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人狼夫婦と妖精 ツインズの旅  作者: 冬忍 金銀花
第三章 オレグvsアルデアル公
147/257

第147部 オレグと家族の帰郷


 1247年10月16日 ポーランド・グダニスク


*)オレグと家族の帰郷


 オレグがグダニスクに着いた。直ぐに方々に伝言や噂が広まる。秋の収穫のライ麦を前にしてとても忙しいはずのマクシム。デーヴィッド。それにエルザが喜んで飛んで港にやってきた。


 オレグはフォレスンド襲撃に遭い再び負傷していた。この負傷は誰にも言えない恥ずかしい負傷なのだ。相手がソフィアなのだから恨むこともできない。


 第一報の知らせは二日前にグダニスクのマクシムには届いていたのだ。また、デーヴィッドにも知らせていた。オレグが動けないほどの負傷を負っている事も合わせて。


 オレグはリガでは下船せずに船に残っていた。爆風でボロボロになったボブの船が入港したのだ噂は尾ひれがついて、北の海でクラーケンに襲われた”と言う真しなやかに噂が広まる。噂は信憑性の無いバカげた内容がより広く拡がるものだから広めた奴はニタニタと笑っているだろう。


 それとは別にオレグの生存がハンザ商人らにより、ハンザの本部のグダニスクに、マクシムにと伝わった。リガに逗留した二日の差だけだがグダニスクへの入港日までは、さすがにマクシムには伝わることはない。



 十月十六日 グダニスクの港に一艘の黒い船が入港した。噂通りのボロボロな船だった。


「旦那、マクシムの旦那。港におんぼろな黒船が入港しやした。もしやあれがお待ちの船でしょうか。」

「おおおぉぉぉぉ、きっとそうであろう。俺も直ぐに行く。馬車を用意してくれないか。」

「旦那、港は目と鼻の下ですよ、走れば早いでしょうが。」

「そうかお前はクビだ、もう来なくていい。」

「それはあんまりだ。」

「だったら頭を使え。お前は脳筋だからうだつが上がらないんだ。馬車は俺ではなく怪我したオレグを運ぶのだ、急いで支度しろこのバカチン!」

「へいへいクビは取り消しで?」

「知らん、」


 と言うマクシムは喜びでいっぱいだった。このような男を雇用する男の方こそがより大きな問題があるのだが。


「社長!」

「おう入ってくれ。歓待の用意は出来るか。」

「楽ちんです。面倒ですのでデーヴィッド商会に丸投げいたしました。」

「ははそれがいい。俺は見舞金だけで済むのだな。」

「はいさようでございます。して、その見舞金はいかほどに?」

「あの船を一艘だな、あいつ、泣いて喜ぶぞ!」

「はい泣いているところが目に見えるようですわ。」

「ところでマクシム。いつ新造船を発注したのですか? この私は知りませんですが、あ、ああん??」

「おいチャカ。春に言っていただろうが、忘れたのかい?」

「まぁマクシム。そうでしたか忘れていましたわ!」


 だが新造船の建造の出費計上はチャカは記録にないと言い張る。んな訳はない。本当にマクシムはチャカには伝えていたのだが。


「それでマクシム。船の代金はあなたのポケットマネーですわよね?」

「あ、あぁ、そ、そうするよ。商会からは出さないよ。」


 マクシムの妻、チャカは部屋から出て行く。


「やった、船の代金は私のものだわ!」

「ルンルン。なに買おうかかな~!」


「チャカ!」


 急に事務所のドアが勢いよく開いた。チャカはビクッとして背筋が凍る思いがしたのだった。脂汗を拭きながら呼ばれて、出来るだけゆっくりと振り向く。


「…………、はい、なんでしょうか。社長。」 

「あの三姉妹も一緒だ。デーヴィッドのパブに行く前に俺の家の風呂に入れてやれ。もう三年は風呂に入っていないはずだ。それに、」

「はい綺麗な絹の着物は用意いたしておりましたがお風呂までは気がつきませんでした。さすがは我が夫ですわ。」

「それに今日明日でいいから建造船は包んでおいてくれないか。」

「まぁ随分と豪快なプレゼントですこと!」


 包めるような誕生日の小さなプレゼントではないのだが細君は細目になって了承していた。マクシムはニタッと笑いながら事務所に戻った。


「なんで包みましょうか。黒い煙がいいかしら!」


 これを聞いたマクシムは「ムギュゥ~!」とひと声を発した。さてチャカは何を使って船を包むのだろうか。・・・思案中!


