3-4 ひとまずの決着
しばしの休憩を挟んで、第二回戦。レベルの違う選手を比べてみると、ようやく上手いか下手かの差がよく分かってくる。速い選手ははっきりと速い。それは加速であったり、コーナリングの妙であったり、ひとつひとつはわずかな差なのだろう。
ネーヤが高校野球に例えたせいか、陸上競技のようなイメージを抱いていたが、これはむしろF1なり競馬なりに近いものがある。強い魔具を開発し、使いこなす。魔具も実力のうちなのだ。
この世界の魔法というものは、基本的に「同じ魔具を使っても、人によって効果の程度が違う」ものであるから、誰が使っても強いマシン、というものは存在しない。自分の魔法のクセに魔具を、魔具のクセに自分の魔法を、合わせてようやく戦えるのだ。ただ飛ぶのとは求められるレベルが違う。
俺はたまに浴びせられるヤジを適当に(そして偉そうに)あしらいながら屋上後方に陣取っていたが、ネーヤの名前が聞こえたところで前に出ることにする。
負けたところで、はいそうですかとネーヤが諦めるとは思えないが、目標の変更くらいはあるだろう。たとえば、卒業までの三年間がんばって練習して、三年目に勝利を目指すとか。本戦への出場ではなく、校内でのベスト3を目指すとか。
「逃げたのかと思ったのに、また恥をさらしに来たんですか」
しつこく絡んでくる昼間部の生徒には、顔も見ずに「はいはい」と返事をしておく。視線を向けるヒマさえ勿体ない。選手たちがもう位置に付いている。
「行けっ!」
鳴り響くスタートの合図。飛び出す選手たち。瞬発力のあるネーヤは他の選手よりいくらか前を走る。もっとも、追いつかれるのは時間の問題だ。
「あっ!」
誰かが悲鳴のような声を上げる。もとよりマリナ相手では勝ち目がないと見たか、一人の男子生徒が撃墜に狙いを切り替えたのだ。光の尾を引いて飛ぶ選手たちの合間を、眩しい攻撃魔法の光が通りすぎて行く。
ネーヤが攻撃を避けて大きく上方にルートを取った。戦線離脱と見たか、男子生徒のターゲットが変わる。だがネーヤの狙いは違う。目指すは布を張った障害物が垂れ下がる向こう、次のアーチの直前。障害物は上と下に抜ける道がある。リグの魔法は細かい切り返しがイクルほど得意ではないから、短い距離で大きく上下動が必要な上ルートは取らないはずだ。減点を覚悟で正面から突っ込み、のれん状の布の隙間をくぐって抜ける中ルートもあるが、少なくともマリナがそんな無粋な作戦を採るとは思えなかった。
そう、六人の選手が飛んでいるが、今回のネーヤの敵はマリナ一人。
そして、この作戦を実行できるのは、ネーヤが確実にマリナより先を行ける序盤のみ。
「行け! そこだッ!」
ぐん、とネーヤが急降下する。
「どりゃあああっ!」
「な、何ですのっ!?」
マリナが背負う魔具は、緋色に塗装した、どこかランドセルめいた印象のあるものだ。そのくせちっともダサくはないのがすごい。
その緋色の魔具ごと、ひしっ、とネーヤがマリナにしがみつく。ぐっと高度が下がり、けれどすぐに持ち直して、マリナは床面ぎりぎりの高さでアーチを通過する。
「よっしゃあ! そのまま行っちまえ!」
「なっ……!? 離れなさい! こら!」
さすがに経験のないことなのか、マリナが戸惑っている。無理もない。普通は試合中に他人に近づけば、魔法が干渉し合って吹き飛ばされる。
それなのに、どうしてネーヤが無事なのかといえば――何のことはない、今の彼女は飛行魔法を発動していないのだ。一歩間違えば墜落するか、屋上に叩きつけられるところだが、そこはイクルの反応速度が物を言った。あとは、あまり認めたくはないのだが、ネーヤ本人にも彼女なりにセンスがあったのだろう。
