第142部 屋根の上を飛ぶ女
1245年9月30日 ゴットランド島・フォレスンド
*)屋根の上を飛ぶ女
「俺の変身魔法でなんとかしよう。最初は馬だったかな、犬かな、キジかな。」
村の長らしき家を動物に化けて脅す計画を立てたが……。
「ここはお姉さまがいいな。」
「ばぉ~~~、わぉ~~~~~~~!! オオカミだぞ~~。」
「くそ~~~もう晩飯が終わっている……。黒パンだけだ……。」
実に四年ぶりにゴットランド島を訪れたことになる。最初は1241年4月2日だ。ゾフィは食い物を探して家々の屋根を飛んでいた。
「こういう時にあの魔女と黒猫が居たらいいのにな~。」
黒猫連れて箒にまたがりラジカセのスイッチをオン。OPのテーマはキキとジジはこのゴットランド島のヴィスビューがモデルになっている。
「アイネは居ないよね~。……腹減ったな~! もうパンツ一枚で空を飛ぶにはさすがに寒いぜ!」
「?? アイネに会ったのは、四月だったよな。ならば???」
と思うもヴィスビューではないから無理である。
「あちこちからニンニクの匂いがするのだな~。」
*)もう一人の妖精
「イテ! なんだい!」
屋根を飛んでいたノアの背中に小石がぶつかる。二個め。
「イテテ!! 誰だい!!………出てこい!」
三個目、
「イテテテ!!!」
ノアは明らかに小石が飛んできたであろう方向に向いて怒鳴った。三個も身体に当たったんだ方向は間違いないはず。
「ケッ! どこにも居ないや。」
家が在るから当然隠れるところもある。しばらく睨みを利かせたがやはり分からない。
「しょうがないや。降りるとするか。」
ノアは道に降りてゾフィに変身した。海に落ちてそのままだから裾も袖も破れ放題になっている。
「スカートがこうもひらひらだと、いかにも意味ありの女に見えるな。これは早く着替えるしかないか。」
すると、
「な~んだ、魔法で服を作れないの?」
と女の声がした。驚き振り向くと小さな女の妖精がいた。
「おめ~は誰だ!」
「私は乙女の妖精、マトワというの。あんた、女だったの?」
「そうです、女の子です。可笑しいですか……。」
「うんすっごく、変!」
「大きなお世話です。私はゾフィといいます。」
マトワという小さな妖精もゾフィと同じように口が悪かった。きっと深山とかの人里離れた処に住んでいたのだろう。それも口の悪い男と。ゾフィは飾らずに地に戻って話し出す。
「お前、相棒はどうしたんだい。独りか?」
「うん、カレンは十年前に死んだんだ。それから独りで生きている。あんたはどうなの?」
「俺は連れが囚われているからさ、今は離ればなれになっているだけだよ。」
「ふ~ん、それでどうしてここに居るの。」
「俺は金を持っていないんだ。だから飯を探しているのさ。」
「じゃぁ少しだけご馳走してあげる。……それと、その形では可哀そうだから赤いパンツをあげるよ。これは火の妖精の魔力で編んだズボンなの。とても温かいよ。」
「ふ~ん……ありがとう。今日はご馳走になる。」
「パンツのお返しにあんたの服を頂戴。私が魔法で直して着てあげる。」
「いやだよ、女が裸になるのかよ。」
「もうバカね。その赤いパンツに魔法をかけて服を作るのよ。きっとかわいい真っ赤な服ができるよ。」
「なんだそうなんだ。チキンプイプイ赤のパンツよ、かわいい服になれ~。」
「それもいいね。私のような服はもっといいわよ。」
「……?」
ゾフィはマトワの服を見る。どこか貴族の子供のようにも見える。
「お前は貴族の家に居たのか。貴族の娘のよう見える。」
「ううん違うわ。これは貰ったのよ。大きい館だったから貴族の家なのかもしれない。そこに小さな女の子がいたからね。」
「じゃぁまねて作ってみる。カラアゲプイプイ、貴族の服にな~れ!」
「それでいいわ、後ろを向いているからあんたの破れパンツを見せないで頂戴。後ろには大きい穴が二つもあるのよ。だから可哀そうと思ったの。」