「旦那さま、馬車のご用意が出来ました。」

「ありがとう、デーヴィッドのパブへ行ってデーヴィッドを拾ってから行く。」

「では、あのバラの花は先にお届けいたします。」

「そうしてくれないか。妹が喜ぶだろう。いやいや待て。館の来賓室に飾ってくれないか。チャカがここで開くかもしれない。」

「はい承知いたしました。」


 マクシムの御者は優秀。常にマクシムの事を考えて行動している。チャカは館に帰りメイドたちに激を飛ばす。


「綺麗に磨けよ。ほらそこも。」

「はい奥さま。」

「ほらほらほら、はようせんか! なんば、てれ~っとしょうるとか!」

「はい奥さま。お風呂は完璧にお掃除いたしました。」

「よろしい。で、お湯は?」

「はいィ~ィ~ィ~!」


 お湯が入っていなかった。


「むぎゅぅ~!」


 石鹸もシャンプーもタオルも多数用意されつつあった。


「さぁ~て私はどしようかな! ……船を包めるかしら。」


 チャカは大金をせしめて嬉しさを包み隠せずに顔の表情に出ている。



*)故郷に立つ


「おいおいおいシビル。そんなに早く船を進めるな、急には止まれないぞ桟橋にぶつかる!」

「ボブ、だ~(ヒクッ)いじょうぶよ。上手く止めてみせるわ。」


 シビルが急ぐ理由はオレグの態度にあった。オレグを見ていたら可笑しくて笑い出しそうになった。


「なにオレグったら、とても懐かしいのね。あんなに足踏みをしているのだもの。動きにくい足運びの練習なのね。」


 オレグは階段で三段を登って降りての繰り返しを行っていた。


 シビルは三杯目のビールを一気飲みして、


「船を止めるぞ~!」


 と大声で叫んだ。同時に強い風が正面から吹いてきた。


「きゃ~!」


 女の一人が風に煽られて船の欄干に引っかかった。


「おうもう少しだったか。残念。」

「こらシビル。大概にしておきなさい。」


 ソフィアが怒鳴る。海に落ちそうになったのはソフィアなのだ。オレグと同じく港にいの一番に降りる気満々だったからふねに足が着いていなかった。


「ぎゃっはっは~! すまないね~ソフィア。」

「ん、もう! シビルのバカ!」


 こんなやりとりを見てうふふと笑うリリー。その横にはゾフィが居る。いやいやまだ早く降りたい者も控えている。ギーシャにヘステアだ。シーンプは積み荷が心配で船倉の中に籠っている。


