第134部 新しい仲間 シンティ
ルイ・カーンは敗北して船に戻り、
「伯爵さま、これのどこが大量なのです?」
木箱が一つだった。それも小さい木箱が!
「ご主人さま、今回の旅行の会計報告でございます。」
「なんだサワか、収支が出たのだね。」
「はい今回は……、」
「はっきりと言っていいのだぞ?」
「はい今回は……金貨で九百九十九枚の赤字です。」
「そうかぁ一億もの赤字か、まいったな~。」
「するとあの対抗馬は一億の儲けでしょうか。」
「いいやグダニスクの琥珀が動いたのだ、お祭りでは儲けは出なくてもさ、以後の販売で二億にはなるだろうな~俺の予定していた金額だ。」
「伯爵さま、海に落として差し上げます。頭を冷やされてくださいまし。」
「このコーパルはどうするのですか!!」
「あぁそれな。化粧箱に五十個を詰めてくれないか。進物に使う。」
「あの買われた百箱に……それを……?」
「ご主人さま、三十個に減らしましょうよ。」
「それもいいな、任せる。」
伯爵のハンザの口座には次々に振り込みが入る。春のライ麦の収穫が無事に出来たか。
1247年6月1日 エストニア・ハープサル
*)やや子が
ルイ・カーンはワルス、サワ、キルケーの三人と。建設ギルド長を呼んだ。
「明日からレバルへ金物、建設資材の調達に向う。ギルド長、部下は何人になるかな。また船は在るか。」
しばらくは伯爵とギルド長の会話になる。
「へい積み込みも行わせるので二十人からでしょうか。郷に帰りたい者も居りますので四十人にはなろうかと。」
「はっきりと言え全員だと。」
「いや伯爵さま全員は多すぎます。建設現場の監督、いや番人は必要です。」
「ところで、これからも建設の人足は五十人も必要か?」
「はい大方の港の躯体も終わりました。お急ぎでなければ減らします。」
「そうしたら俺の希望だが、今度から大きい船を何艘でも建造したい。船大工の手配が出来るだろうか。」
「はい、いかほど?」
「タコほどの八人。それに見習い弟子を……そうだな二十人かな。」
「船大工は少なくてもよいのですか?」
「レバル(=現在のタリン)から引き抜くのだ多すぎたら恨まれる。第一に船大工のギルド長が許可を出さないだろうさ。」
「ごもっとも。小さい船大工のギルドを丸ごとでしたら問題なく出来ましょう。」
「大きいギルドがいい。それも大型船を造れる技術を持つギルドがいい。」
「探します。」
ギルド長は話を変える。
「まだまだ小さい街ですから、そう多くは仕事が無いかと。」
「それは去年までの話だ。今はどこも忙しいだろう。」
「あ、そうでした。伯爵さまが公共工事をされましたので忙しいでしょうね。」
「人足は、宿あり飯ありで、金を積んで優秀な男を集めてくれないか。」
「予定の二十人を超えてもよろしいですかい?」
「あぁ異存ない。思うがままに行動してくれないか。」
「会計報告と支払いは?」
「サワに一任しているが、怖い女だから海に落とされるなよ。」
「あは~ん伯爵さまの水泳はそうでしたか、お仕置きでしか~。」
「うるさい黙れ。先に俺が落としてやる。」
「へいへい。これより準備いたします。ですが出立の準備には、」
「明日と言うのは語弊があった、準備出来次第だ!」
「へい。」
「ワルス、サワ。二人で総まとめの監督を頼む。」
「はい承りました伯爵さま。」
「旦那さま、私はなにをすればいいのじゃ?」
「キルケーには、あ!」
「キルケーさま! ですか!……あ、あ、あの有名な!」
「いや違うぞ。名前は俺が勝手につけて呼んでいるだけだ。気にするな。」
「そうですか? どことなく似ているような?」
「どうしてだ?」
「若い時にニワトリにされました。戻されてからの記憶が曖昧でどうも思い出せません。」
