第14部 四番目の村で!
1241年5月2日 ポーランド・トチェフ
*)夢の村、トチェフに向かえ!
俺らの旅も、この先は四つ目の村になるか。ここはグダニスクからだいぶん離れている。少しは期待が持てそうだ。そう考えながら不慣れで脱輪してしまう。
「ドジ! 下手くそ! オッチョコチョイ。ボケナス。」
「まだボケていないよ。ナスとは何ですか?」
「ナスはナスよ。野菜の茄。」
「何処に茄があるんだい?」
「インドや中国、日本にあるわ。」
「ここには無いんだね?」
「そうよ。ここは寒すぎて栽培が出来ないの。」
「ここに無いのならば、俺は、雑草魂、だ。間違えるな。」
「うう! 負けた。おたんこなすに、また負けた・・・。」
「早く俺と代われよ。荷馬車を持ち上げないとねいけね~し。」
「ええ、いいわよ。頑張ってね? ダーリン!」
「無理だな! 誰かが重くて挙がらない。ゾフィ! ノアになって手伝え。」
「え~、イヤだよ。それよりもさ、車輪の下に土か石を入れなよ。そこに鍬が有るだろう? しかも沢山。」
「ああ、そうするよ。便利な荷車だね。何でも揃ってるから。」
ドジな俺は、車輪を埋めてしまった。これでは余計に上がらないだろう。俺の頭の上からは、非難の声が降ってくる。荷物が重すぎてどうにもならないようだ。
「ソフィア! 馬に休息を取らせてくれないか。お二人さんには、昼飯の準備だ。美味いのを頼むぜ!」
「アイアイサー。」
「さ、リリー。美味い物をどこかのパブから持って来て?」
「ええ~、またチョロまかせて? 来るの?」
「お金を置いてくればいいよ。銀貨10枚でいいよ。これで夕食の分までは買えるからさ。テイクオフ!」
「リフトオフ! ラジャー。」
ソフィアはずるい! 自分では何もしやしないのだ。何がテイクオフ! だ、働けっつうの。
「そうよね~、いつもごめんなさい。」
心の声がいつも聞こえるが、みょうに感がいいのか分らない。馬に水を与えながら、ブラッシングを掛けている。お馬さんは気持ちがいいのだろう、道の雑草を食べ始めた。
遠くから荷馬車の音が聞こえだした。これはラッキーだ、お手伝いをお願いしよう。俺は道の方の荷馬車の横で寝転んで馬車を待った。
農夫の馬車と、リリーのテイクオフが同時になった。この飯で協力を依頼した。
「すみません、脱輪させてしまいました。お手伝いをお願いしたいのですが、よろしいでしょうか。」
「あらあら、休憩中かと思っていました。それはお困りでしょう。」
そう言って農夫が二人降りて来た。馬車の左側に回り状態の確認をした。
「三人でかかれば大丈夫でしょう。」
「はい、お願いします。一人では重くて上がりませんでした。」
三人は掛け声と共に踏ん張った。
「そう~れ!」
三人でも上がらない。
「あんさんは、何を乗せとるとね! 重すぎですわ。これでは馬も可哀そうだわ。」
「農機具の類と塩、胡椒とかです。鉄器具が多いですね。」
「そりゃ! 重たかですばい。」
「ごもっともです。」
「そしたらば、あんたは縄を積んでなさるか?」
「ああ、有るよ。これで何をするんです?」
「あんたは馬を馬車に着けてくれ。俺は縄を馬車に繋いで引っ張るのさ。奥さんは馬の手綱をお頼みしますよ。」
「ええ、任せてください。」
農夫は手際よくロープを結びつけて、もう一人の農夫に馬車を進めるように言った。
「あんさんは俺と荷馬車を持ち上げるんだ。気張れや!」
「そうれ! どりゃぁ!」
馬車は動き出した。無事に穴から上がった。
「この穴は落とし穴だな。誰かが掘ったんだろう。みょうに深い。深すぎる。」
「あんさんが、わざと落ちないと、落ちない所にあるぜ? な、どうしてだ?」
「面目ない。うちの綺麗な嫁さんを見つめていたからさ。」
「はは、面白い事を仰る。頼りになる奥さんですな。」
「もう嫌です、私を見ないで下さい。恥ずかしいです。」
