その2 銀の水時計(3)
「やっぱりお留守よ。帰りましょう」
ハナハナはそう言って、くるりと後ろを向きました。
と、小さいマックがたたっ、とテントの入り口に近付きました。
「でも、ちょっとだけ」
そう言うと、マックはぱっ、とテントの入り口の布を捲り上げました。
「あ、開いてる」
「中、どんな?」と、ニック。
「暗くて見えない」
「入ってみようよ」
「え? ダメよそんな事しちゃ」
ハナハナは止めました。けれど、好奇心一杯の子ねずみは止まりません。
三人はするするっ、とテントの中に入ってしまいました。
「リックっ、ニックっ、マックっ!」
ハナハナは仕方なく三人の後に続いて中へ入りました。
トーベルさんのテントの中は、本当に真っ暗でした。
前を歩く兄弟の姿も全く見えません。
手を伸ばすと、何かが手の甲に当たりました。ハナハナはそれがすぐ前のリックのしっ
ぽだと気が付きました。
「もうっ、こんな事しちゃいけないのよっ?」
小声で怒りながら、ハナハナはリックの細いつるつるのしっぽを掴みます。
リックはしっぽを引ったくるように取り返すと、「しいっ」とハナハナに口に指を当て
てみせました。
ややあって、先頭のマックが何かを見付けました。
「ここ、行き止まりだ」
「入り口の反対側?」
それにしては、あまりにも短い気がします。マックが「ううん」と言いました。
「板みたいのがある。おっきいの。それに、ドアノブが付いてる」
「回してみろよ」
ニックの声。
「ダメよっ」
何となく、その先に入ったらいけない気がしてハナハナは止めました。
でも、マックはドアノブを回してしまいました。
ぎいっ、と、木のドアが開く音がして、扉が開きました。
ドアの向こう側から、淡い光が漏れて来ました。
「うわあ」
感嘆の声と共に、マックがまず中へ入りました。続いて二人の兄が、そしてハナハナは
恐る恐る中を覗きました。
ドアの中は、これがテントの中とは思えないような場所でした。
まず四方にはちゃんとした壁がありました。布張りテントにある筈のない土壁に、みん
な目を丸くしました。
右側の壁の上半分には、丸い小さな窓が五個あり、そこから光が入っています。
窓の下には長椅子が一脚、椅子の上には、柔らかそうなキルトのカバーとクッションが
三個、置かれていました。
左側の壁は一面戸棚です。一部にガラスの扉が付けられた棚には、何に使うのか分から
ない複雑な形の細い管が幾つも付いた銀色の道具や、勝手にくるくる回っている地球儀、
銀の皿の上に乗ってずっと煙りを出している透明なコップなどが置かれています。
部屋の真ん中には黒い大きな机があり、机にはきれいに丸められた羊皮紙とペン、イン
ク壷、水晶玉などが乗っていました。
リックが、机の上の小さな砂時計を取り上げました。
それは、銀色の枠に収まったガラス容器の中に、きらきら光る半透明の砂粒が入った、
小さな時計でした。
「きれいだね」
リックは時計を丸窓の方へ高く上げ、砂粒のきらきらを透かして見ます。
「すごいっ、これ砂じゃない」
「えー? なになに、兄ちゃん」
「僕にも見せてっ」
途端に、子ねずみ達は砂時計に似た、不思議な時計の取り合いを始めます。
きゃっきゃと喜ぶ三兄弟に、ハナハナはどきどき。
「ダメっ! そんなことして落として壊したら、大変っ!」
「何がかな?」
唐突に大人の声がして、ハナハナはぎくっとしました。
その途端。
ぱりーん。
リックが時計を床に落としてしまいました。時計はガラスが割れ、中の、砂のようなき
らきらしたものが床に散らばりました。
「おおっ」
ハナハナの側を、声の人が通り過ぎました。トーベルさんでした。
トーベルさんは床に散らばった、中身とガラスの上に屈み込みました。
そのまま、暫く動きません。
気詰まりな沈黙が続きました。
ハナハナも、落としたリックもニックもマックも、誰も喋る事も出来ません。
大変な事をしてしまったのです。きっとすぐにトーベルさんは物凄く怒るだろう。と、
ハナハナは内心どきどきしていました。
でも、トーベルさんは中々何も言いません。