「ギョぇ~!! 確かに指が三本も入る! お前! この破れパンツでいいのか。」
「嫌よ、?……?……あんたの服はそのパンツ一枚から作っていたの?」
「そうだよ他には何も持っていないもん。あぁはん? 俺のパンツが欲しい?」
「ぎょぇ~いらないわ、不潔よ。修理してあんたが履きなさい。」
マトワは鼻を抓んで顔のまえで右手を振った。いかにも臭い”という表現なのだろうか。
「お前、境界の魔法が使えるのか?」
マトワはいつの間にか右手に団扇を持っていた。
「そうね、大きい物はしまえないけれども、服とか黒パン程度は保管ができる。あんたは使えないの。」
「俺の姉さんは大きい船もなおせるほどの使い手だったから、特に不自由もなくて覚えなかったんだ。」
「もういいぜ着替えたよ。……これ温かいね。気に入ったわ。でもお礼ができなくて心苦しい。」
「いいわよそれくらい。今、黒パンを出すから食べて。」
「うんありがとう。」
「まだ他にもプレゼントがあるんだ。あんたの両手で黒パンを持ってさ、温めるイメージで黒パンを見つめてごらんよ、すぐに温かくなるよ。」
「??……こうか、……こう持って……。」
「どうかしら。」
「うん、だんだんと温かくなってきた。マトワ持ってみて。」
「どれどれ、わ~もう熱いくらいに温まっている。これなら美味しく食べれそう!」
「マトワはこの魔法は使えないの?」
「そうなんだ、私の得意な魔法は水魔法なの。いつもお花に水をやっていたわ。」
「そうか雨降りの魔法だね。聞いたことがあるよ。難しいのだよね。」
「そう、とても難しいのよ。上手に唄えないと風ばっかり吹くしね。」
「へぇ~そうなんだ。できたよ二個め。」
「あんたが食べなよ。私はさっきの一個で十分なの。」
「そうか、俺みたいに変身しないんだ。俺は変身するとものすごく燃費がね悪くなるの。」
「それとね、妖精の姿になれば強い火力の魔法が使えるはずだよ。今度、練習するといい。きっと役にたつからさ、」
「ありがとう。俺は物に変身するのが得意なんだ。たまに人間にも変身するけれども、大きくなるほど腹が減るからさあまりやらない。」
「ゾフィ、貴女を未来に送るね!」
「んん? なんでだい。」
「貴女が出会うにはまだ先なのよ、そう二年も先なのね。いやならここで二年間を独りで過ごせばいいわ。私は相手をするほど暇ではないし。」
「どこに行くの?」
「そうね、私の相棒を探すのだけれども、遠い海のかなたみたいなのよ。きっとまた会えるわよ。お礼はその時でいいわ。」
「うんありがとう。」
同じ満月の夜だから景色が変わっても、腹ペコで未だに目を回しているゾフィには分からなかった。もう二年後の世界だった。
1247年10月1日 ・ゴットランド島・フォレスンド
*)ゾフィ
ゾフィからノアの姿に戻り飢えをしのいだ。妖精の姿だったらおにぎりとは言えない黒パンの塊りだがその一個で十分だった。
翌朝目覚めると、マトワが黒パンを三個も置いていたのだ。
「マトワありがとうね、とても嬉しい……わ。」
ゾフィは涙目で黒パンを温めて食べた。
「うん凄く美味しい! え~と、フォレスンドから南に三十kと言っていたわ。お昼に二個を食べれば着くわね。頑張ろう!」
と意気込みを見せる。
「その前に、フォレスンドの街を空から偵察をしたら見つかるかもしれない。どうしようかな。」
ゾフィはそう思いながらも道なりに南に歩き出す。おおよそ一時間後には五kも歩いていた。峠に差し掛かったのだ。
「お金が落ちていないか探して歩いたから気づかなかったわ。あの峠の高い樹に登れば見えるわね。」
「あはぁ~良く見えるわ。あの魔女はウソばっかり、村だったのね。」
修道院の大きい建物が見える。他は木々に隠れる小さな農家がほとんどだ。
「あれれ? 俺が海に落ちた所が分からない。どこだろう港も見えないな。」