俺は、ソフィアに助け舟を依頼したのがバレテしまう。頼りになる、とは、そういう、なんと言いますか、俺を庇ってくれ! です。ソフィアは窮地の俺を庇えるほどに優秀! という意味ですね。
*)農夫は見た事も無いご馳走に驚く
「さ、ソフィアがお昼の用意をいたしました、ご一緒にどうぞ。」
俺は感謝のお礼に昼餉に誘う。
二人は食事の内容を見て驚いた。生まれて初めてのご馳走に見えているのだ。ま、当然だろうか。農村に居たら都市の食べ物は口に出来る筈は無いのだ。
「なんですか、この料理は。奥さんは凄いですね。おらも欲しいですよ。こんな料理を作る嫁子を!」
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ポーランドは、家庭で料理を作るのが普通であります。とにかく、食べ物を大事にするお国柄です。日本みたいに外食に出かける習慣はありません。家庭料理が出来る娘は、優秀! という評価を頂きます。
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「あら、そんな! いやですわ。」
「いやぁ~凄いですわ。本当に一緒に食べてもいいですかい?」
「はい、沢山食べて下さい。リリー、お皿を出してくれないか。ナイフとフォークもね。」
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ナイフとフォーク
中世ヨーロッパでは、まだ、ナイフとフォークは使われていない。すべてが手づかみで食べていた。日本はお箸を使っていたから進んでいる。スパゲティは、手づかみで上に持ち上げて、大きく口を上に開けて口に入れていたのだ。
したがって、熱い料理は基本無いのだ。スープは皿に注いで、手でお皿を持ってすすり飲んでいた。コーヒーカップにお皿が在るのは、このマナーのせいで残ったもの。当初は、カップからお皿に注いでお皿から飲んでいました。
中世ヨーロッパの居酒屋は、パブばかりではありませんが、レストラン等の店のテーブルは全てが二人分の椅子しかありません。一つの料理を一つのお皿で二人で分けて食べていました。3人だと、一人が溢れてしまいます。
普通にフォークを使うようになるのは、18世紀になってからです。フランス料理がお皿に盛られているのは、この時代の名折れだとも思えます。日本みたいに熱い料理がありませんもの。基本が冷えた料理! です。
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「はい、これ。どうぞ! 召し上がれ!」
「これは何ですか?」
ナイフとフォークを差し出したが、使い方が判らないという。
「ナイフとフォークといいますが、使わないのですか?」
「俺たちは、なんでも手づかみで食べますだ。」
そうか、ナイフとフォークは使えないんだ。これはキリスト教の教えによることだった。神聖なものは手で掴め! なのだ。ですので、この物語には、もうナイフとフォークは出てきません。だって、キリストさまの教えですもの。
小さなテーブルには、沢山の料理と皿が並んだ。農夫たちは喜んで食べている。この事がきっかけでこの後村の長老に合わせてくれたのだった。
「この黒パンは、肌理が細かくて美味いですわ~」
「いや、普通と思うんですが、何か違いますか?」
「奥さんみたいにやわらかくて美味しいです。」
硬いパンが農夫に投げつけられた。農夫の頭にあたり、農夫は両手で頭を覆ってソフィアに謝った。ソフィアの両手には、まだ皿が2枚握られていたからだ。
「ヒェ~! ごめんなさい!」
もう一人の農夫が、
「兄ちゃん達は商人かえ。何処からお出でなすったんで?」
「グダニスクからだね。この農機具と塩などを売って回っているのさ。」
「それは大変でしたでしょう。」
「ええ、もうお尻が痛くて痛くて、泣きそうな位に大変です。」
