第143部 ゾフィとの再会
「私も付き合うからゆっくりと食べて頂戴。」
「うん。」
コクリと頷いた。
「もう、どうしたら元気になるのかな~!」
1247年10月2日 ・ゴットランド島・ヴィスビュー
*)ゾフィのこころの傷
口の悪いノアなのだがゾフィに変身して女の心が分かったのか、ここに来てとても考えられないような弱音をはいている。二人の姉みたいなソフィアとリリーと逸れて淋しい。オレグとも逸れて淋しい。今は初めて会う女性が優しくしてくれるからうれしい。その反面、二人の姉が今でも暗い座敷牢に幽閉されていると考えたら、想えば思うほどに泣けてきた。今まで独りになった事がないのだ、淋しいとは無縁だった。
涙目で見るテーブルの前のアウグスタ。マリアさまのように思えた。もちろんキリスト教とは関係ない。
「アウグスタさん。」
「うん、なにかしら。」
「アウグスタさん、私どうしたらいいのか、分からないの。」
「そうね、お腹も空いているし、疲れてもいるわね。一晩ぐっすりと眠ればきっと元気になって今後の行動を考え付くわよ。」
「そうでしょうか、私は元気になれますか?」
「今晩はここに泊まりましょうか、私も付き合ってあげるわ。夫のニコライも待っているけれども今はゾフィちゃんが優先だもの。」
「そ、そんな、そこまでして頂く理由がありません。食事をご馳走になって言えることではありませんが、ニコライさんの元に帰られて下さい。私は、私……。」
「港で寝るつもりなのね、そんな事は私が許しません。今日は、いいえ明日も私はあなたから一歩も離れません覚悟しなさい。」
「そ、そんな、それは横暴です。」
「誰が、誰にかしら?」
「え、は、いや、私が助けられる意味がありません。」
「だったら、私が貴女が言う意味を考えてすぐに決行いたします。そうね~私の娘になりなさい。」
「それはできません、二人の姉とも離れる事ができませんもの。」
「だったらどうしたいのかしら?」
「はい二人を早く助けたいです。ですが私には力が足りません。」
「でしたら、私とマトワでお手伝いいたします。マトワは眠っていますが、起きたらとても強いのですよ。」
「そうですね、たくさんの雨を降らせる事が出来るのでしょう?」
「そうですね、屋根の瓦が溶けるくらいにはね。でもそんなに降らせたらこの地の農作物が全部浸かって農民が死んでしまいます。だから出来ないかな!」
「でも、フォレスンドは小さい村だし、農民を避難させれば出来そうです。」
「そうね、それもいいわね。でも少し待って下さい。今はルイ・カーン侯爵さまのお手伝いで時間が作れませんのよ。」
「はい、ニコライさまも同じ用件ですか?」
「いいえ夫はブドウを二万箱と農機具を売りたいだけです。そりゃ侯爵さまにも恩がありますので、お手伝いはニコライよりも妻の私が手伝いますが、ただそれだけでですのよ。」
「ですか、でしたら私も、今日だけで十分でございます。ありがとうございました。この恩はいずれお返し出来ると思いますが、うぅぅぅぅ……。」
「あらあら私、泣かせちゃったわ。どうしまひょ。」
「そうだ、お姉さまのお名前はなんというのかしら。」
「はい、上がソフィア、次がリリーと言います。リリーはちっぱいの妖精です。生まれてこのかた二百年も一緒に暮らしていました。」
「まぁ人間の姉さまに妖精の姉さま、なんと羨ましい。」
「そんなことはありません。上の姉とはただの腐れ縁ですから。」
「そんな言い方は良くありません。でも、とても仲がいいのは伝わってきます。その、ソフィアさんとリリーさんの名前は以前聞いたようにも思うけれどもどうだったかな~。」
「どこにでもある名前だから、同じではありません。」
「それもそうだわ。さて、少しは頭が働くようになりまして? う、んん??」
「はい、お腹はもう一杯になりました。ありがとうございました。」
「ほらまたそうやって過去形で話す。貴女の悪いところよね。」
「あら? そうでしたか。……ホントですね過去形になってる、おかしい!」
ようやくゾフィがほんの少しだが笑った。
「やっと笑えたわね、さ、これからお風呂ね、一緒に入りましょう。」
「え”、それは出来ません。出来ないんです。」
「どうしてかしら、同じ女ですよ。」
