突然の暗雲
遅くなりました。
ゲートが完成した日、ゼンはいつも通り神殿へ出勤していった。でも、その日の夜、いつまでたってもゼンは帰ってこなかった。
「どうしたんだろう。ゼンに何かあったのかな。」
今までゼンが帰ってこなかったことなんてなくて、不安になる。何か手がかりがないかと思って、ゲームのことを思い出してみた。・・そう言えば、ゼンが仕事が忙しくて神殿で寝泊まりしているという時があったよね。確か、神殿の祭りというか、日本で言う初詣で神社が賑わうみたいな感じだった。その準備が間に合わなくて泊まり込んでいたはず。時期も今頃だった。
私はゼンの屋敷にはいないことになってるから、伝言を頼めないんだと思う。大人しくゼンが帰ってくるのを待とう。そう思って私は一人で眠りについた。
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うう、お腹がすいた。朝も昼も食べていない。朝はいつもゼンと食べていたし、昼はその時間になると、使用人さんたちが作ってくれたのか、そっと扉の前にご飯が置かれていたのに、今日はなかった。何かあったのかな。落ち着かない思いでゼンを待つけど、ゼンは帰ってこない。
夕飯はいつも、食材とキッチンを借りてゼンの分と二人分作って一緒に食べていた。昨日は私一人で食べたけど、一応ゼンが夜中に帰ってくるかもしれないから、いつも通り二人分作った。その後、もしかして、明日も食事抜きかもしれないので、パンとか色々を部屋に持ち込んでおいた。やっぱりゼンは帰ってこなかった。
次の日もやっぱり食事はなかった。そう言えば、今まで直接話したことはないけど、使用人さんたちの気配は感じていた。でも、昨日も今日もこの屋敷に人の気配を感じなかったと思う。不安がぬぐえないまま、夜になってキッチンに下りて夕食を作ろうと思ったら、食材が何もなかった。
「え?なんで!?昨日はちゃんとあったのに。」
ゼンには一人で出歩かないように言われてる。仕方ないから、部屋に持ち込んだ食料はまだあったので、それを食べて暖かいお茶を飲んで寝た。今日もゼンは帰ってこない。ただ仕事が忙しいとかじゃない気がする。不安が募っていく。
食料の残りを気にしながら、今日も夜になった。最悪、水は使えるから食料がなくなったら水で過ごす?聖女だった時は絶食をしたこともあったけど、何日もったっけ。
「・・・・ゼンに会いたい。」
たかが三日、なんて考えられない。私が日本へ帰れないとわかってもこうして取り乱さずに過ごしていられるのはゼンがいたからだ。ゼンがいつも私を支えてくれてたから、泣いても慰めてくれるゼンがいたから私は前を向けていたのに。
「駄目だ。怒られてもいい。外に出よう。神殿へ行ってゼンに会おう。」
そう決めて、ゼンからもらった神官見習いのローブを羽織り、玄関の扉に手をかけた時、一階の物置になっているとゼンが言っていた部屋の扉が開いた。
「お邪魔しまーす、う、薄ピンクの薔薇です。」
と高価な衣装は身にまとってないけど、高貴さが隠せてない女性が出てきた。いきなり開いた扉にびっくりして思わず身構えたけれど、その女性は私を見ると、
「見つけた、白薔薇の少女」
と言った。白薔薇の少女って何?いや、そもそも薄ピンクの薔薇って何?しかも、お嬢様かお姫様みたいだよね?一人で来たの?護衛とか絶対必要な感じだよね。
いろんな疑問が出てきたところで冷静になった。あれ?この人って・・・。
「あ、あの、貴女は」
「薄ピンクの薔薇です!伝言を預かって来たのよ。」
「伝言、ですか?」
とりあえず、この女性の身元を明らかにするより、伝言の方が気になった。
「ええ。貴女の大事な人はまだ帰ってこられないけれど、私の旦那様がものすごく怒っていらっしゃったから、大丈夫よ。『俺の可愛い弟を神殿に貸してやってるだけだっていうのに』って、すごい怒りようだったから、私、旦那様をなだめるのを諦めたくらい。旦那様が握っている、神殿の不正のアレコレを一気に使うっておっしゃってたから、すぐに帰ってこられると思うわ。ふふ。怒ってる旦那様も素敵だったわ。」
諦めちゃったんだ。しかもここでノロケるんだ。で、やっぱりですよね。ゼンのお兄さんで結婚しているのは一番上のお兄さんだけ。つまり。この人、王太子妃だ~(汗)
「あ、あの、おうたい」
「薄ピンクの薔薇よ。」
王太子妃と話しかけようとしたら、すぐさまこの言葉。ということは、王太子妃だって知られたくないってこと?バレバレだけど。そもそもその薄ピンクの薔薇って何なの?
