第161部 ソワレの秘密 ソフィアの秘密
「リリーは本当に疲れはてて最後の力もなかったんだな。身一つで飛んでれら! 出奔ポンで。」
オレグはリリーがゲートで飛んで行った後を見てそう思った。リリーが座っていた所には、セミが殻から出たように服が全部残っていたのだ。そう、この場から逃げ出したような、出奔ポンで。
「オレグ寒いわよ!」
「そう思うならソフィア、帰って温めてやれよ!」
「オレグさん、それ意味が違うでしょう?」
1248年12月21日 エストニア・ハープサル
*)女王と公爵 前置き
ある小説を読んでいましたら『船頭多くして、船、山に登る』ということわざが書いてありました。このころのバイキングは総出で船を担いで丘を越え、山を越えて遠い川にたどり着き航海を続けていました。そろそろそのバイキングを登場させてがいいのでしょうか。でもその前に続きを。
ヴラドⅡ世はルーマニアの公爵で黒海に面する国でもあります。(ヒント!)
ソフィアが一番早く目を覚ました。十二月も終わるような寒い季節にも拘わらず外にも内にもごろごろと死体、いや酔っ払いの男どもが転がっていた。ソフィアは
「掃除でもしよううかな!」
奇勝(不思議)な、いや殊勝なことを言って外に出て山に向かった。
「あ~朝一番というのは気持ちいい~、序に発声練習でもしようかしら!」
ソフィアは港の横の小高い岩山に登り村を見下ろした。
「あ、ここね、子龍と蟷螂が戦ったというのは!……素敵な樹。」
ドラゴンと公爵を随分とバカにした言い方だった。そこには大きな赤松が聳え立つように自生している。だが大きいのは幹だけだった。強い風で折れたような感じだから、聳え立つとは言えない。それは在りし日の残像を思っての感想だろう。
その松の木の周りには大きな柱を立てたような残骸が見てとれる。昔は遠くからでもこの港の位置が判るように継ぎ足し継ぎ足ししながら、天高く柱を建てたのだろう。それで強風に耐えられずにポキッと折れたのだろうか。それとも別の山にロープを渡して空中輸送に使っていたとか。
ソフィアはその折れた松の木に登って、そして踏ん張って大きく息を吸った。
「ウォ~ォ~ オ~~ォ ウォ~~~」「ウォ~ォ~ オ~~ォ ウォ~~~」
ふう!
「ウォ~ォ~ オ~~ォ ウォ~~~」「ウォ~ォ~ オ~~ォ ウォ~~~」
「もう一丁! 今度は向こうの岩山に向かって!」
「ウォ~ォ~ オ~~ォ ウォ~~~」「ウォ~ォ~ オ~~ォ ウォ~~~」
「これで村の全員は起きたでしょうね。お掃除できたかな?」
村ではオオカミの遠吠えが良く聞こえてそして木霊も良く響いた。村人は昨日の今日だからオオカミの声には敏感に反応した。最初の遠吠えで目を覚まし、次の遠吠えで上体を起こし、三つめの遠吠えで家に逃げ出していたのだった。
「おうおうソフィアめ! 随分と張り切っているな~。」
「ハ~クション。もうお姉さまったら驚いて裸で飛んできましたわ。クシャン!」
「リリーの服、俺が温めておいてやったぞ。」
オレグの親心、子要らず。
「もう、その服は着られません。そこのミノムシをひん剥いて着せて下さいまし。」
「それ、俺がやってもいいか!」
「えぇ構いませんわ。でも命が足りないかもしれませんわね?」
「んん?? ……男冥利に尽きる、だな。」
リリーと二人してミノムシを苦労して解体し、蓑と虫に別けて服を着せ終わったころにソフィアが鼻息を荒くしてオレグの前に聳えたった。そう赤松のごとく。
「オレグ、聞かないけれども、言い残す言葉はありますか?」
「ご愁傷さま!」
リリーが言い終わる前にオレグの汽笛が港に響いた。
「ゴ~~~~ン!!!!」 と!
