その3 命の水(5)
他の女の人が言いました。
「コップがいいわっ。私の家は近くだから、コップ、持って来るわねっ」
「いえ」
マーフが首を振りました。
「何も要りません。ハナハナ、手の中の水を、ボッヘさんに届けと祈りながら上に放り投
げて下さい」
「えっ? 放っちゃっていいの?」
「はい。トーベルさんが受け取ってくれます」
マーフが強く言うので、ハナハナは言われた通りにしようと思いました。
ボッヘさんに届け。
そう強く念じながら、ハナハナは両手を勢い良く上へ振りました。
すると。
水が、まるで生きているもののように細い糸になって、上へと昇って行きます。
ハナハナ達は後で聞いたのですが、上へと昇った『命の水』は、トーベルさんが魔法で
作った小瓶に収め、すぐにボッヘさんに振り掛けました。
ボッヘさんは、『命の水』を振り掛けられると、たちまち意識を取り戻しました。
ハナハナ達が急いで上に上がった時には、ミントさんと抱き合って泣いていました。
「おとうさんっ! よかったっ!」
「おお、ミントっ」
喜ぶボッヘさん父子の側に立っていたトッドさんが、不意に大きな声で言いました。
「お父さんっ! 僕を弟子にして下さいっ!」
村の人も、長老も、旅芸の団員さん達も、みんなトッドさんを見ました。
「絨毯織りの仕事は、嫌いじゃありません。子供の頃からやっていて……。でも兄さんよ
りも上手くはなれないんです。だから、僕は兄さんとは違う仕事をずっとしたかった。
お願いです。お父さんの仕事を、教えて下さいっ!」
深々と頭を下げるトッドさんに、ボッヘさんは言いました。
「うちに婿に来るという事になるが、それでいいんだね?」
「はいっ」
トッドさんは、きっぱり返事をしました。
ボッヘさんはにっこり笑うと、
「分かった。君を弟子にしよう。ただし、わしは厳しいぞ。でも自分で言い出したんだか
ら、逃げ出すのは許さんからな」
「はいっ、よろしくお願いしますっ」
もう一度頭を下げたトッドさんに、周りで様子を見ていた人達からわっと拍手が送られ
ました。
「よかったねぇっ、ボッヘさんっ!」
「いい跡継ぎが出来たじゃねえかっ」
「ミントちゃんも、お父さんと離れなくてよくなってっ」
はい、と頷いたミントさんは、またうっすらと泣いていました。
嬉し泣きするボッヘさん一家に、ハナハナもついもらい泣きしてしまいました。
トッドさんは大工見習いとしてボッヘさんの所に弟子入りしました。
最初の仕事は、もちろん長老の家造りです。
木を運んだり、削ったり、慣れない仕事ですがトッドさんは大工仲間のみんなに励まさ
れて一生懸命働いています。
ボッヘさんは、そんなトッドさんを本当の息子のように見守っています。
ハナハナ達は、相変わらず大工さんの働くのが面白くて現場に見に行っていました。
近くの細い枝に並んで座りながら、リックが溜め息をつきました。
「いいなぁ、トッドさん。やっぱり僕も大工さんになりたいなあ」
羨ましそうに足をぷらぷらさせて言うので、ハナハナは言いました。
「だから、木ねずみさんは大工さんになれるの?」
「……わかんない」
「やっぱりダメなんじゃないの?」
モモに言われて、リックはしょぼんと下を向きました。
その様子があんまり情けなかったので、逆にハナハナは可笑しくなって吹き出してしま
いました。
「何が可笑しいんだよっ」
「あはは。ごめんごめん。でも、本当にダメかどうか分からないんなら、思い切ってボッ
ヘさんに聞いてみたら?」
「あ、そっか」
何で今まで気が付かなかったんだろうと、リックは自分の頭をこつんと叩くと、小枝か
ら飛び下りました。
「ボッヘおじさ〜ん」
一目散に建てかけの長老の家へ駆け寄って行きます。
その後ろ姿を見ながら、ハナハナは、
「夢が適うといいね」
と心から呟きました。
その3 命の水 完
いかかでしたでしょうか?
次は「その4 キッパとルウ」です。
ハナハナと同じ、子猫の妖精キッパは、お母さんが病気のために、
遊びたいのも我慢して働いています。
働き先は、薬師の、妖魔のモルガナ婆さんのところです。
そこで、キッパは父親について重大なことを教えてもらいました……
小さな子供たちのお話です。ご期待下さい。