その4 キッパとルウ(2)
ブランコは南の大枝の反対側、北側の若い枝に作られていますが、地面からは何と5メ
ートル以上。落ちたら大変です。
でも大丈夫。下はマーフの泉なので誰も怪我なんかしません。
ただ、晩秋から初春までは寒くて、泉の水が冷たく落ちると死んでしまう危険があるた
め、ブランコは取り外されています。
冬もやれたらいいのに、と子供達は言いますが、大人達は絶対に許可してはくれません。
久し振りに遊べる時間が出来たキッパとルウは、ブランコが無いのは分かっていますが、
北の若い枝付近に行ってみました。
と、そこに何と、誰かが掛けたブランコが残っています。
「このブランコ、村長の家の物置きにしまってあるはずだよな? 誰が持って来たんだ?」
「……今って、やっちゃいけないんだよね。兄ちゃん」
ルウは、さも乗りたそうな顔でブランコを見上げて言いました。
「うん……」
キッパも、乗りたいのを我慢してブランコを見上げます。
「でも、誰かが掛けて、乗ったんだよね?」
「兄ちゃん」と、ルウが、キッパの服の袖を引っ張りました。
弟だけでも乗せてやりたい。ふと、キッパは思いました。
泉の水は冷たいけれど、落ちなければ大丈夫じゃないのか?
うんと勢い良く漕がなければ、危険じゃないかもしれない。
そうだ、少し揺らすだけなら。
それに、今は喧嘩相手の木ねずみ兄弟も居ません。
両親のこともあり、ちょっとひねていて態度の大きいキッパを、リック達は嫌っていつ
も喧嘩を仕掛けます。
でもキッパの方が大きいので、殴り合いになるとどうしてもリック達は負けます。
だから、キッパの嫌な事をたくさん言って、遊び場から追い出そうとするのです。
それに他の子供達も、貧しくていつも同じ格好をしているキッパ達をあまり好きではあ
りませんでした。
自分達を嫌いな村の子達も、今ならブランコには近付かない。
そう考えて、キッパはルウに言いました。
「ちょっとだけ、乗ろうか?」
「え? いいの?」
「大きく揺らさなければ、きっと大丈夫だ」
「うんっ!」
兄の言う事を素直に信じて、ルウは嬉しそうにブランコに飛び乗りました。
すこーしずつ漕いで、あまり揺れが大きくならないように。
「ルウ、楽しい?」
「うんっ!」
ぷらあんぷらあんと揺れるブランコの木の腰掛けの上に立って、ルウは笑顔でキッパに
答えました。
「兄ちゃんも乗ろうよっ!」
「うん、そうだな」
兄と二人乗りしようと、ルウが少し揺れる幅を小さくしようとした時。
「あーっ! ブランコ乗ってるっ、いけないんだっ!」
魚釣りを止めて上へ上がって来たリック達三兄弟が、彼等を見付けて言いました。
「長老さまや大人の人達が、あったかくなるまで危ないからダメって言ってるのにっ」
「何でブランコ乗ってるんだよっ!」
ぶうぶう怒る木ねずみ達に、キッパは後ろ頭の毛を逆立てて言い返します。
「うるせえなっ! 俺ら乗りたいから乗ってるんだっ、つべこべ言うなっ!」
「なんだとっ! 約束破りのくせして威張るなっ!」
リックが大きなキッパを睨み上げ、キッパは小さなリックを睨み下ろします。
どっちも引きません。
「ちびの癖にっ、うるせぇってんだっ!」
「嘘つきキッパっ! 親無しのくせにっ!」
「おまえん家だって父ちゃんいないじゃねえかっ!」
「俺んちの父ちゃんは緑龍平野の港町で働いてんだっ! ちゃんと年に1回帰って来るっ。
おまえんちは全然、帰って来ないじゃないかっ!」
「きっと死んじゃってるんだっ!」
マックが兄を加勢して言った言葉に、キッパはぎくっとしました。
「な……、何でっ! 死んでなんかねえよっ! 俺の父ちゃんは死んでないっ!」
「だったら何で帰って来ないんだよっ?」
「やっぱり死んじゃってるんだっ!」
ニックも囃し立てます。
「やーいっ、やっぱり親無しなんだっ!」
「違うって言ってんだろっ!」
キッパは真っ赤になって怒りました。大きな拳で、リックに殴り掛かります。
すばしこいリックは、それをひょいと避けました。
後ろの若い枝に飛び乗ると、
「嘘つきキッパっ! 父ちゃん死んでるのに生きてるっと嘘付いてるっ!」