「止まったぞ~ロープを投げろ~橋板を渡せ~!」


 とボブが大声で叫んだ。三本のロープが投げられて大きい柱に巻かれる。


「お~い板を渡すぞ、受け取れ。」

「お~いいぞ、板を倒せ!」


 桟橋に立てられていた板がボブ目がけて倒された。船の欄干に当たり欄干が大きく壊れてしまうが、


「すまない、強すぎたか~!」

「いいやこれが俺の船だ。壊れて沈む前に下してくれないか。」

「なんだい、人間よりも荷物が先なのか~。」

「そうだ、もういつ沈むか判らないのだよ。」


 今まで船は進んでいたから沈まなかったので止まれば浸水してくるというのだった。


「早く早く荷物を下してくれ~!」


 船倉でシーンプが大声で叫ぶ。バンバンと音をたてながら橋板が多数倒されていくのだった。


「早く早く荷物を下してくれ~!」「早く早く荷物を下してくれ~!」


 シーンプの悲壮な悲鳴が響く。


「おう早く荷を甲板に上げろや、お前は下に行け。」

「早く早く荷物を下してくれ~!」


 シーンプは気が動転しているからか同じことを繰り返し言うだけだった。もう水が見えていた。



*)ソフィア、陸に立つ


「キャッホー! 憧れの高校だー! 東京だー!」

「それは違うでしょうが、まじめに書いて下さい。」


 ソフィアは橋板を使わずに飛び降りる。


「リリー、ゾフィいらっしゃい。受け止めるわよ。」

「お姉さま、いいのですか~。」

「いいわよ、さぁ跳んで!」

「ゾフィ行くわよ、二人一緒だからね。」

「いいぜ転んでも。」

「それ~、」

「きゃぁ~~!!」「ドテ、ゴロン・ゴロン。」

「お前らはいいわな~!」

「オレグも跳んでおいでよ、受け止めてあげるよ~。」

「いいやいい。自分で降りる。」


 オレグは杖を使いながら一歩、一歩、船の感触から橋板の感触を踏みしめて、そしてグダニスクの大地の感動を嚙みしめた。


「とうとう俺は帰って来たぞ~!」 「キャッハ~!!」x3


 三人が駆け寄りオレグに抱き着く。追加で男女の二人がさらにマクシムがチャカが抱き着いた。


「お帰りオレグ。」x2

「お帰りなさい、オレグさま。」x2


「おいおい、もう離れてくれ、デーヴィッド、エルザ。」

「オレグさん良かった、良かった。」


 と涙目のマクシム。


「オレグさま~、」


 遠くに聞こえるはギュンター、ユゼフ。それに馭者の連中だ。グラマリナとエリアスはパブで静かに待っている。ソワレとエレナは村の護衛として留守番。


 チャカは三姉妹の手を引き歩き出した。


「ソフィアさまそれにお妹様方、ここは騒がしいのでひとまず私たちの館に来て下さい。湯あみと着替えが用意してございます。」


「まぁチャカ。ありがとう。」

「どうして私の名前を?」

「初対面ではないはずよ、ブランデンブルグだったかしら。」

「……。」

「違いましたか?」

「はい私は初めてでございます。チャカと言います。」

「お世話になります、本当に涙が出そうですわ。」

「もう着きました。さ、お入りになられて下さい。」


「ほらほらほら、はようせんか! なんば、てれ~っとしょうるとか!」

「はい奥さま。」

「あら、つい地が出ました。ハシタナイですね。」

「いいえ、とんでもございません。」

「ありがとうございます。」x2

「ゾフィはお風呂はどうしますか?」

「うん、いっ、いや、俺は遅れて一人で入る。」


「ほらほらほら、全員で取り掛かりなさい。」

「はい奥さま。」x9


 チャカは三人を強引にお風呂場に案内した。


 ソフィア、リリーは当たり前に服を剥されていくが、ゾフィは必死でガードをしている。


「奥様、援軍をお願いします。」

「ゾフィですね、お・ま・か・せ。ね!」

「ぎや~俺は男だ~離せ~解放しろ~!」

「うんうん。」

「綺麗になりましょうね~!」

「ぎゃ~!!」



「オレグさん、馬車に乗ってください。奥さまは館に寄られてから参られます。」

「すまないね、本当に助かるよ。俺はパブの風呂に入るから、」

「はいはい準備いたしております。服はいつものトレードマークの服ですね。」

「それはありがたい。侯爵の服はきつくてかなわん。」

「おやおや侯爵さまでしたか、失礼いたしました。」


「ボブたちはどうするのだ。」

「はい荷下ろしが済みしだいに来られますよ。」

「あの船は沈むだろう、荷を下したら沖で沈めてくれないか。」

「……大丈夫でございます。もう作業も済んで沈んでいる頃でしょうか。」

「おいおい随分と早いじゃないか。」

「三十人から作業に当たらせました。マッハ十五ですよ。」


 ボブの船からは外せる物は全部剥して港に下された。オレグは帰郷で嬉しくて港にクレーンが据えられているのに気付いていない。そのクレーンを二基使って船を支えていたという。最後は曳航されて沖で燃やされてしまった。