「夜明けの鐘の音だね! もう出航かい??」
と船で寝ていた者が起きだした。
「オレグ、バカばっかり!」
「お母さま、今日は穿いて頂きますわ。」
*)女王と公爵 その3
そこにはリリーらしかぬリリーの姿があった。
「こら~! 起きろ、起きてはよ飯を作らんかい、このボケ!」x6
と大声で魔女を蹴飛ばして起こして回ったのだ。
「きゃ~お嬢様、ご六体な!」x6
そしてリリーは部屋の隅に飛んでいったあるものを拾ってきた。
「お兄さま、首がもげていましたが、よっこいしょ……これで繋がりましたか?」
「あぁ三十秒以内だったから繋がったよ、ありがとう。」
「イヤ~~!! ぎゃ~!」・・・・・・・・・・・・・。
悲鳴の方を見てみると、そこにはソフィアがリリーが着ていた服を魔女から剥がしているところだった。
「ペシ! ペシっ!」「ペシ! ペシっ!」「ペシ! ペシっ!」
往復びんたに尻叩きを非情なまでに執拗に繰り返していた。
「お前のせいで私のオレグが死んだのよ、どうしてくれるの、お前も死になさい。そしてあの世からオレグを連れ戻りなさい。」
キャットファイトにも例えられない、おぞましい女の執念が見てとれた。
「オレグ、うぅ……、オレグが死んだのよ、オレグ…………。」
「お前が殺しておいてなにを言う。私には関係ない。」
これら騒動を指さして、
「さ、お母さま。次はお母さまの番にならなければいいのですが? う~ん??」
「はいヤドヴィガ。この薄情者!……いえ、全部白状いたします。」
「俺の嫁と妹、こえ~!……女ども。こえ~。」
主だった者が中央の囲炉裏の周りに集まった。ヴァンダ女王は観念したようやく重い口を開いた。
「お腹空いた!」
「お母さま、お食事はお話の後です。まだご飯は出来ていません。」
「あ、はい。ヴラドⅡ世と知り合ったのは1222年のクリミア地方で、ちょうどジンギス・カンのクリミア侵攻時でした。お里帰りしていた時に騎馬のごろつきに囲まれていたのを助けて貰ったのです。それからルーマニアのトランシルバーの古城で三日おきに密会を重ねていましたら、騾馬ーの関係になりお前が生まれたのです。」
「ひぇ~!!!!」
「お前、バカですか。お前の籍の父親は公爵さまではありません。間違わないでください。」
「ひ、ヒ、ふ~、助かった~!」
「ヒ? それって、まさか! ポーランドが抜けているの?」
籍だの、公爵だのとしか言わないあたりが怪しいと考えるソフィア。どちらも父親は公爵なのだから。
「ジンギス・カンのクリミア侵攻はルーマニアには及ばなかったのは、公爵さまが陣頭指揮をとられて勇敢にも立ち向かわれたからなのです。クリミアはその公爵さまの広大な領地の一つでした。公爵さまの奥様のヴァシリッサさまは、そこのクリミア半島の生まれのお姫様らしいいのです。」
「ヒ!」
「?? そのクリミアの民は不思議な力を持っていまして、なんでも自由に並行世界へ行けたそうです。」
「ヒ!」
「?? 誰ですか。公爵さまがその事実を知られたからでしょうか、強引に、それも何度も侵攻されてようやく奥さまになられたヴァシリッサさまを捕まえたと、それはも嬉しそうに話して下さいました。」
「ヒ!!」
「私は古城に三月は滞在しましたでしょうか、もう私も故国のポーランドに帰る事になりましたが、便りだけは欠かさずにお送りしていました。そして私は病気になり自由に便りも出せなくなりまして、とうとう腕も動かせなくなりました。」
「お母さま、可愛そう。」
「いいのですよヤドヴィガ(=ソワレ)。あれは恋煩いでしたので!」
「ブー!……でも本当は脚気で手足も動かなくなったのでしょう?」
「えぇ恥ずかしいので暈していたのよ、ちくらないで!」
「あ、はい。」
「乳飲み子のヤドヴィガを連れての長旅はとても大変でしたのよ、判る? ソワレ。あ、あん??」
「いいえ全然。ソワレちゃう。」
「最後の便りが別れて五年後でした。それから一年ほどして公爵さまは便りが止まったので心配になられて、お忍びでお見舞いに来て戴きました。」
「その時のことを私が思い出したのね。」
「そうですよ、私の姫様病を脚気だと見抜いてね、」
「うんうん、それから……ねぇ、それから?」
「人払いをして毎日ベッドで私を突いて温めてくれましたわ~!!」
「ま、お母さまに会えないと思っていましたら、もう~ひど~い!!」
「一人娘には悲しかったですね、ごめんなさい。それから王都に恐ろしいドラゴンが出るので、随分と騒がしくなりました。」
「うんうん、それで?」
「そうです、私の病気にはドラゴンのなにが良く効くと言われてね。」
「そしたら娘の私を連れていったのですね。」
