第124部 ソフィア編 オレグの死?!
1245年4月2日 バルト海・ゴットランド島、ヴィスビュー
*)オレグの遺品
カツカツカツと靴音が近づく。にこやかな顔をして魔女マティルダとその従者が牢獄に顔を出した。
「おいお前! これが判るか。今放り投げるから見てみろ。」
魔女マティルダの従者はソフィアに向かって何かを投げて寄こす。
「なによこれ! もっとましな物を頂戴よね。」
「あらあら。ごめんなさい。他には何も残っていないのよ。……他の物とは何が欲しいのかしら? 指とかの肉体かしら……?」
「ふん解っているくせに、当然ここの牢の鍵に決まっているじゃない。早くここから出しなさい。オレグに会いたくて堪らないわ!」
「今会っているじゃないかい。見覚えがあるだろう? 戦いの最中に壊れたのだけれども、原型は残っているはずさ。」
「これがオレグなの?……、え! そんな、こ、これは……オレグのペンダントだわ。……ここに小さい傷が…………わ~~ワ~~ゎ~!!!!」
「どうだい理解できたか。お前たちを殺しはしないから一生ここで泣いていろ!」
「お姉さま、それはお兄さまのペンダントなのですか?」
「あのハンザ商人の証明書かい、おい、うそだろう?」
リリー、ゾフィが矢継早にソフィアに尋ねた。
「う……、ん……。」
「最後はさ、お前の名前を叫んでいたぜ。なにせ、ヴァイキングには酷く恨みを買っていたらしくてさ、もう撲殺されるのを途中で止められなかったよ。」
「オレグは叩かれても起き上がる性格だよ。叩かれて死んだりしないわ。」
リリーがソフィアに代わって反撃するも、
「あ~ぁ、最後はあっけなく死んじまったよ。男は野蛮でいけないよ。俺がもう止めろ! 顔は潰すな! と何度も叫んだのだが、誰もがゆだれこくって止めようとはしなかったのだよ。ソフィアさんよすまないね。残ったのがそのペンダントだけなのだよ。あ~目つきもひんがらめ”になっていたな!」
ボロボロになった胸のペンダントがその事実を物語っているかのようだった。マティルダの従者は続けて、
「だってそうだろう? 命の次に大事なハンザの通行手形だぜ。死んでも離さないのが貴奴の気性だろう? 違うかな~!」
ソフィアは、
「う…ん。」
と小さく返事をした。リリーもゾフィもソフィアに続く言葉が見つからない。
「やい、くそババ。ウソは大概にしやがれ。あのオレグが死んだとは思えないぞ。明後日、顔に化粧をして来やがれ!」
シーンプは勇ましくまくしたてるが、顔は半べそになって涙さえ見えていた。
今でも新婚の夫婦は、
「そんな~オレグさんが死んだなんて……。」
「マティルダさま、叩き込みました。」
と魔女が満面の笑顔で声をかける。叩き込むとはソフィアらの気丈の鼻柱をへし折るという意味らしい。
「ふん、・・・・。」
これを見て魔女のマティルダは牢の廊下を出口へと去っていった。悔しがるシーンプは鉄格子に絡んで、ぶつかる、蹴る、叩く、薬缶を蹴るはで荒れていたがすぐに静かになった。
「やかんをケットル場合じゃないわよ。」
底の丸いやかん。蹴ったら底の平たいケットルに変化した。
*)ソーセージの中身は肉屋と神様しか知らない
「お姉さま、もう泣かないで下さい。そりゃ私だってオレグを奪われて悔しいですが、でもここはお姉さまが泣くところではありません。」
「じゃぁ、どこで泣いたらいいのよ、教えなさいリリー!!」
「お姉~!! それはオレグの胸の中でだぜ。オレグの顔を見てから、安心した時に涙を流せばいいんだ、違うか?……」
「だって……涙が止まらないわ!」
「オレグが死んだとは言っているが、事実かどうかは見ないと判らないだろう? あの女の言う事を信じるのかい?」
「そうよ、ノアの言う事が正しいわ。うそつきの魔女を信用するなんて、なんて物わかりで都合いい女でしょう!!」