「食われなくて良かったな!」
「きゃはっ!」
とワルスが奇声をあげた。
「あ、あの、なにに、されるのか、というのは、そういう事でしたか。」
「ワルス、今頃? 遅すぎだわ。」
「うぅ~!!」
「旦那さま……?」
「あぁ、?……ギルド長、頑張ってくれ!」
「あ、はい。」
ギルド長はキルケーの顔に釘付けになっていた。動きそうもないからキルケーが伯爵に声を掛けたのだ。ギルド長は伯爵から声を掛けられ自分に戻り出て行く。当のキルケーにしたらいつもの出来事だ、覚えているはずもない。
「キルケー、あのオヤジはハンサムだったのか?」
「はいニワトリでしたら最低のランクですわ。一番は座敷犬です。女なら、」
「黒猫か! なかなか趣味が悪い。」
「旦那さまほどではありませんが、ご用件は?」
「このコーパルの全部に魔法を頼む。」
「ほら無差別の旦那さまはやはり趣味が悪いです。で、どのような魔法をご希望でしょうか?」
「このコーパルに魅了される、次も欲しくなるような魔法はあるのか。」
「はいこのコーパルを見れば私に見える”という魔法でよろしいかと。」
「ははは、それはいい、とても愉快だ! ぜひ、そうしてくれないか。」
「はいでは、旦那さまとコーパルと私の三人で一晩過ごして下さい。そうすればとても素敵な夢を撒き散らすことが出来ます。」
「ワルスではいけないのか!」
「ワルスは渡しません。私のものです。」
「いいえ、ここは伯爵さまでないとできません。」
「ぬぬぬ…… ヌヌ!!」
「随分と間の抜けたお返事ですね。どうされます?」
「ではワルスとサワ。旦那さまを取り押さえなさい。でないと二人を抱いて寝ますわよ。」
「は、はい、キルケーさま、逢瀬のままに!!??」
「まぁとても上手い言葉ですわ。サワ、気に入りました、私の下僕になりなさい。」
「い、嫌でございます。」 「サワ~やめろ~!!」
サワは慌ててワルスの手を握り胴体を引きずって去っていった。
「あ、はぁ~ん!!」「うっ、ふ~ん!」
「ぎゃ~~~~!!!」
初夜は済んだのだろうか。伯爵とキルケーVSワルスとサワ。結果は?
ギルド長は三日で準備を済ませる。村長は食糧の買い出しを依頼してきた。
「伯爵さま、お帰りのついでに!」
「おう任せておけ、若い女は何人だ?」
「ち、違います、いや、欲しいですが、いや食糧でございます。あんたらに食わせ過ぎましたから、村の備蓄が在りません。」
「そうか、カブはまだ少ないしな。ライ麦も三年目にしか収穫が出来まい。ならばライ麦と肉類でよいか?」
「はいそのう、お酒もお願いします。」
「サワ、いつもの買い出しはどうした。」
「ご主人さまが私たちを引きずるので、途切れておりました。」
「俺が、」
「悪いのでございます。もう一度、海に?」
「いや、バツは三日前に受けた。」
「で、伯爵さま。お子様の誕生はいつで!」
「サワ、こやつを海に。」
「はい直ちにシャチの釣りえさにして、大物を!」
「今宵も宴会だな、楽しみだ!」
村長と一緒に居るラビー次長。ルイ・カーンはその次長に、
「女たちに編ませている特大の魚網はいつになったら完成する。」
「もうひと月はかかります。なにせ紐の材料が揃いません。」
「そうか、別にひと船に積んで帰ろうか。村でも倉庫の建設でも使うだろう。」
村長とラビー次長には、湾の奥を網で仕切って魚を放流すると説明している。獲り過ぎた魚を生かしておいて荒天で漁に出られなくなる冬の食糧にすると説明を受けていた。これは良い案だと喜ぶのだった。とてもでかい入江だが幅が五十mほどと入り口が狭くて仕切るのが楽だった。
ルイ・カーンは港から四方を見渡す。すると急にサワの存在が大きく感じられたのだ。これは可笑しい。俺はほの字になったのか? と内心考えた。西の遠くにはいつもの感じがする。意味が理解出来なかった。
