第128部 エストニアの新興貴族 ルイ・カーンの西方見聞
1246年7月21日 デンマーク領・エストニア
*)ルイ・カーンの遠征
「建設ギルド長、俺はひと月ほど西に行ってくるが、パブと宿屋の建設は任せても大丈夫か。」
「あの、一軒目と同じように建設すればよろしいのでしょうか?」
「あぁそうだ。内装は指示したところまででいい。今まで休み無く働いただろうから、なんなら休暇でもいいぞ。」
「いいえ休暇は取れません。伯爵さまのおかげで民家の建設が支えております。休もうなんてこれっぽちも考えてはおりません。」
「そうかそうか、でだ、馬車と馭者を借りたい、ひと月の行程に耐える馬と従順な馭者は居ないか。」
「荷物は有りますでしょうか?」
「そうだな~行きは無いな。木箱が五個くらいだろう。帰りは……。」
「そうですか、帰りの心配は私には出来ませんので現地で考えて下さい。」
「あ、はぁ~そうだな。ギルド長の言うとおりだ。」
「一つお願いだが、馭者は夫婦にできるか!」
「でしたら私の息子夫婦に行かせましょう。」
「おうおうそれはいい。ちょうど良い人質が出来るわい。」
「ご冗談を、伯爵さまを逃がさない手段ですよ。ここは伯爵さまが、」
「あはぁ~俺が体のいい人質になるのか~!」
「さようでございます。用心棒も一人サービスで!!」
「それは心強い。ぜひに頼む。」
「はい喜んで~!」
こうしてルイ・カーンの遠征が始まる。七日後に問題は起きた。
「伯爵さま、もう馬がうまく動きません。」
「仕方ない、代わりの馬を買うから馬刺しにして売ってしまえ。」
翌日には馬が働きだしたが三日を過ぎた十日後に肉へ変身した。これが六回も続く。
「すまね~な~往復で一千五百kだもんな!」
「ほね~!」
「折れるわな~、すまね~な~。」
「この旅行が終わったら東と南だな。二千kにはなるかのう。」
「ほにゃ~!」
パルヌに向い海沿いにリガへと南下した。ダウガヴァ川を遡りオグレという街に着いた。
「伯爵さま、どうしてここに数泊されるのですかい?」
「あぁ、ただの気まぐれさ! ダウガヴァ川を行き来する船を見たいのだよ。」
「風流ですね~リガの街には行かないのですかい?」
「あ! お前らだけで行ってこい。いい新婚旅行になるだろう、おまけは連れていけよ。嫁さんは大事だろう?」
「それはもう伯爵さまよりも大事でさ~ね。」
「三日でいいぞ。俺はこの宿屋に居る。」
「は~い喜んで~!」
と言って出て行った。日中は二十五度くらいと、とても過ごしやすい。川辺で寝ていても寒くはない。夫婦はここが伯爵さまの故郷だと考えるが、どうがろうか。
「おう、今日は牛や羊が多いな。樽も結構積んでいるし、あの袋がライ麦か!」
とダウガヴァ川を行き来する船の荷物を見聞する。
「ここは将来というよりも、すぐに大きい港街と貿易で栄える街になるな~。」
というのがリガの将来の見込みだった。
ルイ・カーンがどうしてリガでなくて、デンマーク領・エストニアのレバル=現在のタリンを選んだのか。
「レバルよりもこのリガの方が大きくなるかもしれね~な~。」
事実、現在のタリンの倍以上の人口都市にまで発展している。これはロシアの支配でタリンが疲弊したためでであり、経済の発展が遅れたという意味ではない。きっとロシアの支配を受けなかったら、リガよりも大きくは……なっては??? いないか。そう、タリンには運河となる川が無いのだ。馬車による陸路では扱う荷物の量は少なくなる。
「川はいいな~豚も流れるのかな~チャイナか?!」
壊れた船と多数の豚がダウガヴァ川を流れていた。今はそうだがハンザ同盟で大きくなるも、将来はここも幾度となく侵攻を受ける都市にもなる。
中国と同じくヨーロッパの歴史は侵攻で綴られている。
「伯爵さま、ここにおいででしたか。お宿にはいらっしゃらくて方々を探しましたよ~。」
「おう、これはすまなんだ。ここにはもう用はない。明日に出発するか。」
