その2 銀の水時計(1)
木ねずみの子供達は男の子三人。上からリック、ニック、マック。
とっても仲良しの三人兄弟は、揃ってとってもいたずらっ子です。
ボッヘさんの仕事道具ののこぎりをこっそり持ち出して、トネリコの枝をあちこち切っ
て回ったり、長老の眼鏡をいじって壊したり(そのせいで、長老は歩く時暫く孫娘のニー
ニャに手を引いて貰っていました)。
その度におかあさんのマーマおばさんはご近所に謝りに飛んで行きます。
「もうっ、あんた達ときたらっ! もうちょっといい子になれないのっ?」
叱られて、それでも子ねずみ兄弟は元気一杯、好奇心いっぱい。
春は、パッセルベルに色んなお客さまが来る季節です。
お客さまが来ればみんな嬉しいのは当たり前ですが、何と言っても一番歓迎されるのが、
妖精の旅芸一座。寒い北国の妖精達の一団で、毎年パッセルベルに春の初めから一月程滞
在します。
旅芸一座には手品師やらアクロバットの人やらが居て、ハナハナを初め子供達にも大人
気です。
中でも大人気なのが、トーベルさんというピエロの人。真っ赤な服に真っ赤な三角帽、
鼻も真っ赤で、動きもおしゃべりも面白くて、みんなトーベルさんがステージに出て来る
と大拍手です。
旅芸一座は、いつも南側の一番下の大きな枝にテントを張ります。それは物凄く太い枝
で、宮殿がまるまるひとつ乗るんじゃないかと思うような大きさです。
赤青黄と、七色に塗り分けられたテントが建つと、子供達は一斉に近くまで走って行き
ます。
春一番の花風が吹いた日、待ちに待った一座がやっとやって来ました。
一座は早速、いつもの枝にテントを張り始めます。
子供達の中でそれを最初に見付けたのは、子ねずみ兄弟でした。
「すげえっ、妖精旅芸一座だっ」
「ハナハナ達に知らせて来ようっ!」
三人は急いでトネリコの木の中程にある、ミィミの家へ行きました。
ハナハナはちょうどお姉さんを手伝って、家の裏の小枝に洗濯物を干している最中でし
た。
高い枝にだんな様と子供達のシャツを干すミィミの側で、まだ背の低いハナハナは低い
枝に靴下やハンカチを掛けていました。
「ハナハナっ!」
「あ、リック、ニック、マック」
自分のピンクの靴下を干しているハナハナの所へ、兄弟は走って来ました。
「来たよっ、妖精旅芸一座っ!」
大きな声で、リックが言いました。
「ぇっ、ほんと?」
「うん、今南の大枝にテント張ってるっ」
「うわあっ! 見に行きたいっ!」
ハナハナは、ちらりとお姉さんを見ました。
ミィミは、クリーム色の柔らかい毛並みをふわっと和ませて、小さな妹に笑い掛けまし
た。
「行きたいんでしょ?」
「……うん。いい?」
「いいわよ、行ってらっしゃい」
「わあいっ、お姉さんありがとうっ!」
ハナハナは飛び上がって喜んでから、でもちょっと待って、と子ねずみ達に言いました。
「これ、干しちゃうから」
許可は貰ったけれど、お手伝いは最後までちゃんとしないといけません。
それは、ミィミとの約束でした。
ハナハナは手早く洗濯物を小枝に掛けると、洗濯篭を持って家の方へ行きました。
裏口近くの木のこぶの上に洗濯篭をぽんっ、と置いた時、
「お姉ちゃん、どこか行くの?」
裏口の窓から姪のモモが顔を出しました。
「うん。妖精旅芸一座が来たの」
「あーっ、モモも行くーっ!」
窓枠を両手で掴んでぴょんぴょんと跳ねるモモに、お母さんのミィミが洗濯物を干す手
を休めて言いました。
「ダメよ。モモはお風邪でしょ? 治ってからね」
今年六歳になったばかりのモモは、身体が丈夫ではありません。生まれた時から、真冬
になると必ず一度は風邪で熱を出します。
「ずるーいっ! ハナお姉ちゃんばっかりーっ!」
拗ねて鼻を鳴らすモモが可愛くて、ハナハナはくすっ、と笑いました。
「お土産話、聞かせてあげる」
チュッ、とモモのピンクの鼻の頭にキスをして、ハナハナは窓を離れました。
「じゃあ、行って来ますっ」