その9 わがままエマ(5)
「ですので長老、何とぞあの人達にきつくおっしゃって下さい。もう酷い嘘でうちの子を
いじめないように……」
一階に降りたナニィは、そこにハナハナ達が居るのを見た途端、今までしゃべっていた
口を、まるでクルミ割り人形のようにぱくん、と閉じました。
長老はミィミとナニィを交互に見ると、静かに言いました。
「まあ、とにかく両方の話を聞かんとな。……ナニィ、悪いがミィミ達の話が終わるまで、
ここで待ってて貰えんかの?」
「あ——はい」
ナニィは、先程とは打って変わった大人しさで頷くと、エマと共にニーニャの用意した
椅子に腰掛けました。
長老は二人が落ち着くのを見計らって、三人の方へと寄りました。
「さて。ナニィから事のいきさつは粗方聞いた。で、おまえさん方が言いたいのは?」
促されて、えへん、とマーマおばさんが咳払いをしました。
「お人形を壊したのは、聞いたところエマの方です」
「そんなっ!」ナニィがまた、金切り声を上げた。
「まだそんな嘘を言うのっ? うちの子は……」
「黙らっしゃいっ」
長老のひと声で、ナニィは黙りました。ハナハナは、長老がこんな大きな声を出したの
を初めて聞いて、びっくりしました。
「あんたの話はさっき聞いた。今はこっちの話を聞いておる。心を落ち着けて、人の話を
聞いておりなされ」
ナニィが、恥じ入ったように俯きました。
お母さんが萎れたようになったのを、エマは不安そうに見ています。
「ハナハナ」
突然、長老が声を掛けて来ました。
「はい」
「マーマさんの言う通り、かの?」
「あ、ええと……。はい、大体はそうです」
「大体、とは?」
「うん、と……」
ハナハナは少し考えてから、言いました。
「初めは、エマがモモのお人形を欲しがって、自分の持って来たおもちゃと交換してって
言ってました。でもどうしてもモモがやだって言って、エマが無理にお人形を取ってしま
って、それをモモが取り返そうとして引っ張りっこになって。そのままじゃお人形が壊れ
ちゃうって思って、私がエマの手を叩きました」
ごめんなさい、と、ハナハナは小さな声で言いました。
長老はふむ、と白い顎鬚を撫でました。
「なるほどの。と、いうことは、エマはモモのお人形が何としても欲しかったんじゃな?」
長老は、な? とエマを見ました。
「そんなこと……」
お母さんのナニィが言い掛けるのを手を挙げて止めると、長老は「ん? どうじゃ?」
と、もう一度エマに問いました。
エマは、長老に嘘や言い訳は通じないと思ったようです。ゆっくり俯くと、小さな声で
「はい」と言いました。
人の物を欲しがった事を認めた娘を、ナニィは驚いた顔で見ました。
「まあエマっ! どうしてっ? あんなたくさん父様からお人形も頂いてるでしょう?」
お母さんに詰られて、エマはますます下を向きます。
「なんで、モモちゃんのお人形なんか……」
「だって……」
「父様が人間の街で、あなたが気に入るだろうって、可愛いきれいなお人形、この間も一
杯持って帰って下さったじゃない」
「だってっ!」エマは、我慢出来ないという風に、大声で言いました。
「だってっ! モモのお人形は猫の妖精だったんだものっ! 私とおんなじ姿をしたお人
形だったんだものっ! 人間のお人形じゃなかったんだものっ!」
ハナハナは、それでどうしてエマがみんなのものを欲しがるのか、やっと納得出来まし
た。
エマのお父さんは、人間の大勢住む大きな街で、ずっと商売をしています。妖精は人間
の街の中では必ず、魔法で人間と同じ姿になります。
そうやって長く人間の姿をしているエマのお父さんは、きっとすっかりそっちの姿に慣
れてしまって、むしろ本来の猫の妖精の姿の方が不思議に思えるようになってしまってい
たのでしょう。
だから、娘にも人間のお人形を買ってあげて、それが普通だと思ってしまったのです。
でも、パッセルベルで暮らしているエマは子猫の妖精の姿です。
人間の子供のお人形は、確かにきれいだけれども、それは自分と同じではありません。
エマは、自分と似た姿のお人形が欲しかったのです。