「いや、尻は知りませんが、どの様な農機具を積んであるんで?」
「後でお見せいたしますよ。さ、全部食べましょう。」
「リリー、お水も頼むよ。」
「ソフィア、器に注いでくれないかい?」
「ええ、いいわよ。」
と言いながら、水ではなくクワスを注いだ。冗談を言った農夫には頭に掛ける動作をして見せた。農夫は急いで頭の上に容器を持ち上げる。
「おいおい、ソフィア! もう止めないか。」
「だってこの人! 嫌い。」
「なんですか? これ! とても美味しいです。こんなの飲んだ事はありません。」
「これは、ワクス、といいます。ライ麦と麦芽を発酵させて、その上澄みを冷やした飲み物です。」
「俺たちは知らないや。良かったら教えてくれないかい? 領主さまにも飲ませてやりて~な。」
「ここの領主さまは、どのようなお人ですか? ハンサムな方でしたら、ぜひ紹介をお願いしますわ。」
「あんた、浮気をお望みですか? 領主さまはとても綺麗な娘さんが大好物らしいですわ。」
「キャッ! いやだ。私ったらはしたないわ。」
両手には、またしても投げる準備をして、皿を二枚持っている。顔はブーとした表情をしていた。
「か、可愛い奥さんだこと。」
農夫はお世辞を言ってかわした。
女は男共の潤滑油になるようだ。男から情報を引き出すのに長けている。心にも無い事を平気で口にする。この事は男にとって、嘘と本当の見分けが出来ない。つくづく男はアホに思える。ワクスのアルコールが高かったのか? ソフィアの質問に答えてくれた。
ソフィアは次の質問をする。
「それで、ここの領主さまは? どのようなお人ですか?」
「ここは領主さまが新しいのさ。なんでも、ドイツ騎士団の指示で来たとも言っておられたね。でも、どこか違う感じさね、遣る事成す事がワシらと違うんだ。」
「どう違うんだい?」
「ワシらはライ麦を作付してたんだがね、今年は新規開墾の土地にだけにしか、作付を認めなくてさ。」
「じゃぁ、来年の税金が払えないじゃないの?」
「そうなんだ。でも領主さまは、税金は免除すると言われてさ。な、変だろう。」
ここの領主は、連作する事で収穫が悪くなると知ってるんだな。とすると、まだ何か作付で指示を出してるとかありそうだ。
「今までのライムギ畑には、休耕にして牧草を植えさせたとか? かな。」
「ああそうだ。牧草にして豚の数を増やせ! と言いなさる。」
「馬は農耕の動力源になるんですよ。いいですか? 人間が鍬で耕しても大した耕地は管理出来ません。後でお見せしますが、馬に大きな耕作用農器具を曳かせて、畑を耕すのです。人は疲れない、広い農地を耕せる、したがって、収穫が上るのですよ。」
「へぇ~そうですかい。じゃぁ、豚を放牧するとは? どういう意味です?」
「うん、豚や家畜が草を食べて糞をするだろう? この糞が肥料になるのさ。」
「すると、豚の糞が肥料になり、休耕して土地が痩せないから、収穫が上がるのですかい?」
「大まかには、二倍にはなると言われてるよ。ただし、刈取りを丁寧に
すれば、という条件が付くけどね。」
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旧来は、耕作地と休耕地と二分する二圃制だった。これを、春耕地と秋耕地、そして、休耕地の三等に分する。休耕地には家畜の飼育を行い、冬の牧草も育てる。これが三圃制で、導入されたら反収は増加する傾向になる。この農法で飛躍的に収穫が増大して、食糧増産で人口が急速に増えて行く。
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「ワシ等はそろそろ戻らなくてはならんで、一緒に来なさるか? 村の長老に紹介をいたしますが。」
「はい、是非ともお願いします。」
俺ら四人は村に案内されて辿り着いた。お日様も少し傾いてきた。4月はまだ寒いので、早く宿屋に入りたいのだ。