「伯爵さま、これ、馬二頭の請求書です。お支払いをお願いしやす。」
「肉は売ってきたのだろうな。代金はなんぼだ!」
「あれは私の馬です!!」
「そうだったな、すると……もう三日後か!」
「伯爵さまが言いましたよ、三日後と。」
全員が馬の祟りに遭いお腹をこわした。ダウガヴァ川の川水で調理したせいだったが、それとも豚のばい菌が充満していたのだろうか。
1246年7月31日
それから南に向ってヴィリニュスへと向かった。内陸部は森が半分、ライ麦の畑が半分という感じだと思われる。
「伯爵さま、それは間違いですよ。道路から見れば畑が多く見えます。少しでも外れたら林や森になります。オオカミも多数生息していやすよ。」
「オオカミ!!」
「あれ~? 伯爵さまはオオカミはお嫌いですか、それとも怖いとか?」
「バカにするな。怖くはないが恐ろしいものだよ、特にメスのオオカミがな。」
「へぇ、そういうもですかいな。みんな一緒だと思いますよ。」
「フン!! あれは、と・く・べ・つ・だ!」
「そうですかい???……??。」
「伯爵さま、ヴィリニュスの街が見えてきましたよ。」
「あれが……か? なんだか歪んで見えるが気のせいか??」
「いやいや、歪んではおりませが、扁平と言いますか、確かに細長く街が造られております。」
「いや、ヘビみたいに歪んでいる。間違いない。」
「仕方ありません。それは将来の街の姿です。ここは戦場にもなり国境にもなりましたから、それぞれの支配国によりまちまちに造られたのでしょう。」
「街街ね~!」
「いいえ間違えました、ちまちま造られたからです。」
「そういうものか。ここは川と森に囲まれたいい都市だぜ。」
「だからですよ。この天然の要塞はどの国も欲しがりました。首都には最適だったということです。」
「だろうな。ここは運河となる川も大きいしな。よし、ここで一泊する。」
「へい、ごっつぁんです。」
「馬なしの料理を頼んでくれよ。」
「もう無理です。今回も馬が出ます。」
「そうか、もうつぶれてしまったのか。二回目は早かったな。」
「へい農耕馬でした。」
「?? だったら先の馬の代金が高すぎるぞ! 老婆(馬)だったな!」
「あ! しまった。」
ヴィリニュスの街が何回、支配国が代わったのか、数えるのも面倒なくらいでした。大洪水時代で検索されたし。ほんの一輪が分かります。
1246年8月7日
ルイ・カーンは、西のビャウィストクへ向かうと言う。
「伯爵さま、それは出来ません。」
「どうしてだ。」
「その行く道がありません。」
「そんなことはないだろう。南に行って東に行って北に行けばいいだろう。」
「そのような行き当たりばったりでは、元に戻りますよ。」
「だな西へ行ってくれないか。必ずしもビャウィストクへ向かはくてもいいぞ。目的地はまだまだ西だからな。」
「うひゃ~もう行先くらいは教えて下さいよ。」
「んなことを言ってみろ。読者はお前と違い利口なんだ。バレるだろう。」
「そうですね、ルイ・カーン伯爵さまのふるさとを私は知っていますから、この先の想像は出来ます。」
「バカ言え。俺の行先が分かったたまるか!」
「へいへい、自分には分かりません。」
「おう、それでいい。もう次の街には着いたか!」
(ば~ろう、数行で着くものか)と思う馭者。
「へい未来の首都ワルシャワに着きました。ビャウィストクは飛び越えたようですが、よろしかったでしょうか?」
「あぁ構わない。どのようにして飛んだのかも聞かぬぞ!」
「そうして下さいまし。女房が魔女だとばれてしまいます。」
「そうかそうか、ウイッチなのか、それはいい。」
ワルシャワはマゾフシェ地方に在りビスワ川が流れている。
「伯爵さま??」
ルイ・カーンは水辺に佇みビスワ川を見つめていた。
「あぁ、ああ。ここが目的地だ。ここでいい。十日ほど宿泊する。馬は食え船を買いたい。」