「いいえ、私は、私、実は、」
「そう男の子なの。そんなの関係ないわ。私が頭から水を掛けて洗ってあげるわ。今以上の女の子に磨いてあげます。」
「そんな~!」
「女将さ~ん、ここにはお風呂が在りますか?」
「お風呂はここには無いね、だって隣のパン焼き屋の二階が蒸し風呂になってるからさ、この宿には造らなかったよ。」
「そうですか、お勘定をお願いするわ。あとはここに泊めて頂けるかしら。」
「前金でいいかい。泊まりは一人大銅貨五枚だね。二人で銀貨一枚だよ。それで、」
「いいですわ、食事と合わせて銀貨二枚をお支払いいたします。残りは朝食の代金でお願いします。」
「う~ん、……いいよ、釣りの分だけ朝食を盛り上げるよ。」
「黒パンでかい?」
「まぁこの娘、よく言うわね! 当然でしょう?」
ゾフィが冗談を言った。アウグスタは驚いてゾフィを見て安心した。顔色がとても良くなっていたのだ。
隣のパン屋の二階から大きい声が聞こえる。
「こら! 逃げるな、頭を出せ!」
「ひ~お許し下さい、頭、頭だけは残して下さい。」
「だったら首を洗って待っていろ。今に裁断してやる~!」
当時の庶民の風呂と言えば火を扱うパン屋が二階で蒸し風呂を営業していた。火でパンを焼く火力で二階の水を温めていたのだ。合理的でエネルギーが無駄にならない構図だった。二階にたくさんの水は置けないから蒸し風呂なのだろう。風呂釜を据えてもし水が漏ってきたら最悪、……。
翌朝、散髪までされてすっきりとした髪の短い娘が誕生した。
「可愛いわ~!」
*)オレグとの再会
「さ、ゾフィ、これから夫のニコライを紹介するわ、いらっしゃいね。」
「はい、ここはお世話になりますが、この恩は必ず、」
「もう言わなくていいのよ。また返さなくてもいいわよ、だって私の娘? いや、息子にしちゃうから。」
アウグスタはゾフィが妖精の男で、なおかつ女に化けているとは思っていない。ただの性転換症だと思っていたのだ。身体は男で心は女、もしくはIS 〜男でも女でもない性〜 だとしか考えていなかった。そういう意味ではマトワが説明していないのが悪いのだが。疲れて十分に説明が出来なかったのだろうか。
「はいありがとう。でもお断りいたします。」
「もう、頑固なのだから~!」
嬉しそうに笑うアウグスタだった。
「え~と、この上の丘に在るパブだけれども、どこかしら。」
見晴がとてもいい丘だから、今は増えて数軒のパブが並んでいた。
「あ、ここは覚えています、ここはみんなで来て食い逃げをしたところだわ。」
「あら? その話、ルイ・カーン侯爵も話していたわよ。貴女、もしかして?」
「えぇなんでしょう。ルイ・カーン侯爵さまとかは知りません。ここにはお姉さまと今のご主人さまのオレグと来ただけです、それも四年前かしら。」
「えぇ~オレグさまの探し人なの~~~~!!!」
大きい声で叫んだアウグスタ。この声がニコライが聞き漏らすはずがない。
「おいアウグスタ。どうしたんだ、……その娘は?」
「え、はい、この子はルイ・カーンさまの探しておられるゾフィです。」
「え”! この子がゾフィなのか! か、か、か、急いで知らせてくる。」
「アウグスタさん、どうしましたのですか?」
「貴女、オレグさんの娘さんですよね?」
「オレグ???……娘ではありませんがそのようなものです。ここにオレグが来ているのでしょうか?」
「はい、ここ・……、。」
「ゾフィ~~~~~~~!!!!!! おい、ゾフィなのか!!!」
遠くから聞き覚えのある懐かしいオレグの声が聞こえた。
「あ、オ、オレ、オレグ。オレグ……。わ~わ~、・・・・・・。」
「ゾフィ泣くな。今助けに来たところだ。ソフィアやリリーの居場所が分からなくてこんなに遅くなっちまったが助けにきたぞ。ゾフィ……こんなに痩せてしまって。」
オレグはゾフィを抱きしめて大泣きを始めた。またこの声を聞いてボブが、シビルが、それから、シン・ティとベギーも現れた。他にはメイドの五人もいた。
キルケーは遅れて来た。
「アウグスタ、この子が三姉妹になるのかい?」
「そうみたい。マトワからこの港で会える女の子と言われて探した子なのよ。」
「へぇ~、ウソみたいな話だな。」
「そうね、ホントみたいだわ。」