リリーの突っ込みは厳しい。
「だって、オレグの胸に在るトレードマークのハンザ商人の通行手形だよ。これをたやすく奪われる事は無いはずよね。」
「でもこれが即、オレグの死には繋がらないよ、理解しなさいよ。」
「だって、ここに在る小さい傷は私が噛んでつけた傷なのよ。ここまで再現できる偽物は無いわ……。」
「……。」
オレグの胸に下がっていたペンダントを握りしめて泣くソフィア。二人にはどうする事も出来ない。
「泣けるだけ泣かせようか。そうでもしないと頭が固くなっているから、涙でネジが緩むのを待つしかないぜ!」
「そうだね、ゾフィの言う通りだわ。……悔しいけれどもここから出られないのだから、どうしようもないわ。本当にオレグ兄さまは無事ならばいいのだけれども。……そう、私だって泣きたいわ!」
ソフィアの二人の妹を見るに忍びないギーシャとへステア、それにシーンプだった。気の強いソフィアが投げ込まれた物を見て泣いている。これは本物だと思わざるをえない事実だろう。
シーンプは、リーダーのソフィアから戦意を抜く手段と考えたが、それを否定できる口実が浮かばなかった。
「なぁギーシャ、へステアさん。これは魔女の手段だと思うが、どうだろう。他に意図が隠されているのかな。」
「少なくとも殺せる状況が有るのに殺さないから、これは別の意図が隠されているのだよ。……そう、この戦争からオレグを引き離すとか、かな。」
「はっきりと言いなさいよ。ギーシャ、まだ他にも考えがあるのじゃない?」
「あぁソフィアさんとリリーさんの髪飾りが無いから、きっとあの魔女はオレグさんにも同じように、姉妹を殺した! と言っているに違いないだろう。」
「ギーシャにはやきもちを焼いちゃうわ。他の女の細部を見ているなんてこの私には気付けなかったわ。そうでしょう? シーンプさん。」
「いや違いますよ。へステアさんが気絶していた時に、あの魔女が二人の髪飾りを奪い取るところを見ていましたから私だってそう思います。」
「そうだったの、早とちりしてごめんなさい。許してちょうだい。」
「あ? あぁいいよ。気にしていないさ。」
シーンプはうそを言っていた。夫婦で波風が立たないようにとうそを言ったのだった。へステアが気絶していた時は男の二人も同じく気絶していたのだ、判るはずはない。だがギーシャにはシーンプの意図がすぐに理解できた。だから返事には少しの時間があったのだろう。
「ギーシャさん、ここは男の二人で頑張らないといけません。」
「そうでしょうが、私たちはあの姉妹よりもっと非力ですよ。……どうしろと言われるのでしょうか。」
「男と女は考える場所が違います。だから何か方法があるはずです。」
ここの牢は、魔女のマティルダが他の魔女と共に、二重、三重の結界を張っている。リリーひとりではこの結界が破れない。
「ソフィアさん……。」
「憐れんでくれるな! これは私が選んだ道なのよ。」
「ううん違うわ。オレグさんの底力を信じましょう、ね?」
「へステア、そうだわね。どうしようも無いもの。貴女たちを巻きこんでごめんなさい。」
「あらあら! これは私が選んだ道なのよ。なにを言うのよ失礼しちゃう。」
「そう、……だったわね、…ぁは……あはは……は……!」
ソフィアは涙を拭いて笑い出した。続けて言った言葉が、
「そんな事解っているわよ……。」
一人の女としての、負けん姫なのだろう。妃とは、こうも孤独な職業なのだろうか。
マティルダの事はどうなっているのか、ここに居る者はまだ考えが及ばないでいた。マティルダだって妃なのだ、孤独で苛まれているかも知れなかった。
ソフィアは重大なヒントを気づかずにドブへと流していた。そう涙と共に、だ。
*)どちらが本当のマティルダ、だ!!
