エピローグ
「っしゃあ! ブッ飛ばせ!」
金色の光を曳いて、ポニーテールの少女が空を飛ぶ。ケガの後遺症を感じさせない、しなやかな飛びっぷり。ジャージの下に着た黄色いTシャツは、屋上で叫んでいる俺や、別の建物に陣取る数人とおそろいのものだ。個人的にこの絵柄はどうかと思ったが、印刷済みのものを渡されてしまっては仕方ない。雷鳥と地竜がハートマークに囲まれて手を取り合っている、どこかで見たようなシチュエーションのイラストである。
「ところで、なんで他にもこのTシャツのヤツが……?」
「ウチの店に置いてみたら、一部のお客様にけっこう好評でさぁ」
「売るなよ!」
……というわけで、屋上にさえ同じTシャツを着た生徒――なぜか女生徒ばかり――がいるのが、ちょっと気になるところである。「報告書の成果ですね」とフェリが口を滑らせ、マリナに「それは秘密ですわよ」とどつかれていた。
そのマリナ・リグは、予選会への参加資格の確認を求めに行った俺たちに、「まさか出ないつもりでしたの?」と呆れたような声をかけてきた。ルグイの名前を出すと心の底から嫌そうな顔をされるので、ほとぼりが冷めるまでは黙っていようと思う。
最初の試合を、ネーヤはまさかの一位で終えた。僅差だったとはいえ、小細工のないまっとうな勝利だ。見たところ、魔具の不備を選手のスキルで補ったという印象である。
手首の魔具を起動して、よっ、と屋上から飛ぶ。慣れてしまえば、階段なんかマトモに上る気にはなれなかった。フェリが「リツ・エイス、成長しましたね……!」と、お嬢様を見守る執事のような調子で涙ぐんでいる。何となく、コイツに言われるのは釈然としない。
Tシャツのおかげで、仲間を見つけるのはずいぶん楽だった。クラスメイトではないが、ユキちゃんも揃いのTシャツを着ている。いかにも町工場の頑固親父っぽい親方が、可愛らしいこのTシャツを着て現れたときには、本人はともかく周囲が騒然となっていた。ウァズが「毎度あり!」と舌を出していたので、こっそり足元を蹴飛ばしておく。
『りっちゃん!』
ふと、いるはずのない人間の声を聞いて、俺はぴたりと立ち止まる。おい、まさか。
『……三島?』
『えへへ、来ちゃった☆』
親指を立てる三島も、ちゃっかり同じTシャツを着ている。まあ、今回は部外者とも言えないので、来ることに問題はないだろう。なにせ魔具製作のスペシャルゲストとして、ネーヤはこの男を召喚していたのだ。もちろん、魔具に電子部品なんか組み込んでしまった俺が全面的に悪いのだが。
『あのりっちゃんが異世界でこんなにリア充になるなんて、長生きはするもんだね……』
『うるせえ!』
笑ったはずみに涙がにじんだけれど、それは決して、つらい涙ではなかった。
「それじゃあ、わたしはそろそろ」
「あ、なら、俺も途中まで一緒に行くっす。そっちに用事があるんで」
すいすいと歩くメリサばあちゃんの後を追いかけて、人ごみの中から脱出する。二人きりになるのは、ずいぶん久しぶりな気がした。
「ところで、メリサ・ハラン」
「あら、どうしたの? 改まって」
「俺、ここんトコ、けっこう頑張ったと思うんすよ。色んな人に利用されたような気がしますし、色んな人に罪を押し付けられたような気もしますし、色んな事を頼まれたような気もしてるんすよね」
「そうね。色々大変だったのでしょう、あなたが無事で嬉しいわ」
メリサばあちゃんは、「ひまわりのような」という例えが似合いそうな、あたたかい笑顔をこちらに向ける。
「だから……これで少しは、自分の価値を証明したってことにならんすかね? アンナムン」
「……おや。いつから気付かれていたのかな」
笑いを含んだ声。
「俺のロッカー、けっこう色んな人が開けてんすよね。カギもかけてねえし。そんな所に手紙や金を平気で置いていくのは、状況が分かってねえか、あるいはすぐ側にいて、俺が中身を回収するところを確認できるかのどっちか――たぶん後者だろうと思ったんすよ。ばあちゃんは一番早く来る生徒の一人っすしね」
「まあ。たったそれだけで、わたしにカマをかける気になったの?」
「年齢を考えりゃ、あんたか、でなきゃ先生達くらいしか候補はいねえんすよ。でもまあ、一番の理由は、いつもくれるお菓子がすっげえ美味かったから、っす。イゼス・ナナムですかね、彼女のなんでしょう、あれ?」
メリサばあちゃんはニコニコと笑って、「半分だけ正解よ」と俺の頭を撫でてくる。小さいころ、祖母がよく、こうやって頭を撫でてくれたことを思い出した。祖母は数年前に他界しているが、そうでなけりゃ、あの人も夜逃げに付き合わされていたんだろうか。
「半分くらいは、ちゃんとわたしが作ったのよ。あなたくらいの年だったイゼスに、最初にお菓子作りを教えたのはわたしだもの。あれはちょうど、《トンネル》が現れた年だったわ。わたしがあなたに出会ったのも、その頃」
「え? どういうことっすか……?」
「生まれてすぐのあなたに、わたしは会ったことがあるのよ。あなたにこちらの国籍を取らせる手続きだって、わたしが手を貸したんだから。その時に、ちゃんと約束したはずなのだけれどね。密入国の罪を見逃す代わりに、この子には将来、わたし達のために働いてもらいましょう、って」
「き、聞いてねえっすよ!?」
「別にいいさ。約束通り、君は我々のものになってくれたのだからね。……最初の質問に答えていなかったね。安心なさい、私は君の有用性を確かに認めた。そう簡単に人に渡しはしないよ。君の立場を生かして、存分に働いてくれたまえ」
アンナムンの口調で、メリサばあちゃんが歌うように告げる。くそったれ。
「さあ、つまらない話はここまでにしましょう。お姫様があちらでお待ちよ、王子様」
「分かってるっす。……それじゃあ、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
一礼して踵を返し、俺は人ごみの中へと駆け戻る。
片手を挙げたネーヤと、ぱん、とハイタッチ。
「やったな!」
「やったよ!」
それから、俺たちはお互いの着るTシャツの胸元――手を取り合い、見つめ合う二匹――を見て、物陰にひそむアホどもに視線を向ける。
「……やらないぞ?」
「やれよ! みんな楽しみにしてるんだから!」
言葉も分からないだろうに、三島までが『行け!』とハンドサインを出している。
「どうする?」
「うーん……そうだなぁ」
ネーヤは小首を傾げ、それからバカどもに告げる。
「あたしたちが優勝したら、ね!」
いいかな、と小声で聞いてくるネーヤに、もちろん、とうなずく。
ああ、神様。
今、この世界にいられることを、俺は心から幸せに思います。
(完)
お読みいただきありがとうございました。
本編(投稿作)はここで完結です。その他、投稿後に「これを入れておけばよかったな」と思って書いた後日談、設定などを、後日アップ予定です。




