか。」


 ルイ・カーン公爵としてはもう言う事がない。ハープサルの貯木場はリリーの魔法で造らせようとしたがリリーは街の雇用の為に、


「ハープサルの人が造りますから、ここは黙って造らせるのが公爵さまのお仕事ですわ。」


 と言って協力を断った。この一言にはシュヴァインも大いに気に入り、


「リリーさま、私をその事業に据えて下さい。過去のご無礼を一掃させたいと思いますので、どうか。」

「イヤですわ、前の恨みはいずれ果たします。ですがプリムラ村やハープサルの為には大いに働いてもらいます。」

「それはもう馬車馬にように働きます。それとルイ・カーン公爵さま!」


 そして銀の在庫が切れるとシュヴァインから報告を貰った。ルイ・カーンはロシアに乗り込む事案を考えるのだが。


「シュヴァイン。お前はロシアに連れて行く。暫く俺の元で働け。」

「イヤです。もうすぐやや子が産まれますので戦力外でございます。」

「リリー、こいつは別の意味での巫女なのか。」

「いいえ魔女ですよ。もう力は娘に継がれたのかもしれません。」

「でも、火は扱えるようだが?」

「それ位は何でもありません。大きい魔力はもうないのでしょう。」

「ほう、そういうものか。」

「ですよ。」




 翌朝になりシビュラとともに散歩に出たルイ・カーンは港のスレート瓦の工場を視察した。大きい岩の塊は石工が根気よく叩いて任意の大きさにしている。小さなハンマーで見事に割れるのだから、ルイ・カーンは信じられないような表情で石工の手元を見つめる。


「おお、ここにはボブ二世のクレーンがあるのか!」

「はい、あの方が見かねてでしょうか、造って頂きました。これが在るので屋内まで大きな岩を持ち込む事が可能になりました。今は温かいからいいのでしょうが冬にはとても有難味が感じられると思います。」

