その12 冬の王(5)
「精霊達が遊びたかったって言いますけど、小さな子を大勢で囲めば、絶対に怖がります
っ。雪の精霊達はそんな事も知らないのですかっ?」
冬の王は、ちょっと目を細めました。
「さて、な。我らはおまえ達妖精や、人間どもとは違う存在だ。おまえ達がどんな風に感
じているのか、分からない時もある」
「だったら、そんなんで遊びたいなんて近付かないで下さいっ」
ハナハナはきっぱり言いました。
「精霊達は悪いと思っていなくても、私達や人間は、雪の精霊に触られたり側に来られた
りするのは嫌なんですっ。何でなら、冷たいからですっ。私達はあったかいのは大丈夫で
も、冷たかったり熱かったりすれば病気になりますっ。今も、私の姪は雪の精霊に触られ
て病気になってしまって寝ていますっ。私はモモの……、姪の病気の薬を分けて貰いに、
薬師のお婆さんのところへ行って来たんです。モモは身体が弱いんです、そういう子もい
るんですっ。だから、次からは絶対、私や姪や甥に、いいえ、他の妖精の子供達にも、近
付かないで下さいっ!」
ハナハナの必死の抗議を、冬の王は黙って聞いていました。
ハナハナは、じっと自分を見詰める王の銀の目を、ずっと睨んでいました。
やがて、王が口を開きました。
「そうか……。妖精や人間どもは、我が眷属が嫌いか」
「嫌いですっ。空を飛んでいたり、雪を降らせたりしている時は、そうは思いませんけど。
嫌だって言ってるのに無視して、勝手に手や顔を触って来るのは、そういうところは大っ
嫌いですっ」
「……そうか」呟くように言うと、王はすうっ、と上空へ上がって行きました。
上空には、王の城のある厚い雲が、まるで空に浮かぶ巨大な船のように浮いています。
王は雪の精霊を連れて、ゆっくりとその雲の中に入って行きました。
「………何よ」ハナハナは小さくなった王や精霊の姿を見上げながら、ぷうっ、と頬を膨
らませました。
「なんにも答えないで帰っちゃって……」
『光の子よ』不意に頭のすぐ上で王の声がして、ハナハナはびっくりしました。
「えっ?」
『おまえの意見、しかと胸に納めた。今後、我が眷属達には、無闇におまえ達や人間に近
付かないよう、言い聞かせよう』
「ほんとですかっ?」
思わず言った言葉に、返事はありませんでした。けれど、雲から大きな綿雪がひとひら、
ふわふわとハナハナの上へ落ちて来ました。
ハナハナは、その綿雪を手に取りました。綺麗な結晶が見える雪は、まるで約束の証の
ように、ハナハナの手のひらにしばらくとどまり、そして消えました。
雪が消えたハナハナの手のひらに、酷く暖かい感触が残りました。
家に帰ったハナハナは、すぐにミィミに熱冷ましの薬を渡しました。
「よかったわ。これでモモもすぐに良くなるわ」
ほっとした顔で眠るモモを見下ろすミィミに、ハナハナもほっとしました。
「あ、そだ」ハナハナは、ポケットに入れて来たもうひとつの薬を思い出して、脱いだ上
着を探りました。
「これ、マーフから貰ったの。丈夫になって、元気になる薬だって」
「まあ」
ミィミは白い貝の入れ物を手に取って、しげしげと見ました。
「モモにあげて」
「マーフにお礼を言わなければね」
ミィミは貝殻を両手のひらに包むと、とてもありがたそうに拝みました。
突然、こんこんっ、とドアを叩く音がしました。
何だろうと、ハナハナが玄関へ行きました。開けると、誰も居ません。
「何かなあ?」
首を傾げつつ、雪の景色を見回します。と、扉の真ん前の雪の中に、透明な塊がひとつ、
置かれていました。
「……?」ハナハナは側に行って、雪を掻き分けてみました。
「氷?」
「どうしたの?」
中々戻って来ない妹を心配して、ミィミがドアから顔を出しました。
「お姉さんっ、氷が置いてあるのっ」
ミィミも驚いて、ハナハナの側へ来ました。
「まあ、珍しい」
『光の子よ』
また突然、冬の王の声がしました。
声は、ハナハナだけでなくミィミにも聞こえました。
『私に意見をする者はそう多くない。冬を司る者は恐ろしいと、誰もが思うからだ。それ
をおまえは、全く頓着なく意見してくれた。それは礼だ、取っておけ』