完成!
「天音、ゼン、よくきたわね、いらっしゃい。」
その次の日の夜、私たちは女神様に会いに行った。え?寝るのはどうしたかって?ゼンと一緒に女神様に会いに行きました、察してください。
女神様は応接間のようなところで、私たちを笑顔で出迎えてくれた。神様の部屋を書斎にした後、拡張して女神様の家にしたそうだ。前の神様は神として不十分だったので、部屋しか作れなかったらしい。応接間にはソファが2つと、テーブルが一つあり、女神様は片方に座ると、私たちに向かいのソファに座るように促した。
「大体のこの世界の理を把握したわ。まず初めに、ゼンの考えた召喚陣を見せてちょうだい。」
そう言われて、ゼンは困ったように私を見る。
「大丈夫です、ゼン。このテーブルに手を置いて、召喚陣を思い浮かべてください。」
頷いたゼンがテーブルに触れると、テーブルの上には召喚陣の書かれた紙が現れた。実際の私たちは、今は眠っている状態なので、想像したものを具現化をできるのだ。
「器用ね、ゼン。よくできているわ。そうね、この部分の期限を変えたいのであれば、こちらの範囲指定の文字を変えるべきね。」
「そちらですか?」
「ええ。この部分はもう書き込まれ過ぎているから、そこで調整を取って」
「なるほど、それでも陣は安定するのですね。」
それから、私が口を挟む間もなく女神様とゼンの意見交換は続いていく。やばい、そんなに時間が経ってないはずなのに、もう既についていけない。おかしいな、ゼンに習ったのに。私にできることと言えば、お茶を出すことくらいだ。
「あらあら、もうこんな時間ね。二人は帰りなさいな。」
ええ?もうそんな時間になっていたの?私、本当にお茶出しくらいしかしてないんだけど。
「では、次回は陣に施す文字の変更ですね。もっと別の言葉で、より、少ない文字に。」
「ええ。貴方は非常に優秀よ、ゼン。」
うう。私は確実にお荷物になっている。しかも、一刻も早く召喚陣の改良をしたい状況で、ゼンと女神様が仲良くしていることに嫉妬しているのだ。自分勝手すぎて落ち込む。ゼンはそんな私の肩を抱き、反対の手で頭を撫でてくれる。
「帰りましょう、天音。」
**********
「お、おはようございます、ゼン。あの、召喚陣、間に合いそうですか?」
翌朝、羞恥心を押さえて、ゼンに聞き忘れていたことを聞いてみた。何でこんな重大なことを聞き忘れてたんだ、私。すると、ゼンは笑顔で答えてくれた。
「おはようございます、天音。そうですね、恐らく、完成まではそんなにかかからないと思います。あと一月ほど、実験などを兼ねればそれくらい、もう少しかかりますか。彼女が帰る時には間に合うでしょう。」
「そうですか、良かった。」
声と表情にホッとしてるのが現れてる。ゼンはお兄ちゃん子な感じだし、きっとお兄さんの役に立てるのが嬉しいんだろう。
それから毎日女神様の所へ行った。最初のうち、何もすることがない、と落ち込んでいた私に、ゼンはにこやかに笑って言った。
「そうですね、天音にはここに座っていただくだけで十分ですよ。」
ここって・・・ゼンの膝の上。二人の時ならまだしも、女神様がいらっしゃる前では恥ずかしくてできません。女神様のニヨニヨとした表情(こんなお顔は見たことなかった)でこちらを見られるのも、いたたまれず、何か言いつけてくださいと、雑用を申し出たのだ。
「わたくしのやる気が跳ね上がったのですがねえ。」
と残念そうに言うゼンは、悪いけど無視させてもらった。それから、二人が必要とする資料を探して渡すのが私の仕事となった。
今日も女神様とゼンで陣を挟んで話し合っている。今のところ、資料を集める必要はなさそうなので、お茶の支度をしようと思う。二人は集中しているから、準備ができてから声をかけよう。そう思ってそっと部屋を出た。
**********
天音が出ていったすぐ後、ゼンが女神に問いかける。
「これで、完成でしょうか。」
「ええ、そうね。これでゲートは完成だわ。」
ふぅっと息を吐くと、ゼンは改めて女神に頭を下げた。
「ありがとうございます、女神様。わたくしではゲートという構想は思いつきませんでした。」
「召喚陣よりも、行き来できるゲートの方が便利だと思ったのよ。それに、この世界は弟が一人で作ったから他の世界との境界線が厚くないの。だから繋げ易かったのよ。」
最初は召喚陣を作っていたのだが、途中から日本とセルドニー王国を繋げるゲートに変更したのだ。召喚と違って一方的でなく、そちらの世界へ行きたいという意思があれば大体の人が通れるようになっている。
「ゲートの完成を天音に伝えたら、また、勇者のことを思い出すでしょうか。それは腹立たしいのですが・・」
「勇者?何故勇者の話が出てくるの?」
ゼンは女神に、天音が勇者を帰してあげられなかったことを未だに悔いていると話した。
「まあ、あの子ったら。本当に優しい子ね。でも、あの勇者は・・・」
「何かあるのですか?」
言いよどむ女神にゼンは続きを促す。すると、女神は嫌そうな顔をして話を続けた。
「実はね、あの勇者は、力は確かに必要とされていたものだったわ。でも、性格は良くなかったの。帰りたいなんて全く思っていなかったようだけれど、聖女にだけは日本の話をして、懐かしい、帰りたいなんて言っていたのよ。」
「どういうことですか?」
ゼンの声に苛立ちが含まれる。
「聖女の罪悪感をあおって、自分に都合のいいように話を通そうとしていたの。」
