その12 冬の王(4)
モルガナ婆さんの家から戻る途中、ハナハナはマーフの泉の周りに雪の精霊が集まって
いるのを見ました。
「そう言えば、去年の冬は泉は凍ってたよね」
今年は、泉は全く凍っていません。マーマおばさんやボッヘさん達は、マーフが泉に居
るから、冬の王の冷気も水を凍らせる事が出来ないんだろう、と話していました。
本当にそうなのかな、と思いながら、幹の道に戻ろうとした時、突然泉全体が光り始め
ました。
それまで泉の上や周りを飛んでいた雪の精霊が、急いで上空に飛び立ちます。
何が起きたのだろうと、ハナハナは急ぐのも忘れて泉へ降りて行きました。
ハナハナが泉のほとりまで来た時、水の中からマーフが出て来ました。
「マーフ」
「ああ、ハナハナ」
かつて魔王の配下だったという黒い水の妖精は、ハナハナを見てにっこり笑いました。
「どうしたの? 今、泉が物凄く光ったけど」
「水を浄化したんだよ。放っておくと、真冬の間は冬の王の力で水は凍ってしまう。そう
すると私は出られなくなってしまうから」
「あ、そうか」
マーフは、夜は泉の中の洞窟で過ごしていると聞いています。でも、夜中に雪の精霊や
冬の王が降りて来て雪や冷気を撒き散らせば、たちまち泉の水は凍ってしまいます。
「天井を塞がれないように、水をいつも綺麗にしておくんだ。そうすれば、温度も一定に
なるし、何より凍らないから」
「もしかして、それ、夜中もやってるの?」
聞いたハナハナに、マーフは苦笑して、
「たまにね」と言いました。
「大変だね。けど、私達は助かります。朝、お水が凍ってないと、すぐに水汲み出来るも
の」
「みんなに感謝してもらえるのが、何よりだよ。……それはそうと、どうしてこんな大雪
の時に、下まで降りて来たんだい?」
まさか、今から水汲みでもないだろうに、と心配するマーフに、今度はハナハナが苦笑
しました。
「うん。モモがね、お熱を出しちゃって。熱冷ましを飲ませようとしたら、切れてたの。
だから、モルガナさんのところで分けてもらったの」
「そうか。……あ、そうだ」
ちょっと待ってて、と言って、マーフはぱしゃん、と泉に潜って行きました。
何だろう、とハナハナが待っていると、マーフは白い二枚貝のようなものを持って戻っ
て来ました。
「これは、この泉の底に住んでる貝の貝殻なんだ。この中に私が作った薬が入っている。
この泉の水で作った薬で、身体を丈夫にするんだ。良かったら、モモちゃんに少し飲ませ
るといい」
「うわあ、ありがとうっ」
ハナハナは喜んで受け取ると、じゃあね、と手を上げて幹へ戻りました。
後で長老に聞いたところ、この薬は水の妖精秘伝の薬で、作るのに大変魔力が要るもの
だということでした。
モルガナ婆さんの熱冷ましと、マーフの薬を大事に上着の内ポケットに入れたハナハナ
は、急いで幹の道を駆け上がりました。
あと少しで我が家というところで、また突風が吹いて来ました。
しかも、今度の風は前にも増して冷たい風です。
「きゃっ!」飛ばされて、危うく幹から転がり落ちそうになり、ハナハナは必死で近くの
枝に飛びつきました。
その頭上に、大勢の雪の精霊が降りて来ました。
精霊達は皆、愛らしい顔を恐ろしい形相に変え、ハナハナを鋭く見下ろしています。
一瞬、その恐ろしさに、ハナハナは身が竦みました。
多分、さっきの出来事で、精霊達は怒っているのです。
でも、私は悪い事はしていない。そう思い直して、ハナハナは勇気を振るって起き上が
りました。
突然、精霊達が左右に別れ、その上から真っ白な冷気と共に誰かが降りて来ました。
ハナハナは首を上げて、きっ、とそちらを見ました。
降りて来たのは、真っ白なローブを来た、若い男でした。銀色の長い髪の頭には、やは
り銀に輝く王冠が乗っています。
冬の王は、顔をこわばらせてじっと睨んでいるハナハナに、静かに言いました。
「おまえが、我が眷属を脅したのか?」
低い、地吹雪のような声に、ハナハナは思わず目を瞑り掛けます。でも必死で見開き、
言いました。
「先に私の姪を脅かしたのは、雪の精霊達です。みんなで囲んで触ろうとしましたっ」
「触るのが悪いのか? 我が眷属達は、ただおまえやおまえの小さな姪と遊びたかっただ
けだが」