その13 星祭(2)
郵便屋さんの話はこうでした。
パッセルトーンへ郵便物を届けた帰り、リリクの滝の先にあるストーン村に郵便の受け
取りがあったので、滝の上を飛んでいたら、大きな熊が小さな動物を襲っているのを見か
けました。
うさぎやタヌキにしては大きいな、と思いながらぼんやり上から見ていると、熊の身体
の陰からひょいと白い腕が見えました。
もしや妖精の子が襲われたのか、と、郵便屋さんは驚いて、急いで急降下しました。け
たたましい声を上げて熊を威嚇し、怯んだ隙に子供を銜えて飛び上がりました。
間一髪。子共が軽かったので、郵便屋さんは難無く振るわれた熊の爪をひょいと避け近
くの大楠の枝の上に着地出来ました。
しばらく熊と睨み合っていましたが、やがて諦めたらしく、熊は森の奥へ去っていきま
した。
「やれやれと、ようやく安心して子共を見てびっくりしたらしい。とても軽かったから間
違い無く妖精だと思っていたら、人間の子供だった。でも、軽い訳もすぐに分かった。こ
の子は、天使の卵だった」
「天使の、卵?」初めて聞く言葉に、ハナハナは目を丸くして、思わずティーヴに聞き返
しました。
「天使の卵というのは、人間の言葉で言えば、精神遅滞という、普通の子より知恵の発達
が遅い子供のことだ。俺達妖精は、そういう人間の子供を『天使の卵』と呼んでいる」
「へえ? どうして?」
興味を引かれて、さらに訊ねるハナハナに、ミィミが微笑みながら、説明しました。
「知恵の発達の遅い人間の子は、みんな軽い魂を持っているの。だからトネリコにも登れ
るのよ。で、死ぬと太母様の元へは行かず、そのまま魂に羽が生えて天使になるの」
「えー、そうなんだ」
ハナハナが感心した時、ばたんと扉が開いて、モモとフレイが外遊びから戻って来まし
た。
「お母さんっ、お腹空いたっ。……あれ、この子、だれ?」
モモは、台所の自分の椅子に座っている人間の子を、不思議な顔で見ました。
「あ、お父さんお帰りなさい。——この子、耳短いよ?」
「毛ぇなあいっ!」
フレイも、好奇心いっぱいの顔で男の子を見ます。覗き込んで来る二人に、男の子はに
っこり笑いました。
「……ア?」
「こんにちわ」
「ア——」
「こんにちわって、言えないの?」
「この子は言葉が分からないのよ」
ミィミに言われ、モモとフレイはますます不思議そうな顔で男の子を見ました。
「妖精なのに?」
「妖精じゃないの。人間よ」
ハナハナが言いました。
「へえ。人間は言葉が分からないの?」
「人間はしゃべれるわ。でも、この子は分からないの」
「へんなの? 何で?」
「この子は『天使の卵』だからよ」
「『天使の卵』?」さっきの自分と同じ反応をしたモモに、ハナハナは聞いたばかりの話
をしました。
小さいフレイはさっぱり分からないようですが、モモは「ふうん」と相槌を打ちました。
「じゃあ、天使になったら言葉がわかるようになるのかな?」
「そうかもしれないな」
小さな娘に、ティーヴは微笑みました。
「取りあえず、長老のところへこの子の報告に行って来る。『天使の卵』とはいえ人間の
子だ、騒ぎになるとまずい」
「そうね、行ってらっしゃい」
お昼は帰ったら食べると言って、ティーヴは雪の中をもう一度、長老の家へと出て行き
ました。
ハナハナとミィミは、お昼の支度に戻りました。
「モモはその子を見ててあげてね」
うん、とモモは頷きました。
「あ、でも、ここに一緒に居てもいい?」
一人で人間の子の面倒をみるのは心配なのか、モモは恐る恐るという顔でミィミに言い
ました。
「いいわよ。じゃお母さんとハナハナも、ご飯の用意をしながら一緒に見ててあげるわね」
うん、と、モモは安心したように笑いました。
何しようかな、と、男の子と向かい合ったモモの側に、寝室からぬいぐるみを持ってフ
レイが寄って行きました。
「こーぐまのポンちゃん、ごーきげーんさーん」