「そうだろうな。ホント、いい拾い者をしたものだよ。」

「まぁ本当ですか。公爵さまにはとても優秀な人材が多く集まりますので、素晴らしいと思います。」

「シビュラだってそうだぞ。ヒグマの巫女だからな。俺の意のままに働いて欲しいものだよ。」

「どうして私がヒグマで巫女なのですか。私、熊からは産まれていません!」

「だが両親は居るのだろう? 俺らには両親が居ないんだよ。どこで生まれたのか知る由もなくてね。」

「ではクルワンの建設ギルド長はお父さまではないのでしょうか?」

「あんな妖怪ジジイがどうして俺のオヤジなんだ、俺は知らない。あいつが勝手にほざいているだけで俺は信じてはいないよ。これからだってな。」

「そんな、妖怪ジジイとは。言い得て当たっていますね。クククク……。」


 シビュラは右手で口を覆ってくすりと笑った。


「私の両親は公爵さまと同じです。全く知りません。記憶が有るのはハープサルの養父母の二人だけです。」

「同居していなかったと思うのだが、違うか。」

「二人は海で死んでしまいました。たぶんヴァイキングに襲われたのだと思いますが、ある日漁に出たっきりで帰りませんでした。」

「それはすまんかった。……俺は船を沈めた事はないからな。」

「いやですよ、もう十五年にはなりますか。」

「それを聞いて安心した。俺はデンマークで二百艘から沈めたからな。きっとシビュラの敵も海に消えただろうさ。」

「公爵さまも悪なのですね。少しも人らしいところが有りませんもの。」

「そうだろうよ、俺も人間かどうか疑っているありさまだからな。シビュラはどう思うね。」

「公爵さまは妖怪です。間違いありません。やはり妖怪ジジイの息子です。」


「おいおい、そりゃ~ひで~な。もっとましな言い方はないのか。」

「言い方を変えても同じです。ましな言い方とはなんでしょうね。」


「着きましたわ、ここが新しい岩切場になります。一番良いスレートが作れるらしいのです。」

「ほほう、ここはあの有名な……。」

「なにか御存じでしょうか。なんだか特別な岩山らしいのですが。」

「知らん。霊巌寺れいがんじの奇岩と座禅岩とそっくりだ。」

「まぁ公爵さまのエッチ!!」


 と言ってシビュラが笑いだす。


「だから詳しくは書けない。」


「では大きな穴はどこに?」

「東に行って二十kほどか、ケホギの穴があるのだよ。日向神ダムに在るから一度見学に行けばいいよ。」

「まぁ公爵さまのスケベ!!」


 と言われてルイ・カーンは苦々しく笑いだす。


「公爵さまはいつになれば、ご自身の足元が見えるのでしょうか?」


 シビュラの質問に意味も分からず答える事も出来ない。オレグの意識が?


「お、お、おお俺は、そうか……夢を見ていたのか!」

「はい、夢は夢で大事ですよ。でぇも、地に足が着かない夢はいけません。ご自身の身の丈に合った事を考えて下さい。貧乏人がお金を掴むと人生狂いますよね。その他大勢の人間はどうなんでしょうか。」


「ケっ、地獄に行くと決まっているだろうが。金持ち以外はという条件が付くがな。俺は金持ちだ、だからまっすぐに地獄へは*****だろう。」


「ルイ・カーン公爵さま。私、シビュラはどこまででもついて行きます。」

「ケっ、地獄に行くと決まっているだろうが。それでもいいのか、あ、ぁあん?」

「私の娘が、きっと地獄の三丁目で止めますわ!」


「おう、ありがとうよ。きっちり目が覚めたよ。」


「さぁルイ・カーン公爵さま。お約束のお散歩の時間ですよ。よく起きる事が出来ましたね。とても偉いですよ!」


「へっ!……俺は今までどこに……居たんだ!」

「いやだ、私のひざ元でおやすみでしたでしょうが、もうお忘れですか?」


「お前! 誰だ??」

「やだ、本当に忘れてしまわれたのですね。」


「オレグ~大変よ、オレグー!」

「オレグお兄さま、!!……??」

「オレグ、私のペンダントが全部光だしたのよ、ねぇオレグ……オレグ??」

「お兄さま、そこのお方はどなた??」


「おうお前ら、……俺が訊きたいくらいだ。こいつは誰だ!」


「まぁ可愛いお嫁さんたちだこと。貴女たちには初めて…なのかしら。」

「そ、そうね。私がこんな気持ちになったのは……初めてかしら。お兄さまは大丈夫でしょうか。」

「あぁ大丈夫だ。今はな。……しかし、俺には覚えが無いのだが……。」


「あらベラルーシでお会いしていましたわよ。貴方の記憶はどこに置いてきたのでしょうか。まさか、そこの女に食われたのではないでしょうね。」


「そこの女とは、私の事かしら。」

「いいえ可愛い妖精さんです。その娘は人の記憶を食べて長生きしていますのよ。古代ゲルマン人の時代から存在している悪魔ですのよ。人の記憶をルーン文字に置き換えて食べるのがお仕事でしたわね?」


「私は、……いいえ違います。どこかの悪魔と間違われていますわ。私は土の妖精のリリーです。まだ二百歳ほどにしかなりませんわ。」


「あらそうでしたか、では五十年前にお会いしました妹さんの方なのかしら。すると自称二百歳と矛盾いたしますがそれは次回にいたしましょう。」


「随分と人をはぐらかしておしゃべりされますのね。」


「はいそうですね。お約束事項ですもの。また直ぐにお会いできますわ。今日はここでお別れいたします。」


「お前は、名前はなんだ。」

「はい、まだ名前がありません。シビュラの娘です。産まれましたら可愛がって下さいね。」

「おいおいおいウソだろう。どうしてお腹の子が話せるのだい。」


「秘密です……。」


 名前が無いという、自称シビュラの娘はオレグらの前から消える。残ったのはシビュラの身体だが、気を取り直したシビュラはたった今の事を覚えていないと言う。


「シビュラさん、お気分はいかがでしょうか?」


 シビュラとは神託を受け取る巫女のことである。




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