その15 光の子(1)
最終話『光の子』です。
ハナハナの特別な星である、光の子。
一体、どんな意味があり、使命があるのでしょうか?
また、そのために、ハナハナはどんな決断をするのでしょうか?
その日も、ハナハナはいつものように朝ご飯を食べるとすぐにマーフの泉へ出掛け水を
汲み、ミィミと洗濯を始めました。
篭一杯の洗濯物を持って庭に出ると、トネリコの枝の下、朝の光を浴びて、解け掛けの
雪がきらきら輝いていました。
ここのところ、冬の王も疲れたのか、あまり雪が降りません。雪の精霊達も雲の上のお
城から、全然降りて来ていません。
そろそろ春の女神が動き出したからだと、大人達は顔を綻ばせています。
春になれば、谷底の荒れ地にもたくさんの花が咲き、薬草も一杯芽を出します。
鹿やウサギも赤ちゃんが生まれ、ティーヴの仕事も忙しくなります。
みんなが春を待っています。でも、ハナハナは春になるのが憂鬱でした。
春節祭が終わって年が明ければ、ハナハナは十一歳になります。それは、カールベルの
リリア婆さんが、ハナハナが生まれた時に予言をした事が始まる歳です。
市場で大騒ぎがあった日の夜、ハナハナは全てを長老から聞きました。
かつてあった魔王との戦いの事、ミィミとハナハナの両親の事、ティーヴの事、そして、
ハナハナに送られた予言の事——
ハナハナは、よっこいしょ、と篭を乾いている場所に置きました。
物干竿にしている枝の露を雑巾で拭き取り、洗濯物を掛けて行きます。
「今日はこっちの枝も使うわよ」
後の洗濯物を持って来たミィミの声がしました。
「天気、良くてよかったわね」
「……うん」
「ハナハナ」ミィミは、雑巾を取りにハナハナの方へ寄って来ました。
「まだ、気にしてるの?」
「……ううん」ハナハナは慌てて首を振りました。
「そんなこと、ないよ」
「まあ……、あんなことを聞いて気にしないようにって言われても、無理よね……」
ミィミはゆっくり妹の前へしゃがむと、優しく笑いました。
「考えなさい、ハナハナ。悩むのは決して悪いことじゃないわ。でも、思い詰めないでね。
どうしても分からなくなったら、私でもいいしティーヴでもいい、もちろん長老さまだっ
て、みんなハナハナの相談に乗ってくれる。ね?」
「うん……」ハナハナは、力無く頷きました。
あの夜。
長老は自分の部屋の肘掛け椅子にゆったりと腰掛け、話を始めました。
「『近い将来、再び魔王が戻って来る』それが、リリア婆さんの予言の最初じゃった。
『この世界に戻った魔王は、またかつてのように十三の軍団に命令を下し、世界の破壊を
始める。かつて我々は妖精と人間の中から十五人の英雄を選び戦い、魔王を退けた。
しかし、今はその英雄達も、いない。彼等の剣は折れ、身体は天へ還った。
彼等に代わる者を、この世界の者達は二度と持たない。唯一の望みは『光の子』。光の
子だけが、この世界を暗黒から救う力を持つ』」
そして長老は静かに、ハナハナの顔を見ました。
「リリア婆さんは、続けてこう言った。『十五人の英雄のうち、ひと組の猫の妖精の夫婦
の間にその子は生まれる。トネリコの木の上に。ミーアとパスカルの子ハナハナは、光の
子の星を持つ』 ——わしは、その予言を聞いた時、正直仰天したのじゃ。そして嘆いた。
パスカルとミーアが、戦士として小さなハナハナとミィミを置いて戦いに赴かねばならん
のに、その赤ん坊のハナハナが、また世界の救済という重責を負わされるのか、と……。
ミィミは次々と辛い運命に肉親を取り込まれるのかと。
しかし、それも決められた事なら致し方無いのかもしれん。わしらの出来る事は、ハナ
ハナが無事に育つよう、手助けする事じゃ。そう心に決めて、この十年ハナハナを見守っ
て来たのじゃ」
「長老さま……」ミィミが、うっすら浮かんだ涙を、そっとエプロンの裾で拭きました。
「ただの」
長老が続けました。
「リリア婆さんの予言では、光の子は魔王と戦うとは言うておらんのじゃ。わしは、それ
がずっと気になっておった。戦わんなら、どうやって光の子は世界を暗黒から救うのか、
との。
じゃが、ハナハナが育つのをずっと見て来て、また子供達が元気に暮らしておるのを見
守って来て、わしは思った。この、子供達の元気こそが、世界を救うのではないのかとの。
また、ハナハナはきっと、どうすれば自分の星を生かす事が出来るのか、きっと自分で答
を見付けるじゃろうとの」
長老はにっこり笑うと、ハナハナに側へ来るよう手招きしました。
ハナハナは神妙な顔で、長老の前へ立ちました。
「本当に、大きくなったの。ミーアとパスカルが魔王の城への旅に出る時には、まだこん
なに小さな赤ん坊じゃった。それが、もう立派な猫の妖精じゃ」