その4 キッパとルウ(5)
「いけません。みなさんが心配しているのにっ」
「やらせておやり」
モルガナ婆さんが言いました。
「いいんだよ、やらせておやり。それが、ニニィへのはなむけってもんだ」
「どうしてそんなことをっ!」
ミィミはきっ、とモルガナ婆さんを睨みました。
「はなむけなんてっ。まるでニニィが今にも……」
「あたしはねぇ、ニニィの主治医として言ってるんだ。この人はもう長くない。自分でも
知ってるんだよ」
キッパは驚いて母親を見上げます。
ニニィは長男の顔を、微笑んで見返し頷きました。
「母さん……っ!」
「……ごめんね、キッパ。お母さん、おまえ達に何にもしてやれなかった。でも……。だ
からせめて、ルウだけは……」
「母さんっ! 嫌だよっ! 死んじゃ嫌だっ!」
「そうよニニィっ! いくら魔の毒に冒されていても、まだニニィが死ぬなんて……っ!」
「魔の毒って?」
キッパは、不安そうにミィミに聞き返しました。
ミィミは、しまったという表情でキッパを見、それから長老を見ました。
「……魔の毒とは、魔王の武器全てに塗られておった毒じゃ。9年前このパッセルベルを
襲った一つ目の巨人が持っていた槍が、魔王から貰ったものだったのじゃ」
「あんたの父さんが、その時の戦いで死んだっていう話を、前に聞かせたね?」
モルガナ婆さんがいいました。
キッパは黙って頷きました。その事で、キッパはずっと悩んでいたのですから。
「一つ目の巨人と戦った若者達の中に、実はニニィも居たんだ。魔法で随分勇敢に戦って
たんだが、ひょいとした拍子に、槍の先で肩を突かれてしまった。それで転んだ所へ、更
に巨人が襲って来てね。その時、ニニィを身を呈して庇ったのが、旦那のキールだった。
キールは巨人とニニィの間に飛び込んだ。それで、槍がキールの腹に刺さってしまったん
だ」
「そんな……」
聞いているうちに涙が溢れてきたキッパは、首を振って下を向きました。
その肩に、ニニィがそっと手を置きます。
「父さんは、立派な戦士だったの。母さんがあの時、油断さえしなければ……。ごめんね、
キッパ」
「母さん……」
そんなことない、と言い掛けた言葉は、でも涙に詰まって出て来ません。
ニニィはもう一度息子に優しい目で頷くと、ルウのベッドへふらふらと寄りました。
「父さんの最後の言葉はね、キッパとルウを頼む、だったの。だから、私は、命に替えて
も、ルウを助ける」
ニニィは静かに跪くと、両手の指をを組んで祈るように目を閉じました。
と、ニニィの身体から真っ白な光が溢れ出しました。光はきらきら輝きながら、ルウの
方へと流れて行きます。
見る間に、ニニィの光がルウを包みました。
「母さんっ!」
キッパがニニィの方へ行こうと身を乗り出します。それを、マーフがはっしと抱き止め
ました。
きらきら輝く光は、やがてすうっと消えて行きました。
その途端。
ニニィがばたりと床に倒れました。
「ニニィっ!」
「母さんっ!」
キッパとミィミ、それに長老が側に寄りました。長老が、ニニィの身体を静かに抱き上
げました。
「命を、使い切ってしもうた。」
キッパは呆然とニニィを見ました。ミィミは、泣き出しました。
その時。
「うーん……」
ベッドで、ルウが唸りました。キッパは弾かれたように弟の顔を見ました。
ルウは、うっすら目を開けると、兄をぼんやり見上げて言いました。
「兄ちゃん?」
ルウは、母の最後の命を受け取って、目を覚ましたのでした。
そのいきさつをハナハナが聞いたのは、ミィミが帰って来てからでした。
ミィミが手伝いに出ていたので、ハナハナはその日は一日モモ達のお守でした。
「そっか。大変だったね、キッパ」
夕食の片付けを手伝いながら、ハナハナはちょっと涙ぐみました。
「そうね……。それで、明日はニニィのお葬式なのよ。ハナハナもお手伝いに行ってね」
ミィミに言われ、ハナハナは「うん」と大きく頷きました。