その4 キッパとルウ(6)
翌日、ニニィのお葬式が村の人の手で行われました。
お葬式、と言っても、妖精にはお墓はありません。何故なら、妖精達は死ぬと一時間も
しないうちに身体は光になって消えてしまうからです。
妖精達にとってお葬式は、身体から離れた魂を慰めるための儀式でした。
ニニィが使っていたベッドを祭壇にして、たくさんの春の花を飾りました。
もちろん、花を摘んで来たのは村の女の子達です。
男の子達は大人と一緒に、家具を動かして大勢の人が入れるようにしました。
ミィミ達奥さんは、家から持ち寄った食べ物で、祭壇のお供えと、みんなが少しずつ食
べる料理を作りました。
普通は祭壇に、生前その人が大事にしていたものなどを飾るのですが、今回、旅芸一座
のトーベルさんが特別にニニィの似顔絵を描いてくれました。
器用なトーベルさんは、キッパとルウの話だけで、ニニィにそっくりな似顔絵を描いて
くれました。
それをボッヘさんが急ごしらえした額縁に入れ、祭壇に飾りました。額の周りにはトネ
リコの白い花をたくさん飾りました。
「ニニィは、トネリコの花が昔からよく似合ったわ」
ミィミが、似顔絵のちょっと笑った感じのニニィを見ながら、また涙ぐみました。
お葬式も終わり掛けた午後。
帰ろうとしたトーベルさんをキッパが呼び止めました。
「あのっ」
「何だい?」
「俺達を、旅芸の一座に入れて下さいっ」
いきなり言い出したキッパに、トーベルさんはもちろん、長老も、ハナハナ達も驚きま
した。
「どうしてまた?」トーベルさんは、キッパの目の高さにしゃがんで訊きました。
「俺達、母さんが死んじゃったんで、もう他に身寄りがありません。もうここにも居られ
ないし……。だからっ、旅芸の一座に入って、色んなところに行ってみたいんです」
「なるほどね」
トーベルさんはにっこり笑いました。
「でも、一座の仕事は大変だよ? 入ったら毎日、水汲みと掃除だよ? それもテント全部」
「それでもいいですっ」
今度はルウが言いました。
「今までだって、モルガナさんとこの手伝いとか、大変な仕事一杯した来ましたっ」
「おやおや」
傍で聞いていたモルガナ婆さんが、心外という表情で言いました。
「あたしんとこの仕事の、何処が大変だったって言うのかえ? あんなに優しい仕事ばか
りさせてやったのに」
「そうかねぇ? モルガナ婆さんの人使いは、俺らでも有名だぜ?」
言ったのは、ボッヘさんの同僚の大工の若いシマリスの妖精でした。
彼の言葉に、周囲の人達も「そうだそうだ」と囃します。
モルガナ婆さんは「バカお言いでないよ」と眉を釣り上げましたが、その声は酷く優し
いものでした。
みんなのやり取りを見ていたトーベルさんは、あははと笑いました。
「それはさておき、キッパ、ルウ、本当に一座で働きたいんだね?」
念を押されて、兄弟は「はいっ」と大声で返事をしました。
「ふうむ、決心は固いようだね。——どうです? 長老殿。本当に私がこの子達を預かっ
てもよろしいか?」
長老は「ふむ」と唸ると、モルガナ婆さんを見ました。
すると婆さんは、これまで見た事がない優しい顔で笑いました。
「いいんじゃないのかえ? 確かに、猫の妖精はパッセルベルに居た方がいいに決まって
いるけれど、この子達はまだ若いのだし。旅させるのもひとつの勉強だよ。何より伯爵が
連れて行きなさるんなら、安心だしねえ」
「……そうじゃな。ふむ。——と、いう事で、伯爵、すまんが二人をお預かり下され」
「分かりました。では責任を持って引き受けましょう」
キッパとルウは、旅芸一座に入れると聞いて、ぱあっと顔を輝かせました。
「よかったね」
ハナハナはキッパにお茶を持って行って、言いました。
「でも、キッパ達がいなくなると、寂しくなっちゃうね」
「……ハナハナは、俺らによくしてくれたし。ありがとうな」
ううん、とハナハナは首を振りました。
「友達なら、当然よ」
キッパは照れたように笑いました。ハナハナも微笑みました。
そして、春の終わりに。
旅芸一座は次の街に移動することになり、興行を終えました。
ハナハナと子ねずみ三兄弟は、一座が行ってしまう前にと思って急いで南の大枝へ降り
て来ました。