「マティルダさま、平尾台の野焼きは好天に恵まれて、盛況に終わりました。」
「そうでしたか、観光地ですので道路も封鎖されていました。混乱もなくて良かったですね。」
「はい……ただ、野焼きの罰金が一千万円かかりました。いかがいたしましょう。すでに警察より納付書が送られましたが?」
「観光組合の賦金で賄いましょうか、臨時拠出金の納付書を至急送りなさい。納付の口座は私個人の名前にしなさい。」
「マティルダさま、それはいかがなものでしょうか。昨年よりボクシング等のスポーツ団体が行ってクレームが出ていましたが……?」
「かの国でもそうでしたね。何が慰安婦なのでしょうか。理解できません。」
「はい今は中世ですので、性は解放的ですが?……」
「構いません、妃の名前”マティルダ”でお触れを出しなさい。」
「よ、よろしいのでしょうか?」
「はい、まったく構いませんことよ。お前には5%の報奨金を支払います。五千万円は集めるのですよ。」
「はい喜んで!!……五千万x0.05%=¥¥,¥$$」
「もう一ケタの¥が足りませんよ!!」
「わぉぉ……。」
「オレグ、布陣の下地はいたしました。あとはお任せいたします……。」
マティルダは上記の一行の為にツマラナイ十七行の文字を重ねています。オレグにはこのマティルダのサインが理解出来るだろうか。
デンマークの王宮には二人のマティルダが存在していた。だが二人は遭遇する事無く過ごしていたのは奇跡だっただろうか。家臣たちは意味不明な命令やその命令の否定、もしくは真逆の命令等で大いに混乱していた。
「アーベルさま、奥様のご様子が少し変ではございませぬか?」
「俺はまだ二十四歳だ、ボケてはおらぬ。女房の悪口は許さぬ。出直せ!」
「そ、そんな、アーベルさままで変になられた!!」
家臣一同はさらに混同して混乱していく。
一人の家臣が国王に諫言しに行ったら、
「国王さま、出来の悪い息子とその嫁をどうにかして下さい。さもないと国王さまの命がありません。」
「お、お、おみゃ、お前は誰にもの申すのだ! お前の意見は聞かぬ。先般も聞いてエストニア地方を手放したのだ。も、もう、もうお前は信用しない……。」
さらにもう一人の家臣が国王に諫言しに行ったら、
「国王さま、まだノルウエーもスウェーデンの国土が残っています。」
「おう、お前か! だがあの国土もお前の進言で借金の質草になっておる。早く金を都合しなくては、また貸し剥がしに遭うぞ!」
「国王さま、もうおそ……、いや、マティルダさまがなにやらお金を集める算段をされてありました。じきに大金が転がり込んで来ますでしょう。」
「おお、そうであるか、マティルダがか、……とても良い嫁をもらったものだ。アーベルも喜んでいるだろう。」
「はいそのお金で、返済をされましたらよろしいでしょう。」
(国王さま、借金を借金で返済されましたら、すぐに詰んでしまいますぞ!)
と心で呟く家臣だった。国王は家臣の奸計で知らずに窮地に追いやられていたのだった。
「いいか、この姦計は息子のアーベルにも知られるのではないぞ。」
「はいカーン大臣さま!!」
(成功すれば袖が重くて歩けなくなるだろうて! ウッシシッシシィ!!)
ヴァルデマーⅡ世は家臣に裏切られて姦計に遭い、国土は借金の担保として多くの国土が奪われていく事となった。
(あの人の恩に報いる事が出来ました。喜ばしい事でございます……。)
「マティルダさま、あれでよろしかったでしょうか?」
「えぇアーベルは死んでも構いません。私は次の王を手中に収めています。だから……お前も私についてきなさい。」
「はい、スウェーデンのお妃さまが決定しておりますから、喜んでお供いたします、です。」
マティルダは魔女を罠にかけて宮中より追い出す算段を計画するのだが、
「同じ貉で、この私も地獄へ行くと覚悟を決めようか。この命はオレグから貰ったようなものだからね……。」
「そうだ、このデンマークの民に反感を買って『悪魔の娘』となろう。街を歩けば石が飛んでくるのであればここには居られまい。」
と教皇や皇帝に悉く反発して非難されていきました。
教皇から送られたバルデマールⅡ世への手紙を破り捨てて、教皇と皇帝の二人から激しく非難されました。アーベルの死後、修道院に入るも、修道院の誓いを破り1261年にスウェーデン王のバーガー・ジャールと結婚してしまった。
