異世界転生からの異世界トリップ
一年前に書いたシリーズの別視点?になります。そちらを読まなくても恐らくわかるとは思いますが、読んでいただいた方がわかりやすいです。
私は、前世では聖女だった。異世界の日本という国から勇者様を召喚して魔王と戦って。神殿から一度も出たことがなく、男性に免疫のなかった私はお約束通り勇者様を好きになった。でも、勇者様が選んだのは王女様だった。仕方がないことだ、元々聖女である私は神に仕える身。結婚なんてできないし、勇者様にとって私はきっと、そういう対象ではなかった。私は聖女としての生を終え、異世界転生をした。
ー勇者様の故郷、日本に。
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生まれ変わった当初は感激していた。魔物がいない、戦わない日常。聖女として色々制限をされていた世界とは全く違う普通の子供。・・・ま、それにも慣れちゃうんだよね。
憧れていた日本に転生して、前世の世界を恋しがるなんて思ってなかった。最初は漫画、次は小説、そしてゲームと、どんどん前世の世界に似ている架空の話たちに夢中になっていった。
そして友人から勧められた乙女ゲームに嵌まっていくのは当然の成り行きだった。勇者様に選ばれなかった私は、やっぱり誰かに愛されたかったのだ。
いくつかやったゲームの中で、一人だけ、どうしても気になる攻略対象者がいた。それは『異世界の乙女は誰を救う』というタイトルの、異世界トリップのストーリーだった。
他のゲームでは全ルートのクリアとか、スチル集めとか、逆ハーとか色々やったけれど、このゲームだけはたった一人だけの攻略に夢中になった。それは王子でありながら、神官となったゼン。王家と神殿は対立しているため、ゼンの立場は非常に微妙で、その苦悩を癒してあげたい一心だった。
元々聖女だったため、神殿は物語の中であっても身近に感じられた。でも、このゲームの中の神様は変わっていた。神に近づこうとする愚かな事と、一人の人間が聖なる力を多く持つことを嫌った。神職に就く者は生涯の相手と出会って夫婦になり、初めて安定した力が使える、そういう世界だった。聖女だった私なんて真っ先にこの神様には嫌われていたことだろう。
ゼンも聖なる力を多く持つものだった。私が思うに、ゼンは神様に嫉妬された人なんじゃないだろうか。だから、ゲームの攻略対象者の中で唯一、婚約者がいないのじゃないかな、って思ったんだ。他の攻略対象者は婚約者に救ってもらえばいいじゃない。私は異世界の乙女としてゼンを救うのだ。
「天音、逆ハーエンド見た?」
「見てない。っていうか、ゼンしか攻略してない。」
「そうなの?私のイチオシはリオール様なんだけどなあ。」
同じゲームをやっている友達は全ルートクリア済みだ。そして、その後の攻略をしていたはずだったんだけど。
「全員攻略すると逆ハーエンドが出てくるの?」
「そうなんだけどね、あれはないわー。ネットじゃバッドエンドでしょって話題だよ。リアル過ぎるって。」
「私、ゼンのルートしか行かないから、ネタバレ、オッケーだよ。」
そう言うと友達は待ってましたとばかりに若干前のめりになって話し出す。ああ、誰かに話したくてしょうがなかったんだね。
「そう?じゃあ、遠慮なく。普通のゲームの逆ハーエンドってそこで終わるじゃん。みんなに囲まれて笑顔でにっこりって感じでさ。このゲームはそんなスチルから急に画面が赤くなって、『学園生活が終わり、全ての攻略対象者を虜にした貴女は一国を亡ぼした稀代の悪女として世に名を残しました。』って一文が最後に出るんだよ。怖っ。」
「え?何で国が亡んじゃうの?」
「まあ、普通に考えればさ、好きな人には自分だけを好きでいてもらいたいって思うじゃん。だから、攻略対象者同士でヒロインの奪い合いがあって、地位の高い人たちが潰し合いとか、国が亡ぶのも納得っていうか、そう言うことだよねっていう想像がつくんだよ。」
「うわー、そこまでリアリティはいらないよね。」
「ほんとだよ。」
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そんな話をした数日後、全く見覚えのない部屋で目が覚めた。そして、私を優しく見つめるゼンが目の前にいたのだ。
「あ、あの、ここは」
「ここはセルドニー王国です。わたくしはこの国で神官をしております、ゼンと申します。貴女は異世界からこの国に迷い込んでしまわれたようです。」
「え?」
「可憐な貴女のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「あ、あっと・・橘天音です。天音は天の音と書きます。」
私は空中に漢字を書いた。あれ?漢字って通じるんだろうか?苗字と名前を逆に言った方が良かったんだろうか。一瞬そんな現実的なことを思う。
「天音、素敵な名前ですね。天音様とお呼びしても?」
「いえ!様なんていりません。天音だけでいいです。」
漢字通じたなあ。きちんと私の名前を呼ばれているのがわかる・・・わかる?何で?
