その2 銀の水時計(2)
ハナハナは子ねずみ達と一緒に勢い良く南の枝まで走って行きました。
枝へ行くと、テントはもう大体出来上がっていました。去年の春にも見た、七色に塗り
分けられた大きな八角形の布の建物の上に、金色の三角旗がはためいています。
ハナハナと子ねずみ三兄弟は、わくわくしながらもっと近くまで寄りました。
「あれ、なんだろう?」
リックが、テントの裏側、南の枝先の方を指差しました。そこには、大きなテントに隠
れるように、小さなテントが五つ、張られていました。
「ああ、あれは芸人さん達のお家よ」
ハナハナはにっこり笑って言いました。
「え? 芸人さんのお家?」
小さいマックが、びっくりしたようにハナハナを見上げました。
「でも去年はそんなの無かったよ?」
「去年もあったわよ。きっとマックは小さかったから、気がつかなかったのよ」
「そうかなぁ…」
マックは不思議そうに、二人の兄を見ました。
ニックが言いました。
「あったかもしれない。僕達ショーに夢中だったから、気が付かなかったかも」
「そうかもね」
長男リックがそう言ったので、マックも「うん」と納得しました。
「ねえ、あそこに行けば芸人さんに会えるのかな?」
「会えるんじゃない?」
「行ってみようよっ」
「え、でもみんなお仕事してるよ。行ったら邪魔じゃない?」
ハナハナの言葉に、三兄弟はうーん、と唸りました。
「だめかなあ」
「ダメよ」
「でも、トーベルさんのファンですって言ったら、通してくれないかな?」
「僕達、まだ子供だし」
「うーん」
今度はハナハナが唸りました。
もしかしたら、大丈夫かもしれない。リックの言う通り、自分達はまだ子供だし、トー
ベルさんに会いに来たと言えば、テント張りの職人さん達も通してくれるかな。
「……行ってみようか?」
怒られるのは嫌だけど、でもやっぱりトーベルさんに会いたいし。
ハナハナが行こうと言ったので、子ねずみ三兄弟は大はしゃぎで駆け出しました。
それでもテントの側に来ると、四人は大人達の仕事の邪魔にならないよう、気を付けな
がらゆっくり歩きました。
色々な妖精達が作業をしていました。テントの上で太いロープを張っているのは猿の妖
精。三人居ましたが、みんな焦げ茶の毛並みで同じ顔をしています。
下で荷物をあちこちに運び入れる仕事は、熊の妖精達がしていました。大きな熊の妖精
が側を通る度、ハナハナ達はどきどきしました。
漸くテントの裏へ出ると、ハナハナと子ねずみ達は一度立ち止まりました。
「どれが、トーベルさんのお家だろう?」
きょろきょろと、五つの小さなテントをみんなで見比べます。でも五つのテントはみん
な同じ灰色で、どれがトーベルさんのお家だか分かりません。
そこへ、畳んだ大きな布を幾つも持った、熊の妖精のおじさんがが通り掛かりました。
「あのっ」
「おっ、何だい? 嬢ちゃん」
熊のおじさんは、とっても低い優しい声で答えました。
「あの、トーベルさんに会いたいんてすけどっ」
「ああ。トーベル先生のファンかい? 先生のテントなら、右から二番目だよ」
じゃあな、と荷物を抱えて去って行くおじさんに、ハナハナは大きな声で、
「ありがとうございました」
とお礼を言いました。
それを見ていた子ねずみ達も、一拍子遅れて「ありがとうございましたっ」と
お礼を言いました。
教えて貰った、右から二番目のテントに、四人は行きました。
テントの前で、リックが言いました。
「トーベルさんって、偉いんだね。さっきのおじさんトーベルさんの事『先生』って呼ん
でたよ」
「じゃあ、私達も先生って、呼ばなきゃね」
ハナハナはテントの入り口に向かって、
「トーベル先生っ、こんにちはっ」
と言いました。
でも、待っても返事がありません。
「お留守かな?」
ハナハナは子ねずみ達を顔を見合わせました。
「お留守みたい。帰ろうか?」
「もう一回、呼んでみようよ。みんなで」
ニックの提案で、もう一回、トーベル先生こんにちは、と、今度はみんな揃って言いま
した。
でもやっぱり、中から返事はありません。