その1 村の泉(5)
「心が戻って、私は仲間の住む湖に帰りました。でも、仲間は私が黒く染まっているのを
見て、湖に入れてはくれなかった。私が犠牲になって、みんなを魔王から守ったのに。…
…仕方なく、私は他の水辺を探しました。けれどどこも皆、妖精達は黒い私を受け入れて
はくれなかったのです。水の妖精は、水が無ければやがて弱って死んでしまいます。
私は水辺を求めて放浪しました。酷い時は、雨で出来た水溜まりに何日か居たこともあ
りました。
ある時、大きな街の裏通りのどぶ川で私は眠っていました。そこへ年寄りの魔導師がや
って来て、言ったのです。
『緑龍渓谷の奥にあるパッセルベルという村の泉へ行きなさい。光の子があなたを救って
くれるでしょう』」
「私は初め、人間の魔法使いの言う事を信じていいのか迷いました。けれど、私にはもう
行くところは無かった。行って追い出されれば、今度こそ私は死ぬしかないと思いました。
でもそれでもいいと、私は思いました。一度魔王の配下になってしまった妖精には、結
局安息の地など無い…。私は覚悟を決めてここへ来ました。
もし本当に光の子という方がいて、私を救って下さるなら幸い、そうでなくとも、もうこ
こより他には当てはありません。
…長老さまは確か、悪王と呼ばれた龍の帝王と戦って勝った方だと聞いております。も
し私がこの泉に住まう事をお許し下されないのでしたら、どうか私を殺して下さい。もう、
他所をさまよう気力はありません。どうか、長老さまの強いお力で、私を自然に還して下
さい…」
長老は少しの間、白い顎ヒゲを片手で撫でて考えていました。それからふと、ハナハナ
を振り返りました。
「ハナハナや」
呼ばれて、ハナハナは「はい」と返事しました。
「こっちへおいで」
「はい」
とことこと、ハナハナは長老の側へ行きました。
「この、黒い妖精をどう思うかね?」
「え…」
いきなり聞かれて、ハナハナは困りました。じっと自分を見ている黒い妖精を見返しま
した。
妖精の目から、また涙が零れました。赤い大きな目が涙で一杯なのを見て、ハナハナは
黒い妖精が本当に悲しい思いをしているのだと思いました。
「長老さま」
ハナハナは言いました。
「私は、黒い妖精さんが悪い人には思えません」
「まあっ」
後ろで、マーマおばさんが声を上げました。
「ハナハナ、この妖精は大勢の人間や私達の仲間を苦しめたのよ? みんな酷い目にあっ
たのよ?」
「でも、今は悪い人ではないと思うの…」
「殺された人も、いるんだよ?」
ボッヘさんも言いました。
「それでも悪い人ではないのかい?」
「うーん…」
ハナハナは考え込んでしまいました。
確かに、前はみんなを苦しめて人殺しをした人です。でも今は、その事を反省している
し、十分苦しんでもいます。
何より、黒い妖精の赤い瞳はとってもきれいで、ハナハナには嘘をついているとは、と
ても思えません。
困ってしまって、ハナハナは長老を見上げました。長老はにっこり笑いました。
「ハナハナは、どうしてこの妖精が悪い人に思えないのだね?」
「……目が」
ハナハナは正直に言いました。
「目が、とってもきれいだから」
すると、長老は大きく頷きました。
「うむ。わしも同じ事を思ったよ。——妖精さんや」
「はい」
「あんたは、何という名前かの?」
黒い妖精は、小さいけれどはっきりとした声で、
「マーフ、と言います」
「ではマーフ、パッセルベルの長老の名において、この泉に住まう事を許そう。
ただし、条件がある」
長老は心配そうにこちらを見ているみんなを振り返りました。
「わしとハナハナはいいんじゃが、他の者が心配しておるのでな。そこで、申し訳ないが、
ひとつあんたに枷を掛けさせてもらう」