第106部 ソフィア編 爺、今日、この場で解雇いたします。
1244年11月6日 ドイツ ルブシュ
*)デンマークとブランデンブルク辺境伯領は、貿易の間柄ですわ
ホルシュタイン伯アドルフ4世は、ソフィアたちがシャウムブルク城で魔女と戦っていたとは、まだ知らない。
ホルシュタイン伯アドルフ4世の居間に通されたマティルダ。
「アドルフⅣ世様、マティルダさまをご案内いたしました。今度はたぶん、ご本人さまに間違いございません。」
「そうか、しかし、ワシの娘がいつ二人とか三人になったのか、分らぬ。爺、まだ調べがつかないのか。」
「はい、デンマークのマティルダさまは偽物なのでしょうが、証拠がございませんので未だに問いただす事が出来ません。」
「お父様! 1237年にデンマークへ嫁にいった、マティルダでございます。」
「おおマティルダ、お前は本当のマティルダかい?」
「はい本物でございます。シャウムブルク城は魔女が化けていたのです。同じくデンマークのマティルダも魔女でございます。」
「マティルダは今までどこで囚われていたのだ、復讐してやるよ。父に教えておくれ。」
「はいポーランド・ブィドゴシュチュのキルケーに魔法で、キルケーに変えられていました。オットーⅢ世さまに連れられて捕まったようです。」
「そうか、あのキルケーだな、すぐに討伐隊を送ろう!」
「いいえ、もうキルケーは倒されました。今は改心して細々と生活しているはずでございます。そこで私はマティルダに戻されて助けられました。」
「そ、それは誰に助けられたのだ、教えろ!」
「はいオレグさまでございます。シャウムブルク城で魔女と戦った、あのオレグさまでございます。」
「第68~74部のシャウムブルク城の戦いだな。ワシが戦争に出ていて留守の時に好き勝手にワシの城を食い物にしやがった奴だ。」
「いいえお父様、それは違います。食らっていたのは魔女たちでございます。オレグさまがその魔女たちを成敗したのでございますよ。」
不本意ながら後世に魔女伝説を残してしまった。どちらにしろ後世には生きていない領主だ、考えも及ばない。
「あぁそうだったな、だが魔女を金貨百枚で買い取ったのだ、大して変わらぬであろう。」
「あの時は私の娘のゾフィも助けて頂いております。お父様にも感謝して頂きたいです。それに金貨百枚は領地で戦った迷惑料なのでしょう? 違いますかお父様。」
「ウグ~……!」
「それに、居城に帰還されましても戦うこともできずに、山の麓で指を咥えて見ているだけだったと……?…思いますが?」
「ウグ~……グ~……!」
「うん? 違いますか?」
「やかましい! 黙れ!」
「んん??……。」
「そうだろうな。貴奴は魔女を手に入れてより強くなったようじゃのう。」
「お父様、私をデンマークへ帰して下さい。出来ないのでしたらわたしは、私はオレグさまの第二婦人になります、よろしいですね?」
(さむけがしたソフィア、ハクションのオレグだった。)
「それはならぬ、ならぬぞ……。く~~~!」
「デンマークとブランデンブルク辺境伯領は、貿易の間柄ですわ。その関係が崩れますもの、お父様におかれましては???」
「あぁカネヅルが無くなるわい……、だがのう、デンマークの娘の素性が判らないのだよ。」
「だったら今の従者で乗り込んで退治してまいりますわ。」
「ワッハッハッハ~……。」
「うふふふ……。」
高笑いのアドルフⅣ世と含み笑いのマティルダだった。
一人の兵士がマティルダを呼びにきた。
「マティルダさま、お連れの方がお待ちでございますが、いかがされますか?」
親子の対話でかれこれ二時間は経過していた。とっくに昼食の時間となっていたのだ。
「あらあら、もうお腹が空いたのですね、お父様にも会わせたいので、どこか昼食の準備をお願いします。」
「すぐに大食堂で準備をさせよう。」
「アドルフ伯爵さま、すでに…ご用意いたしております。」
「マティルダさまは、先にお着替えをなさって下さいませ。服は従者が持っておりますので、呼びにまいりました。」
「貴方は?……?……。」
「はい、ヴァルデマーでございます。」