ボブとキルケーは抱き合ってボブは顔を殴られて離れた。それほどに周りの者も喜んでいるのだった。シビルは、
「ケッ、ばぁろうが、こんなに懐かしいとは思わなかったぜ、ばぁろうが。」
ゾフィとオレグの取り留めのない話が、ではない。
「ゾフィ話せ、さぁ、早く話せ、ソフィアはどこだ、リリーはどうしている。さぁ、早く話せ! どうしている、どこに居る。」
「オレグ離して、きついわ、早く離して、ぐるぢいい・・・・。」
「おえっ。」
「ルイ・カーンさま、離さないと話せませんわ。」
「あ、そうなのか。今離してやる。おいゾフィ、生きているよな。」
「うん生きている。殺されるかと思ったよオレグのバカ!!」
「すまん、すまん。で?」
「オレグ、話す前にお礼を言ってくれないか。死にそうな俺の命を助けてくれたマトワとアウグスタさんにだ。アウグスタさんには昨日からお世話になりっぱなしだからさ。オレグ、お願いだよ。」
「そうか、俺の大事な家族だものな、そうだな……。」
「アウグスタさん、俺の娘を助けてくれてありがとう。お礼の言いようもないが代わって、ニコライさんのブドウを半額、いや全部進呈するよ。この男にはそれだけの値打ちがあるんだ、本当にありがとう。」
「ルイ・カーン侯爵、それはいけません。ここはビジネスの世界です。お礼は不要でございます。」
「だがニコライさん、俺は、俺は、おれいは!」
「はい、言葉だけで十分でございます。アウグスタはどうだい?」
「私の子供にしたいのですができませんもの。もし良ければお別れする最後まで面倒を見させて頂けませんか? 私、娘が欲しくなりましたわ。」
「アウグスタ、それはニコライに言ってくれないか。この俺にはどうにもできない相談だ。ニコライ今からパブへ戻れ、みんなこの夫妻をパブに押し込めてくれないか。」
「オーーー!!!!」
「まぁ、とても愉快な人たちですわ。ニコライ、さぁ行きましょう。」
「ヒュー!ヒュー!」
「そうよ一晩会わないで淋しいわよね?」
「う、うん、俺も淋しかったよ。」
「シビル、弁当とビールを持たせてやってくれないか。」
「あいよ、特大を、おい、キルケー出しな!」
「はいはい、牛のステーキ五人前に魚の塩焼き十人前に、」
「おいおいおい、昨晩の俺らの飯ではないか、キルケーが一人で、」
「あ、ばれたわ。ベギー、シン・ティ逃げるわよ。」
「はいお姉さま。」x2
「こら~弁当は置いていけ~!」
「もうお部屋に届けていますわ~! キャーみんな、逃げるわね~。」
オレグの元に集まる、ゾフィにボブとシビル、それにペール。
「さぁ、みんなでソフィアとリリーの奪還の計画を考える。ゾフィ、今までの出来事を残らず話せ。」
「うん、でもねオレグ。俺はマトワから二年後に飛ばされてきたんだ。だから今の二年後はどうなのかは判らない。」
「え?? お前、二年前のゾフィなのかい?」
「うんそうなんだ。記憶は昨日だけれども、もう二年も経っちまってる。」
ゾフィは話し出した。フォレスンドの修道所の座敷牢に居るであろう二人の事を案じながらも、泣きながらも、強い言葉でオレグらに説明した。
「くそ~あの魔女め~、……。」
「オレグ、ゾフィはきっと疲れているのよ、眠ってしまったわ。」
「そうだな、ここはゾフィを休ませようよ。いったんお開きで明日から対策を考えよう。」
「そうね、キルケーも必要だし、アウグスタも猫娘の二人もね。」
「シビル?」
「えぇ、いいわよ。私がとびっきりの魔法でとても健やかな夢をご馳走してあげるわよ。オレグには追加料金を頂くわ。」
「なんだい、夢にも金が必要か?」
「いいえ、私の食事とビールの代金だよ。お腹にたんまりと収めて私が先に幸福にならないと夢は贈れないわ。」
「そんな理由なら無制限に使わせてやるよ、だが今日だけだぞい。」
「そうね一日では金貨二枚も使えないわ、お安いわね。」
オレグの怨念が込められた毒入りのブドウが出来あがりつつあった。
「このう、これはソフィアの分だ、このう、これはリリーの恨みだ、こ……。」
等々、独り言が気持ち悪い位に続く、続いたのだ。
「うっは~誰もオレグには近づけね~! 怖いよ~!」
毒はサワ特性のクサふぐの神経毒だった。ほんの少しで効き目が出るし味も別段変わらないらしいが、残念ながら誰も毒の味見が出来ない。サワさわさわだ!