「船は在りますが、この馬はまだ使えますが、いいのですか? 」
「そうか使えるのならば使おうか。ここを出るまでは休ませておけ。」
「はい承知しました。」
(ここが伯爵さまの目的地か~。)と思う馭者。
「あぁ今は午後の五時か。どうりでルイ・カーンさまが動かなかった訳だ。」
「そうだな八月1日ではないが、午後五時は黙とうの時間だ。どうだ、知らなかっただろう。」
「へい、伯爵さまのようにポーランド生まれではありませんから。して、黙とうの意味は?」
「どこぞの八月十五日の十二時と同じだ。」
「あ~理解出来ました。今年は甲子園の放送がないのですよね。聞けないな~サイレン!」
「お、お、お前はどこの生まれだ!」
「エストニアでございます。輪廻転生を繰り返すスギタの一族ですが……。」
「そうかさくらのご先祖さまか。」
「たぶんに、そう……でしょうか。嫁さん…は、ですね。」
「ですが、伯爵さま。」
「んん?? なんだ。」
「ワルシャワはもう存在していますか?」
「いやあと四十年は歴史には登場しない。今は名前がワルシャワなのかもしれないし違うかもしれない。」
「そうでしょうね。寂れた田舎の村ですもの。ここが首都になるとは思えませんですよ。」
「だな~俺もそう思うよ。」
「ところで、お前の名前はワルスか? 嫁はサワと呼ぶとか、!!!」
「ひぇ~良く分かりましたね~驚きですよ。」
「二人合わせてワルスサワ=ワルシャワ。そんなのありぇな~い。」
「そうですね、ワルシャワの名付け親がシュモクザメ、というのですよ。」
(シュモクザメ=ジェモメスゥ公)
「あのギルド長が、シュモクザメなのか!」
「へいさようで。海から上がってきた齢の三百歳です。」
(あんたの親父だよ!)
「俺、もう帰りたいです!」
「うふふふ……。」
連れの用心棒が呆れ果てて、嫁は可愛い笑顔で二人のアホを見て笑っている。
「伯爵さま。まだ頑張りますか。」
「いや、もうアホ丸出しした。宿屋へ行ってくれないか。」
「へい、私らの実家ですね……。他に宿屋もなにもありませんです。」
「ほぇ!!」
「今日はビスワ川の魚の料理ですよ……。」
「おかぁも、サワというのですよ。アベという苗字ですが。」
「だったら親父が、イサムか!」
「はい、そうなっております。」
「イサムに男の子供が居たはずはないのだが??」
「へい次の書き直しで追加されてください。非***でも構いません。」
「あぁそうするよ。お前が本当ならば!!」
ビスワ川沿いの漁師の家に着いた。
「すまないな世話になる。」
「ママ~お客さまだよ。早くきて~。」
「キリちゃんどうしたのかな~!」
ますますにもってありえない。
「サワには留守番を頼む。」
ルイ・カーンはワルスと用心棒を連れてビスワ川を下っていった。おおよそ八日の日程で帰って来たという。目的はなんだったのだろうか。
ビスワ川沿いには小金色に染まったライ麦の畑が広がっている。
「黄金のベルト地帯だ!!」
「ゴールドラッシュですか! まだ青いですよ、いや緑ですな。」
「今はな! いずれは……黄金そうだとも。さ、帰ろうか。」
「村に??」
「いいやレバルだよ。もう用事は済んだ。」
「へいへい嫁に頼んで飛んで帰ります。」
1246年10月1日 ポーランド・トチェフ村
*)黄金のベルト地帯
ギュンターとユゼフが館の領主を訪ねてきた。二人はマルボルクやグルジョンツそれにブィドゴシュチュのライ麦の購入に精を出していた。異変はビスワ川沿いの地方の領主らがもたらしたのだった。
トチェフの南のスブコビ。さらに南のペルプリン。それからビスワ川に面するビャワ・グラ村。ポルスキエ・グロノボ村もそうだ。ノベからも打診を受けているというのだった。今後は他の村や街も参加すると思われたからギュンターの顔色が赤から蒼に変わっていた。
その赤と蒼の顔をしたギュンターが息急き切って面談にきた。