「えぇ、あの時はそんな怖いドラゴン退治とは思いもしませんでした。突然、『ヤドヴィガを貸せ~、俺がお前の病気を治してやる~!』と言って有無を言わさず連れ去ったのです。そうして『これを食べれば明日には元気になる。』と言われて口に大きいお肉を突っ込まれました。美味しかったわ~!」
昔を思い出してうっとりとした表情になるヴァンダ女王。この王女の顔を見てこれまたうっとりとした顔になる娘のヤドヴィガ。うり二つだった。
「わ~そっくりだ~!」
「おおぉ~本当に母娘だったのか~!」
と外野は騒ぎ立てたのだった。
「えぇもちろん母娘ですもの、歳もそう違わない二十六歳です。」
「うっそだ~!!」
「ヴァンダ女王さま、どこかウソはございませんか? そのウソ。本当はソワレは公爵さまの愛娘とか!」
「あ~あん?……それもアリかしら!」
「ヒ!!!」
「それで私が持ったと思われる血はどうなのよ。」
「それ、どうと言われてもね、あれは私とお前と公爵さまの奥方のヴァシリッサさまの生血に決まっているでしょうが。あの生血を飲んだからドラゴンが死なずに今まで生きてきましたのでしょう?」
「お母さま、それ、あなたが言うのですか、お母さまの精気で弄んだくせに!」
「だぁ~って、私は精霊になるとは思いませんでしたし~、都落ちで寂しくてついゴンドラと知り合って~、それに~、曰く付きの二人とも寂しかったし~……。」
「ではこの私に流れている血はなんなのよ。」
「それは、、、、、私の血なのよ。本当はお前、あの時にドラゴンに血を吸われていてね、半凍半生の状態で三日間保存食、いや保存されていてね『娘を死なせたくなければ早く元気になって母親の血を注いでやれ、さすれば生き返る!』と言われてね、来る日も来る日もたくさんの食事を摂って、三日三晩公爵さまには突つかれてね。」
「もうお母さま。ね、ではありません。よくもそのような恥ずかしいことを人前でしゃぁしゃぁと言えますね!」
「だぁ~って~お前が話せ、話さないと殺されると脅かすし~。」
「で、その公爵さまの奥さまとは喧嘩とかありませんでしたか?」
「あぁ、あれは『お国が大変なのよ、戦争なのよ』と言ってお婆の巫女を助けにいかれました。それからはスケベ爺に孫が浚われて、それがショックだったらしくて、トランシルバの古城で臥せられたとか!」
「ヒ!~!~!~!^!^。」
ヴァンダ女王の説明をヒ~ィヒ言いながらも大人しく聞いていたソフィアは、みるみると顔面蒼白になっていった。
「私、もうだめ、死ぬ~!」
「お姉さま、どうされましたか! お姉さま。」
「そうだな、ソフィアの母方のご先祖さまの土地らしいよ、ソフィア、そうだよ……な?」
「オレグ嫌いよ。……もう死んでちょうだい。夫婦の縁もここまでね。」
「おいおい、俺は離縁するつもりはないよ。それに……もうお前は俺を殺したではないか。私を殺して~! と言うのならその望み、叶えてもいいぞ!」
「オレグ! ダメ~~!!!」
オレグの言葉を真に受けたリリーが大声で叫んだ。そうしてソフィアに覆いかぶさるような恰好で抱きついた。
「ソフィア、泡吹いて死んだか!」
ヴァンダ女王の説明をオレグが尋ねた。
「ヴァンダ女王さま、この二人は異母姉妹なのでしょうか!」
「え、あ、はい。そうなりますでしょうか~。」
怖いことをすんなりと言うヴァンダ女王。
「だってソフィアとソワレは仲がよろしいでしょう?」
「ええええ~~~~!!! そんなの、ウソだ~~~~!!!」
この場の全員が驚いている間にリリーも口から泡を吹いて倒れてしまった。しかし、
「ワ~ッハッハ~わ~っはっは~。」
と大声で笑うオレグ。
「ソフィアの婆さんというのなら信憑性も出てくるが、姉妹はありえない。だってこやつには、蒼き狼の血が流れておる。」
「へ~そうなんですか~!」
と感嘆するようにヴァンダ女王は言うつもりだったらしい。だが、
「それ間違っています。ソフィアさんは確かにクリミア半島で産み落とされた正真正銘の、それも庶子(妾の子)のミルチャの生まれ変わりです。」
「グわ~~~ん!!!!!」
今度はオレグが大きく泡を吹いて卒倒したのだ。侵攻中に仕込まれたといのだ。
「ケケケk・・・・!!」
と囚われの魔女が高笑いをした。
「呪われた家族なのね、もう全員お仕舞よ!!」
「うんうん、そうだね! ヤドヴィガも卒倒したし、この物語も終わりだね!」
次章は有ります、続きます。ドラゴンです。
「こらオレグ。ここは昔の俺とヴァンダ女王とヴラドⅡ世との関係を問いただしているんだ、神さんのことは犬も食わぬ!」
「フン! どうせ私は人狼の始祖だわよ。神ではないわ!」