ゾフィたちが船から降された地点は、少し北に行った煉瓦を焼く土の採掘場の小さな波止だった。フォレスンドには漁の小舟が在る程度だから砂浜でよかった。
「反対側はどうかな~山と森ばかりだ。これなら今日中には着かないかも。こうなったら森の中を飛んでいくしかないわね。その前に黒パンを食べてと。」
黒パンを温めて食べ終わるとノアに戻り低空飛行で飛んでいく。途中で弓の矢が飛んできてとても驚いた。鳥と間違われているのかと気にも留めないで先に先に進んでいった。途中で農夫を見つけたから尋ねた。
「ヴィスビューまでどれくらいの距離でしょうか?」
「なんだい、随分とましになったな。あと……八Kだろうぜ頑張りな。」
「あ、ありがとうございます。」
「三度目はないだろうさ,元気でな。」
「はい? 二度目だったの!」
フォレスンドからヴィスビューまでの一本道。迷うことはないが森が殆ど。途中には農家もほんの少しだけ。淋しい道のりだった。
「お姉さまが出ませんようにお姉さまが出ませんように桑原、桑原。」
森を抜けると潮の香りが漂ってきた。
「海だ! やっとたどり着いたのか~。」
ヴィスビューの街が見えてきた。もう少しだ頑張れ!!
ヴィスビューにオレグやボブ、シビルが居るとは思いもしなかったゾフィ。六年ぶりに懐かしい港に着いた。
「あぁ~ここは最初の港だ~!」
と泣きたくなるのを我慢していたらまたしても小石が飛んできて背中に当たった。そして振り向くと、
「誰だい、痛いじゃない……? お姉さんはマトワなの?」
ゾフィはその女の人から、マトワの匂いがしたのだ。
「いいえ、私はアウグスタとよ、そうマトワのお友達なのね?」
「うん命の恩人さ、今、そこに居るのだろう? 石を投げたのは、違うの?」
「石を投げたのは私だけれどもね、二年後の今日、ここで石を港に向って投げなさいとマトワから言われたから投げただけなのよ。痛かったでしょうお詫びに夕食を食べさせなさいとも言われているわ。」
「ふ~んそうなんだ。あ、ごめんなさい、私はゾフィと言います。」
「はい、ゾフィちゃんよろしくね。では付いて来てパブへ行くわよ。」
「うん、お姉ちゃんありがとう。」
「そう泣かなくていいわよ。マトワのお友達だもの遠慮は無用よ!」
「うん……。」
*)ゾフィとアウグスタとマトワ
二人はパブに着いた。アウグスタは可愛いゾフィをなだめて可愛がる。
「ほら、なにがいいかしら。お好みは?」
「はい、なんでもいいのです。マトワから頂いた黒パンがとても美味しかったわ。また食べたい。」
「そうなんだ、私と同じだね。私なんか川で溺れていたところを助けてくれたの。もちろんマトワからじゃないわよ。今の夫を見つけて連れてきてくれたの。とても嬉しかったわ~夫のニコライはとてもハンサムで? あらごめんなさいすぐに注文するわ。」
「うん、」
「先にワクスを二つ頂戴、次はアップルパイにピザパイ。お魚の煮物に塩焼きも全部ふた皿ね。ビールは一つでいいわ。」
「よく食べるね。早く持ってくるからね!」
「はい。」
アウグスタはゾフィをまじまじと見つめた。
「貴女、だいぶんとお疲れのようね。今日はどこから来たのかしら。」
「うん、北のフォレスンドという淋しい村からだね。マトワとは昨日の夜に会って助けられたんだ。」
「それっておかしいわ。私がマトワと初めて会ったのが一年と十か月前なのよね。それからず~っと一緒だもの。どうしてかな。」
「?? そういえば会えるのは二年後になるから独りで居るの? と訊かれたわね。それと、あ、思い出した、二年後に送ってあげるとも言っていたな。」
「それっていつの事なの?」
「うん、1244年とか1245年の……分からない。」
「そうなんだ、今はね1247年10月1日なのよね。もしかしたら本当に二年もの未来に送られたのかもね。」