「グラマリナさま、大変な事が起きつつあります。」
「どうしたのですかお兄様。それにギュンター今日は蒼くなっていますね。」
「はい、それが……。」
「ほらほら、お水です、飲んで落ち着いて下さい。」
「ありがとうございます。ワクスの方がありがたいのですが、領主さまはケチになられました。」
「なにを言いますか、まだまだ飲める水の方が高価なのですよ。」
これはウソである。ブドウの畑を視察に行ってメイドに自噴井戸から汲ませたという、ありがた~い、お水だった。確かに都市に行けば水は高価だが、ここは自然あふれる田舎の村である。水はビール工場で使っても有り余っている。
ケチと言われたら普通は怒るだろうが、ことグラマリナに関して寛大であった。どうも褒め言葉に聞こえるらしい。グラマリナを教育した元執事だ、その点はやはり抜かりがない。
「はい、ビスワ川沿いの領主から多数のライ麦買い取りの依頼や打診を受けております。ここまで大きく膨らみましたらオレグさま不在の今、私の裁量から逸脱いたしますので、ケ・・いや、グラマリナさまにお願いに参上いたしました。」
「それはどういう意味でしょう。今後のライ麦の輸出量が倍に増えるのでしょうか? それとも……。」
「はい、それとも、でございます。もう手に負えないほど、と言うべきかと存じます。」
「では私にはどうしろというのです。お金はマクシムが出しますからいいのではないでしょうか。それとも?……。」
「はい、それとも、でございます。グダニスクの傭船ギルドまで一緒に行っては頂けませんでしょうか。船が足りません。」
「ソワレが実践しています、筏では足りません……のですね。」
「はいもうすでに禿山になっておりまして、そこも開墾が進んでおります。来年からはライ麦が四万袋も増える予定でございます。その増える四万袋ですら輸送の許容量を超えてしまいました。」
「んまぁどうしましょ。傭船だけでよろしいのですか?」
「この秋はそれで凌ぎましょう。来春からはさらに倍になるかと思われます。」
「ユゼフ……黙っていないで……。」
グラマリナはほんの少し身震いをした。ばれないように無口のユゼフに話を振るのだった。
「はい私は爺と違って私は造船の依頼が妥当かと思います。傭船は運賃次第でどこにでもシッポを振る連中でございました、他のハンザ商人にこのビスワ川の穀倉地帯に侵入されましたら、オレグさんが居ない今は対抗できないと思います。来春からは傭船ではなくて自船で運びたいと考えます。」
「んまぁユゼフまで! ですか。」
「はい、この爺からもお願いします。」
グラマリナの両腕が後ろに回った。少し考えますと言うと、宙を見つめて口がほんの少しだが動いているのが見える。エリアスは嬉しそうにそんなグラマリナを見て笑う。いつもの光景だった。
エリアスが珍しく本当に珍しく意見を言う。
「なぁグラマリナ。ここは川専用のドンコ船を多数建造したらどうだろうか。グダニスクからの遠洋はマクシムの担当だからさ大きくて頑丈な船は不要だろう。だから平べったのよりたくさん積めるドンコ船がいいよ。第一に。」
「そうですね、お安く造れる……。」
グラマリナの強張った顔が明るくなった。この機転を見逃さないギュンター。
「グラマリナさま。オレグさまの売り上げの二十%もピンハネされているとか、もっぱらの村の噂ですが、」
グラマリナの背筋がピ~ンとハネ? る。ギュンターはケチな領主に続けて、
「オレグさまの売り上げの十%のお金があれば、そのような安近短な船は百艘は建造出来ます。ボブみたいな航海に長けた船長は必要ありません。村から男と女を選抜しまして水夫にいたしましょう。」
「そうですね、船が軽ければ魔女だって不要でしょうか。」
「はい少し大きい船は十艘にして九十艘はドンコ船に致しましょう。」
「分かりました、エリアス、私と一緒にきなさい。すぐにグダニスクの船ギルドに行きますよ。」