「サワ、お前どうかしたか?」
「い、い、いいえ、なにもありません。ご主人さまの思い過ごしです。」
「おいワルス。お前、まさか~!」
「いいえ、私はなにもしておりません。誤解です。」
「そうかぁ~!!」
冷や汗ものの二人だった。サワが落ちていたのだ。二人の反応を見れば瞭然に見える。ルイ・カーンは、
「お前たちに新居を造らねばなるまい。プリムラの丘でよいか。」
「いいえ、もったいな、い。です。」
「いいから、そこでいいな?」
「はい、ありがたく。」
「なに遠慮は要らぬ。二人して働けばよいだけだ。」
「でしたら広めの土地に羊やヤギ、パイソンにニワトリも飼いたいのです。」
「おう了解した。すぐにキルケーに命じよう。」
「いやいや、人を変えてはなりません。」
「同じだろう? なぁキルケー。」
「はい旦那さま、私も同じかと思います。」
「ルイ・カーンさま、動物は私が買います。」
「そうかぁ? あれが残念がっておるぞ。」
キルケーを見た二人は鳥肌ものだった。キルケーの残念がる姿が、悍ましいのだ。二人して(あの魔女には逆らわない)と誓った。
村長に随時に船を寄越すから荷揚げをして船を帰すように頼んで出港した。
1247年6月9日 デンマーク領・エストニア
*)エストニアの放置された館とパブ
伯爵が建設の依頼をした館とパブ兼宿屋の三軒が未完成になっている。鬼と呼ばれる伯爵さま。
「思い出した、休暇は俺の館とパブを全部完成させてからだ。完成させないと金は払えないな~。」
意義を唱えたいギルド長は泣く泣く子分に仕事を割り振った。
「伯爵さま、これを見越しての全員の帰郷でしょうか?」
「だったらどうなんだ。」
「鬼、悪魔……子分が不憫でもう泣きたいです。」
「そうかぁ? 終われば休暇だぞ。早く済ませろ。」
八日で悪魔の館が完成した。次に大きい建物のパブ兼宿屋が。二軒はその後に続いて完成した。家具が順次運び込まれる。
*)パブと宿屋の従業員の募集と傭船
ルイ・カーンは完成したばかりの館に泊まるがメイドも執事も居ない。
「あの二人に代役は可哀そうだ。いいさ独り寂しく暮らそうか。」
キルケーには一番大きいパブ兼宿屋の管理を任せる。他の二軒はなし崩しに夫婦の二人になるのだ。
だが、こらえ性の伯爵。
キルケーの居る中心部の本部のパブで募集して面接を行う。
「すまないな~三十人ばかし用意してくれないか。住み込み可でもいいぞ。」
「いいわよヤギと黒猫も雇っていいかしら。ダメと言われますならば、代役は旦那さまになりますわ。」
「人を動物に変えるなよ、知ってしまえば気持ちが悪い。」
「ふ~ん。」
と気にも留めないらしい。頭のよさそうな女がメイドとして採用されていく。パブの調理場には女将が務まるような気のでかい女が採用された。男はひ弱な従順そうな性格を選んで採用された。
「どうして男はひ弱がいいのです?」
「女に使われるからさ、調理長もメイド長も女だろう?」
「はい、私は小柄で子供と間違われますので、抜いた男がいいですね!」
過激なことをさらりと言うのだ、やはり悪魔の魔女たるゆえんだ。
ルイ・カーンはトチェフへ食器の購入に船を出させた。サワに行かせたかったが、街の商船ギルドに依頼した。
「トチェフへ食器の購入に船を出してほしいのだが、出来るか。」
「これ次第です。どれくらいを希望で?」
「村の名産を百ケース。あれ位の船に満載だな。」
「はい喜んで~!」
「同じような船に羊を満載でハープサルに下してくれ。」
「もち喜んで~!!」
「あぁ行く途中にあれらの物資を満載で、ハープサルに下してくれ。」
「伯爵さま、喜んで~!!」