女神も勇者に腹を立てていたようで、言葉の中に怒りが感じられる。
「私は私のお気に入りをいじめる勇者の事が大嫌いだったわ。だから、魔王を倒した後は女神の加護を取り上げたの。それを元に戻してほしかった勇者は神殿へ何度も来たけれど、聖女には会わせなかったわ。」
「そんなものが王になって大丈夫だったのですか?」
「王にはなっていないわよ。」
女神様はきょとんとして、ゼンに言った。ゼンは首をかしげながら、天音に聞いた話を伝える。
「ですが王女と結婚したと聞きました。」
「そうね、王家は子供が多かったから、何番目の王女とかは忘れたけれど、勇者は王女と結婚したわ。王になったのは第一王子だったわ。」
勇者は尊敬できるような人物ではなかったようだ。勇者が目の前にいたなら、天音を騙した報いを受けさせたかったのだが、とゼンは眉間にしわを寄せた。だが、今更天音に勇者の真実を伝えても仕方がない。むしろ、勇者のことなど思い出させないよう、大事に囲いたいのだ。
ゼンと女神は、ゲートの話をして勇者のことを天音が言うようだったら、真実を話そうと決めた。
「一つ、お伺いしたいのですが、このゲートは天音が通ることはできるのですか?」
「できないわ。神力の高いものはゲートを通れないの。」
「そうですか。」
ゼンは満足そうに微笑む。女神はそんなゼンに尋ねた。
「通れたら、どうするつもりだったの?」
昏い笑みを浮かべたゼンに、困った子、と女神は呆れてそれ以上何も言わなかった。
**********
「女神様、ゼン。休憩にしませんか。」
お茶とお菓子をそろえて運んでくると、二人はもう陣の方は見ずに話していた。
「行き詰りましたか?そんな時はちょっと休みましょう。」
「いいえ、天音。完成したわ。」
「今はこれをどこに設置するのか相談していたのです。」
ん?完成って言った?
「もう、安心して召喚できるんですか?」
「はい。陣は組み終りました。と言っても、召喚ではなく人が行き来できるゲートの陣です。」
「ゲート!?行き来ができるんですか?」
「ええ。そちらの方がいいと思ったの。多分、その子を召喚して終わりというわけではないと思うから。」
女神様の言葉に首をかしげる。
「どういうことですか?」
「基本的に、数人が異世界に行ってしまったり、異世界から来てしまったとしても、世界は揺るがないわ。でも、こちらに普通の人として来た天音が、聖女に変化して存在が大きくなってしまったから、向こうの世界からもう何人か来てもらわないと釣り合いが取れないの。」
今はまだ、この世界に私が認識されていないから、影響がないんだそうだ。これで、彼女が帰って、私が結界を使わずに外に出ると、バランスが崩れてしまうらしい。すぐに影響が出るというわけではないので、焦らなくてもいいけれど、なるべく早い方がいいそうだ。
「そうなんですか。その、来てもらう人ってどうやって選ぶんですか?」
「それは貴方たち、人間に任せるわ。神としてはあまり干渉しないから。その人にこちらの世界に来たいという意思があれば、ゲートは通れるの。」
じゃあ、もしかして、私も日本に行くことができるんだろうか。ずっとじゃなくていい、心配をかけてるだろう家族と、友達と何人かに会えればいい、そんな期待が表情に現れていたんだろう。女神様は私に向かって悲しそうに言った。
「ごめんなさいね。天音は神力が強いから、通れないの。ゲートの安定が取れなくなってしまうから、天音やゼンのように神力の強いものは通せないわ。」
「・・・い、いえ。その。・・・女神様が気に病まれることは、ありません。・・日本に・・か、帰れ・・ない、ことは・・し、しって・・ました」
「天音!」
ゼンが慌てて私の傍に来てくれる。そして、ぎゅっと抱きしめてくれた。何でゼンは慌ててるんだろう、そんなことをぼーっと思って、ゼンが拭ってくれる涙に、自分が泣いていることに気付いた。
「天音。わたくしが傍にいます。ずっと、離れません。わたくしが天音の家族になります。」
「・・ゼン、ゼン・・」
泣くのは今だけだから、ゼンが傍にいてくれるなら、大丈夫だから、そう言いたいのに私の口はゼンの名を繰り返すだけだった。
私が泣き止み、落ち着いたので、ゲートの話に戻った。女神様は私を心配してくれたけど、大丈夫です、とはっきり伝えて、話し合いに参加する。その間もゼンは、隣に座って私の手をぎゅっと握ってくれていた。
「実験をするにしても、ゲートの場所を決めなければなりませんね。」
「ええ。そうね。慎重に選ばないといけないわ。」
「本当は、兄の家に置きたいのです。兄はすぐにでも彼女に会いたいと思うので。ですが、他の人間も家に招き入れるというのは不用心ですし。」
「お城や神殿とかじゃ駄目なんですか?」
異世界召喚とかの小説だと、お城の地下とか、神殿の神聖なる場所とか、そういうのが多かった気がする。
「あまり大勢が出入りできる場所では、悪用されかねませんので、特に神殿はお勧めできませんね。」
そうなんだ。まあ、あのゼンに絡んできた嫌な奴とかいるしね。
「じゃあ、場所はまだ引き続き検討するということで、陣はドアに施したらどうでしょう?」
思いついたのは、誰でも知ってる耳のないにゃんこ型ロボットの、ポケットから出てくるアレ。ドアにその機能があれば、ゲートの設置場所は動かすことができる。と説明すれば、二人は目を輝かせて私の案に乗ってくれた。
ひとまず、ゲート完成。




