その10 赤い帽子青い帽子(1)
秋が訪れるパッセルベル。
これから寒い季節ですが、なぜかハナハナがあったかい天使に?
トネリコの枝7丁目に、猫の妖精リンドンさんが住んでいます。今年で23歳のリンドン
さんは一人暮らし。二年前に一緒に暮らしていたお姉さんのレニアさんが、パッセルトー
ンの材木商の若旦那のところへお嫁に行きました。
リンドンさんの職業は、妖精の仕事にしてはちょっと珍しい画家です。子供の頃、画家
になりたいと言ったリンドンさの絵を旅芸一座のトーベルさんが見て、以来画家になる応
援をしてくれていました。
去年トーベルさんの知り合いの人間の画商に見せたところ、絶対売れると絶賛、すぐに
街で買い手がつきました。それから、リンドンさんは画商と手紙でやり取りしながらせっ
せと注文をこなしています。
しかし、忙しくなり始めたリンドンさん、一人暮らしのせいで、家事がおろそかになり
がちです。
ともすれば食事も忘れて絵に没頭するリンドンさんに、レニアさんは心配でならないよ
うです。
「どこかにいい人がいないかしら」
久し振りにパッセルベルへ帰って来たレニアさんは、幼馴染みのミィミの家へとやって
来ました。
「もう、リンドンったら、洗濯は篭に入れっぱなしだし、お台所は片付けてないし。一日
中絵ばっかりで。しかも使い終わった絵の具のチューブがあっちこっちに落っこちてるの
よっ。やんなっちゃう」
台所で、ミィミが勧めたお茶を飲みながら、レニアさんは溜め息をつきました。
「弟があんなになるんなら、私、お嫁に行かなきゃよかった……」
「あら、それはダメよ。レニア」ミィミが笑いながら言いました。
「亡くなったご両親の代わりに、あなたずっとリンドンの面倒をみて来たじゃない? お
陰で結婚するのが遅くなったんだから。それを一番気にしてたのはリンドンでしょ」
「それは、そうだけど。でも、兄妹の面倒を見てるって言ったら、ミィミだって同じでし
ょ?」
ハナハナは、二人のお茶を煎れ替えながら、そう言えば、リンドンさんってよくマーフ
の泉の側で絵を描いてるな、と思いました。
お姉さんのレニアさんにそっくりな、薄灰青の毛並みをした青年で、黙々とキャンバス
に向かって筆を動かしている姿は、知的でちょっとかっこよかったりします。
「誰かいい人、いないかしら」
また、レニアさんが溜め息をつきました。
「いないかって……。一人いるんじゃないの? ほら」
ミィミは、手振りでレニアさんに言いました。ハナハナは誰だろう、とちょっと首を捻
りました。
「ああ、アマンダね。……うーん、いい娘なんだけどねぇ」
アマンダさんは、リンドンさんの家の隣に住んでいる、猫の妖精の娘さんです。
一昨年一緒に住んでいたおじいさんが亡くなり、今は一人暮らし。おじいさんの仕事だ
った帽子作りを引き継いで、作った帽子をパッセルトーンの洋品店に納めています。
とても大人しい人で、しかも容姿も地味。赤茶の毛並みに、いつも焦げ茶のワンピース
ドレスで、出掛ける時は日傘を差して俯いて歩いています。
「アマンダ、いくつになったのかしら?」ミィミはお茶うけのクッキーを、ぱり、と割り
ました。
「確か、今年で22歳よ。でもあの娘、大人し過ぎて、ねぇ……」
うーん、とレニアさんは難しい顔をしました。
「大人しいのは悪い事じゃないわよ。跳ねっ返りよりはいいでしょう? それに、あれで
結構気さくよ」
「そうなんだけどねぇ……。暗いのが気になって」
「それは……」ミィミは、言い掛けて口を噤みました。
ハナハナは、何だろう、とお姉さんの顔を見ました。
「……まぁ、ハナハナも知らない訳じゃないから。アマンダのご両親も、レニアや私達の
両親と同じように、魔王と戦って亡くなったの。それから、アマンダはおじいさんとずっ
て二人暮しだったのよ」
「両親が亡くなってショックだったのは、彼女だけじゃないんだけどね」
レニアさんが言いました。
「あの娘は、元々内気な子だったから。ご両親の死を聞いて、余計内向的になっちゃった
のね」
「そうなんだ」ハナハナは小さく頷きました。
「でも、リンドンとアマンダのこと、悪い話じゃないと思うけど?」
ミィミの言葉に、レニアさんはまたうーん、と唸りました。
「まぁ、確かに。でも、アマンダもなんだけど、リンドンも大人しいから困るのよ。とい
うより、あの子ったら、今は絵に夢中で、きっと女の子の事なんか頭にないわ」
「どうにか、気を向かせるように考えないとねぇ」
レニアさんとミィミは、同時に溜め息をつきました。
大人の事情って難しい、と、ハナハナはお茶を飲みながら思いました。