その14 レスワの壷(6)
モルガナ婆さんの言葉に、ハナハナ達は目を丸くしました。
「良からぬ事って?」
「この人はね、ガマガエルの妖魔であたしとおんなじ特別な星を持ってるんだ。『身が正
しければ穢れが落ちる』っていうね。けれど、妖魔の性なのかねぇ、しょっちゅうこそこ
そ悪さをするんで、ちっとも星が生きない。そうだろ?」
え?、と、モルガナ婆さんに睨まれて、ガマガエルのパメラ婆さんはおどおどと目を逸
らしました。
「公爵にも言われただろ? あんたは重要な星を持ってるんだから、きっと精進潔斎しな
いとダメだって。それを……。今日も、この子達をこんなところに呼び止めて、どうせろ
くでもない事をそそのかそうとしたんだろうが」
「それは違いますっ」ハナハナは思わず声を上げてしまいました。
「私の甥のフレイが、お婆さ……、パメラさんの壷を開けてしまって、その蓋を落として
壊しちゃったんです。そうしたら、壷の中からウサギが飛び出して、逃げてしまって」
「ウサギ?」モルガナ婆さんが、細い眉をぴくりと上げました。
「もしかして、あんた、レスワウサギをまだ持って歩いてるのかい?」
「あ、えー……、えーと……」
「レスワウサギって?」エマの問いに、モルガナ婆さんは呆れたという顔で答えてくれま
した。
「ろくでもない小妖魔だよ。物忘れ魔法のレスワしか使えないんだけどね、あっちこっち
駆け回って、人に魔法で悪戯を仕掛けて。物を盗んだり、酷い時には家も忘れてしまった
人を全然知らない土地へ連れて行って置き去りにしたり。 ……全く、あんなものをまだ
後生大事に抱えてたのかい?」
「い、いえね……」
「でも、妖魔なら、トネリコの木には登れないんじゃ……」
ハナハナの言葉に、モルガナ婆さんは首を振りました。
「いや。妖魔と言っても、レスワウサギみたいな小妖魔は軽いのさ。頭の中身も無いから、
大した悪事はしないんでね」
「そうなんだ」
「それでも、悪意が無いからって人を困らせていい訳じゃあないよ。とにかく、逃げたん
ならとっとと見付けて捕まえて、処分してしまわないと——」
モルガナ婆さんの言葉が終わらないうちに、泉の方から何かが落ちた大きな音がしまし
た。
「何だい、今度は?」
ハナハナ達は、急いで泉へと行きました。
市場に居た人達も、一斉に泉へと行きました。
と、泉の真ん中に、マーフに抱えられたレスワウサギがいました。
ウサギは、落ちた時のショックでか、ぐったりとしています。
「あっ、あのウサギっ!」エマが指差して叫ぶと、モルガナ婆さん大声で言いました。
「マーフっ、そいつはレスワウサギだ。そのまま沈めてしまっておくれっ!」
「まっ、待っておくれっ!」
パメラ婆さんが必死に叫びました。
「そいつはあたしのだっ! 頼むから返しておくれっ!」
「何をお言いだいっ!」モルガナ婆さんが目を剥きました。
「あんなろくでもない悪戯小妖魔っ。あんたは何時まであんなものを後生大事にしている
気だえっ? いい加減におしっ!」
パメラ婆さんは、きっ、とモルガナ婆さんを見返しました。
「たっ、確かにあんたの言う通り、レスワウサギなんてろくなもんじゃあないさ。けどね
っ、あんなものでも役に立つ時も、あっ……、あるんだよっ。
世の中の連中は、みんなあんたみたいに強く無いのさ。どうしても過去を忘れたいって
奴だって居る。そういう奴には、あのウサギでも、必要なんだよ……」
モルガナ婆さんは、しばし、パメラ婆さんのイボだらけの顔を見詰めました。
マーフが、泉から静かに声を掛けました。
「モルガナさん、助けてあげましょう。小妖魔でも、生きているのですから」
モルガナ婆さんは、ふう、と溜め息をつきました。
「しょうがないね。けどパメラ、あんたあいつを持って歩くんなら、二度とここに来ちゃ
なんないよ。いいね?」
「……分かってるよ」
マーフが、ウサギをほとりまで運んで来ました。パメラ婆さんは気絶しているウサギを
そっと壷に戻すと、小さく呪文を唱えました。
「——封印せよ」
すると、割れたはずの壷の蓋が、何処からともなく現れて、ぽんっ、と壷の上に被さり
ました。
パメラ婆さんはウサギを元に戻し終えると、見物人が黙って見送る中を、自分の店へと
戻って行きました。
「さて、あたしも家へ帰るとするかね」
買い物篭を抱え直すと、モルガナ婆さんがよっこいしょ、と蛇体を動かしました。