観客たちがざわめいている。マリナは増えた重量をものともせずに加速。大きく遅れずについて行くだけ、こちらも優秀だと言えるだろう。
「――って作戦はどうだ?」
魔具の様子を見ている途中、俺が冗談半分で口にした作戦を、ネーヤは「それだっ!」と採用した。ヒントにしたのは十二支のネズミ。牛の背に乗ってゴールの直前まで行き、最後に牛を出し抜いて駆け込み一位になった、というあの物語だ。
まさか本当にやるとは思わなかったが、「できる」と判断したネーヤは正しかったわけだ。
* * *
「ああ、もう、信じられないことをする方ですわね! 確かにこれなら、わたくしと同着に持ち込むことができますけれど……」
「同着じゃないよ。ゴールが近づいたら、あなたを捨てて飛ぶからね。あたしの勝ち」
マリナの耳元に顔を寄せ、ネーヤはこそりと囁く。
「なっ……離れなさい! この!」
ネーヤを振り落とそうと、マリナはあれこれ姿勢の制御を試みるが、下手に大きく動けばマリナ自身がバランスを崩してしまう。
「こんな作戦、よくもまあ考えついたものですわね。最初から狙っていましたの?」
「もちろん。マトモに戦って勝てるわけがない、ってリツが言ったので。あのポイントで仕掛けるってことも、事前に決めてました」
言うのは簡単だが、それを実行するのは並大抵のことではない。試合にはイレギュラーがつきものだし、自分も相手も高速で飛んでいる中、仕掛けられるタイミングなど一瞬しかないはずだ。練習もなしの一発勝負で、その賭けに勝てる人間がどれだけいることか。
場所の選択も正しい、とマリナは思う。あれ以上先になればネーヤはマリナに追いつけなくなるし、アーチと障害物のおかげで、選手たちの軌道が読みやすい位置だった。
「大したものですわね、あなたもリツ・エイスも。ただのバカだと思っていたことを謝罪いたしますわ」
気がつけば観客席がざわついている。元からどちらも注目度の高い選手だ。いったいあれは何事なのか、と思われているのがよく分かる。
しばらくはネーヤのこの技を練習する者が出るだろう、とマリナは考える。だが、おそらくこの技をものに出来る人間はほとんどいないだろうし、出来たとしても努力の割には価値がない。これはあくまで、一回きりの不意打ちだからできることだ。騎士の家の者ならば、その誇りにかけて、こんな技は使えないと考える者も多いだろう。
「えへへ、ありがとうございます! マリナ・リグに褒められちゃった!」
それじゃあ、とネーヤが手を離し、マリナの魔具を突き放す。空中に放り出されたネーヤはたちまち浮力を回復。マリナに与えられていた速度も余すところなく利用して加速し、マリナと競り合いながらゴールに転がり込んだ。自動判定の結果は、タッチの差でネーヤの勝ち。
信じられない、という顔で結果のアナウンスを聞くネーヤを見ながら、マリナは深いため息をついた。
* * *
「ルー兄! あたし勝ったよ! 見ててくれた!?」
「ああ。まさか、あんな手を使うとはね……しかし、あれで勝ったと言うのは」
「勝ったでしょ! どう見ても勝ったじゃない!」
さっきの広場で、ネーヤがルグイに話しかけているのが見えた。第二試合のおかげか、思ったよりも総合順位は良かったが、あの手は二度と通用しないだろう。
まあ、とにかく、ネーヤが勝って良かった。これで辞めさせられる心配もない。我ながら、なんでこんなに彼女の心配をしているのか、よく分からないけれど。
「あ、リツ……」
俺の姿を見て何かを言いかけたネーヤに向かって、片手を挙げてみせる。
心得た、とばかりにネーヤも手を挙げ、ぱぁん、とハイタッチ。
「やったな」
「うん!」
言葉になったのはそれだけだった。
魔法が放つ金色の光よりもまぶしく輝く、ネーヤの笑顔。
まあ、これが見れただけでも良かったとしよう。