 アルデアル侯の呪いが船と共に消えた。オレグの平和が戻った。


「オレグさん、もう歩けるのですね。仮病でした~ぁ~??」

「あれ、あれれ? これはどうした事だ!」



*)帰郷祝い 


「オレグさん、」

「はい、なんでしょうか。」

「私、腹ペコなのです。」

「それは俺も同じですよ。」

「貴方は平面ですからいいのです。宴会を書けば私の腹が減りますので、帰郷祝いは全面カットいたします。」

「え”そんな~あんまりだ!」


「グラマリナさま、お助け下さい。」

「私の出費が高いのでここは全部カットです。オレグ、トチェフで待っておりますよ。元気になってお帰りなさいね。」

「そんなのイヤだ~!」


 オレグはパブの風呂に入り部屋に上がって寝てしまう。


「く~腹が減った。」



 マクシムの館では、女たちだけで夜遅くまで宴会が続いたという。オレグへプレゼントされるはずの船はすっかり忘れ去られた。


 アルデアル侯の呪いなのか。



*)トチェフ村


 デーヴィッド商会が臨時休業した。親子三人で馬車に揺られてトチェフ村に来た。そんなこんなでグダニスクから十台もの馬車が入ってきた。トチェフ村から行って帰ってくる馬車を含めて十三台の大所帯になるのだ。


 その中の大御所、オレグとその家族が乗る馬車には多数のバラの花が飾られていた。トチェフ村に入る一時間ほど前。


「オレグ、顔を出しなよ。」

「やだよ、こんな恥ずかしい。」

「あらお兄様。このバラの花はとても若くて綺麗ですわ。」

「そうですよオレグ。オレグには自信を持って村に帰って欲しいわ!」

「ゾフィにリリーにソフィアまでなにを言うんだい。俺は、俺は、寝る。」

「んまぁ、たぬき!」

「たぬきはオオカミの格好の獲物ですわ。お覚悟を!」


 と言いながらソフィアがオレグに馬乗りになって騒ぎ出す。


 グダニスクからはドイツ騎士団の目があるから東西南北の四方から馬車を走らせたのだ。これほどに神経を使うからグダニスクから派手な飾り付けは出来ないものだ。


「これほどのバラの花、凄いな~。」


 と最初はオレグも嬉しがっていたが、いざ馬車に飾られると聞かされたらイヤだ! と言うのだった。


 トチェフ村の簡易結界に入ればもう目の前には農民の人山が見えていた。


「ひゃ~俺は、俺は、いい。寝ている。」


 と最後まで顔を出さなかった。


 開村以来の大多数の馬車の列で村民は驚く。村の中心地にあるパブや宿屋の広場前に着いた。エリアスの迎賓館が在る。ここで領主さまとの面会となった。


 目をキラキラと輝かせるグラマリナ。横でエリアスがアリスを抱いて閉口しているのはいつもの事。三人の横にはソワレとエレナが今は見えないがどこか近くに居るはず。


 涙を潤ませてオレグを見つめるギュンター。それと嬉しそうにほほ笑むユゼフ。


 農場のレオン、石工のマシュ、建築のジグムントそれに家具職人のヘンリク。オレグの倉庫やビール工場で働く農民たち。揃って歓迎に出てきている。


 特に木の器やブドウで世話になった者を見たらオレグは涙を流した。


「なぁソフィア。俺、なにかしたのか? どうして俺を見て喜ぶのか分からん。」

「そんな事も分からないの? オレグはダメだね。」

「お姉さまが言える言葉ではありません。これは永遠の謎です。」

「ケッ、無視して家に帰ろうぜ!」


 三年も村を離れていて、ましてや下界の出来事も知らない三姉妹にはオレグがトチェフに及ぼした影響は知る由もない。


 オレグは直接、間接ながらもトチェフ村の工業製品や農業産品を多数動かしていたのだから、村としては大きく栄えていたのだ。特にビスワ川沿いのライ麦の黄金地帯の開発と輸出で、莫大な富が領主の懐を温めたから、少なくとも農民の賦役が減り代わりに給金が支払われるので人々は喜んでいた。


