ゼンと話し合おう。
今回はちょっと長めです。どこで区切ったらいいかわからなかったので。
「ゼン、私は『国を亡ぼす異世界の乙女』なんですよね。」
「・・何を言っているのです?天音。」
ゼンは全く表情を変えない。私に話すつもりはないみたい。
「この国の第三王子や宰相の息子たちを誘惑して、全員に好意を寄せられてもただ一人を選ばない。そのせいで国を巻き込んでの奪い合いが始まり、国が亡ぶんですよね。その中にはゼン、貴方もいますよね。」
「・・・・」
「そんな未来を回避するために、別の世界から召喚した人に『異世界の乙女』の身代わりをしてもらっている。その人は今、第三王子たちが通っている学校に通っているんですよね。」
そこまで言うと、ゼンはやっと表情を変えた。
「その話をどこで聞いたのです?」
「この世界の神様に聞いたことと、私の前の世界の知識から判断しました。」
「それは一体どういうことですか?」
いぶかしげな顔をするゼンに、簡単に話をする。
「私はこの世界の神様の独り言を聞きました。『異世界の乙女』が現れて、国が亡びるという神託を与えたのに、人間が対策を立ててしまったから、未来が変わったと。ゼンに話していなかったのですが、私は日本でゼンたちが登場人物として出てくる物語を知っていました。神様の話を聞いて、その物語の一つの結末を迎えるところだったのがわかったんです。」
自分が物語の登場人物なんて話、いい気分ではないだろう。ゼンの表情は怒っているようだった。
「あの、ごめん」
「天音は自分が、複数の異性から好意を寄せられるはずだったのを、わたくしに邪魔されたことを怒っていますか?」
「へ?」
謝ろうと思ったら、思ってもみないことを言われておかしな声が出てしまった。
「今からでも、その人物たちに会いたいと思っているのですか?」
「い、いいえ!そんなことないです。私は日本にいるときから、ゼンしか選んでないんです。その物語はいくつも結末があって、私はゼンと、その、こ、恋人になる話しか目指さなかったので、他の人たちはほとんど知らないんです。だから別に会いたいとは思いません。」
慌てて弁解をしたけれど、恥ずかしくてどもってしまった。そんな私にゼンは何というか満足そうに微笑んだ。
「そうですか、では何も問題ないですね。」
そのゼンの言葉にうなずきかけて・・・ん?違うよね。危ない、ゼンの微笑みにうやむやにされるところだった。まだ話はたくさんあるけど、一番聞きたかったことを聞こう。
「問題はあります。私は危険人物です。そんな私にゼンはこうして優しく接してくれています。でも、ゼンの立場は悪くならないのですか?私、ゼンに迷惑がかかるようだったらすぐにでも出て」
「天音が危険人物など、ありえません。貴女は清らかで思慮深く、慈愛に満ち溢れた、女神様のような方。」
私の言葉を遮って、ゼンはひどく真面目な顔をしてそう言った。え?それ、誰ですか?絶対に私じゃないですよ!?全く身に覚えのないゼンの高評価に驚いている私に、ゼンは近づいてくる。
「確かに、神託では『国を亡ぼす』などとありましたが、貴女がそんなことをするはずがない。貴女に惹かれるものは沢山いるでしょう。ですが、貴女を巡って争うのなら、わたくしが負けるはずがありません。国など一切乱れることなく、わたくしが一人勝ちしてすぐに終わります。」
ぎゅっと抱きしめられながら告げられた言葉に、確かに、と納得してしまう私がいる。ゼンなら、私を強く求めて、誰にも触れさせないと思う。今の状況が物語っている。つまり、ゼンは神託を全部信じたわけではないということだ。
「じゃあ、なぜ、身代わりを立てたんですか?」
「それは、兄たちと相談して決めたのです。」
ゼンは私を放すと、お茶を淹れてくれた。そして、同じソファの隣に座り、話を続けた。
「わたくしが虜になるということは、異世界の乙女はわたくしの半身、『運命の人』である可能性が高い。この世界には存在しなかったわたくしの半身が異世界にいるのならば、わたくしと同じく、シオン兄上、わたくしのすぐ上の兄の半身も同じ異世界にいるのではないかと、召喚する条件に付け加えたのです。」
「ゼンのお兄さんの半身?」
「はい。兄は呪いを受けてしまいまして、その呪いを解くために運命の相手と結ばれなくてはならないのです。」
そんな話はゲームではなかった。やっぱり前から思っていたけど、ここはゲームとは違う。同じところもあるけれど、人が感情を持って、行動するから、ゲームのシナリオとは違うのは当たり前だよね。
「私の身代わりになってくれてる人が、ゼンのお兄さんの運命の人なんですか?」
「ええ。間違いありません。兄は彼女と出会って変わりました。呪いを解くには、彼女が『異世界の乙女』の身代わりをしていては駄目なので、まだ呪いにかけられたままですが。彼女が身代わりの役目を1年間果たし、一度帰ってから、もう一度召喚し直して解いてくれることになっています。」