「わ~二年も、そんな。お姉さまは大丈夫かな、もう四年も幽閉されているのかしら?」
ゾフィは空腹と暗い幽閉の牢での生活や、疲れからか時間の勘定が出来なかった。二年を四年と勘違いしている。
「幽閉って、どこかの牢やとか? それはいつの事かな。」
「長く暗いところだったからはっきりしないのよ。確か……1245年の一月とかだったような気がするの。カブの煮物が出たからそれくらいかな。」
「そうなんだ、ではお姉さんはず~つとそのままなの?」
「うん、魔女の結界が強くてどうしようもなかったの。」
「ところで、マトワはどこにいるの?」
「私の身体の中で眠っているわ、この前少し働かせたから疲れたのね。この次元に居るととても疲れると言っているわ。」
「ふ~ん……もう来たみたい。食べていい?」
「えぇ、もちろんよ。たくさん食べてちょうだいね。」
「う、うん、ありが……。」
ゾフィは嬉しくて泣いてしまった。同時に二人の姉に対する罪悪感に対しても考えると涙がこみ上げてきたのだ。
「ごめんね、マトワはまだ起きないみたいなの。私は詳しく聞いていないし、今日の事は先月のマトワが寝る前に少し聞いただけなのよね。」
「はい、とても美味しい、美味しい・・・・・です。」
「私も付き合うからゆっくりと食べて頂戴。」
「うん。」
コクっと頷いた。
「もう、どうしたら元気になるのかな~!」
*)光る宝石の謎!
「ゾフィは上手に逃げてくれたかな。」
「リリー、たとえ海で溺れてもこの寒くて暗い牢よりもいいわよ。ここはもう気が狂いそうだわ。」
「お姉さま、そうですわね、お姉さまは居た堪れない思いで一杯ですもの。」
「そ、そんな事はないわよ。リリーだって。」
新婚だったギーシャとヘステアは二人目をこさえていた。色白でもやしの女と男の子。
以前からソフィアのペンダントに散りばめた宝石が光っては消えていた。この事実はニセルーシー、シビルの時から気づいたが特に気にも留めなかった。
暗い座敷牢だから光が目立つ。牢の生活が始まってからは、多数が光っては消えるからず~っと気にはなっていた。
まだオレグとの関係には気づいていないし、周りに現れた巫女の所為だとも考えも出来なかった。閉じ込められているから思考も出来ない。
「暗いから光が見えるのかな。」
「きっとそうですわ。お姉さまの力が宝石を光らせているのです。」
ソフィアには急に力を持ったオレグの気配が届いていたが、気が滅入っているから感じられていない。だが着実にオレグの気配で宝石は光だしている。
「あ~私は幾つになったのかな~、うら若き人生が老けていくわ~!」
「まぁ、お姉さま!」
「リリー、あんたは歳を取らないわね。だったら私の歳を取りなさい。」
「お姉さま、それは出来ません。私だって歳は数えたくはありませんが順調に取っていますわ。」
「お姉ちゃん、だっこ!」
「うるさい、黙れ、小娘!」
二歳児に怒るソフィアだった。
「ギャ~ギヤァ~。」
「うるさい、黙れ、二匹め!」
もちろんギーシャとヘステアは怖い二人には近づかない、近づけない。
「俺たちは不幸だ! 不幸なのだ~~~。」
「さ、今日も貴重なお日様が当たるわ、二人に日光浴をさせましょう。」
二人の子供の服を脱がせて裸にする。
「ほ~ら温かいですね~!」
ソフィアはこんな温かい母娘の姿を見ても心が折れそうな感じにさいなまれる。
「オレグ~~~~!!!!」
「キャッ!」
「わ!」
「ギャ~。」x2
「お姉さま、そんな大きい声で叫ばないで下さいな。」
ソフィアはオレグのペンダントを手に取り、
「うん……クシュン……。」
ばたりと倒れて横になるソフィアは、その日、起きなかった。
「お姉さまが可哀そう……。」
先ほどまで光っていた薄い水色の光が消えた。代わって赤のキャッアイの二つが光り出す。黒ずんだ橙色も光り出した。中央のダイヤはより以上に輝く。
「あ~オレグ! 助けて。」