その6 リックの一大決心(1)
長老の家の改築は順調に進み、秋までには完成の目処がようやく立ちました。
解体した時は見た目より更に痛みが酷く、どうしようかと大工のボッヘさん、木こりの
ルーラさん、長老が何度も話し合っていました。
都合三回、ボッヘさんが図面を引き直し、やっとのことでみんなの了解が採れたのは、
春も半ばになってから。夏の大雨が来る前に、何とか屋根までは作らなければなりません。
図面が決まってから毎日、ボッヘさんは仲間の人達と、朝から晩までノミを振るいまし
た。
そんな忙しいボッヘさんのところにリックが弟子のお願いに行ったのは、喧嘩友達のキ
ッパが村から出て行って少しした頃でした。
「大工になりたいって?」
ボッヘさんは木を加工する手を止めて、小さな子ねずみをまじまじと見ました。リック
はどきどきしながら、ボッヘさんの次の言葉を待ちました。
「……そう言や、前に『木ねずみは大工になれるか』って聞いて来たな?」
「……はい」
その時は、仕事と種族は関係ないと、ボッヘさんはリックに教えました。
ただ、郵便屋さんのような空を飛べなければ出来ない仕事は別ですが。
「僕、本気でなりたいんですっ。ですから、親方のお弟子にして下さいっ!」
リックはもう一度深々と頭を下げました。ボッヘさんは困ったように、ふ〜む、と唸り
ました。
「坊主、幾つになった?」
「十歳ですっ!」
「ちっと早いねえ」
「早いって……?」
ボッヘさんは、作業台の側の椅子代わりにしている切り株に腰を下ろしました。
「普通、弟子にするのは十二歳の誕生日を過ぎたらだ。——父さん母さんの了解は、貰っ
てるのか?」
リックはどきっとしました。まだお母さんに何も言っていません。
「……いいえ」
「それじゃあ、ダメだな」
よっこらしょ、と、ボッヘさんは立ち上がりました。
「弟子には取れないよ」
「母さんがいいって言ったら、大丈夫ですかっ?」
リックは必死に聞きました。
「ああ」簡単に返事をすると、ボッヘさんはリックに背を向けて仕事を再開しました。
「それで、どうしたの?」
洗濯干しを手伝いながら、ハナハナはリックに聞きました。
ボッヘさんにお願いに行った翌日。
村長の家で勉強をして来た帰りに、リックはしょんぼりした様子で一人でハナハナの家
へ来たのです。
お天気は上昇、五人分のたくさんの洗濯物はトネリコの枝一杯に干されて、はたはたと
風にはためいています。
「マーマおばさんに、大工さんになりたいってボッヘさんに話した事、言ったの?」
洗濯物の間から顔を出したハナハナに、リックは俯けていた顔をますます俯けて
「うん」と言いました。
「それで?」
「……ダメだって」
「まあ」
「母さんは、父さんが船乗りなのに、なんで俺が大工になるんだって……」
遠い港町で働いているリック達三兄弟のお父さんを、奥さんのマーマおばさんはとって
も尊敬して感謝しています。
だから、息子達、それも長男のリックには、父親と同じ職についてもらいたいのです。
リックは、ミィミの家の物干し場の近くの枝に腰掛け、はあ、と大きく溜め息をつきま
した。
「それに、将来のこと決めるのは、まだ早いって……」
「そっか……」
「僕、船乗りも好きだけど、大工の方がもっとやってみたいんだ」
ハナハナはモモのシャツをぱんぱんっ、と叩き、ぱっと枝に引っ掛けました。
「ねえ、お母さんに、それちゃんと話してみたら?」
「言ったよ」リックはきっ、と顔を上げました。
「けど、全然聞いてくれないんだ。絶対ダメだって、そればっかり」
「私が、話してみましょうか?」
子供達の話を、それまで黙って聞いていたミィミが言いました。
「リックは、どうしても大工さんになりたいのでしょ?」
「うん……」