そうやって二日が過ぎた。
1247年10月7日 ・ゴットランド島・フォレスンド
*)作戦決行の日
アウグスタに変化が起きた。そう、二日間の努力が実って赤子が出来たのだ。その赤子に追い出されるようにしてマトワが外に追い出された。
「わ~シャバに出られた~!」
と喜ぶマトワ。少し変だ。
「アウグスタ、おめでとう!」
「あんた誰なのよ、まさかマトワなの?」
「そうよアウグスタ初めまして、以前は私の分身だったのよね。」
「あんた、初めましてとは二年前はどうなのよ。」
「うん、あれも分身だったわ。アウグスタのお腹の中は最高だわ、ありがとう。」
「まぁ、なんという口の悪い女なの、こんな女がお腹に居たなんて悍ましい。」
「命の恩人でしょう? 労わりなさい。」
「嫌です嫌いです。嫌悪で嫌忌になります。」
「マトワ、相変わらず口が悪いな。」
「あらゾフィ。生きていたのね。」
「うんマトワのお蔭よね、ありがとう。でもなにさ、ご主人さまに文句を言うのかい? お礼の言葉無い……。」
「ばこ~ん!」
「……のかな。」
「もう痛いじゃないの。それが命の恩人に対する態度なの?」
「ばこ~ん!」「ばこ~ん!」
「それはお前も同じだ。」
「ばこ~ん!」「ばこ~ん!」「ばこ~ん!」
「ばこ~ん!」
「え~んゾフィがいじめる~、アウグスタ助けて~痛いよ~。」
「貴女は誰なの?」
「うんマトワだよ。水使いの精霊よ、今まで一緒に居たじゃない。」
「だったら口の悪い精霊は誰なの?」
「あれはカレンなのよ、もう一人の私なの。」
「おいマトワ。カレンは十年前に死んだと言っていたぞ?」
「それが再生したようなのよ、アウグスタ、貴女は誰なの?」
「わ、私は私よ、他の誰でもないわ、どうしてかしら?」
「ごまかしてもダメだからね、カレンはきっと気づいているかもね。」
「なにさ、おたんこなす。」
「ふん!」
「ゾフィ、赤のパンツは返してよ、あれが無いとカレンが強くなれないわ。」
「嫌だよ、あれはもう俺んだ、返せない。」
「バカ、ケチ、アホ。」
「おう、アホでいいぞ。」
こんなやり取りが続くのでアウグスタは疲れてしまう。
「ねぇオレグ。オレグの力でアウグスタを助けてやってよ。」
「あのみょうちくりんの竹の子の二つな、そうだな、俺がギャフンと言わせればいいのか?」
「できればでいいよ。口が悪いしあれでは役に立たないかもしれない。」
「分かった、やってみる。え~と前世の記憶、前世の記憶……あった!」
「ゾフィそいつを押さえろ、アウグスタ俺の言葉を繰り返して言ってくれ。きっと効果が出るよ。」
「えぇ繰り返せばよろしいのですね、」
「俺が練習する、少しまて。」
「はい。」x2
「嫌だ!」x1
「桜子は、汝に命ず。ボガトィリの唄を讃えよ、ヴォルフェンリード、だから『アウグスタは、汝に命ず。ボガトィリの唄を讃えよ、そして、再び一人になりてアウグスタに仕えよ! ヴォルフェンリード。』でいいよ、早く言ってみろ。」
「はいマトワ、覚悟しなさい。」
「い、いやよ、だめ、その言葉はダメ~~~!! アウグスタが壊れちゃう!」
「アウグスタは、汝に命ず。ボガトィリの唄を讃えよ、そして、再び一人になりてアウグスタに仕えよ! ヴォルフェンリード。」
「イヤ~~~~ギャフン。」
「お、ギャフンと言ったぞ。」
新生マトワが誕生した。どうして二体に分かれていたのかは不明だ。マトワはすぐにアウグスタに纏わりついた。
「アウグスタさま、ご主人さま!」