「そうね、私のことは『お義姉様』と呼んでちょうだい。旦那様の弟君のお嫁さんですものね。」
私もそうなりたいとは思うけど、って違う違う。本当に正体を隠す気があるんだろうか。
「ええと、お義姉様。」
「何かしら?」
「ゼンが帰ってこられないのはどうしてですか?ゼンは辛い思いをしていませんか?」
「私も詳しくは聞かされていないの。ただ、貴女に彼のことは心配しなくていいという伝言と、貴方の食事を持ってくることが私のお仕事なの。」
え?私の食事?王太子妃の話によると、この屋敷は立入禁止にされているらしい。なので、使用人さんたちも入ってこられないのだという。立入禁止を決めた人が、食材を空にすることも命じたらしい。どういう意図があるんだろう。立入禁止ってなんでそんなことに。
「この屋敷は玄関の扉が開けられなければ、誰も出入りできないわ。屋敷の中には結界が張られているから。貴女の大切な人は、たとえお兄さんでも貴女と二人きりにしたくないのね。女性である私だけが通れる結界の穴を作ったのよ。」
王太子妃は笑いながらそう言った。うん、なんとなく予想は付くけれど。
「あの、お義姉様に食事を持ってきてもらわなくても、玄関から出入りできるなら、私が自分で」
「立入禁止になっていると言ったでしょう?玄関の扉は開かないわ。そもそも、貴女は一人では屋敷から出られないのだし。この屋敷から出られるのであれば、私が通ってきた城につながっている転送陣を使って城に来てもらうこともできるけれど」
「え?私は一人で出られないんですか!?」
「旦那様はそう言っていたわよ?」
思い出してみると、私がこの屋敷を出るときはいつもゼンと一緒だった。じゃあ、結構前にゼンに迷惑をかけないように出ていこうと思ったことがあったけど、そもそも不可能だったんだ。知らなかった。
「だからね、私が三食ちゃんと持ってくるわ。とりあえず、今日の夕ご飯ね。」
そう言うと、王太子妃はいったん出てきた扉に戻って、カートを押してきた。その上には豪華な食事が載っている。
「信頼できる人が作っているから、毒の混入は心配しなくていいわ。さあ、召し上がれ。」
「いやいやいやいや。」
「私は信用できない?」
「いえ、そうじゃないんです。その、今回は持ってきていただいたのでありがたく頂きますが・・・」
こんな毎回毎回、王太子妃をパシリにできるかーー!!
という言葉は、言っても不敬にはならないんだろうか。悲しそうに俯いていた王太子妃が、閃いたという感じで口を開く。
「あ、そうよね、おやつも必要よね、私ったら食事だけしか気づかなかったわ。私は3時にお茶を飲むから、そのあたりでいいかしら。」
「いえ、おやつの催促ではないんです。あ、あの、お義姉様もお忙しいのに、私のために動いてくださるのは申し訳ないので」
「気にしないで。旦那様が私に、この私にお願いをして下さることなんて滅多にないんですもの!!やり遂げて見せるわ。」
あ、駄目だ。目がキラキラ輝いている。こんな人を止められる技術を私は持ち合わせていない。それに、王太子妃と話していると、ゼンに会えない不安が少し薄れる気がする。ゼンはそう言うことも見越して、何かあった時に彼女を私の所へ送るようにしてくれたんだろうか。
「では、お義姉様。改めて、よろしくお願いします。あ、食事だけで十分ですので。」
「そう?遠慮しなくていいのよ?可愛い義妹のためですもの。」
「いや、太っちゃいますし・・」
そんな話をしながら、王太子妃は私が食べ終わるまでずっといてくれた。
「ところで、白薔薇の少女とか、薄ピンクの薔薇って何ですか?」
「あら?だって、彼が貴女のことを白い薔薇が良く似合うって言っていたわよ?そうしたら、旦那様が、じゃあ私は薄いピンクの薔薇が似合うからって、薄ピンクの薔薇って名乗ることにしたのだけれど。」
何かおかしかった?と不思議そうに顔を傾ける王太子妃。名乗る名前にしてはおかしいし、言いづらいじゃんと思ったのは言わずにおいた。
閉じ込められていることに突っ込まない天音。それでいいのか!




