その6 リックの一大決心(4)
「違う。ダメとは言っとらんよ。ただ、そうだな、今のところは見習いの見習いって事だ」
「本当ですかっ?」
リックは、嬉しいよりもびっくりして、目を見張って聞き返しました。
ボッヘさんは大きく頷いて、言いました。
「ああ。とにかく、決まりもあるから十二歳までは本格的な見習いには出来ん。何より坊
主の身体がまだ小さ過ぎるしな。でも、簡単な手伝いならやらせられるから、そうだな、
週に一、二回、ここへ来て手伝いなさい」
「はいっ!」ありがとうございます、と、リックは大声でお礼を言って、深く頭を下げま
した。
もう嬉しくて、仕方ありません。リックはボッヘさんの仕事場を後にすると、一目散に
家へ飛んで帰りました。
「母さんっ! 親方が弟子にしてくれたよっ!」
玄関を開けるなり、約束を破って頼みに行った事も忘れて、リックは大声で言いました。
丁度居間で縫い物をしていたマーマおばさんは、息子の声に驚いて食堂へと出て来まし
た。
「まあっ、おまえ、父さんの返事の前に頼みに行ってはいけないっていったのにっ」
「あ……」その時になって、リックは漸く約束を破った事を思い出しました。
「ごめんなさい……」
急にしゅんとなったリックに、マーマおばさんは言いました。
「しょうがないわね。でも、ボッヘさんはいいっておっしゃったのね?」
「……うん。でも、十二歳までは正式に見習いには出来ないって。簡単な手伝いならさせ
られるから、週一、二回仕事場においでって……」
マーマおばさんは、それを聞いてボッヘ親方の優しい配慮を改めて感じました。更に、
それでも大工になりたいという息子の強い気持ちも、改めて認識しました。
「……分かりました。おやりなさい。その代わり、母さんの反対を押し切ってやるのだか
ら、途中で止めるなんて許しませんよ。分かったわね?」
リックは顔を輝かせて、大きく「うんっ!」と頷きました。
「ありがとう、母さんっ」
「父さんには、母さんから言っておきます」
リックはもう一度お母さんに「ありがとう」と言いました。
と、居間で二人の話を聞いていた弟達が、食堂に飛び出して来ました。
「よかったね、兄ちゃんっ!」
「おめでとうっ!」
マックがリックに飛び付きました。リックは小さな弟の身体をぎゅっと抱いて、
「ありがとうっ」と、強く言いました。
「でもこれからだ。僕、絶対一人前の大工になるっ。頑張るよ」
「うんっ」
「応援してっから、兄貴」
二番目のニックに初めて『兄貴』と呼ばれて、リックはちょっと照れくさそうに笑いま
した。
「じゃあ、決まったんだ?」
村長の家からの帰り道。
ちょっと寄り道した三丁目の小枝の腰掛けのところで、ハナハナはリックから大工見習
いの許可が降りた話を聞きました。
「うんっ。だから今週からもう、手伝いに行くんだ」
すっかり濃くなったトネリコの若葉が、晩春の風にさわさわとそよぐ中、リックは得意
満面に胸を張りました。
ハナハナは、座っててもまだ自分より頭半分ちびのリックを見下ろしながら、にっこり
笑いました。
「おめでとう。これから大変かもしれないけど、頑張ってね」
「おうっ。僕は絶対大工になるっ。キッパになんか負けねえんだっ」
その言葉で、ハナハナはどうしてリックが大工という『仕事』にこだわったのか、漸く
解りました。
リックは、喧嘩仲間のキッパに、負けたく無かったのです。
キッパは旅芸一座の一員として、この村を出て行きました。一員となった、ということ
は、キッパは『仕事』をするために一座に加わったという事です。
そう言えば別れる時には既に、軽い荷物の運搬や荷造りを任せられて、弟のルウと共に
忙しくテントの外で働いていました。
もっとも、キッパとルウはお母さんの具合がずっと悪かったのでそれ以前から働いては
いましたが、リックが『仕事』を意識したのは、多分キッパが旅芸一座に入ってからでし
ょう。
荷造りをしているキッパの姿を見て、リックは働くという行為を初めて自分の事として
考えたのです。
嬉しそうに話すリックを見ながら、ふと、ハナハナは考えました。
自分は、将来何をしたいのだろう……?