魔女のマティルダは、悪魔の娘と囁かれてデンマークの宮殿から姿を消してしまいました。
「マティルダさまは、宝物の絹糸の箱と共に姿を消しました。」
と一人の家臣が魔女のマティルダに耳打ちをした。
「そうですか、構いません。これから私は修道院に入ります。ホトボリを冷まして出直します。」
「はいマティルダさま。それがよろしいでしょう。その後は……。」
「分っています、従者としてスェーデンへ連れて行きますよ。」
「なにとぞ、よろしく。」
(ふん、バカめ! 家臣にするとは一言も言ってはおらぬぞ。従者だとは言ったがな……)魔女マティルダのこころのつぶやきだ。
*)囚われの五人
それからどれ位の月日が流れたことだろうか。五人の頬は痩せて色白の肌へと変わっていった。男の二人は体力維持だ~と言いながら運動をしていたが、なにせエネルギーが供給されないから、三日もしないうちに動けなくなっていた。
「一日に一食か二食だよ、これじゃ脱走出来る事が起きても、逃げる事も出来ないよね。ほんと気が滅入るぜ!」
ソフィアとリリーは妹思いのいい姉だった。
「ゾフィ、あんたは男女だから私の食べ物を分けてあげる。大食らいのゾフィだもの、とても足りないわよね。」
「ゾフィ、私のもあげるね。しっかり食べて頂戴。」
「ソフィア姉さん、リリー姉さんありがとう。このお礼は天国で返すね!」
「そんなものは要らないわ、私は巫女だもの死んでも転生するから平気だよ。」
「私はバラの花の妖精だよ。トチェフに綺麗なバラの花が咲いていれば、死なないから平気だよ。」
「うん、お姉ちゃんありがとう。」
ギーシャやへステア、シーンプは人間だ。飢えには敵わない。三人はそれぞれ労わりながら、背中合わせになって過ごしていた。リリーとゾフィはソフィアに肩を抱かれながら寄りそっていた。
いつもは黒パンとソーセージと麦粥だったが、
「お姉さま、この麦粥には野菜が入っていますわ。」
「え~!! どこどこ!!」x4
いつもは食事の差し入れでも起きるのに難儀していた者が、急に元気になり麦粥に飛びついたのだ。
「わ~ホントだ。これは……。」
「カブだね。という事はもう春になったのね。」
「あ~~~そうだよへステア、もう春だよ。」
「そうだね、そういえば背中合わせはしなくなったね。」
翌日。
「麦粥のカブが多くなっているわ。とするともう三月になったのかしら。」
「そうでしょう。ソーセージが段々と臭ってきましたから、すぐに謝肉祭ですよ。」
「いいえ、とうに過ぎています。」
「そうですか……。」
と残念がるギーシャだった。その後はギーシャの元気が無くなり落ち込んでいる。シーンプが声を掛けるが碌な返事しか返ってこないのだ。へステアというと、やはり同じようにも見える。
「シーンプさん、その二人は心配いりませんよ。たぶん、ヘステアさんの誕生日が近いのでしょう。だから塞ぎこんでいるのです。」
「あ~なるほど。お互いがお互いを気遣っているのですね。」
「そうです、でも間違ってたらごめんなさい。」
「いいえ二人には訊いたりしませんから、大丈夫です。」
リリーの魔法も封じられているから境界の魔法が使えない。これが使えるのだったら温かい毛布や食べ物が取り出せるのだが。一番悔しい思いをしているのはリリーなのかもしれない。
*)修道院への移送と遁走のゾフィ
ソフィアたちはオーフスがらコペンハーゲンを経由して、ゴットランド島の北の街へと護送される。
それからひと月が過ぎただろうか。魔女のマティルダが地下牢へとやってきた。口の悪い従者も健在のようだ。
「お前ら、ここから移動する。マティルダさまと一緒に修道院へ護送する。出ろ!」
青白い顔のソフィアは、
「イヤです。ここから出れるのは嬉しいですが、イヤです。」
「そうか……おいお前、槍を持ってこっちへ来い。」
従者は兵士を呼んだ。
「突いて追い出せ。後ろ手に縄を結べよ。足かせは右足にかけろ。」
魔女のマティルダは、
「あらあら、口ほども元気がありませんわね。これがあのソフィアですか。」
「はい、あのソフィアですよ。文句あっか! ば~ろう~!」
「いいえ、ち~っともありませんわ。代わりにつんつんしてあげましょう。」
そう言ってマティルダは兵士から槍を受け取ると、本当にソフィアを突き出したのだった。
「おいお前! お姉さまになにをする。もう一遍殺したろか!」