「あぁそうでした。私の息子と同じ名前でしたね。娘と同じ名前のゾフィは控室には居ませんのかしら?」
「はい、さようでございますでしょう。……では、ご案内いたします。」
兵士に化けたゾフィがにっこりとほほ笑んだ。
「お父様、従者はオレグさまのご家族とその関係者でございますれば、扱いは丁寧にお願いします。」
「……。」
「それに、お城の魔女を追い出したのもかの者たちですわ。」
「く~そうなのか!!」
「また先月にも再度助けて頂きましたから、よろしくお願いいたします。」
「うむ分っておる。準備ができたら呼びにまいれ。」
「はいお父様。」
控室に戻ってマティルダはゾフィに、
「ゾフィご苦労さま。城の様子は判りましたか?」
「はいお着替えをなさりながら聞いて下さい。」
「ええ、その方が早いわ。話して頂戴。」
「なんでもポーランドは、俺らに畏怖を感じて戦いもせずに土地を売り払って逃げたからと言って、傲慢にもここの兵士は弛んでいます。」
「まぁひどい。ポーランド国を腰抜け扱いにしているのですね。」
シーンプは、
「ギーシャとへステアさん、そう怒られなくてもよろしいでしょう。戦争すれば負けると判っていましたし、どのみちここはブランデンブルグに侵略される運命でしたでしょう。兵士を死なせず尚且つ土地の代金も貰っているのですから、いい選択だったと私は考えますよ。」
シーンプは二人に丁寧に説明したが、二人は理屈では良いと考えても感情では納得してはいない様子。
「しかしですね、戦って逆にブランデンブルグを跳ね返して戦犯の費用を分捕るくらいはして欲しかったですね。」
畏まって小さくなったマティルダは、
「すみません、……父の所業が悪くて申し訳ありません。」
「マティルダさまは他国の妃さまですので、もう関係ありませんでしょう。いくら政略結婚とはいえ、アドルフさまはオットーさまの先兵……。」
「こらギーシャ。口が過ぎますよ。」
「はいソフィアさん。以後は慎みます。」
「そんな事はいいのですよ。さ、ゾフィ、続けてくださいな。」
「はいマティルダさま。一番重要な事は、」
「事は?……。」x5
「オットーⅢ世はデンマークへ行っておられます。」
「ふん、ふん、ふ~~ん!」x5
「では今のブランデンブルクはヨハンⅠ世さまと妃の二人だけですね。」
「はいそのようです。でしたら、ソフィアお姉さま??」
「もちろんブランデンブルクへカチコミ”ですわ!!」
女という生き物は口と動作が別々に動くものらしい。すらすらと絹の服に着替えていた。
「いいえそれは違います。リリーが口を動かさずに働いたお蔭ですわ。」
とマティルダが言った。また兵士の姿を解いたゾフィが、
「さ、準備が出来ました。中広間へと行きましょう。」
「わいわい!」x7
*)お城の昼食会
この城には中央の大広間と、家臣らと食事をする中広間がある。もちろん小さい食堂もあるが領主は利用しない。だから中広間に食事の準備がなされていた。
「爺、私は気が付きませんでしたわ、ありがとう。」
「なにを仰いますか、これが私めの仕事でございます。でも、うっとりするようなお召し物でございます。」
「爺、今日、この場で解雇いたします。服を褒める執事は不要です。」
「へ! そんな~、あんまりです……。」
「マティルダ綺麗だぞ。だが言葉は悪いな。いつものマティルダに戻ったようだ。……爺、許してやれ。今からワシが再雇用してやるわい。」
「はいありがとうございます。またアドルフさまに仕える事ができます。」
危機から逃れた爺は、再度口を滑らせるのだった。
「これはこれは、お付の者も、皆さまお綺麗です~。」
「爺、私には服を褒めて、従者には綺麗と褒める。やはり即刻、首にいたす。」
「そんな~アドルフさま、再再雇用をお願いします。」
「せわしいな~今より終身雇用といたそう。死ぬまで働け。隠居はさせぬぞ、いいか。」
「まぁお父様、爺は首で十分です。」
「いや、それではワシが困る。」
二人の主人を差し置いて爺は改めて褒め称えるのだった。
「さ、お入り下さい。皆さま! とても素敵なお召し物でございます。」
「まぁ、そんな~綺麗だなんて~。」
