その14 レスワの壷(8)
ハナハナは、いいのかな、と、ちらりとミィミを見ました。ミィミはそっと頷きました。
「……はいっ、分かりました」
ハナハナはマーフと一緒に、すぐに泉へと降りて行きました。
長老達も村の人々も、ハナハナ達の後に続きました。
泉に来ると、マーフはすっ、と水に戻りました。少し待っていると、マーフが掌程の大
きさの巻貝を持って上がって来ました。
「この中に、湧き水が入っています。ハナハナ、貝の蓋を開けて……」
マーフが持つ貝殻の蓋を、ハナハナはそっと摘んで開けました。中を覗くと、透明な水
が一杯、入っていました。
「まず、目を閉じて病気が治りますようにって、お祈りして」
ハナハナは、言われた通り目を閉じると、ボッヘ親方の物忘れの病気が治りますように、
と小さな声で祈りました。
「もっと一生懸命に……。そう、そんな風に……」
ハナハナは三回程、声に出して祈りました。一所懸命、ボッヘ親方の回復を考えました。
と、ハナハナの手から、白い光が出て来ました。
「ハナハナ、目を開けて」
マーフに言われて、ハナハナは目を開けました。
「わ……?」自分の手から光が出ているのに驚いて、ハナハナは目を丸くしました。
「わっ、私……?」
びっくり顔でマーフを見ると、マーフは薄く笑って頷きました。
「いいから、気にしないで。指を、貝の中に入れてごらん」
どうしたんだろうと思いながら、ハナハナはマーフの言う通り、水に指を入れました。
途端。水の中がぱあっと明るく輝きました。透明だった水は虹色に変わり、僅かに表面
が波打ちました。
「あ……」
「もう、いいよ」
何が起きたのか分からないまま、ハナハナは、指を抜きました。マーフはハナハナの手
から貝の蓋を受け取ると、虹色の水に蓋をしました。
そして、ゆっくりと呪文を唱えました。
「光の子の力を分け与えられし水よ、全ての者の病を癒せ——」
マーフの手から青い光が現れ、貝殻を包みました。光はすぐに、貝の中へと吸収されま
した。
「長老」マーフは、側で二人を見守っていた長老に言いました。
「出来ました」
「おお、そうか」
長老は貝殻をマーフから受け取ると、マーマおばさんが持って来たコップに少しだけ、
中の水を入れました。
「さ、ボッヘさん、これを飲むんじゃ」
修行時代に戻ってしまったボッヘ親方は、長老からコップを受け取ると、恐る恐る口に
運びました。
一口、二口と水を飲んで、数分。
「お……、お?」
「おっ、親方っ?」
呼び掛けたトッドさんを、ボッヘ親方はゆっくり見ました。
「ああトッド。——わしはどうして、ここに居るんだ? ワトソンさん家の屋根の修理を
していた筈なのに……?」
「わーっ! 親方の記憶が戻ったあっ!」
トッドさんは大喜びで両手を挙げました。村のみんなも、声を上げて喜びました。
「よかったあっ!」
「やったねぇ、ハナハナっ、マーフっ!」
「水の妖精がいてくれて、本当によかったねっ」
ハナハナは、誉められてちょっと嬉しくなりました。マーフを振り向くと、マーフも嬉
しいのでしょう、照れたように笑いました。
ボッヘ親方を送って村のみんなが上へ引き上げた後。
ハナハナは泉に残っていた長老とミィミに、思い切って聞きました。
「あの、長老……。光の子って、何なんですか?」
長老は驚いたように、長い眉毛の下の目を見開きました。
「前から時々そう言われるし……。前にも、今日みたいに協力してって言われたし。人間
の男の子が亡くなった時にも、長老は詳しく教えて下さらなかったけれど、私には、特殊
な力があるんですか?」
「ハナハナ、それはね……」
宥めようとしたミィミを、長老が手を上げて止めました。
「いや。そうだの。もう、ハナハナに隠しておくことは、無理かもしれんの」
長老はふうっ、と溜め息をつきました。
「マーフ」
呼ばれて、マーフは「はい」と返事をして、泉から上がって来ました。
「今夜、ハナハナに全部を話そうと思う。悪いが夜、わしの家まで来て貰えるかの?」
「はい、わかりました」
「ハナハナ」ハナハナは、長老を見上げました。
「今夜、ティーヴとミィミと一緒に、わしの家へ来なさい。光の子の事を話してあげよう」
ハナハナはこっくりと頷きました。
しかし、嬉しいという気持ちは湧きませんでした。何か、空恐ろしい事が、これから起
こるような気分になりました。
「ではな」と言って、長老が歩き出しました。
その背中を見ながら、ハナハナはきゅっ、と拳を握りしめました。
その14 レスワの壷 完
その14 レスワの壷は、これで終わりです。
いかがでしたでしょうか?
次は、いよいよ最終話『光の子』です。
ハナハナの特別な星『光の子』とは、いったいどんな星なのか?
本当に、再び魔王との戦いが始まるのか?
ハナハナは、どんな役割があるのか?
お楽しみに!