マトワは以前に増して可愛くなっていた。
「アウグスタ、もう俺には用はないよな。」
「はいゾフィ。もう要りません。どこにでも行きなさい。」
「んまぁアウグスタのアホ!」
「私はこのマトワを気に入りました。マトワ、死ぬほど働きなさい。」
「ゲゲ!!」
アウグスタも大きく変化を起こした。これが冒頭の変化である。アウグスタが覚醒してしまった。そう、ル=ガ・ルーになった。ようやく誕生出来たル=ガ・ルーはフランス版の人狼、ソフィアと同じだ。
「おいおい、ここでル=ガ・ルーを誕生させて良かったのかい?」
「仕方ない、きたるあの方との対戦に必要なのだろう。俺は知らない。」
シビルが一抹の不安を感じてオレグに言ったのだ。
ここに居合わせた一同は声が揃っていた。
「ニコラスには内緒だね!」x?
「そう、ニコラスには最後まで秘密にしてね。それとオレグさま、私は恨みますわ。いつまででもですね?」
まぁ、のちにソフィアとル=ガ・ルーが激しい喧嘩をするのだろうと皆は想像ができた。判らないのはマトワとアウグスタの二人だ。
「ニコライはどこに行ったのだ、まだ帰らないのか。」
「ニコライの旦那は農機具の代金をもらいに行ったぜ。もう戻るころだよ。」
「ボブが農機具を運んだのか?」
「そうさ、昔の仲間を集めてさ、ついでに俺の女も呼んでさ、」
「俺の横流しのワインで騒いだのだな。ワインの代金と今回の報酬と相殺させてもらうよ、序にボブの傭船料も支払いはゼロだな。」
「おいおいそりゃ~あんまりだ、クルーの給料が払えないよ。」
「お前、ライ麦をしこたま運んで金が無い~? ウソも大概にしやがれ。」
このようなオレグいやルイ・カーン侯爵のやり取りを聞いてニンマリとほほ笑む男がいた。ペールだ。
「私、侯爵さまに一生付いて行きます。」
オレグとデンマークとを結ぶパイプが出来上がる。オレグにしたら迷惑な男なのだが、とても良い仕事をしてくれる、はず。
ニコライの帰宅が遅くなり出港が一日伸びてしまうが関係なかった。
翌日の午後。ルイ・カーンがスゥエーデンの船に乗り最初に入港するが、
「おい、ここは桟橋だけか! つまらない。」
「だぜ。どうでもいいだろう。」
「お、おう、そうだな。支障はない。」
ニコライとアウグスタが入港した。
「わ~お、ここは桟橋しかない。大いに発展の余地が在るぞ。」
「まぁニコライはどこに行っても商売だらけだわ。」
親子でも考え方がこのように大きく異なった。
「さて、まずは使いを出すのだが、俺とゾフィは行けない。ここはニコライとアウグスタ。こちらからはペールとシビルで行ってもらうか。」
「ブドウ売りと金貨の寄付と二手に分かれますか?」
「あ、いいや、もう一緒がいいだろう。変に分かれて行動が合わなければ意味を為さないかもしれない。」
「オレグ、連絡はどうするね。念じ波で送るかい?」
「いや、通信はアナログがいい。相手に気づかれたら終わりだ。四人とも頑張ってくれよ、報酬も報いるからな。他の者も指示を出すから頼んだぞ。」
「ルイ・カーン侯爵さま、私への報酬は、」
「ペールの報酬は再雇用なのだろう? 任せておけ。あのデク貴族らを落したら重役に任命するぞ。」
「おお、ありがとうございます。」
「他は、」
「要らな~い、」
とそっけない返事が返ってきた。ボブに至ってはただ働きだから、返事すら出来なかった。
「親父どのの頼みだ、無償に決まっておろうが……。」
