その3 命の水(4)
「じゃあ……」
トッドさんが、言葉を詰まらせます。ミントさんが再び顔を手で覆いました。
「何とかなんないのかよっ、長老さまっ」
「お願いですっ、他の方法は無いのですかっ?」
それまで輪の中で黙って様子を見ていたミィミが言いました。
ハナハナも釣られて、
「他のお薬は無いんですか?」
「そうじゃのう…」
長老は考え込みました。その時。
「あのう」
人の輪の外から、マーフの声がしました。
みんなが一斉に振り向きます。
と、枝の上十センチ程の所に、マーフが浮いていました。
「長老さま、『命の水』なら、多分私は作れます」
「なんとっ!」
長老は驚いて細い目を大きく開けました。
「あれは上級の魔導師でも難しい薬じゃよ。確かに、水の妖精の中でも魔力の強い者は作
れるという話じゃが……。あんたは、その……」
「長老さまがご心配になるのも、分かります。私は、何と言っても過去は魔王の手下です。
一度魔の洗礼を受けた者が、聖なる魔法で作る『命の水』を作れるのか。……正直申し上
げれば、私にも分かりません。でも、一刻を争うのなら、全力を賭してやります」
「長老殿」
トーベルさんが言いました。
「彼に任せてみませんか? 私が見るところ、彼は元は水の妖精の上位者のようです。魔
王の魔力から離れて久しいでしょうし、力が戻っていれば難無く作れるでしょう」
長老は目を閉じてしばらく考えた後に、言いました。
「分かった。マーフに頼もう」
マーフはぱっと顔を輝かせて、
「ありがとうございます」
と深々と頭を下げました。
「では早速作ります。ハナハナとリック、ニック、マック、それに他の子供達、手伝って
くれますか?」
「え? 私達が?」
ハナハナはびっくりしました。ボッヘさんを治す大切な薬を作るのに、自分達が手伝え
るなんて。
「お願いします」
マーフはにっこり笑いました。
ハナハナは緊張とわくわくが一緒くたになった気分で、「はい」と答えました。
ハナハナ達は、泉に戻ったマーフを追って下へ駆け降りました。
その後を、大人達の何人かが続きました。
泉に行くと、マーフは泉の真ん中にふわり、と浮いていました。
「ハナハナ、泉に手を入れていて下さい。他の子供達も、ハナハナと一緒に泉に手を入れ
て下さい」
「こお?」
ハナハナは屈んでちゃぽん、と水に手を浸けました。子ねずみ三人とモモ、近所の子供
達もそれに習います。
みんなが手を入れたのを見届けると、マーフは目を閉じて小さな声で呪文を唱え始めま
した。
するとすぐに、マーフの身体が真っ白な眩い光に包まれました。
きらきら輝く白い光はマーフの身体をくるくると回りながら、下の泉に吸い込まれて行
きます。
やがて、マーフの身体を覆っていた光が全部水の方へと移りました。
光は水の中で固まって、きらきらと輝いています。
マーフは目を開けて光の様子を確かめると、素早く右手の人さし指を下へ向けました。
「ハナハナ、両手で水を掬って下さい」
「……こお?」
言われた通り、ハナハナは水を手で掬いました。
すると、手の中の水が光り始めました。
「あ……」
「それが、『命の水』です」
「えっ、でもこれどうやって上まで持っていけば……?」
手で掬った水では、ボッヘさんが倒れている上の枝まで運ぶ間に零れて無くなってしま
います。
と、見ていた大人の中からマーマおばさんが言いました。
「私、お鍋を取って来ますっ」
「それじゃダメよっ」