修行を頑張ります。
「ゼン、聖なる力を使うには温かい気持ち、優しい気持ちが必要です。誰かを幸せにしたい、そう言う思いでも構いません。」
「なるほど、では天音のことを想えば良いのですね。」
恥ずかしいけど、否定はできない。私もゼンのことを想ってるんだし。そう言おうとすると、ゼンの中の力に気付いた。もうコツをつかんだらしい。やっぱりゼンは凄いな。
「すごいですね、ゼン。今までよりも力が強くなっています。」
今まではぼんやりとしていた聖なる力が、ゼンの中心で強い輝きを放っている。
「この力を動かすことで、術を使うんです。術によってはこうして、小さくして細くしたり、大きく膨れさせたりします。」
「ああ、確かにこうやって、天音が実践してくださるのを感じるのは、よい修行になりますね。」
しばらくそうして、私の力をゼンに感じてもらう。これを繰り返して、ゼンの力を私の力で引っ張り上げる感じだ。
「ですが、やはりこちらの方がわかります。」
そう言うとゼンはまた私を抱きしめる。それは確かに、こっちの方が想う気持ちが大きくはなりそうだけど、これじゃダメなのに。
「ゼン、修行は両手を合わせて、私の力を感じてもらうんです。放してください。」
「天音、人には個性というものがあります。修行もそうです。一人一人、効率の良いやり方は違うと思いますよ。わたくしは、こうして天音とくっついている面積が多い方が良いようです。」
そういうものなのかな?修行方法とは言ってみたものの、前世の時はあまり他の人と関わらなかったからなあ。聖女は別格で、他の人と一緒に修行をしたわけじゃないし、このやり方も、勘が鋭い人にきっかけを与えるだけだったから、二人くらいにしかしなかった。
この方がゼンが良さそうだというのなら、ゼンの言う通りにしてみようか。
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力の増幅も必要だけど、召喚陣の改良も自分たちでできそうならやってみよう。そう思ったんだけど、うーん、やっぱり難しい。前世の召喚陣は覚えてはいるけれど、同系列とはいえ、世界が違うので、同じ陣を作っても力が陣に流れなかった。
「うーん、やっぱり私には召喚陣は難しいです。ここから、力を流して、えーと、ここが呼び出す人の条件指定?」
「そうです。そして、ここが・・」
召喚陣に対しては私が教わる立場だ。とりあえず、今日のお勉強はここまで。
「そう言えば、その、私はあまり時間の感覚がなくて、1年の期限まであとどのくらいあるんですか?」
「あと5ヶ月ほどです。」
5ヶ月か。半年を切ってるんだ。もし、私が召喚された人だったとして、あと5ヶ月たったらゼンと会えなくなる。日本に帰ったら、本当にゼンとまた会えるのか、不安になると思う。このまま召喚陣の改良ができなければ、またすぐに呼び出してもらっても1年。1年ごとにその不安が付きまとう。今、私の身代わりをしてくれてる人はどんな気持ちなんだろう。
それに、ゼンに聞いたら、ゼンの召喚陣は召喚されたときと全く同じところに送還されるのだそうだ。それって、日本に戻るたびに同じ時間に戻ってるのに、自分は年を取っていくってことだよね。1年、2年くらいならまだしも、それが、10年とかになったら、あからさまに周りがおかしいって思うよね。召喚陣の改良は必要不可欠だ。
ゼンが目指しているのは期限のない召喚。ずっとこちらに留まってもらうこと。その人は、向こうの、日本の世界を捨ててもいいと思っているんだろうか。私は捨てざるを得なかった。召喚されたわけじゃないから、日本には帰れない。でも、帰れたとしても、ゼンの傍を離れるのは考えられない。やっぱり私は日本を、家族を、友達を捨てるんだろう。
ダメだ、考えていても気分が落ち込むだけだし、時間も過ぎていく。その人も期限のない召喚を望んでいるのなら、私が口を出すことじゃない。私はひたすら修行に取り組むことにしよう。
「ゼン、私の力もゼンの力も最初に比べて大きくなってきましたね。」
「ええ、そうですね。自分の中からこんなに力が出てくるとは思っても見ませんでした。」
「では、神殿へ行って、もっと力をつけましょう。」
「天音、前にも言いましたが」
「これでどうです?」
ゼンの言葉を遮って、私は自分自身に結界を張る。
「ゼンの張ってくれている結界を真似してみました。これで外出しても、世界に認識されないと思うんですが。」
「やはり天音は、力の使い方がわたくしよりも上手ですね。完璧です。しかし、いくら結界を張って世界に認識されないとはいえ、人の目には見えます。ローブを着て、フードをかぶらないといけませんよ。」
「じゃあ、一緒に神殿へ連れていってくれるんですね。」
ここでできる修行は続けるけど、修練の場でしかできないこともある。滝に打たれるのとシャワーに打たれるのが違うように、修行の場として整えられているところでやる修行は効果が出やすいのだ。神殿は他の場所よりも神様に近いから、神気に満ちているし。ゼンのお屋敷にいるより神様に近づくことになるけど、神様に私がいることがばれても、世界に認識されなければ『異世界の乙女』は変わらない。だから、神殿へ行っても問題はない。
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ゼンに用意してもらったローブのフードを深くかぶり、新人神官を演じる。まあ、演じるって言っても黙ってゼンの後ろをついていくだけだけど。
