第167部 コーレグ金貨
1248年12月31日 エストニア・ハープサル
*)新しい仲間
「オレグお兄さま、クリスマス休暇はどうなりましたの! あれから私、ずず~っと働きづめなのですが!」
「そう怒ってくれるな。リリーさま!」
「んまぁ、さまとはなんですか。家族には労わって欲しいものです。」
「そうなんだがよ、急にプリムラ村の人口が十一人も増えたのだからさ、その不足の家を造ってやらないとだな。」
「そうですね、二十五人が増えたんですが……!」
先だっての船が港に入って、前回の船のクルーが絞首刑になるからと言われ、十人のクルーを全てリリーの召喚魔法でこのプリムラ村に呼び寄せたのだが。空きの家が少なくて急遽リリーに台地の魔法で建てさせたのだ。その苦労が並大抵ではなかった。家族も呼び寄せるので総勢が二十五人にまで膨らんだ。まだ家族は増える勢いにある。この二十五人はとりあえずなのだった。
「お兄さま、家を建てるくらいはそう大した事ではありません。」
「だったらなにに腹を立てているんだ!」
「金貨工房です。この汚い下手な図面を読み解くのがとても疲れました。」
「そ、それはすまなんだ。悪かった。」
オレグの描いた図面が見にくいのは普通で昔と大差ないのだが、追加の指示が煩わしくて辟易したのが本当の理由だった。この位置では季節風が入るから入口は反対側にしろ、窓は北に大きく変更、煙突は三本、暖炉兼石釜は大きく等々であった。リリーには石を組む魔法は無いので、当然ここで働く男らが組み上げるのだが、下手過ぎて土台から修正させられた。それも何度でも……。
今日は落成式。オレグが宴会を開くぞ! と言うのでとても賑わっているのだが、食材を船のリリーの倉庫から取り寄せるのは当然リリー。船蔵から酒樽を取り寄せるのも当然リリー。料理も当然リリー。そりゃ怒るのも当然。
ヴァイキングやドラキュラ伯爵の襲撃でとても疲れていた処に、休憩は僅かであるから回復を待たずにリリーは働いたのだった。
「オレグ、バカちょん魔女に魔力を分けることが出来るのなら、私にも寄越しなさい。さぁオレグの全部を寄越しなさい!」
「は、はい。当然です。……ビェ~~~!!!」
当然の結果だろう。リリーの魔力は膨大なのだが使い切って補充となるとそれこそ底なしなのだ。今までに満タンになったことが無かったらしい。
「ほらお兄さま、まだまだ許容範囲にも満ちませんわ。次、さっきの倍ね!」
「い、いや……。はい当然です。……ビェ~~~ギャーーー!!!」
オレグの魔力がとうとう無くなった。
「お兄さま、明日からはお休みになってくださいね。」
当たり前だ、新年になるので村中で宴会が続く。村のエビは無くなり養殖池の魚はどんどん消費されていった。以前トチェフ村から購入したカブは、種を採取する株を除いて全部鍋の具になってしまった。お正月休暇が済めば草の葉っぱが鍋の具になる。そんな先の苦労とか考える利口な人間は居ない。仮に居たとしても数の暴力で押し潰されてしまう。
「お~い船が着いたぞ~!!」
「カンカン。…カンカン。…カンカン。」
二つの鐘の音が続けて三回打ち鳴らされた。船の入港の合図だった。大きな腹を抱えて総出で船を迎える。
「おう、飯の材料が届いたぞ~!」
この港にオレグの姿は無かった。今は集会所を引き払ってプリムラ村の金貨工房に寝込んでいる。船のクルーたちも船とこの金貨工房に分かれて住んでいる。
「来たぜ……俺の息子はどこだ、どうして出迎えない。」
「親方、ホント久しぶりですね~!」
船に乗って来たのは建設ギルドのシュモクザメとその部下たち。それに懐かしい顔も見受けられる。ワルスとサワとその娘をとある細身の村娘が出迎えた。
ワルスとサワは驚いて、
「あんた誰! ヒグマ!……冬眠してないの?」
「そんな~イヤですよ~、私ですよ。アタシ。」
「サワ、こんなガリガリのヒグマを知ってるか?」
「ブ~!! 私、ヒグマではありません。シビュラです。」
「きゃ~こんな、シシャモのように細くなって~出ている所はお腹だけ。ねぇ、そこにはたくさんのキャビアが詰まっているの?」
「あ、これはお正月スタイルなのよ。もう村の食材は全部食べ尽くしてね!」
「良かったわね。私たちが間に合って。この子、私の娘です。」
「おいおい!」
「うんうん。とても可愛い。私にちょ、」
「ダメよ、あんたは食べてしまうから。ところで侯爵さまは?」