(また子守かよう~。)と思うエリアス。
「もう馬車は用意しております。魔女らも二台目に乗せて行きますので、ドイツ騎士団の目はごまかせると思います。」
「ではまいりましょうか。デーヴィッドにも長らく会ってはいません。このさい、建造指令を出して任せましょう。」
こうやってビスワ川の穀倉地帯、黄金のベルト地帯が誕生した。小麦が多く生産されるまでのおおよそ二百年近くが西ヨーロッパの胃袋を満たすのだ。
ロシアの大地からのライ麦を、エストニアがすぐに追随することになる。東はジンギス・カンやその子供が荒らした土地が蘇るから、かの貴族がまとめあげるのだった。
1246年10月2日 ポーランド・グダニスク
*)グラマリナとマクシムと傭船ギルド
「ギョェ!!」
「どうされましたか? マクシムさま。」
「デビちゃん、うらボスが出てきたぞ。どうしてだ、お前、何かしでかしたな!」
「いいえ、なにもありません。この秋のライ麦の件ではないでしょうか。」
デビちゃん、ことデーヴィッドがエルザと子供を連れてマクシムの事務所を訪ねていた。うらボスとういうのは、もち、グラマリナのことだ。
「まぁ奥様! 懐かしいですわ~。」
エルザからしたらもう随分と会ってはいなかった。デーヴィッドは度々村へは出かけたりするが、エルザはパブの店もあるので多忙で忙しい??!! 会える機会はそうそうないのだった。
「デビちゃん、私はパブに帰るね。歓待の準備をしなくてならないわ。」
「あぁそうだな。……マクシムさんと奥様もお出でになられのでしょう?」
今は昼も済んで午後の仕込みの時間帯で食材の買い出しに来ていたのだ。
「デビちゃん、食材は半分だけ持って帰るから、残りは忘れずにね~!」
「あいよ、任せな。荷は重いが馬車が来るからさ、他の物も載せて帰る。」
「デーヴィッドさん、重いビールは領主さまが運んでみえるでしょう。」
「はい、ここで重たいのは魚です。」
「クジラですか、あれは美味しいですよね。しょっぱいですが!」
「なにを言われますか、お売りになられたのはマクシムさまでしょうが!」
「あちゃぁ~!」
「しょっぱいのは返品します。」
「いやだっちゃ~!」
マクシムの声音が変わる。
「エリアスさま、ようこそお出で頂きました。どうぞどうぞ。」
「まぁ~グラマリナさま。今日はお手柔らかにお願いしますよ。」
「まぁマクシム。そう構えないで下さい。用があるのはデーヴィッドにですのよ。それとも何かありますか?」
「いいえ、ございません。この秋のライ麦の件だと思いますが?」
「そうですのよ、すぐに傭船ギルドを紹介しなさい。さぁ、早く!!」
「お待ちください、今紹介したい……。」
「デーヴィッド、行くわよ、戦争よ!」
「はいグラマリナさま。お供いたします。」
「デビ、先導しなさい。傭船ギルドね!」
「はい承知しました。」
嵐のようにグラマリナが過ぎ去っていく。独り残された女が居た。
「んまぁ無視されたわ、あの女は女狐だね!」
さてこの女の名前は、?? パブまでに考えようか。
グラマリナはデーヴィッドの腕を引き、マクシムはエリアスから引かれるのだ。
「バン!バン!」 「ガシャ!ガシャ!」
馬車のドアが閉められて馬車が動き出す。だが、この時代には馬車にドアは無いだろう。
マクシムは、
「グラマリナさま、今日はどうされました、傭船はどのような?」
「はいグルジョンツ ブィドゴシュチュ スブコビ ビャワ・グラ村。ノベ村、ポルスキエ・グロノボ村。マルボルクにトチェフ村。」
「わ~~~あわあわわわ!! 私ではもう対処が出来ません。私も傭船ギルドに連れて行ってください。」
聡いマクシムの事だ、地名だけでライ麦の量が計算できるのだった。
「これは四回に分けて行くしかないでしょうか。あわわわわ……!」
「はい、グダニスクからはお願いしますね。また証文を書きますか?」
「いいえ要りません。これはオレグさんの差し金でしょうか。」