フードの隙間からちょっと周囲を見渡すと、ゼンを煙たそうに見ている人、全然気にしてない人、驚いて見ている人、様々だ。でも共通して、誰もゼンに声をかけてこない。ゼンはゲームと同じく神殿では孤立しているようだ。
「おやおや、こんなところに王家の犬が!何か神殿の弱みを見つけに来たのかな?しかし、ここから先は修練の場だ。君には全く関係ないところだろ?そんな屑のような力、どんな方法を使ったって増えやしないさ。あはははははは。」
そんな中、ゼンに話しかけてきた人がいた。ああ、こいつもゲーム通りにいるのか。いつもゼンを見下していた貴族出身の神官。ゼンより本当にわずかに力があるだけだ。だけど、こいつの家は神殿に賄賂を渡している。だから、神殿はこいつに対して待遇がいいんだ。
それにしても、やっぱりものすごく頭に来る。
「さすが幹部候補生の方ですね、ご自分が全く足を踏み入れないところの場所も把握なさってるとは。」
ゼンは無視をしようとしていたのに、思わず口が出てしまった。全く足を踏み入れない、という所を強調して言ってみたのだが、伝わっただろうか。ゼンの後ろに人がいるとは思ってなかったようで驚いたようだけど、私の言葉に上機嫌になったようだ。自慢げに胸をそらしている。やっぱり嫌味には気付いてないらしい。
「でも、今後はその場所にも通われたほうがよろしいのでは?悪あがきでも、もしかしたら、その小さい小さい小さ~~い力も増えるかもしれませんよ。ゼンの力が大きくなっているのにも気づかないあなたは、神官になったからと言って、修行をおろそかにしている証拠です。」
「何だと!!!」
さっきゼンをびっくりした表情で見ていた人たちは、ゼンの力が大きくなっていることに気付いたんだ。だから驚いていたのに、こいつは全く気付いてない。それを指摘してあげただけなのに、急に真っ赤になって怒り出し、私のフードを外そうと手を伸ばしてきた。
慌てて逃げようとすると、それよりも前にゼンが伸びてきた手を、がっと掴む。
「その汚らしい手でわたくしの半身に触れないでいただきたい。」
「なっ、私を汚らしいだと!?」
語気は強いけど、顔は完全に痛みをこらえられていない。掴んだ手をゼンはギリギリとひねり上げていく。
「は、放せ!!この」
「貴方がこの手を伸ばそうとしなければ、わたくしも手を放して差し上げますが?」
「わ、わかった。わかったから、放して、放してくれ。」
痛いのと、ゼンが怒っていることに怯えたようだ。ゼンが手を放すとすぐさま逃げていった。そして、だいぶ離れたところに移動した後、
「お前なんて、私が幹部になったらすぐに追放してやるんだからな!!」
と言い残し、逃げていった。捨て台詞か、負け犬の遠吠えか。そう言えば、あの馬鹿はゼンが怒ったところを初めて見たのかもしれない。ゼンは神官としての力が少ないことに、他の神官への劣等感があったので、ああいう嫌がらせにも怒ったことはなかったようだ。余計にゼンに対してひるんだんだろう。
修練の場はいくつもあって、一つの場所を貸し切り状態にして使う。ゼンと二人きりになった私は、ゼンに注意をした。
「ゼン、この世界にゼンの半身がいないのは知られているはずですよね。あの人が馬鹿だったみたいで気付かなかったようですけど、私が異世界から来たことが、ばれちゃうんじゃないかと冷や冷やしました。」
「すみません、天音。天音に手が伸ばされているのを見たら、怒りでかっとなってしまいました。」
「気を付けましょうね、どこで計画が洩れてしまうかわからないですから。とはいえ、かばってくれて嬉しかったです。ありがとうございます、ゼン。」
さて、修行しようと動こうとした私に、ゼンが呼び掛ける。
「天音。」
「はい?」
「神殿に行くときは、正体がばれないようにと、フードをかぶり、顔を隠したのです。」
「・・はい。」
「話してしまっては駄目でしょう?わたくしの後ろを、目立たないように黙ってついていくという話でしたよね。」
「・・その通りです。」
「天音には不快でしょうが、ああいう事はよくあることなので、無視をして下さい。」
「それは、お約束できません。」
だって口が勝手に動いちゃうんだもん。ゼンが困った顔をしている。
「私はゼンが大好きなので、あんなことを言う人がいたら黙ってられません。」
「天音・・・。仕方がありませんね。今回はわたくしの見込みが甘かったのです。修行などしたことのないものと、この辺りで遭遇するとは思ってなかったので。次回からは、そんな者たちを天音に近寄らせない時間帯に来ることにしましょう。」
ゼンは苦笑して、そう言ってくれた。
「わたくしのために天音が怒ってくれるのは嬉しいのですが、その可愛らしい声をあんな輩には聞かせたくありません。綿密な計画を立て、天音の声を聞くという幸運など、根絶やしにして見せます。」
何か違う気がするけど、頼もしかったので頷いてみた。それにしても、お互いがお互いに甘い自覚はある。ついうっかり、で私たちのやろうと思っていることに支障が出たら大変だ。行動は慎重に、とゼンと再確認した。
皆さんおわかりかと思いますが、効率のいい修行法は人によって違う!と主張するゼンは天音を抱きしめていたいだけです。手を握るのでも、抱きしめるのでも効率は変わりません。
あ、ゼンのやる気がグンとアップするかも。