多数の船が一斉に動き出した。西側からライ麦や飼育動物、それに建築金物、野菜の種子、布の生地、麻ひも等が多数輸入された。傭船の金額がまだだがいのだろうか。
一つの大きい箱が下されて、悪魔の館に運び込まれる。運んだ人足は一様に気味悪がる。箱は黒くて大きいしそれに重いのだ。
港では馭者が、
「おいおい、なぁ、機嫌直して運んでくれよ、運ばないと俺は殺されてお前は馬刺しになるのだぞ。」
ギルド長が不思議がる。
「どうしたんだい、機嫌がわるそうだな。」
「はい馬が言うことを聞いてくれないんですよ。この黒い箱には?」
「箱には?」
「し、し、死体とかでしょうか?」
「きっと伯爵さまの食い物だろう。美女が三人とかかな。」
「ひぇ~!!」「ヒヒ~~ン!!」
「おう動いたじゃないか。そのまま館まで一直線に飛んで行けよ!」
「ひぇ~!!」
日頃の人足や職人の扱いが酷いので、ルイ・カーンは悪魔と呼ばれるまでに出世した。ルイ・カーン本人にしたら不本意なのだろうが、庶民を扱うには恐怖が必要だとも言っている。この事はキルケーの口から言われる、噂とも事実ともとにかく意味不明だ。
四人はそれぞれの建物におさまった。
1247年6月29日 デンマーク領・エストニア
*)女衒としての教会 新しい仲間
ルイ・カーンは最初に教会の司教に会いにいく。信心深い信仰心があるかのように寄付に赴くのだった。
司教は伯爵に、
「神のご加護が有らんことを!」
ルイ・カーンは司教に、
「神にご加護が有らんことを!」
本心からそう信じている。
「司教さま、街で私は悪魔だと呼ばれて喜んでおりますが、司教さまはこの悪魔を教会へ導かれますか?」
「いえいえ街の噂は只の悪口でございます。伯爵さまに置かれましてはご健勝でなによりでございます。」
教会は働く事が出来ない大人と子供らを預かり扶養している。生活保護をしているのだ。役人の調査もあるが仕事として教会の保護を受ける者が居る。これは教会のメンツから来ているのかも知れないが事実である。
教会は女衒である。
「今日は子供が五人とどうしようもない男が二人、若い女が一人でございます。」
「少ないがそれ全部頂く。教会に置いておくよりも口が減りますので。」
よろしいでしょう。という言葉が省略されている。
「いつもいつも、身寄りのない子らは食い扶持が出来て喜んでおりますでしょう。」
「司教さまはこいつらの行先は気になりませんか?」
「伯爵さまにおかれましては間違いはございません。館のメイドや使用人としてお雇いのことでしょう。」
「あぁ館ではないが西の寒村で仕事に就かせている。心配はない。」
「今日は八人だから、銀貨十六枚でよろしいか。」
「はいご寄付をありがとうございます。」
「次は女の子をたくさん欲しい。出来るか!」
「はい暮らしの貧しい家庭を探しまして子供を保護しておきます。」
「では今回の教会への寄付は?」
「はい黒い箱の中身、金貨・百五十枚でございます。」
「西側に手配して頂いて大いに助かりました。荷物を確認しまして代金は明日お届けにまいります。」
「お待ちしております。」
「では税金の申告に使いますので、領収書をお願いします。」
「デンマークの貴族さまの紋章入りでございますれば、さらに金貨を二十枚。」
「明日まとめてお支払いいたします。」
「他にデンマークの貴族さまの、紋章入りの領収書はありませんか?」
「それを買われてどう……いや失礼いたしました。ご自由にどうぞ。五枚で金貨百二十枚でございます。」
ルイ・カーンは貴族に取り入る方法が解らずに難儀していた。税金とか申告は無いが寄付がその税金だろう。とある貴族の紋章入りの領収書だ。大いに、しかも大それた事に首を突っ込むことが出来るだろう。
「これを六枚。とても楽しみです。ありがとうございます。」
