不穏な動き。
天音が一人、屋敷に取り残された背景とは
話は数か月前にさかのぼる。
ここは神殿の一室。部屋に引きこもり、一人ぶつぶつ呟いている神官がいる。
「何が、修行しろ、だ。私は、修行などしなくとも、地位を約束されている。それをあの、王家の犬と、犬の連れていた見習い、あいつらなどすぐに廃棄してくれる。」
この神官は、ゼンと天音が修行しようと神殿に来た時に会った高飛車な神官だ。名はアイゲス。残念ながら腐った神官のお手本のような人物だ。いや、金の力を振り回しているだけなので、まだましな方と言えるか。アイゲスが先程から呟いているのは、ゼンと天音とのやり取りである。
この会話がまだ誰もいないところでされたなら、これ程恨みには思わなかっただろう。だが、実際には若干の人目があった、つまり、人前で格下と思っているゼンに恥をかかされたのだ、アイゲスの中ではあの場面が何度も再生されている。そして、怒りを溜めていたのだが、ふとおかしなことに気付いた。
「あの、見習いのことをアレは何と呼んだ?確か、半身などと言ってはいなかったか?」
このアイゲス、悪巧みには頭が回るのだ。天音はぽろっと漏らしちゃったけど、馬鹿で良かったなどと考えていたが、何としてでもゼンを窮地に追い詰めたいアイゲスは奇跡的にからくりに気付いてしまったのだ。
「アレに半身などいなかったはず。可能性として考えられるのは、神託にあった異世界の乙女。いや、だが異世界の乙女は学園に通っているはず、あのような時間帯に神殿には来られない。異世界の乙女と言えば、神託に沿わない人物だったと聞く。それは・・」
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「此度はアイゲス殿からの要請で幹部会が開かれたと聞く。議事は秘匿とあったが、早速お伺いしてもよろしいだろうか。」
幹部の一人がアイゲスに発言する。アイゲスはあの後、公私ともに親しいメルシス神官長に話を持っていき、ゼンを追い込み、王家に優位に立てるようにとこの計画を思いついた。
「秘匿としたのは、神殿だけで内々に処理をしないと、神殿の立場が危うくなると思われる事だからです。」
「一体どうしたというのです?」
「実は、ゼン神官が神託を利用し、自分に都合のいいように事態を曲げたのだと思われます。」
アイゲスの言葉に、別の幹部が発言する。
「最近の神託というと、異世界の乙女のことですかぁの?」
「王家に先に確保されてしまいましたが、学園で働く神官からも特に問題はないと報告が上がってきていますが?」
学園内には簡易の神殿があり、そこに勤務している神官もいる。その者も、神託を受け、異世界の乙女を警戒していたが、異性を虜にしている風はなかったという。
「それはつまり、神託が外れたということですか?」
「い、いや、そうは言っておりません」
神官の報告の件を話した幹部の勢いが小さくなった。神官であるなら、神を、神託を否定してはいけないのだ。そこで、アイゲスが強調する。
「そう、神託は外されたのです。ゼン神官によって。それにより、神託は意味をなさぬものとなり、神殿に対する他からの信頼を損なう結果となりました。ゼン神官は、本物の異世界の乙女を自分の所で匿っているのです。」
「何のためにですかな?」
「一つは、神託を外し、神殿の威厳を落とすこと。それに、その匿っている異世界の乙女を世に出せば神託の通りの混乱が世界にあふれます。その事態を握っているのが自分という強み。それは王家にとって有利になるでしょう。王家が神殿を好ましく思っていないのは明白ですね。神殿を陥れる切り札を手に入れたということです。」
ざわつく室内で、冷静な声が上がる。
「しかし、そのような証拠があるのでしょうか?」
アイゲスとしては、蒸し返したくない事だったが、一応ゼンと天音とのやり取りを口にして、自分の考えを付け加えた。
「ゼン神官はその者を半身と呼びました。ゼン神官にはこの世界に半身はおりません。つまり、違う世界、異世界の者だということです。」
「確かに、ゼン神官は力が急激に大きくなりましたね。それも本物の異世界の乙女のおかげなのでしょうか。」
「ゼン神官にその半身とやらを連れてきてもらえば、何かわかるのでは?」
「あの者がそのような命令を聞くだろうか。」
「しかも、半身だぞ?そう簡単に我々に接触させるとは思えん。」
「しかし、実際に神殿に連れてきているのならば、その時に身柄を確保すれば」
「いや、何度か見かけられたのはしばらく前のことらしい。今は神殿には連れてきていないそうだ。」
「では、異世界の乙女と言われている者を尋問すればよいではないか。」
「学園からなら、その偽物と思われる者を連れてくるのは容易いか。」
(あの子を尋問やと!?あほか!大魔王を降臨させる気か!!)