「うんそれがね、仕事疲れで寝込んでいるの。なんでも精気の尻子玉を全部抜かれたとか!」
「し、しり、尻子玉ぁ~~!! それ抜かれたら死んじゃうよ、ね?」
「あ、あぁ、サワ。俺もそう聞いているぞ。で、生きていらっしゃるのか?」
「えぇ見てのおた、いや、お見舞いをお願いします。オレグワインが無くなったので、蘇生が出来ないらしいの。」
「あ、あのオレグワインが、……そんなのに”効果があったの?」
「そうらしいのよ。船に積んでいたワインは、ぜ~んぶ酢に変えてしまったというし。ほんと侯爵さまは金の匂いがしたら見境なしなのよ。困っているわ。」
「そうですね。侯爵さまらしいです。」
「サワ、いいか!」
「あ、そうね。シビュラこの子をお願い。荷下ろしをしなくちゃ。」
「えぇいいわよ。もう終わっているのよ。後は倉庫に運ぶだけかな。でもそれのお手伝いも不要らしいわ。」
「ええ!!!」
ワルスとサワは驚いて振り返ると、そこにはリリーが居て船員から箱の内容物を聞いて適宜送り先の倉庫に転送させていた。その作業が速い速い。
「ゲゲ!! 凄い魔女が居たものだ!」
「そうね、でも妖精さんだよ?」
「そう……。」
「きゃ~この力、さいこ~!!」
しばらくして港のドックのドデカい扉が開いた。
「ええ!!!」「あれは倉庫なの!」「ええ!!!」「ド轍もない大きな船!!」
「あれは侯爵さまの軍艦なの、先日、ここがヴァイキングに襲われてね、」
「ふんふん。」
「ヴァイキングを蹴散らして、ぜ~んぶ沈めちゃったのよ~。」
「え”え”~~~~~!!!」
ワルスとサワは驚いているばかりだった。当然エストニアから来た者は全部が全部、ワルスとサワのように驚いている。
「さぁ、坂道を登って公爵さまのもとへ行くわよ。」
船は強い波で常に揺れていたからか、クルーらは陸に上がったら今度は頭の中が大いに揺れだしていた。足元が覚束ない。やや急峻な坂道で転んで転がる者が続出していた。先頭の者が石に躓いて転んだ。そうなったら、転んだ男を避けきらずに次々と男たちは転んでいった。
「バカな男たち。……きゃ!」
サワも転んでシビュラに摘み上げられた。
「侯爵さま~侯爵さ~ま~!!」
「お、おま…えら~!」
「侯爵さま~……。」
オレグは呼ばれ続けていたが目覚めなかった。
「これ、死んだのかな。かなり重症ね!」
寝込んだオレグには誰も近づかない。うっかり手でも触れたら大変なのだ。そう手を触れた者の精気が一気にオレグに移動・吸われてしまうからだ。
「そうなんだ、だったら私が侯爵さまにワインボトルを突き刺してやるわ!」
「サワ頑張って! ガンバ、ガンバ!」
「尻子玉、戻れ~!」
「ぎゃ~~死ぬ。尻にでかい物が入った~死ぬ~~!!」「ガクッ!」
「今度こそ死んだかな!」「ピクイクしているよ?」「マゾなの?」「だね!」
*)ピクイクなオレグ
ピクイクのオレグはその後も放置されている。
「ようお前ら、随分と久しぶりだな!」
「ボブ船長!……良かったですね。」
「あぁ、そうなのだがよ、俺の船にはならなかったのよ。ま~た雇われ船長に逆戻りさ!」
「その方が楽でいいんじゃない? 船長の時と同じ実入りの賃金を要求してさ。」
「そうだがよ、払ってくれるような男に見えるかぁ?」
「そうね、見えないね。」
「絶望的だよね。」
「らっしゃい!」
「あらソフィアさん。旦那さんは放置していていいのかしら。」
「サワさん亭主の手当てをありがとう。どうにもこうにも手が出せなくてね。ほとほと困っていたところなのよ。少しでも触れたら焼けどするように一点が熱くなってね、そうして私たちの全魔力が吸われそうになるのよね。試したのがあそこに寝込んでいる、新入りの魔女のシュヴァインよ!」
「え! シュヴァイン? プ!」「ププ!」
サワとワルスが小さく笑った。
「あれには名前が無かったから勝手に付けたのよ。ねぇ、シュヴァインとはどうかしら!」
「変です。」「変だね。」「あ、やっぱり!」「そうね、戒名ね!」
「まだ死んではいないよぉ。」「何に使うの?」「うん、金貨の製造」「金貨?」
「そうなのよ、オレグが『俺は金持ちになった~』と言ってね、だからコーレグ金貨と名付けて製造するらしいのよ。」
「国盗り物語になるのね。」
「ええええ~~~~~!!!! そうなるの~???」
と大声で驚くソフィアだった。