「一度帰って、再召喚ってそんなことができるんですか?」
「できる、ことはできるんですが・・・」
私はびっくりしてゼンに尋ねたんだけど、歯切れが悪い。それにしても、1年ってゲーム時間のことだよね?それが終わって、一旦元の世界に戻ってもらって、また呼ぶの?私たちはそんな期限付きの召喚なんてできなかったのに。
「わたくしの召喚術は不完全なのです。最大に伸ばしても1年という期限がついてしまう。翻訳機能なども召喚陣に組み込んだのですが、会話と文字が読めるだけで、天音と違って彼女はこちらの文字は書けませんでした。わたくしの力だけでは発動できず、兄の力も借りたというのに、この有様です。王家の人間だからでしょうか、他の神官よりも力が足りない、だから不完全な召喚になってしまうのです。」
やっぱり、ゼンは自分の立場に苦しんでいるんろうか。でも、それは王家とか関係なくて、ゼンが独身だからだと思うんだけど。
「ゼンは凄い人です。自信を持ってください。こちらの世界では、神官は伴侶を得ないと、まともに力が使えないはずです。それなのに、ゼンは一人で召喚陣を考えて、お兄さんの力を借りたとはいえ、召喚ができたんです。本当に凄いと思います。」
ゼンがビックリしている。やっぱりこの話は知らなかったんだろうか。
「それに、私なんか女神さまのお力をお借りしたのに、勇者様の召喚に期限なんてつけられなかった。それができていれば、勇者様を日本に帰してあげることができたのに。それに、文字が書けるのだって、私がこちらの世界と縁があったからだと思うんです。」
「勇者?縁とはどういうことですか?」
あれ?乙女ゲームの話より、ゼンの食いつきがいい気がする。じゃあ、前世の話の方を詳しくしようか。
「この世界にも前世という考えはありますよね?」
「生まれ変わりのことでしょうか。」
「ええ。私には前世があり、その前世で私は聖女だったのです、」
「セイジョ?」
「神様に近い人間です。」
「それは、神官とは違うのですか?」
聖女と神官の違いか。前の世界でも神官はいたんだよね。でも、女神さまと話すのは聖女にしかできないことだった。
「簡単に言うなら、神官よりも、もっと神様に近い存在ですかね。高い塔、30階建ての塔があったとします。その最上階に神様がいるとして、その塔の外に普通の人がいます。神官は1階から3階くらいにいます。この世界で伴侶を得た神官が3階部分にいるような感じです。」
「ではわたくしなどは1階でしょうか。」
「いいえ。ゼンは一人でも力が強いので、3階の一段手前の階段ですかね。もう3階に足はかかっている状態です。」
「ではセイジョは?」
「聖女は12階あたりですね。」
「そんなに差が?」
「神官は一方的に神様の言葉を運よく拾えるだけです。それが神託となります。聖女は神様と対話ができます。聖女は塔の真ん中の15階あたりまで登っていき、逆に神様はそこまで降りてきてくださいます。そこでお話をするのです。」
まあ、イメージとしてはそんな感じだと思う。わかりづらかったかなと思ったけど、ゼンはなるほど、と頷いてくれた。
「実際にセイジョが神と対話をするのは、どういう風に行われるのですか?魔法陣で移動したりするのでしょうか。」
「聖女は眠っている時に神様にお会いします。魂だけを神様の領域に飛ばすんです。」
「神とはどんな話を?」
「そうですね。川が氾濫するから住民を逃がすように、とか。日照りが続くけれど、どこどこの湖は全く影響を受けないから、そこから水を持ってくるようにとか。そういう事を教えてくださることもありますし、普通に雑談をすることもあります。」
「・・・神と雑談・・・」
ゼンが信じられないとつぶやく。前世の神様は女神様だったから。やっぱり女神様でも女の子だもの、おしゃべりは好きなのよ。
「ええと、それでですね、前世では魔王が現れまして、女神様のお力を借りて、勇者様を召喚することになったのです。その時、ゼンのように期限付きの召喚が行えたのなら、勇者様は元の世界に帰れたでしょう。ですが、出来上がった召喚陣はこちらに招くための物だけ。送還することも、期限を設けることもできなかったのです。」
「それで、その勇者はどうしたのです?」
「王女様と結婚なさいました。」
「そうですか、それで、貴女はまだその勇者のことを?」
「いえ、そんな。私は神に仕える身でしたし、そもそも勇者様にとっては恋愛対象ではなかったので、諦め・・」
あれ?私、勇者様が好きだったとか言ったっけ?言って・・言ってないよね!?
驚いてゼンを見ると、いつもの笑顔に、笑っていないだろうお目目が・・・
「天音はゼンだけが大好きです!!」
「ふふ。嬉しいですね。わたくしも天音だけを愛していますよ。」
これ以上、冷や汗をかきたくなかった私は、慌てて聖女の力が戻ったから神様の話を聞けたのだと話した。