「そうですわねニコライ。今後はたくさんの農機具を買って頂きますからここは当然、無料ですわ~。」
ニコライよりも嫁の方が上手で怖い存在となる。
「俺が覚醒させたのだ言いなりになるしかないか。あれが怖いな~!」
マトワも無言だがアウグスタと同じなのだろう。シビル、キルケー、ベギーとシン・ティは無音だから不気味だと感じた。
「ではルイ・カーンさま行ってきます。」
「朗報を待っていま~す。」
オレグに代わってシン・ティが返事をした。どういう意味があるのだろうか。
一方、ソフィアたちは、
「お姉さま、起きて下さい。胸のふくらみが大きくなっています。」
「リリー、バカを言わないで胸が大きくなる訳はないよ。これは、??」
「なんでしょうか。」
「キ、キルケーだわ。キルケーが来たのよ。」
「でしたら胸のペンダントは、早く出して。」
「わ~こんなに明るく輝いているわ。オレグ……そうオレグが来たのだわ!」
この言葉に救われたギーシャとヘステア。二人で顔を見合わせてほほ笑む、そうして子供を抱き上げた。
「ほら***ちゃん、***ちゃん。助けが来たわよ。」
「シーンプさん、起きて下さい。シーンプさん。」
「俺は忘れられた存在だ、放置してくれ。」
「まぁ、」
「お姉さま、お姉さまとキルケーの関係はなんですの?」
「うんキルケーが私に反抗できないように乳房の半分を頂いていたの。だから私の胸ではなくてキルケーの分身が反応したのね。」
「まぁ、お姉さまは性格が悪いですわ。」
「ヘビの尻尾よりもいいわよ。」
「そうでした、キルケーのシッポを切る切らないと、ひと悶着をしたのを思い出しました。お姉さまは他人の乳房で作りオッパイをしていたのですか。」
「あはぁ~バレたわね。昔パブで揉まれたからそれからなのよ。大きいとは素敵だわ~!」
「お姉さまは最初はパットでしたのね。」
「うんそういうことだね。」
「お姉さまには過ぎたオッパイです。私に寄越しなさい。」
「リリーこれって、まさか、リリー境界の魔法が使えるかしら。」
「使えないでしょ……、」
リリーが念じたらビールが出てきた。
「きゃは!」
「お姉さま、ここは秘密にしましょう。きっとシビルも来ていますわ。」
「そ、そうよね、イザ! という時の脱出に使いましょう。」
「はいですわ。」
「お姉さま、今、返事をしました、キルケーの乳房を頂きます。」
「もういいわよ。オレグが来たもの全部あげるわ!」
「へっ!」
同時に本館の方が慌ただしくなるような音が聞こえだした。
*)魔女マティルダ
「マティルダさま、今、エストニアとリガからふた組のお客様お見えになられました。いかがいたしますか。」
「用件はなんですの?」
「はい一人は最高です、デンマークの金貨で四千枚の寄付です。もう一人は初物のブドウの売り込みですが追い返しますか。」
「ブドウはどれくらいの数でしょうか。」
「はい、二房入りの木箱が二万個ですが。」
「そうですか、二人とも会いましょうか。とても良い知らせですわ。」
「はい、では本館の貴賓室にお通しいたします。」
「それで、魔女らの手配は済んでいますか。」
「それはもう金貨が四千枚ですもの、しっかりと呪術の準備をいたしております。」
「うふ金貨四千枚、それもデンマークの金貨ですか。うれぴぃ!」
これで座敷牢の結界がいとも簡単に解けてしまった。金の力とは凄まじいものだとオレグが痛感した事実だった。
マティルダの従者が長い間守ってきた結界の守り人が抜けていたのか。