「ソフィア王妃!!」
「オウヒ?」
「そう、王様の奥さま、妃、王妃さまよ!」
「まぁ私、それまで綺麗でおられるのかしら!」
「お姉さま、少しずれていませんか!」
「あらリリーさん。荷運び大変でしたわね。たくさんの魔力が無くなって!」
「あ、あれね。もう使い放題なのよ。私、こんなに魔力を貯めたことは無かったのよね。それもこれもオレグお兄さまのお蔭ね。」
「ねぇ、貴方たちもいよいよ公爵さまになるのですね。」
「公爵?? なんですかそれ!」
「だって、オレグさまが国を統治されるのでしょう? だから公爵さまよね。」
「えっ?? どうしてそうなるのかしら。」
「サワさん、リリーには難しいのよ。きっとオレグのバカまで魔力と一緒に吸い取ってしまったんだわ。」
「あら~お可哀そう!」
オレグが必死の形相で這い出してきた。
「きゃ! サダコ!」
「めし、飯寄越せ。腹が、腹が無くなった。サワ、もう一本!」
「イヤ~!!」「バコ~ン!」「ぎょぇ!」「あ、また殺した!」
「あ~びっくりした。サダコが井戸から這い出したと勘違いしたわ。公爵さまになられるのだから、サービスで前と後ろに入れてあげる。」
「バコン、バコン。」「……ん!!……。」
「リリーさん、私たちの荷物をここに出せるかしら。」
「お安い御用よ。どの箱かしら。」
「一番大きい箱。その中にトナカイの燻製がたくさん入っているのよ。それを公爵さまに献上いたします。」
「私たちも食べていいかな。まだ食べたことがないのよ。」
「いいわよ、オレグワインを掛けて焼けばとても美味しいのよ。」
「俺、俺にも食わせろ!」
「あらオレグ。元気になったのかしら。」
「まだだ、まだ。だから俺にも食わせろ。生でいい。」
「生がいいのなら食糧庫に仕舞った箱に入っていたわ。……これね。たくさん在るから直ぐに焼いてあ、」
「生がいい。」
「ビールも?」
「そうだ、ワインはもういい。生ビールと生肉がいい。」
「公爵さまはゾンビになられたの?」
「そ、そうかもしれない、ネクラマンサーね!」
「まぁ!! 言いえて妙だわ。私、占って欲しいな!」
「ネクラで悪かったな。お前らには後程お礼をするよ。」
「お礼は要りません。パブでしっかり稼がせて頂きました。すでに御殿も建ちましたのよ。それも二つ。」
「ふふん、それは風呂と倉庫の事だろう。」
「ふん……悪かったわね、倉庫で……。」
「うふふふ……。」
その後、ワルスとサワにだけお初の精霊やドラゴンらが紹介された。サワの娘がゴンドラにせがみ、ドラゴンの背中に乗って飛んでいたのだ。
「うちの娘、ドラゴンスレイヤーだわ!」
この夕焼けに小さな娘を乗せて飛ぶドラゴンの風景をオレグは黙って見ていた。
(ドラゴンの騎手に育てよう!)
1249年1月15日 プリムラ村
*)ビールが駄賃
あれから二週間が過ぎた。この十日間でコーレグ金貨が五百枚が作られた。帰りたいとワルスとサワが嫌がるのを、この日の為に無理に引き留めていたのだ。
「私たち、エストニアのパブを開店させなければなりませんのよ。帰ります。」
ワルスとサワはレバルに二つのパブをルイ・カーン侯爵のオレグから任されているのだった。主人の二人、ワルスとサワが留守の時はメイドが開店させているはずなのだが、
「いいえ、お店は私たちの各一人とメイドが各二人でやりくりしています。私たちが居ませんと開店は出来ません。」
と強情に言い張るのだが、
「公爵の命令だ!」・・・・・・「ははっ~!」x2
と強引に引き留めてしまった。
「な、金貨五百枚を渡すから、使ってくれ!」
「ええ!! 金貨・五百枚ですか~~~。」
当然二人は贋金と知ってはいるが、つい本物の金貨だと勘違いしていたから、大きく驚いてそして喜んだ。……可愛そうにと思うのは姉妹らだ。
「あぁ。このコーレグ金貨で色々と買い漁ってくれないか。ただし、絶対にギルドには持ち込むなよ。」
「はい喜んで~!」
「この金貨の絵図は公爵さまなのですか?」
その時、ゾフィが恐ろしいことを言った。
「オレグ、その二人を殺す気か? 残ったチビは干物かヒグマのペット!」
「な、なんですか。ゾフィさん、私たちがどうして死ぬのですか!」
「あ、それ、去年もあったからさ、老婆心だ。気にするな。」
「気にします。大いに気になります。……公爵さま、なんですか、殺すとか!」
