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本編:天魔襲来(エイリアン・アタック)

 昔々あるところに、ガウタマ・シッダールタという青年がいました。彼はやんごとない身分の家に生まれながらも、裕福で安定した暮らしを捨て出家し、人生とは何か、真実とは何かを求め、苦難に満ちた修行の道を歩み始めました。

 ある時、彼は悟りを開くべく、一本の木の下に座り込み瞑想を始めました。そも、悟りとは何か、と聞かれると少々困ってしまいます。それがなんなのか、言葉で説明することはとても困難であり、また言葉にしては意味を失うものでもあるからです。そんなつかみどころのないものを体得する、その困難さこそが、境地と言われる所以なのかもしれません。


 さて、彼が瞑想を始めてしばらくすると、突然彼の前に何者かの気配が現れました。彼ははて、おかしいな。と思いました。瞑想によって彼の五感は研ぎ澄まされ、目を開いている時よりもはっきりと手に取るように周囲の様子を感じ取れるようになっていました。にも関わらず、その気配は本当に突然、現れたのです。彼は、閉じていた目を少しだけ開き、ちらとそれを見てこう思いました。

(なんだこの卑猥な生き物は)

 そう思うのも無理はありません。そこにいたのは、一言で言えばちんこでした。人間の身の丈を超えるほどの、黒光りする立派なイチモツが鎮座していたのです。

「なああんちゃん、そんなつまらんことしとらんでわいと遊ぼうや」

(ちんこがしゃべった!)

 なんと、突然ちんこが口を利きました。ご立派な頭の下あたり、口らしき裂け目が人間のそれのように開閉し、人の言葉を発したのです。

 彼は内心大層驚きましたが、そこはさる者、動揺をおくびにも出さずに答えます。

「どんな化生の類か知らぬが、お前のようなものと遊んでいる暇はないのだ」

 どう見ても、尋常普通なこの世のものとは思えないちんこ。そんな怪しげものに付き合う道理はありません。

「冷たいのお。ええから遊ぼうや」

 しかし、ちんこは引き下がりません。

「しつこい。大体お前のような、その……猥褻物とどんな遊びをするというのだ」

「あんちゃんが望むなら、どんなもんでも用意したるで。池をいっぱいにするほどの酒に、林を作れるほど山盛りの肉、そんでべっぴんさんも仰山はべらせて楽しもうや」

「何を……」

 言うのか。そう続けようとした彼の口が止まります。

 気がつくと、すぐそばにまでちんこが近づいていました。そして、その下半身、と言えばいいのでしょうか。根元のあたりから、一本の触手が伸びてきて、彼の額にそっと触れました。


 するとどうしたことでしょう。彼の目の前に贅の極みを尽くした祝宴の様子が広がりました。山ほどのご馳走が並べられた卓からは、かぐわしい美酒の香りとこんがりと焼かれた肉の香ばしい香りが鼻をくすぐり、すぐそばでは見目麗しい女性達が歓待の準備をしています。

「楽しそうやろ。なあ、一緒に遊ぼうや。肉も酒も好きなだけ食らってええし、おなごだって自由にしてええんやで」

 その言葉は、不思議な魅力を持って彼を揺さぶります。頭がふわふわと気持ちよくなり、ああ、そうやって欲に溺れるのもたまにはよいか、などという考えが脳裏をかすめます。

 しかし、そのような誘惑に易々と負けるような彼ではありません。

「……欲そのものを否定はしない。人はみな、欲を持つもの。私が悟りを開きたいと思うのも、また欲なのだろう。しかし、お前の言うように身に余るほどの欲に溺れ、欲にまみれるような行いは、怠惰であり堕落であり、明確な悪であると断じよう」

 彼が怪しげな誘いをきっぱりと断ると、宴の様子は霧のように消えてしまいました。後には先程と同じく、彼とちんこだけが残されます。


「つれないのお、あんちゃん。遊んでくれへんなら……お前を食ろうてしまうかもしれんぞ?」

 言うと、その巨大な頭が四つに割れ、異形の大顎となって彼を頭から呑みこもうと迫ります。

「お前、やはり悪鬼の類だったか」

「だとしたら、どうするんや? わいを調伏してみせるんか? それとも、尻尾巻いて逃げるんか? はよなんとかせんと、このまま丸呑みにしてしまうで?」

 じわじわと、大顎が彼に迫ります。そこからこぼれる唾液が彼の頭を濡らし、腐臭に似た耐え難い臭いが鼻を突きます。

「丸呑みにされるのは困る。私はまだ、悟りに至っていないのだ。獣の餌食になるのなら、それもまた世の摂理と納得もできようが、化生の餌となるのでは、やはりどうにも収まりが悪い」

 言いながらも、彼は座したままそこから動こうとしません。

「おいおいあんちゃん。びびって腰でも抜けてもうたんか? 戦いも逃げもせんのなら、このまま死ぬるんやで?」

「たとえ悪鬼羅刹が相手であろうと、殺生をするよりはされるほうがまだましというもの。悟りを開けぬまま逝くのは口惜しいが、それはまた来世の私に期待することとしよう」

「……正気か? あんちゃん。自分が手ぇ汚したくあらへんからって、黙って食われようっちゅうんか?」

「ふむ、そう言われると、まるで私がどうしようもない小者のように聞こえるな。だが致し方ない。暴力で以って事物を解決せんとするのは愚の骨頂。どうせ失うのは私一人のちっぽけな命よ。ここで死ぬのなら、それもまたさだめ。……ああ、だが少々困ることがあるな。お前が私を食った後、里を襲って無辜の人々を食らったりするのは困る。なあ、化生よ。私の命をやる代わりに、他の人を食らうのはやめてくれまいか? 図々しい願いと分かってはいるが、頼む」

 彼が、ゆっくりと頭を下げます。希うように、自らその首を差し出すように。

 束の間、沈黙が降ります。


「……はあ、やめややめや。興が削がれたわ」

 ちんこが言うと、大きく開いていた顎が閉じられ、また元の卑猥な造形に戻ります。

「まったく、けったいなあんちゃんやなあ。肉も酒も女も要らん。そのうえ自分の命まで要らんとは」

「……私を食わんでよいのか?」

「言うたやろ? あんちゃんがあんまりけったいすぎて、食う気も失せたわ」

「できれば、他の人も食わないで欲しいのだが」

「あーわかったわかった。あんちゃんのけったいさに免じて、食わんといたるわ。とりあえず今日はな」

「ありがとう。お前の慈悲の心に、感謝を」

「おかしなこと言うなや。こんなバケモンに慈悲なんてあるかいな。――ほな、さいならや!」

 現れた時と同じように、ちんこは突然彼の前から消え失せてしまいました。辺りに、木々の梢が揺れる音と、野鳥のさえずりが戻ってきます。まるで、全てが夢幻であったかのよう。

(奇妙な化生だったな。あるいは、既に成道なされた仏様か誰かが、私を試そうと遣わした者だったのだろうか)

 彼は改めて気を引き締め直すと、瞑想を再開します。今度こそ、万物の真理へと至るために。


 後に、彼は菩提を得、一大宗教の祖となるのですが、それはまた別のお話。

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