「これくらいお安いごようでございます。また次も必要でしょうか?」
「多くの貴族の紋章入りの領収書が欲しい、よろしくお願いする。」
六枚の紋章入りの領収書を見てにんまりとほほ笑む。ルイ・カーンの悪の頭が物凄い勢いで回転しだしたがすぐに止まった。金額と但し書き、それに貴族の名前が大いに役に立つ……は……ず……だ……が、あり得ない。
「この紋章入りの領収書の金額の欄はなんなのだ。ピーナッツ六個? 意味が解らん。この俺すらでも理解できない!」
紋章は丸い二重線に上部に蝶のようなマークがあった。
「裏金だとは思えるが、支払った貴族は誰だろうか。宛先が俺になるのだから空欄が当たり前か! それにしても豆が金がなのか? あ、ああん???」
「伯爵さま~伯爵さま~……伯爵さま。たった今女が八人出来ました。」
走ってきた老体の司教は息も絶え絶えに言う。
「伯爵さま、じょうもん”でございます。」
「それはいいぞ。喜んで頂くとしよう。住み込みで働かせれば逃げることも出来まい。ウッシッシィ~~~!」
走って体中が熱いはずの司教は、鳥肌を立てて震えたという。小声で、
「ルイ・カーンさま、怖い、恐ろしい、わくどよりも怖い。」
ルイ・カーンは(カエルの顔をした司教がそれを言うのか!)と思うも、ここは聞こえない振りをして、
「今から話のダシに使いたいので、連れ帰ってもよろしいでしょうか?」
「はいご自由にどうぞ。」
ルイ・カーンは女の八人を引き取りに戻った。司教が、
「お前らの新しいご主人さまです。伯爵さまだからお館さまとお呼びなさい。」
農婦ばかりだと思ったがどこか可笑しい農婦の顔には見えないのだ。
「えぇ本当にじょうもんさん”です。ありがとうございます。」
「ではまた明日に!」
と2525(ニコニコ)顔の司教は戻っていく。後ろ手の指が動く動く。
「俺はルイ・カーンだ。お前らは館で働いてもらいたい。イヤという者は居るか、いたら名乗れ。」
「はい私、庭仕事を希望いたします。」
「同じだろう、どこか違うのかい?」
「いいえ少しも違いません。」
「お前ら、館に着いたら全員裸になれ!」
「いや!、キャー!、う!、う~!」
「いや風呂が先だ。着替えは届いているはずだから身形を綺麗に仕上げろ!」
「はいお館さま。」x4
(半分が農婦で半分が街の女か!)ルイ・カーンは声を出した女が街の女、押し黙った女が農婦と判断した。後ろに続いて歩いてくるが前の四人は声を上げた女。怖がっているのだろうか残りは無口な女の四人。
ルイ・カーンは人助けなのだが、初めて人を買ったという気分になった。買う人間により、売り飛ばされる先の仕事により両サイドに振れる事案だ。(あいつらは全員がメイドだ、俺は人買いではないぞ!)と考えた。
「あぁそうだよな。教会には出来るだけ無駄な金は払いたくはないよな~。」
伯爵の漏れ出た言葉に女はルイ・カーンが欲張りに見えたからだろうか、
「ご主人さまは合理主義者ですのね! 私たちに多くを要求されないで下さい。」
ルイ・カーンはぎょっとして驚きこの言葉を発した女を見た
「お前は誰だ。俺を知っているのか!」
「いいえ初対面でございます。無駄のないお話でそう思っただけでございますがどこか間違えましたか?」
「いいやお前の言うとおりだ。お前は、お前……、……。」
「はい?」
「妖精だね!」
「まぁ決してそのような事はございません。ただの農婦でございます。」
「そのうちに判るさ、こちらにはキルケーが居るからね。」
「キ、キルケーさまとご一緒なのですね……。」
ルイ・カーンは慧眼を身に付けていた。新しい妖精が見つかった。キルケーと言った一言で女は黙り込む。ルイ・カーンはこの妖精の本質を知りたいと思うと何だかふんわりとした感情が湧いてきた。水の妖精!