恐ろしい剣幕で魔女のマティルダに飛びかかろうとすると、
「お前は引っ込んでいろ。邪魔だ。」
今度は兵士がゾフィを槍で突くのだった。
「大人しくしないと、剣の方で突いてやるぞ。」
「ふ~んだ、やれるものならやってみろ。」
「このう……、」
「もう止めなさい。黙っていなさい。」
「はいマティルダさま。すみみません。」
「ではソフィアだけここに残りなさい。他の者は連れていきます。」
「分かったよ、大人しくついていくよ。行けばいいのだろう。」
「キャッ、なにすんのよ、大人しくするから止めて頂戴!」x3
ソフィア、リリー、ゾフィには頭から大きな麻袋が被せられた。
「おい、止めてく……。」
シーンプには剣の方で槍が突きだされた。
「ソーセージにされたくなければ、大人しくしろ!」
「はいどうも、しーませーん。」
ソフィア、リリー、ゾフィの三人には兵士が二人して掴んで護送していた。シーンプは泣きたいのを我慢して歯を食いしばっていた。ギーシャは当然へステアを庇うようにして並んで歩いている。
「オォッホッホ~、それでいいのですよ。おほほほ~!」
魔女のマティルダが得意げに高笑いをしている。
五人は馬車に揺られて船に揺られて五日掛かりで護送された。目隠しの代用だろうか他の三人にも麻の袋が被せられたのだった。
「荒波の音が聞える。ここは何処だろう。」
ソフィアはそう思ってもここは何処かも判らないし、妹たちが近くに居るのは判るが距離がつかめない。
「ゾフィを思いっきり蹴とばしたら、逃がされるのにな……。」
この為にソフィアはゾフィに食事を分け与えていたというのに、と残念がるのだった。
「お姉さま、ここには魔女のマティルダが居ません。今ですわ。」
「ばっこ~~~~ん!!!!!!」
「ゾフィ、天国で待っているからね~。」
ソフィアから大きく蹴とばされたゾフィは、
「あれ~~~!!」
と彼方まで飛んでいった。
「お、お、おま、お前たち、なにをする。」
「バシ、バシ、・・・バシ。」
「飛んで行った奴を捕まえろ、急げ~。」
沢山ぶたれるソフィアとリリー。兵士らは、
「もう無理です。崖から落ちて行きました。」
「そんな……。」
「ゾフィ~死なないで~~~!!」
小さく呟くリリーに大きく叫ぶソフィアだった。
「ゾフィさんご無事で~。」x3
「残念だったな、この下は崖になっている。下は波の高い海さ。生きては上がれないだろう、なんたって麻の袋を被せているからな。」
「あ~~ゾフィ、ごめんなさ、ごめんなさ~い。」
大声で泣くソフィアだった。
「ゾフィ~、ゾフィ~。……!!」
「ソフィアお姉さま、もう泣かないで下さい。私が悪かったのです。お姉さま、お姉さま……。」
リリーは自分が嗾けたのを悔やんでいるかのように、ソフィアに話し掛ける。
「もういいだろう、修道院へ着いたぞ黙って歩け!」
五人は麻の袋から解放された。少し歩いたら小さな修道院が見えてきた。
ゾフィを探しに行った兵士が追い付いてきた。
がけ下の海には麻の袋が浮いていた。その事を兵士は、
「隊長、海に麻の袋が浮いていました。女は海に沈んでいますよ。」
「ほらもうご臨終だ、残念だったな。」
「あんたたち、ここから逃げたがいいわよ。一人を逃がしたのだから、あんたもあの魔女に殺されるわね。」
「え~い黙れ! 俺は優秀だ。殺される事は絶対にない!」
「そうかしら?……んん??」
「今日は飯抜きだ。可哀そうにな~……。」
「あんたたちは永遠に抜きになるわよ、いい気味だ!!」
「ふん!! 黙れ!!」
当然逃走を許した兵士らは魔女のマティルダから殺されてしまう。
「莫迦か逃走を許しおって。お前らは打ち首だ!」
「マティルダさま、あの女は海に沈んで死にました。お許し下さい。」
「許す訳はないだろう……死ね!!」
「きゃい~~ん!!」x11
十一人の兵士が殺されるのだった。直ぐに逆上した魔女のマティルダが地下牢へとやってきた。
「お前ら~よくも一人逃がしたな~。」
「うん海に落として死なせたわ。ここで死なせるよりもずっといいわよ、天国へ行けるもん。」
「お前は地獄が希望なのだね、じきに釜茹でにして魔女の秘薬の材料にしてやる。」
「お風呂ね、嬉しいわ……。」
魔女のマティルダは歯ぎしりしながら退場する。
(オレグ、今どこにいるの。助けて!!)x2