「オットー様が見られましたら即時に剥がされてしまうでしょうか。」
「まぁお下品な!!」
「ソフィアさん、爺の言う事は本当です。私が綺麗に着飾ったばかりに拉致されたのが頷けますでしょう?」
「えぇそうですわね。でも私は攫われたりはしません。すね毛を蹴って抵抗いたします。」
「?? すね毛?? を、蹴る?? まぁ、お下品ですわ。」
「まぁ私としたことが、毛は余分でした、おほほっぽ!!」
アドルフⅣ世は他の娘たちを見た。どれも綺麗な絹の服で見惚れてしまった。
「お父様、……お父様!……さま!!!!!!」
「あ、あぁ、あーすまぬ。見惚れておったぞ。お前らの服はどうしたのだ。なんで作られているのじゃ。」
「はいオリエンタルの絹の生地でございます。遠くは東の果ての国です。」
「そうか、とても綺麗な文様だ。」
「お父様もハイルヴィヒお母様へ贈られてはいかがでしょうか?」
「リンテルンに置いてきたからな。ここには居ないのだよ。」
「それは先ほどお聞きいたしました。なんでしたらこの私が配達致しましてよ? 懐かしい館まで宅配いたします。」
「ここからは五百kmはあるのだぞ、そうそうには行けまい。」
「大丈夫ですわ、デンマークへ戻るついでですのも、ね!」
「アドルフさま、お食事の準備ができております。先に肉を切り分けて下さい。皆様がお待ちでございます。」
「あぁすまぬ。ナイフをもて。」
大きいナイフとフォーク、および肉は調理用のテーブルに載っている。
「おい爺、この木の皿のような物はなんなのだ!」
「はいお皿でございます。従者が持ち込んだものです。使い勝手がとてもよろしゅうございます。」
「お父様、それはオレグさんが作ったものです。ポーランドのトチェフでは村中で使っていますわ。」
「これが皿だと、」
「はいお皿でございます。木板よりも上品で黒パンよりも優れていますわ。」
「むむむ~……。」
「ちょっとゾフィ。いつお皿を持って行ったのよ。」
「リリーお姉さまの境界からですよ。以前お世話になった時に……懐に入れておきました。他はリリー姉~の下着とかは今でも使っていますよ。」
「ばこ~ん、ばこ~ん。」
「いてて!」
リリーにより二度も頭を叩かれている。
「ふん、失礼しちゃう!!」
他の者はアドルフの面前なので笑うにも笑えない。
「お父様、これ!」
「おお、ワシにくれるのか。」
「いいえ絹の反物、一本が金貨九十枚でございます。」
「きゅ、九十枚だと!!」
「はい、これをデンマークへ金貨百枚でお売り下さいませ。金貨百枚の収益が見込めます。欲を出せば金貨三百枚にはなりますでしょう。」
「これもオレグが作りだしたものなのか。」
「はいそうですが、これらは魔法という愛情を込めて織り上げた逸品でございます。あの者たちの服も同じでございますよ。」
「そう……なのか。」
アドルフはマティルダとの会話で、ワインを口にもしてはいなかった。肉はすでに爺に命じられていて、額に汗して老人が奮闘していた。これはこれで喜劇のようにも見える。
テーブルの女たちは上等のワインで顔は赤くなり口は上滑りを始めている。
「お姉~さま、なにゅを言っていってゆるんですか。聞き取れまへんでちゅよ。」
「リリー、あんたも飲み過ぎでちゅ、もう飲むのは止めんちゃい!」
ゾフィ、シーンプ、ギーシャとへステアはまともか、いや、へステアとゾフィも同じく目の焦点がずれている。ただ、しゃべれないだけだった。目を回していた。
「天井が回る、気持ち悪い……。」
その時広間に大声が響いた。
「よし! 全部買った。一本金貨で七十枚を支払う。これで良いだろう。」
「は~い、お父様! 商談成立ですわ。絹の反物、百本ありがとうござ~い。」
「え! ま!……。」x2
「??……??」x3
「リリー絹の反物は百本も在ったかしら。」
「さぁ~どうでしょう。……八十???」
「リリーさま、二十本はこのシーンプが買ったものですから、勝手に売らないで下さいよ。」
「もう……遅いかしら。マティルダさまは百本を売ってしまいましたわ。」
シーンプはソフィアとリリーを隣の部屋に誘い出す。そして、??