「いいえ私の執事と兄の計らいでございます。ギュンターが営業して勝ち取った偉業でございます。」
マクシムは対座するギュンターの顔を見ると……笑った。マクシムもほほ笑んで返すのだ。そうして、
「ほほう、ギュンターさま。善良!!……悪辣! いや悪辣無双ですぞ。」
「いいえ、私には関係ございません。マクシムさまがどう思われようとも、私はこのグダニスクの港に届けるのが仕事でございます。これはオレグさまの命でございます。」
(オレグの命??)とマクシムは普通に考えてもそういう結論になるが、どこかが……おかしいと思う。
「イテ!!」
マクシムは考えていたので馬車の揺れに対処が出来なかった。大きく頭を打つ。
「アイ!!」
続いてグラマリナも。この姫さまは馬車に乗り慣れていない。急いでと馭者に命ずるからそうなるのだ。グダニスクまで馭者は注意してゆっくりと進んできたのだが、今の短気な姫さまは恐ろしいのだそうだ。
「こら! バカ!!」
と次から次から怒鳴り散らす。が、
「あらあらまぁまぁ、マクシムさまではありませんか。ご機嫌よう!」
外面の本領がようやく開いた。
「い、いえ、お大事に!」
マクシムはそれが、精一杯の返事だった。すでに気圧されている。エリアスは未だにユゼフに愛娘を預けたままだ。エリアスも馬車が苦手だと思われる。定員が四人を超えるからとメイドは連れてきてはいない。だが、なぜか今は六人もの人間が乗っている。
角々(かくかく)と四辻を曲がれば港だがギルド長はもうパブに居る。船員用だから朝から真夜中まで営業を強いられている。二十四時間の船の仕事だ、いつ何時でも港に入ってもいいようにというとても温か~いご配慮なのだ。
「たぶんギルド長は先のパブ、見えますでしょうか、あのパブです。」
と窓から首を出してデーヴィッドが馭者に指示を出す。
「はい承知しました。」
「馬車は横の空き地に止めてくれ。そこが待機所だ。」
「へい。」
「さ、グラマリナさま、ここがギルドの事務所です。」
「小さいのね!」
「はい、ここは事務員しか居りません。会議でも、なんでんかんでん、横のパブで済まされていますからパブが会議室になります。」
「んまぁ!!」
赤ら顔のタコオヤジ。仕事の時と同じ顔かもしれない。
「ギルド長、ご紹介いたします、私の主のエリアスさまとグラマリナさまでございます。」
「おう……。」
「それで船を……。」
「よし分かった。で、なんぼだ!」
「はい、ビスワ川で使える船を全艘!」
「そうか帰れ。ビスワ川では支える。」
「んまぁ、なんですの、その言い方は!」
「あんたんとこの船以外は通れない。だから……、おい、誰か造船ギルドに使いを出せ。あの飲んべ~を連れてこい。」
「はいすぐに!!」
若い男が走って出て行く。
「んまぁ!!」
「グラマリナさま、ここは大人しくして下さい。騒いだら本当に追い出されますから、あのマクシムさんを見て学習を!」
今はマクシムとタコオヤジが交渉を始めている。
「ギルド長、船を全艘借りたい。この秋からは4往復だ、頼めるか!」
顔に唯一の毛、鼻毛が動いた。
「よっしゃ。コロナで仕事がないから請けてやる。金額には色をつけろや。」
「はい喜んで~!! 金に銀を混ぜます。」
そんなことをしたら金額が減るのだが。気が付かないらしい。
「おう、ここだ。……お前に仕事だ、すぐに仕上げろ!」
「どれくらいだ。」
「い~、あ~、あ。」
「おう、分かった。百だな。」
「んまぁ??……。」
「このタコ。すぐに用意するからタコが運べよ!」
「あぁいいぜ。暇だしな!」
「んまぁ??……。」
「十日後から、順次十艘な。」
「いいぜ、暇だしな!」
「金は!」
「あのネ~ちゃんが払う。き~、い~、あ~、と~。」
「そうか、金貨で十x十x十=一千枚か!……、まだ足りない。」
「そうかぁ~?? ば~でどうだ。二千枚か!」
「いや、合計の三千枚だ!」