 貨幣の浸透がより早くなった。


 これらの事は後日、グラマリナとギュンターから説明を受けて理解が出来た事だった。今現在、ルイ・カーンとオレグが同一人物だと知らないグラマリナは、琥珀で損を蒙った件は少なくとも苦情は出ない。知れば金にねちっこい性格のグラマリナは、常に口撃をオレグに飛ばしてくるだろうが。


 領主よりオレグとソフィア、リリー、ゾフィの帰郷の歓迎を受けて、夕方前からはオレグの倉庫の前の広場で村中の農民から歓待を受けるのだった。


「もう俺はだめだ。死ぬ。帰って寝る。」

「そうね、私たちも帰って寝ましょうか。」


 となるも主賓が抜けても続く宴会であった。領主公認で金も出さずに飲み食いが出来るのだ。ここ数年このようなお祭りが無かったので農民は喜び勇んでいる。


 オレグの宿屋に宿泊しているシーンプはここの食器も狙っている。次にグダニスクのマクシム夫妻。デーヴィッドと共に来賓として来た。デーヴィッドの家族三人も宿泊している。それとギーシャとヘステアと子供の二人も急いで帰る必要はないだろうと留め置かれていた。


 翌日、村はいつものように人々は働きに出ていなかった。昼を過ぎても閑散とした村の風景に一変していた。館でも同じだった。根性で朝早く起きたメイドは昼にはダウンしていた。


「おうおうこれは酷いな。村中が二日酔いになってらぁ。」

「オレグさん、倉庫に在った酒が全部飲まれてしまいました。」

「じゃぁなにかい? 宴会が終わったのは酒の所為だったのか?」

「はい切れた所為でございます。」

「今晩はどうすんだい。」

「えぇ!! 今晩も宴会があるのですか?」

「当然だろう。」

「はい、ビール工場からビールとワインを持って来ます。」

「そうしてくれ。ここは金を回収する必要がある。」

「オレグ、それどういう事なの?」

「そうだな、グラマリナさまから俺の預り金を戻して貰わねばなるまい。」

「グラマりナさまが、オレグのお金を持っているの?」

「あぁ、きっとそうだろう。ここは詳しくギュンターとユゼフに訊く必要があるのだよ。」

「じゃぁ、明日には乗り込むのね?」

「いいやまだだ。俺の傷がまだ治っていないからしばらくは待機する。」

「私一人ででもいいわよ。」

「よせやい。リリーはいつもの花壇かな。」

「そうね、留守の間の出来事を報告しているのでしょう。いっぱい、いっぱい花に声をかけて、いっぱい、いっぱいお花の声を聴いていると思うわ。」

「ソフィアは詩人になったんだな~。」

「そんなことはないわよ、さ、私もいっぱい、いっぱい、い~っぱいオレグの言葉を聴きたい。ねぇ聞かせてちょうだい。」

「子守唄は苦手だよ。それで寝てしまう我が女房にはムギュ~十分さ!」

「まぁ!」


 独りで寂しいゾフィは、


「火の鍛練をしてようかな。」

「それならうちに来てくれないか、助かるよ。」


 と鍛冶屋のレフが言い出す。


「いいぜ、鍛冶屋が燃えても知らないよ。」

「外のクズ鉄を燃して溶かすんだ。な、出来るだろう?」

「あとでたんまりとめしを食わせろや。」

「はいはいナンボでもご馳走するよ。酪農のレオンから羊を一頭買っているからさ、一緒に焼いてくれ。」

「……。」


 ゾフィの火焔の魔法の練習が始まった。両手から飛び出す赤い火の玉。クズ鉄に当たりはじけて飛び散る。


「おいおい表面の錆びが落ちる程度だぞ。もっと力め!」

「ケッ、ばぁろう。まだ序の口だ。火加減の練習だぜ。」


 そこには赤いパンツで作った服を着た男のノアの姿であった。


「これくらいではあのアルデアル侯には対抗できないな~。」

「メ~メ~。」

「もうあの山羊は殺して食べれないよ。」

「いいえ、あれは羊です。」

「随分とちっこいから山羊だ! それにでかい角もあるし。」

「くそう、騙されたか!」




*)オレグの頭の中


 ただぼんやりと過ごしているオレグなのだが傷の完治に時間がかかり過ぎる。オレグとしたら身に覚えのない傷なのだが痛みはそれほど無いがとにかく力が入らない。歩くだけならばグダニスクに着いてからすでに歩いていたというのに変だと感じるようになった。