*)新しい仲間 シンティ
ルイ・カーンは久しく風呂にはいっていない。女たちに井戸から水を運ばせて風呂を用意させた。主の風呂は大きくて豪華。使用人用は小さくて井戸の横に造られている。井戸が近いと言うべきか。当然台所も井戸から近い。
ルイ・カーンが知恵を絞り楽な給水方法を考え作りあげた。もちろん作ったのは大工だが。
「この小高い土の上に登れ。そうして桶の水をこの樋に流せ。」
「それだけですか?」
「あぁそれだけだ。館に運び込まなくて楽だろう?」
と言うと、先の妖精の女・シンティが、
「はいご主人さま、尊敬いたします。殿方の姿を見ないで済みますもの。」
「お前、男は苦手なのか!」
「はいこころに決めたご主人さま以外は嫌いでございます。」
「ほら庭仕事と言った、お前。この館の管理は一人でできるか!」
「はい自信を持って出来ます。」
「だったら男の使用人は使わない。お前らだけでこの館を切り盛りいたせ。」
全員が「は~い!」と快く返事した。次に風呂に案内した。
「まぁ~大きくて立派な!!」
「部屋だ。風呂桶は無いがな!」
このころの風呂はお湯と水の桶が用意されただけで、布きれで身体を洗うのが主流だろう。農家や下町の町民には蒸し風呂が一般的なのだ。風呂桶が在るのは街の金持ちや貴族に限られた。
「いいえ伯爵さま。とても経済的な風呂桶でございます。」
とシンティが床を指さして言う。
「そこはなんだ、洗い場だろう?」
「いいえ伯爵さま、床と同じ高さに作られた風呂桶がその下に在ります。もしや?」
とシンティが風呂の木蓋を取ると、まぎれもないやや小ぶりの風呂桶が隠れていた。ルイ・カーンの目つきが変わった。
「私は嫌です。」
ルイ・カーンの視線の先にはシンティが居た。風呂桶の横だから当然だろう。
「お前を見たのではないぞ!」
黒箱には貴族の服とメイド服がぎっしりと詰め込まれていた。女たちは細身の服を取り合いの騒ぎとなるも伯爵の服は服だ。
「伯爵さま、これがお似合いだと思います。」
数着の中から黒の基調の服が選ばれた。
歳にして十一~十七歳程度の年齢、自分の年齢も知らない事も多々ある。見かけで判断する。農婦は食事と風呂、庭仕事。街の女は掃除と洗濯それにベッドメイク。まだまだトチェフの食器が届かないから板が多用された。小さい時から家の仕事を手伝うのが普通。小さいなりにも合格点がつけられた。
「オッホッホ~お妾さんですか、少し多くないですか?」
翌日の朝早く訪ねてきた、建設のギルド長が冷やかし半分、妬み半分で伯爵にうわべだけの口上を述べる。
「おやおや伯爵さま、お貴族の服がとてもお似合いですよ。」
「なんだ集金か!」
「はいそうですが、お手持ちは?」
「無い! 今からハンザ商館に引き出しに行く。ついてこい。」
「はいお供いたします。」
「大金だから、教会まで頼む。」
「教会ですか、それで今回も?」
「八人だ、自由に使ってくれ。ハープサルに連れて行く、住人にする。」
「もうお好きですね。」
「シャチのえさにする。」
「使えない人間ですね。でも人を食ったシャチは不味くて食べられません。」
「なぜそのような事を知っているのだ、話せ。」
「ただ聞いただけのことです。気にされないで下さい。」
教会に寄って昨日の子らの五人と大人の三人をもらい受けて街に行く。
「ギルド長、今日もですか……。」
「お前らの弟子と釣りえさだ。面倒を見てくれ!」
誰がエサにされるのか八人には気がかりでならないらしい。人権も何も無い全員が一室に放り込まれる。ギルド長の嫁が、
「あんたら働かないと、本当にエサにされるからね。」
と言いながら作業用の服を置いていく。
