その13 星祭(6)
全然聞いた事もない言葉ばかりで、しかも、長老も思案顔になってしまい、ハナハナは
どうなるのだろうと不安になりました。
と、村長が突然ぽんっ、と手を打ちました。
「モルガナ婆さんに聞いてみましょう。あの人は『死せるものの穢れを払う』星ですから」
「おおそうじゃった。モルガナなら、何かいい方法を知っとるかもしれん」
「じゃ私が早速」
そう言って、村長は上着を手早く着ると、外へ飛び出して行きました。
「さて、ではとりあえず」村長が出て行くのを見送って、長老はティーヴに言いました。
「この子をマーフに預けに行ってくれるかの。このままでは穢れが酷くなり、村の者に影
響が出て来る」
「はい。分かりました」
ティーヴは男の子の身体を毛布に包み直し、来た時と同じように肩に担ぎ上げました。
「まだ、暖かい……」
ふと聞こえたティーヴの呟きに、ハナハナは「え?」と顔を上げました。
「どうやらこの子は、俺達が遺体を上手く片付けるまで、穢れが集まらないようにしてい
るらしいな」
「それって?」ハナハナは、またまた分からない話に、首を傾げました。
「穢れというのは、動物の遺体に好んで集まって来る、魔の気の一種じゃ。遺体は、冷た
くなればなる程、穢れが溜まる。この身体がまだ暖かいという事は、さっきの天使が、何
処かでこの身体が冷えきらないよう、力を使っているからかもしれん」
最後まで、みんなの迷惑にならないように。
あの子の必死の気持ちに、ハナハナはまた目頭が熱くなって来ました。
「じゃあ、早いとこ泉に持って行ってあげよう」
ティーヴは黙って頷き、長老に一礼すると歩き出しました。ハナハナも長老に挨拶して、
ティーヴの後を追いました。
男の子の遺体は、マーフの泉に下ろされました。事情を聞いたマーフは、一時泉の底に
埋葬すると言ってくれました。
そして村長が聞いて来たモルガナ婆さんの意見は、結局そのままマーフに任せるのがい
いと言う話でした。水の妖精は、高位の者はハイエルフと同じような力を持っています。
マーフなら、子供の遺体の穢れを押さえ込んだまま、浄化出来る筈だと、モルガナ婆さ
んは言っていたそうです。
その夜。
パッセルベルでは星祭が行われました。先祖の妖精の星達が、宵の星の輝く中、紺色の
中空にひとつ、またひとつ、と現れました。小さな淡い光の星は、ゆっくりと村の降り注
ぎます。
ミィミの家はもちろん、村中の家々が、トネリコの枝に積もる雪の上を滑るように移動
する星を迎えるために、窓を大きく開け放っています。
窓辺には、奥さん達が腕によりを掛けて作ったごちそうが並べられて、星達はその近く
まで寄せて来ます。
次々と窓辺に来る星を見ながら、ハナハナは小さな声で言いました。
「あの子は、天使になっちゃったから、ここには来ないんだね……」
ごちそうも一杯用意したのに。
「少しでも、食べさせてあげたかったなあ」
妹の呟きに、ミィミは優しく微笑みました。
「そうね。でもきっと、あの子にはハナハナの気持ちは通じているわよ。ここには来ない
けど、あの子の分までお迎えしましょう」
うん、と頷いて、ハナハナは静かに動く無数の星々に目を戻しました。
波のように、窓辺に寄せては外へと戻る光を見ながら、ハナハナはふと、思い出しまし
た。
——そう言えば、『光の子』の事をまた長老に尋ねそびれたな。
結局、自分は『光の子』なのだろうか……?
ハナハナが、「私がそうならば、この子を治したい」と言った時、長老も村長も、否定
しませんでした。
という事は、ハナハナは『光の子』なのでしょうか?
長老は、「光の子は魔を退ける」と言っていました。もし本当に自分がそうなら、自分
にそんな力があるのでしょうか。
ハナハナは、隣で星を眺めているミィミに、そっと聞きました。
「ねえお姉さん、私、『光の子』なの?」
ミィミは、驚いたように妹を見返しました。しかし、何も言わずに、片手でハナハナの
頭をそっと抱きました。
「ねえ?」もう一度訊いたハナハナに、ミィミは小さく「さあ?」と言いました。
「そのうち、長老さまが教えて下さるわ」
「……何時頃?」
気になって仕方ないのに、とハナハナは思いました。
「時期が来たらよ」
さあ、そのお話はお終い、と、ミィミはハナハナを離しました。
これ以上は、多分答えてくれないな、とハナハナは思い、諦めました。
隣の部屋の窓から星を眺めていたティーヴと子供達に、ミィミは、
「そろそろ御相伴にしましょう」と声を掛けました。
「ハナハナ、テーブルの支度をしてちょうだい」
「……はあい」
ハナハナは窓辺を離れ、食卓の支度に掛かりました。
窓の外には、まだたくさんの星が雪の上を飛んでいます。
お供えのごちそうを取り分けながら、ハナハナは今度こそ長老にちゃんと聞こう、と心
に決めました。
その13 星祭 完
その13 星祭は、これで終わりです。
いかがでしたでしょうか?
ハナハナ、またも『光の子』の真のお話を聞けずじまいでしたが……
どうなりましょうか?
次は『その14 レスワの壷』です。
毎月一日にパッセルベルに立つ市場では、食料品からアクセサリーまで、いろいろなものが売られます。
普通の人たちが日常に使う品々もあれば、実は、ちょっと危ない品物も、こつそり売られていたりまします。
そんな品物と遭遇してしまったモモとフレイ。
さて、どうなりますか……?
お楽しみに。