「オレグ兄さま、きっとこころの傷ですわ。とにかく身体を癒しましょう。」


 とリリーは言うものの。オレグにとっては退屈な日々が続く。


「オレグはせわしいのね。穏やかな幸せの日々が続いているのよ、少しは感動しなさい。」

「ソフィア、こんな暮らしは俺には向かん。村を歩いて回る。」


 村じゅうはライ麦の収穫前で忙しかった。


「そうだな、もう麦の収穫になるのか。俺も働いて稼がないと。」


「オレグさん、俺たちはグダニスクに帰るが、どうだい一緒にこないか。あんたにプレゼントを渡したいんだ。」

「マクシムさんありがとう。明日に行くよ。今日まではゆっくりと傷の養生をして過ごすさ。」

「そうか、明日は待ってるよ。」

「チャカさんお世話になりました。」

「え、あ、いいのですよ。ソフィアさんもご自愛くださいね。」


 次はシーンプ。


「オレグさん、村の特産品のお皿を、そうですね。五百箱を売って頂けませんか。絹の反物がまだ送れないでおりますしそろそろイングランドに帰りたいのです。」

「帰って家が在ればいいな、シーンプ。」

「か、からかわないで下さい。少し長すぎましたが、商人としては、五年、八年とか留守にする事も多々あるのです。」

「へ~そうなんだ。」

「だからリリーさんを私のお嫁さんに下さい。」

「無理だ、遣らぬ。帰れ。」

「シーンプさん、それはこの前もお断りしたはずですよ。」

「なんだ、りリーは長い間口説かれていたのか!」

「はい嬉しいです。」

「だが、イヤだろうな。ま、そういう事だ。シーンプ諦めろ。」

「はい……あと半年です。」

「ん? 何がだ。」

「リリーさんをイングランドに連れて行けるのが残りが半年なのです。もう諦めますので気にされないで下さい。」

「いや全然気にしていないぞ。」

「オレグ、少しは気になるとでも言えないのかしら。」

「んな事言える訳がないだろう。」


 少し歩いていたらギーシャの家族がいた。


「おうギーシャ。俺の家族を助けてくれてありがとうな。このお礼は娘が大きくなった頃には返すよ。」

「嫌です、この子はオレグの嫁には行かせません。きっと姑が怖いです。」

「あはぁソフィア。お前、どういう子守をしていたんだ?」

「もちろん猫かわいがりですわ。」

「そりゃ難儀しただろう。俺からは謝ることしかできないが許してくれ。」

「オレグさん、もういいのですよ。最後のお願いです。私たちを家に送り届けて頂けませんでしょうか。」

「了解した。ギュンターに頼んでおく。もうすぐマルボルクから帰るだろう、そうしたら優先で送らせるよ。」

「はい、」

「ガキンチョ、おさらばだね、バイバイよ~!」

「お姉ちゃん、だっこ。」

「うるさい、帰れ!」

「お姉ちゃん、だっこ。」

「ソフィア、その娘、俺に似ていないか?」

「ひぇ~!! ギーシャ、行くわよ。すぐに帰るわよ。」

「あらあらオレグったら、あとで痛い目に遭わせるわよ。」

「ひぇ~!! ソフィア勘弁して~。」


 この家族とは今日が最後になった。数年後には会えるのかどうか。この家族にはオレグから度々物が届いたという。



「この村に琥珀の工房を作るよ。エストニアのレバルから工房は引き上げさせようか。」

「オレグ、あれはあれで村の発展の為にも残したがいいわよ。コーパルを買えばいいだけではないわよ。」


 オレグは航海中にエストニアのレバルの事や、グダニスクの琥珀戦争の事などを話して教えていた。


「あのワルシャワはどうするの。まだ生まれないの?」

「あの娘は巫女なんだ。だから手元に置いておきたい。いいかなソフィア。」

