その10 赤い帽子青い帽子(2)
翌日。
ハナハナはミィミに頼まれ、7丁目のワトソンさんの奥さんに届けものをしに出掛けま
した。
朝から風が強く、トネリコの枝がわさわさと揺れています。枯れた葉が二、三枚飛んで
来て、ハナハナは思わず顔を背けました。
「うっわっ」風にあおられたエプロンを押さえた時、風上から帽子が二個、飛んで来まし
た。
咄嗟に、ハナハナはエプロンを離して帽子を押さえました。
ひとつは赤い帽子で、脇に赤い木の実と葉っぱのコサージュが飾られていました。もう
ひとつは青い帽子で、そちらは男物のつば広のものでした。
ハナハナが綺麗な二つの帽子に見惚れていると、風上から帽子の持ち主が駆けて来まし
た。
「ありがとう」
にっこり笑ってそう言ったのは、アマンダさんでした。アマンダさんは、風に飛ばした
帽子の他に、もう五個くらい、帽子を持っていました。
「はい。……あの、これ全部パッセルトーンまで持って行くんですか?」
一人で大変なのでは、と、ハナハナは帽子を渡しながら聞きました。
アマンダさんは微笑んだまま、こっくりと頷きました。
「ええそうよ」
「あの、よかったらお手伝いしましょうか?」
「ありがとう、大丈夫よ。慣れているから」
アマンダさんは、またにっこり笑いました。その笑顔は、まるで満開の金木犀の花のよ
うでした。
小振りながら艶やかな匂いを放つ、愛らしい金木犀の花。
ハナハナがアマンダさんの笑顔に驚いている間に、帽子を受け取ったアマンダさんは、
大きな綿の布で、手早く帽子を包みました。
「じゃあ」
幹の方へ歩いて行くアマンダさんを、ハナハナは黙って見送りました。
「綺麗なひと……」
ワトソンさんの家への届けものを済ませ家へ帰ったハナハナは、その話をミィミにしま
した。
「びっくりした。アマンダさんて、ほんとに綺麗な人なのね」
「そお? そうだったかしら」
そうだよ、というハナハナに、ミィミは小首を傾げます。
「目立たない容姿の娘だと思ってたけれどね。ハナハナがそう言うのなら、そうなのかし
ら」
「うん、とっても綺麗に笑う人よ。それに、優しいし」
「そうね。優しい人ね。……ああ、だからハナハナは綺麗だと思ったのね」
「え?」お姉さんの不思議な言葉に、ハナハナはきょとんとしました。
「優しいと、綺麗なの?」
「そうよ。私達妖精は、心の形がそのままその人の印象になるの。だから、心が綺麗だっ
たり、優しい人は、とっても素敵に見えるのよ」
「そうなんだ」
「アマンダは、物凄く美人ではないけれど、心が綺麗だから、ハナハナにはとっても美人
に思えたのよ。……いい人ね」
うん、とハナハナは頷きました。
「リンドンさんと、ほんとにお似合いだと思うけどなあ」
ハナハナは、よくマーフの泉で絵を描いているリンドンさんを思い出しました。
とてもハンサムなあの絵書きさんとアマンダさんは、とってもいいお婿さんお嫁さんに
なるように思いました。
「ねえお姉さん、リンドンさんとアマンダさん、何とかくっつかないかなぁ?」
「まあハナハナ、くっつくなんて、ちょっと乱暴な言い方よ?」
「ごめんなさい。でも、この間レニアさんとお姉さん、話してたでしょ? アマンダさん
がリンドンさんのお嫁さんになればって」
「そうね……。けど、二人が親しくなる切っ掛けが、ないものねぇ」
「お隣同士なのに?」ハナハナは首を傾げました。
「アマンダさんがリンドンさんに、お料理のお裾分けをしたり、お庭掃除のお手伝いをし
たり、しないのかなぁ?」
ハナハナの家のご近所では、みんなよくやっていることです。
「それをしていてくれれば、話は早いんだけど。アマンダは帽子作りに夢中、リンドンは
絵を描くのに夢中、じゃあね」
小さく溜め息をついて、ミィミはお昼の支度をするために立ち上がりました。
「そっかぁ……」ハナハナも、姉に釣られて溜め息を漏らしました。
台所の桶に水を汲む姉の後ろ姿を見ながら、ハナハナはふと、ある事を思い付きました。
「ねえお姉さん、ダンスパーティって、どう?」
「え?」いきなりの妹の言葉に、ミィミは思わず振り返りました。
ハナハナは、ぴょんと椅子からと飛び下りると、ミィミの隣へ行きました。
「ね? ダンスパーティ。秋のお月見のパーティって事で、村の人達に協力してもらえば」
「パーティねぇ。……うん、いいかも知れないわねっ」
午後早速、みんなに話してみましょう、とミィミは微笑みました。