「そうですか、それでは、天音。わたくしのことはゼンとお呼びください。」
「ゼン。」
「はい。何でしょう?」
「あの、私、何が何だか・・・。」
あまりにもゲームに嵌まりすぎてゼンの夢を見ているんだろうか。でも、なんとなく空気が違う。日本ではない、そう思った。
「そうですね、いきなりこんな話をしても天音は戸惑ってしまいますね。もう少し休まれるといいでしょう。」
ゼンはそう言うと私の頭を撫でた。そう言われるとなんだか眠くなってきた。勇者様も異世界に来たことによって体と心に負担が生じて、しばらく起きられなかったなあと思いながら、私はまた眠ってしまったのだ。
「おやすみなさい、私の天音。」
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ぐっすり眠った私はとても気持ちよく目覚められた。うん、やっぱり眠る前と同じ部屋だ。ゼンは今部屋にはいないけれど、セルドニー王国に来てしまったのは間違いないようだ。しかし、異世界転生した先で異世界トリップとか、私の人生どうなってるんだろう。
いろいろ疑問はある。この世界はゲームの世界なのか、ゲームの世界と類似している世界なのか。時間的にはゲームより前なのか、後なのか、それとも今まさにゲーム期間内なのか。
それに、ゼンと私は初対面なのに、なぜゼンは甘々モードなんだろう。だって、私に可憐とか言ってたよ、確か。私を見る目も、ゲームの画面以上に熱っぽかった。あと、聞き間違いじゃなければ『私の天音』とか言われた気がする。漢字も通じたみたいだし、どういうことなんだろう。
ゲームでは、最初、ゼンとは神殿で会う。口調が丁寧で優しい雰囲気のお兄さんだ。攻略が進んでいくと、優しいだけじゃない、王家と神殿との間で揺れる苦悩の表情、自分を見てくれるヒロインを特別に思ったり、他の人との仲を嫉妬したり、作った笑顔で押さえていた内面を見せてくれるようになる。それにつれて、言葉も自然と普通の話し方に変わっていくのだ。丁寧な口調は誰にでも公平な神官として作り出したもの、口調でも好意が上がっているか確認ができた。
さっきのゼンはゲームよりも丁寧な話し方だった。でも、私に好印象を持っている?ゲームとは違うのかもしれない、そんなことを考えていたら、ゼンがお茶を持って部屋に入ってきた。
「気分はどうですか、天音。」
「だいぶスッキリしました。あの、聞きたいことがあるんですが、質問してもいいですか?」
「ええ。わたくしに答えられることであれば。」
ええと、この世界はゲームの世界ですか?なんて聞けないし。一番聞いておきたい事って言ったら・・。
「私はこれからどうすればいいんでしょうか?」
「・・・天音にとって簡単に受け入れられる話ではありませんが。」
そこで言葉を区切って、ゼンは私を見た。頷いて続きを話してもらう。
「貴女が元の世界に戻るすべをわたくしたちは存じません。」
ああ、やっぱりそうか。なんとなく、そんな予感はしてた。ギュッと目をつむると家族や友達の顔が頭をよぎる。さよならも何も言えなかった。必死になって私を探してくれているんだろうか。私はここにいるよ、生きてるよ。それだけでも伝えられたらいいのに。
目を開けると、私を痛ましそうに見るゼンと目が合う。
・・・もう、戻れないのなら、ここで生きていくしかないのなら。
「ゼン、私にこの世界のことを教えてください。」
私は貴方を幸せにしたい。
お読みいただきありがとうございました。