「あ、それな。……俺も行く。金貨は俺が使う。心配要らない。」
「この金貨は呪われているのですか、!」
「いいや、地金だった金が呪われているのかも知れない。」
「オレグ、それでいいの? その説明で、」
「同じさ、俺が使うからいいさ。」
「それはそうだけど……。」
ゾフィが老婆心で忠告しそれで夫婦が驚いた。今度はオレグが使ってみるからと言うので、ソフィアが心配しているのだ。
「オレグ兄さまは、天才詐欺師ですから!」
「リリーからかわないでくれないか。俺はハンザの商人だぜ。」
「そうね、ハンパの、ね。あと五百枚が出来たら持って行ってあげる。それまでヴァイキングの呪いで死なないようにしてよね。」
「そうかぁ~? ソフィア。とても助かるよ。」
「ふん、オレグは私が付いておかないと、何も出来ないのよね。」
「いやリリーの方が頼もしいのだが、ソフィアでもいいよ。」
「でも?……あ、あんん? でも、とはなによ。でもとは。随分とお高くとまっているのね。また飛ばしてやろうか? その空っぽの頭をよ!」
「ひ~! すみません。是非ともお手伝いをお願いします。」
こうしてオレグとソフィアもレバルに行くことになった。リリーは五百枚の金貨が出来た時点でゲートで飛んでくることに決まった。今年一番の船が入港するまでにもう一つの仕事、プリムラ村の家屋の整備を終わらせなくてはならない。
「シュモクザメさん。」
「おう、わが娘。」
「もうすぐ第一便が入港よ、もう完成したかしら!」
サワがギルド長に爽やかに声をかけている。
「それがな~?」
「ま~た。オレグさんの図面で閊えているのね?」
「そうなんだよ。聞いてもうやむやに言われて理解できないのよ。」
「だったら見せて、その悍ましい図面とやらを。」
「これだが……どうだい。解らないだろう。」
「うん、…… …… ……。……。」
「シュモクザメさん。ここはこうして、あそこはあ~して。あっちもあ~して、それから屋根は茅葺で済まそうか!」
「そ、そういう意味なのか。茅葺は村の連中に丸投げだな!」
「だって出来ないのですもの。仕方ありませんわ。それよりも一日早く片付けて親子で酒を飲んだらいいわよ。」
「おう、いい考えだ、ありがて~!」
シュモクザメは前世のオレグの父親で、サワは同じく前世の子供だという。真偽は不明だ。この物語が終わって次の物語が始まって、それで判るのかも不明。第二、第三、第四に進んでみないと分からない。場合によってはうやむやか!
長生きする妖怪や妖精にしてみればオレグとかどうでもいい男なのだが。
最終日の夜。お別れの宴が始まる。ここでオレグはシビルにとある魔法を頼んだのだった。
「シビル、ビールはまた次の便にたんまりと載せて送るからさ、少しお前の魔法をこのコーレグ金貨にかけてくれないか。去年は失念していたからさ、もう少しであの十人を殺させるところだったよ。」
「ケッ、お前も殺されてしまえ。そうしたら魔法を全部の金貨にかけてやってもいいぞ。」
「俺が死んだら意味がないだろう。それともなにか?」
「あぁ、その何かだよ。お前が死んだらこの俺は自由になれるのだから。」
「いいや、俺は昔の家族への仕打ちは忘れていない。俺が死ぬ時はお前も道連れにしてやるよ。」
「だったら同じじゃないか。連れはいいからお前だけで行ってけろ! ウピ!」
「飲み過ぎだろう。まだビールは在るのか?」
「そうだな、リリーが隠しているようだ。まだ在るだろう。ウピ!」
「それはよかった。これ、この金貨だ。よろしくお願いけろ。」
「ケッ、しゃぁ~ね~な~。けろケロケロポアー!!」
「済んだぜ、あの夫婦と妖怪で試してけろ。」
「あぁ?? あぁ。分かった。」
オレグは贋作金貨をちゃらちゃらいわせて妖怪ジジイに見せた。
「おう、いつもニコニコ現金払いで助かるよ。」
「あ、そうかぁ~??」
シュモクザメは異もなく全部を一瞥して受け取った。
「サワ、これ、今回のお手伝いの代金だ。とっておけ。そしてタンス預金な!」
「わ~こんなに頂いて良いのかしら!」
「あぁいいのだよ。将来の娘のレンタル代だ。」
「レンタルですか、まだ小さいのに役にたつのでしょうか。」
「もちろんさ、ある特定の男だけの限定だがな。」
「タンス預金、頂きます~!!」
「な、ほら?」
「そうだな、いいように誤魔化し魔法が効いている。」
「俺にも駄賃。」
「ビールが駄賃。」