「着替えた女は外で待っていろ、すぐに迎えに来る。」
独り身の作業員の飯炊きの給仕が仕事になる。女は大中小の三人。ギルド長が目利きするが、
「伯爵さま、これからどちらへ行かれますか?」
「どうした? ギルド長。キルケーの居る本部だが、どうしてだい。」
「さっきの大きい女をパブへ回して下さい。あの女は細腕ですのでここでは。」
「使えないのか、決定だな!」
「ヒェ~!」
「エサ、付いて来い。」
「ヒェ~!ェ~!」
となんとも情けない。どちらが? 勿論伯爵の方だ。
大通りのパブ兼宿屋に着いた。
「おい、ヒェ。ここがお前の仕事場だ。働け。」
情けのない言葉に身動きが出来ない。いきなり働けと言われても何も解らないからだ。
「旦那さま。新しいメイドですか?」
「そうだ、使ってくれないか。ギルドでは使えないらしい。」
「ここでも使えないのでしたら?」
「猫でもいい。看板猫にしてくれ。」
「うふ~ん!」
「順調か!」
「はい気短な伯爵さま。急いで仕立てております。」
「できるか!」
「まだ少しでございますが、出来ます。」
「板書きが少ないな定食でいい。この女にな。」
「はいすぐにご用意させますわ。」
「キルケー先に館に来てくれないか。気になる一人の女が居る。見てくれ。」
「はい、旦那さま。しばしお待ちを!」
メイド長の服からいつもの服に着替えたキルケーは、
「メイクが違うだろう。媚顔のままだぞ。」
と伯爵から注意を受けた。
「あらあら私とした事がすみません。」
「いや急がせたからだ。気にするな。」
キルケーには伯爵の様子が変わった事に気づくが理解までは出来なかった。せっかちに短い言葉しか話さないのだからやはり変なのだろうか。(これは、女が居るのね!)と感じ取ったキルケー。
館に着くとメイドの八人を居間に揃えた。
「新しいメイドたちだ。仕込んでもらえるか。」
キルケーは一人ずつ足の先から髪の色まで丁寧に見ていく。足がとまる。
「あなたが……そう、マンクス猫なのね。」
「それがシンティという名前だ。どうだ判るか!」
「はい可愛い子猫ちゃんです。あ、人間ですよ!」
「そうか、人間なのか。でも黒猫にはさせないぞ。」
「白の多い三毛猫ですわ。うん可愛い、欲しいです。」
「いやこれは俺のだ、遣る訳にはいかない。他にしろ。」
「他は駄ニャァです私も要りません。十日ほど預かりますが、」
「構わない、しっかりと仕立ててくれないか。」
妖精のシンティとしたらキルケーに見られてマンクス猫だと言われた。(やはり魔女だわ! でも私を人間と言った意味が理解できない)と考えた。
「シンティ、あなたは館のメイド長に指名いたします。出来ますね。」
「は、はい。喜んでお受けいたします。」
「夜も頼みましたよ!」
「はい~?? 夜も~~!!!」
「シンティは夜行性なのだろう?」
「いいえ普通の女でございます。研ぎは出来ません。」
「包丁を研いでどうするのよ、夜伽だよ。頑張りな!」
「いやでございます。」
「いい性格だ、ますます気に入った。」
キルケーはシンティの性格を見抜いた。本当にご主人さまにしか仕えない女だという事が。
「こりゃ~伯爵さまがご主人さまになれるのかな~?」
「んん?? どういう意味だ?」
「いいえ、なんでもありませんわ。」
女たちはキルケーに魔法を掛けられて従順になっているが、このシンティにははっきりと自覚が残っている。キルケーの魔法が通じない。
ルイ・カーンの本部のパブで、一斉のメイドの教育が行われた。総員三十二人サワまでもが員数に入っていた。
「そんな~!!」
と悲鳴が上がる。
エストニアの貴族の買収の話が先に進まない。