「そうよね、もしアルデアル侯と対峙するような事にまで大きくなったら、巫女は全員を集めなくてはならないね。」



「そうなんだよ、俺らの拠点をグダニスクへ移そうか。」

「そうね、トチェフとグダニスクは三十k程度ですのも。五分もあれば行き来ができますわ。」

「オレグ、私は反対よ。逆にグダニスクへは五分で行けるのよ。ここで暮らすのもいいじゃない。あの街は大きくてお仕事にはいいのだけれども、歴史の流れには乗らないがいいわよ。街がドイツやデンマークになるかもしれない。その時にはどうするの、逃げるの?」

「そうだな、ここはリリーの案が正解だろう。俺みたいな喧嘩が好きな男は田舎暮らしが似合うだろうさ。」

「うんオレグ兄さん、ありがとう。」



「よし決めた。ここに琥珀の工房を造る。巫女たちも呼んで集める。それにこの村を俺の手で大きくさせてみたい。」

「いいわよオレグ。私も手伝うわ戦争よ!」



 港ではくず鉄相手に火球の練習を積んでいるゾフィが見えた。


「冷やかしに行くか。」

「火を冷かしてどうするの。火傷して入院になるわね。」

「それもそうだ。ここはボブの陣中見舞いで今後の相談をしておくか。」

「それがいいわ。ボブの船も見つけないいけないしね。」


 オレグはボブの詰所に入る。


「ボブ。明日グダニスクに行って船を探すぞ。」

「おう兄ちゃん待っていたぜ、明日じゃなく今すぐに行こうぜ。な、な!」

「ボブ船長。村には船が何艘あるんだい。もう足りなくなっているだろう。」

「いいや、ソワレが機転を利かせて小舟を多数建造したんだ。だからビスワ川とグダニスクのパイプは完全に繋がっているよ。」


「ほうそれは凄い。ソワレは凄いぞ。ボブは遠洋の船がいいのかい?」

「どちらかというと大きな仕事がしてぇ~よ、だから特大船がいいな。」

「そうか明日に考えよう。」

「おうそうしてくれ。」

「ところでシーンプの事だが、あいつ少し変か!」

「そうなんだよ、荷物を預かってるがどうするのか、この俺にも判らなくてさ難儀しているよ。」


 オレグの懸案なのだろうか。


「なぁボブ。この港には大きい倉庫が必要か!」

「そうなんだ、デカい倉庫と五基のクレーンがあればいいのだが、あいつを連れてきて造らせてくれないか。」

「あ、あのボブか、お前の弟だろう。自分で頼めよ。」

「それでもいいが金が高くなるだろうよ。」


「分かった、倉庫と港の図面は描けるよな。」

「ヘタだから無理だ。兄ちゃんが描けよ。口ではなんぼでも言うさかい。」

「うるさいから口出しするな。」

「ヘッ、そうはいくか。口は出させてもらうからな。」

「そうだな、少し下流にいい場所が在るからそこに池を造って港にするか。」

「離れたら賊の心配が必要だ。ここがいいよ。」


 詰所から出て辺りを見渡すと空き地が作れないこともなかった。飼育牛や豚の一時保管所を潰せばいい。あのドイツ騎士団を閉じ込めた場所が空くことになる。


 オレグはゾフィの元に行き、


「ゾフィ頼みがある。十cmの丸い鉄の棒を五百mほど作れないか。」

「……俺の腕位の大きさか、俺はノアだ。」

「それでいい。真っ直ぐな鉄の棒を二本倉庫まで伸ばして荷車を通したい。」

「荷車用だな。試してみる。出来たら教えるよ。」


 オレグは往復が出来る荷車を作りたいのだった。馬車は楽だが倉庫の中では馬車の切り返しが出来ない。


「あいつらはでかいし、なにとなにを放出するから嫌いだ。」


 翌日は久しぶりの雨だった。


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