海の近くの修道院になるのだろか。ここはいったいどこだろう……。
1245年6月2日 バルト海・ゴットランド島、フォレスンド
*)ゾフィ
ここはスエーデンのゴットランド島、フォレスンド。島の北に位置する街だ。街だからマティルダなのだろうか。ゆゆしき名前の由来だった。険しい森と高い絶壁が在るので有名だった。
ここにあのスエーデンの王さまの、バーガー・ジャールが修道院を建設していた。妃になるマティルダの為の修道院。離れ。離宮。
バーガー・ジャールがこの島を選んだのには理由があった。デンマークとハンザとは仕事上でぶつかりあっている。ならばアーベルの手からマティルダを守るにはこの島がとても都合良かった。そう、ハンザの本拠地の島だったから。自分は何もしないで妃のマティルダを守る事が出来るからだろう。
だが、後々にデンマークはこのゴットランド島を占拠してしまい、ハンザ商人から恨まれてしまった。
「お前ら~デンマークを攻めるぞ~!!」
「おぉ~~~!!」
となる訳だ。またマクシムのように船を襲撃されるし、貿易の邪魔はするわで、ハンザは地方都市と同盟を結びデンマークと戦争を始めるのだ。
もちろんこのような事は、魔女のマティルダには関係が無い。自分さえ良ければどうでも良いのだ。
「ねぇバーガー・ジャール。ここは寒いわ!」
「おう愛しのマティルダ。ワシが温めてやろう、さぁ子作りを始めよう!」
「まぁあなた。まだ早いわ。王宮に上がったら、ね!」
一方海に落ちたゾフィはもちろん生きている。大きい成りの娘に被せられた麻袋は、ゾフィがノアに戻れば大きいズタ袋だ。縛られていても抜け出す事は容易にできる。だが、
「ぎゃ~冷て~、こりゃ早く陸に上がらないと死ぬ!」
だが、兵士から死んだように思わせるには……。
「暫くは海中に……やっぱ死ぬ~!!」
無事に兵士の目を誤魔化したゾフィ。
「ファ~クション、ヘ~クション。オ~クション。ぶーぶー!!」
「ここは何処だ? あ、ああん??」
さまよい歩いてようやく小さな街、フォレスンドに辿り着いた。
「なんだかヴィスビューに似ているな。バラの樹がやたらに多いし。訊いてみるか!」
「なぁあんた。ここはヴィスビューか!」
「いいや違うよ。」
「なぁあんた。ここはヴィスビューか!」
「うんにゃここは違うだ。」
「なぁあんた。ここはヴィスビューか!」
「あぁ~ここは違うよ。」
ゾフィは最初の男に遭遇してまた同じ質問を繰り返した。
「なぁあんた。ここはヴィスビューか!」
「いいや違うよ。お前、同じ質問を繰り返しているのか。」
「いいだろ、俺の……勝手だ!……??」
「バッかだね~それじゃ、ここは何処かが判らないだろう。事実、何か教えて貰えたのか?」
「いいや違うとしか返事がなかったよ。……そうなのか?」
「だったらさ、ここは何処ですかと尋ねるべきだぜ。」
「そりゃぁすまない。で、ここは何処だ?」
「あぁここは、フォレスンドだ。ゴットランド島のフォレスンドという街さ。」
「フォレスト? なんだか森の名前だな。」
「お前、今何語で話している……?」
「うっ、………そういえばそうだな。オランダ語ではないや。」
「そのうお前。男女か女男は止めろ。女女になれよ。でないと
気持ち悪いで誰も相手にしないよ。だから誰も教えてくれないのさ。」
「じゃぁおめ~、いや貴方さまはどうして教えてくれるですか?」
「それは秘密さ。俺の素性がばれたらここには居られなくなる。」
「そうでしたか、教えて頂きありがとうございました。」
「達者でな~!」
と意味不明な男は立ち去った。女女になったゾフィはとにかく燃費が悪いから右手で握りこぶしを作る。だが、
「ここにはオレグも居ないし、握りこぶしを作っても意味ないか。」
「ぐ~ぐ~。」
と腹の虫が騒ぐ。お金を持っていないから途方にくれる。
「俺の変身魔法でなんとかしよう。最初は馬だったかな、犬かな、キジかな。」
村の長らしき家を動物に化けて脅す計画を立てたが……。
「ここはお姉さまがいいな。」
「ばぉ~~~、わぉ~~~~~~~!! オオカミだぞ~~。」
「くそ~~~、もう晩飯が終わっている……。黒パンだけだ……。」
ソーセージの中身は肉屋と神様しか知らない。とはヨーロッパの諺。ようは人の言う事は本当かどうかは当事者しか解らない。だから、うかつに信じて騙されてはいけません! という意味に使います。