「リリーさん時間を遡って百本に増やして下さい。出来ますでしょう?」
「まぁずるはいけません。ずるは……。」
「リリー命令です。トチェフから絹の反物をあと八十本を召喚しなさい。」
「ソフィアお姉さま、八十本の預かり証を書いて下さい。転送いたします。」
ソフィアはグラマリナ宛に絹の反物八十本の預かり証を書いてリリーに渡した。それをリリーが受け取り絹の反物八十本の召喚と同時に転送した。
瞬時に反物が現れた。???
「あらま~反物は百五十本ありますわ、それにお手紙……。」
「リリーそれは読まなくいいわ。分かりきっています。」
「ですよ…ね~~~!!」
「リリーさん早く絹の反物を仕舞って下さい。見つかると全部没収されますから、早く……。」
「はい分かりました。すると反物は二十本+二百三十本が在ります。」
「ソフィアさま、私に百本を売って下さい。代金の金貨五千枚は後でお支払いいたします。」
「現金引換えでお願いします。」
「はいハンザ商館があればすぐにお支払いが出来ます。よろしいですね!!」
「分りましたわ、そういたしましょう。でも半分の五十本だけです。金貨八十枚の反物を五十枚に減らすのは、お腹が空くよりも減り過ぎますから。」
「リリーさん、意味が解りません。」
広間ではすっかり上機嫌な親子の姿があった。
「もう私たちは用無しだわ。控室へ戻りましょうか。」
「そうですね、まだ居たい気もありますが、失礼しましょうか。」
「シーンプさんは、まだ何かを狙ってあるのでしょうか?」
「はい、私はイングランドですので侵攻される事はないでしょうが、ホルシュタイン伯アドルフⅣ世さまの観察をしてみたいのです。」
「お貴族さまですから勝手気儘のジイサンですわ。そのような必要はありませんでしょう。それに国王さまではありませんでしょう?」
「はぁ、……。」
とさえないシーンプだった。
ソフィアは退室したくて爺に声を掛ける。
「えぇ~と……、」
「はい爺とお呼び下さい。そうですね、メイドを呼びますのでお待ち下さい。お部屋へ案内させます。」
「お願いします。それと夕食は抜きで構いません。このように食べ過ぎております。」
「ほほう、もうすぐ臨月でしょうか。とても大きいですね! マティルダさまには私からお伝えいたします。どうぞ旅の疲れを癒されて下さい。」
女たちは酔いが覚めるのが早かった。受け答えがちゃんとできている。爺は不思議な事を言うのだなとソフィアは思った。解せない顔の姉を見てリリーが爺の言葉を解説する。
「それは臨月だからです。ローズマリーの赤ん坊が産まれるという意味ですね。『もうすぐ臨月』とは爺も上手い事を言いますね。」
ソフィアは部屋に戻るとお腹から肉の塊りを取り出した。
「へ~。これがローズマリーの赤ちゃん、なんだ!」
「ゾフィ、あんたも食べるよね!」
「俺は悪魔の子供は食べたくないぜ!」
1448年にはフリードリヒ2世がブランデンブルクからベルリンに宮殿を移し
ましたので、ここで初めてベルリンが首都になりました。ブランデンブルク州
のブランデンブルク・アン・デア・ハーフェルが首都でした。ベルリンから西
へ、おおよそ50kほどの地点です。