口々に言いたいことを言っていた幹部たちの言葉に、聞き逃せないものがあり、発言をせずにこの会議を終えようと思っていた【彼】は、慌てて流れを変えるよう発言せざるを得なかった。
「異世界の乙女を神殿へ連れてくる、というのは、お止めになった方がいいと思われます。」
「ほう。何か理由があるようだね、インヴァート殿。」
インヴァートと呼ばれた【彼】は、苦々しい顔を作り、質問に答えた。
「実は、これは僕が最近手に入れた情報なのですが、その娘はあの、第二王子のお気に入りらしいと。」
「何だと!?」
「あの恐ろしい第二王子の!?」
「ひぃ!だ、第二王子!!」
「邪魔者は全て消すという、あの第二王子か!」
【彼】の言葉にほとんどの者が慌てだす。それほど第二王子は恐れられているようだ。
「インヴァート殿は、王家の情報を集める役だったね。私も一応、城に耳を置いているんだが、そう言った話は聞かないなあ。それに、第二王子は病に臥せっていると聞くよ?」
そんな中、【彼】の情報を疑う者もいる。【彼】は少し、真実を混ぜて話し出す。
「理由はまだ掴めていないのですが、第二王子は子供の姿になり、その娘の傍にいるようです。」
「子供の姿?」
「確かに、術で子供の姿に変化することは可能だが、何のために子供になどなるのだ?」
「俺も子供がまとわりついているという話は聞いたなあ。それが第二王子だとは思わなかったが。」
「子供ならば第二王子とて、恐れずとも良いのではないか?」
「何を言っておる!第二王子は子供の頃からあの正確じゃ。今と変わりゃせん。」
またざわざわと各自が話し出す。結果的に、今の異世界の乙女を神殿へ呼び出すことは中止された。
「手っ取り早いのは、ゼン神官を問い詰める事じゃないですかね?」
「それができれば苦労はしない。」
「神殿の中での出来事など、王家は知りようもないでしょう。時期的に神官が忙しくなる祭り前です。神殿の内部に拘束しても、気付かれないのでは?」
今度はゼンを問いただす、しかもかなり強引に、という方向に変わってきた。アイゲスとメルシス神官長はこの幹部会に自分たちの手の者を入れている。そう言った者たちに、話し合いに見せかけて、望む結論に誘導しようという企みだ。なので、活発に出ている議論には特に話を遮らない。
(ほんと神殿はあほしかおらへんのか。そんなんバレるんに決まってるわ。大魔王二人に増やしてどうするんや!はあ、なんでボクがこんなめんどくさい事せなあかんの。もう、あの坊主たちも巻き込んでまえ。)
「ゼン神官ではなく、別の方に伺ってはいかがでしょうか。」
「インヴァート殿には、別の考えがおありか?」
「ええ。神託にあった、ゼン神官以外の人物に話を聞き、異世界の乙女が本物か偽物かを判断するのです。ゼン神官ではこちらの質問をのらりくらりとかわしてしまうでしょうが、学生たちにはまだ、そう言う駆け引きはできないでしょう。」
「なるほどのぉ、学生たちに聞いた方が真実がわかりそうだということかいな。」
「アイゲス殿は内々にとおっしゃったが、神託を意味のないものと変えてしまった疑いのある、ゼン神官を簡単には処分できん。他の者からも事情を聴く以上、査問会を開かねば。」
「そうだ。内々に処理しては、王家が何と言ってくるかわからん。」
「ならば、下手に王家がかかわってこないよう、なるべく早く査問会を開かんといかんな。」
査問会を開くこと、これがアイゲスとメルシス神官長の目的だ。そこへゼンを呼び出し、神託を故意に外した罪を問う。神殿での裁きは神殿独自の法によって行われる。神官長のメルシスには、いかようにも法を書き替えられる。ゼンの神官としての力を封印し、牢につなぐも良し、その身柄を王家に高額で買い取らせるも良し、増幅したというゼンの力を利用するも良し。アイゲスにとってはゼンが大勢の前で罪人となること自体が復讐だった。
「ですが、学生の中に王子がいるではありませんか。」
「おや、幹部の一人ともあろうものが、王家の実情を知らないのですか?今の王は放置してもかまわないほど無能な人物ですよ。あちらは王派と第一王子派に分かれているのです。実際に神殿にとって厄介なのは第一王子の方。そして、学生の王子は王派の者。第一王子は思うようには動かせないでしょう。」
「しかし、他の学生には指図するかもしれない。だから、早いうちに査問会を開くのだ。学園の神官に伝えるよう、手配を。」
こうして、アイゲスたちの思惑通り、査問会は開かれる事となった。そして、【彼】の思惑通りにも事は運んだのだった。
【彼】の正体は次回。