「よし分かった、三千枚で請け負う。」
「んまぁ!!!!!!……。」
この会話に意味があるのが不思議だ。
「ネ~ちゃん。それで間に合うのか?」
「は、はい、金貨三千枚でお願いします。」
「グラマリナさま、これはソワレの布石が実を結んだのですよ。帰ったらソワレにお礼を言って下さい。」
「どうしてでしょうか?」
「ソワレは今まで何を運びましたか?」
「木材、……あ!」
「そうです、船の材料ですよ。私が仲介しておきました。」
「まぁ~デビちゃん。ありがとう。」
二人のギルド長を含めて全員がデーヴィッドのパブへ押しかける。
「いらっしゃ~い!!」
女将のエルザが明るい声で迎える。
「まぁ~アリスちゃん。大きくなったわね~!」
「うん、もう二歳半になったよ。」
「そうね~エルザは長らく会ってはいませんね。1244年3月14日に生まれたのですよ。先ほど遡って決まりました。」
「遡って?? って!!」
「そうですね~、あんまりですね!」
「エリアスさま、チャカです、嫁です。」
「?? お前、嫁をもらったのか!」
「はい、アメリカの歌手です!」
あのこかわいやカンカン娘のカーンか?
1246年7月22日 デンマーク領・エストニア
*)ワルシャワとエストニアの夢
「ルイ・カーンさま、もうこころ残りはございませんか?」
「……!」
「……あぁ、すまない。なんだ?」
「はい、お気が済みましたら出発を!」
「そう……だな、行こうか!」
「はいサワ、飛んでくれないか。」
「はいワルス。」
「俺は着くまで寝る。着いたら起こせ!」
「はい、お休みください。」
その日の夕方になる。
「ルイ・カーンさま、夕食のお時間です。起きて下さい。」
「なんだ、もうエス……。」
「いいえ、お食事でございます。」
「なんだ、ここはどこだ。」
「まだワルシャワの手前でございますが?……。」
「飛んでいないのか!」
「飛べるはずはございません。夢を見られたのでしょう。」
「そうか、俺は夢をみたのか。」
「はい、さようでございます。」
「もういい、引き返せ。エストニアに帰る。」
「はい承知いたしました。」
(俺はこんな丁寧な男は知らないぞ!)と、ルイ・カーンはまた眠るのだった。
「サワ、これが現実になるのだね?」
「はいワルス。そうですよ。だってここはエストニアのほんの先ですもの。旅のうちには入りませんわ。」
「でだ、期日というか、期間はどうするのだ。」
「はい、もう書き直しております。明日の朝にはすっきりとされますでしょうか。今晩だけお眠りになれましたら、ですね。」
「頭を叩くのか!」
「それはだめです。崖から落ちる事は夢にも思いませんもの!」
「???……。」
翌朝、ルイ・カーンはすっきりとして目覚める。
「おう腹減ったな。飯はあるのか?」
「はい、もうご用意いたしております、三日分ほどを。」
「早いな、でだ、お前ら夫婦は何者だ?」
「え”っ!」
「ワルスとサワだったか。」
「ほ”っ!」
「……。」
「ふ”っ!!」(あんたの息子と嫁だよ。)
「そうか、確か前世の息子が居たのだったかな。」
「ゲ”っ!!」
「どうだ、俺の元で働かないか!」
「はい、喜んでお仕えいたします。」
ようやくルイ・カーンはとても優秀な部下を得た。パブの建設現場を見たルイ・カーンはとても怒りだした。
「やい、このオヤジ。休まずに建設すると言っていただろう。この進捗はどうした、少しも進んでいないぞ!」
「す、すみません。これでも急いでいるのですよ。」
「フン!! 約束は守れ!!」
ルイ・カーンは怒りながら帰っていく。サワは、オヤジに、
「シュモクザメさん、すみません。私が悪いのです。現場の事を思いいたっておりませんでした。明日には修正いたしますので、今日だけ怒られて下さい。」
「あいよ、わしの可愛い孫だ、これくらいはなんでもないさ!」
(明日には修正いたしますよ、義父さま!)