その12 冬の王(2)
外は、本当に凄い雪でした。長靴の半分以上まで埋まってしまう程積もった雪は、冬に
は葉が無い落葉樹のトネリコの小枝達を重くたわませています。
それでも駆け出す小さい子達の後から出て、扉を後ろ手で閉めたハナハナは、細かい雪
が降って来る空を見上げました。
上の方の枝の間から、雪の精霊がふわふわと遊んでいるのが見えます。
「結構いるなあ……」
心配になったハナハナの耳に、モモとフレイの嬉しそうな声が聞こえて来ました。
「もーっ! 雪ぶつけたら冷たいでしょっ、フレイはっ!」
「お姉ちゃんだって、雪掛けたっ!」
口喧嘩しながら、二人はハナハナの目の前で転げ回ります。雪まみれになってふざける
姉弟に、ハナハナもふふっ、と笑いました。
と、フレイの、手の大きさに合わせた小さな雪玉が、ハナハナの顔を直撃しました。
「きゃっ!」
「わあいっ、当たったっ!」
「こらあ、やったなっ!」
ハナハナはすぐに雪玉を作り、フレイに向かって投げました。雪玉は、逃げ回るフレイ
のお尻に命中しました。
と、今度はモモが、ハナハナに雪玉を投げて来ました。
ハナハナも投げ返し、たちまち二人対一人の雪合戦になりました。
「きゃーっ、冷たいっ!」
「それっ! もっと当てるよっ」
「お姉ちゃん早いーっ!」
騒いでいるうちに、三人はいつの間にか家から少し離れて、幹近くのオットーさんの家
の方まで来ていました。
ハナハナは、フレイの背中にオットーさんの家の黒っぽい壁を見付けて、初めて家から
離れてしまったのに気がつきました。
「あっ、いけない。お家から離れちゃった」
ハナハナは慌てて、モモとフレイに声を掛けました。
「戻るよっ、こっちおいでっ!」
しかしふざけている二人には聞こえていません。
「モモっ、フレイっ!」
呼んでも返事をしない二人を連れ戻しに、ハナハナが近付こうと歩き始めた時。
突然冷たい風が上の方から吹いて来ました。驚いて上を見たハナハナの目の前に、雪の
精霊が何人も舞い降りて来ました。
みんなおんなじように短かめに髪を切り揃え、白いスカートを履いた、小さな人間の女
の子に似た姿をした雪の精霊は、楽しそうに騒いでいるモモとフレイをぐるっと取り囲み
ます。
その時になって、ようやくモモ達は自分の周りが凄く寒くなっているのに気がつきまし
た。
精霊達は、自分と同じくらいの背のモモに、次々と近寄って行きます。声のない口で笑
いながら、モモの頬や腕に、冷たい手を伸べて来ました。
モモは、真っ白な精霊に取り囲まれて、寒いのと恐いので真っ青になりながら、大声で
ハナハナを呼びました。
「いやあっ! ハナお姉ちゃんっ!」
同じように精霊に囲まれてフレイも、恐くてその場にしゃがみ込んでしまいました。
「ハナお姉ちゃあんっ! 助けてえっ!」
「こらあっ!」
ハナハナは、怒って猛然と走り出しました。
「モモとフレイに触らないでっ! どっか行きなさいっ!」
囲んでいる精霊達の冷たい身体に手を掛けて、ハナハナは二人の周りから女の子達を無
理矢理退けました。
「あっちへ行きなさいっ! あっちっ!」
ハナハナの、凄まじい剣幕に押されて、雪の精霊はきょとんとしながらもみんな場所を
開けました。
ハナハナは精霊の輪の中に入ると、泣いている姪と甥を抱きかかえました。
「もう大丈夫よ、お家へ帰ろう」
二人を立たせ、ハナハナは歩き出しました。そこへ、また雪の精霊達が「遊ぼう」とい
うように手を伸ばして来ました。
「止めてっ!」
ハナハナは女の子達の手を乱暴に振り払うと、睨みました。
「あんた達は近付かないでっ。言う通りにしないと、酷いよっ?」
脅かしに、でも「それがなに?」という顔で、また精霊達は手を伸ばして来ます。
ハナハナはひとつ深呼吸すると、小さく息を吹き出しました。
妖精は、十歳くらいになると徐々に魔法が使えるようになります。村にいる時はそんな
に使いませんが、外で危険があれば、ハナハナでも身を守るための攻撃魔法を使えます。
ハナハナは、龍のように吐いた息を炎に変えました。雪達にとって火は大敵です。