その3 命の水(3)
「ボッヘさん、大丈夫かなあ」
「ずいぶん、落ちたもんねぇ」
「……あ、ミントさん達戻って来た」
リックが指差したのでそちらを見ると、ミントさんとトッドさんが急いで上がって来る
ところでした。
「おいっ、娘さんが来たぞっ」
「通してやれっ!」
「行ってみよう」
ハナハナは思い切って、現場の枝に降りました。
「寄っちゃいけないって、言われたよっ」
「大丈夫っ」
ハナハナと子ねずみ三人、それとモモと近所の子供達は、ミントさん達のために大人が
開けた隙間からするすると中へ潜り込みました。
人の輪の中で、ボッヘさんは倒れていました。
「お父さんっ!」
目を瞑ったまま動かないボッヘさんの側に、ミントさんは泣きながら座り込みました。
「どうしてっ!」
肩を掴んで揺すろうとしたミントさんを、仲間の大工さんが止めます。
「揺すっちゃだめだっ。今長老を呼びにやってるから」
ミントさんは手を放しました。そして、顔を両手で覆います。
「どうして、足なんか滑らせたの? いつもなら大丈夫なのに……」
「そりゃ嬢ちゃん、親方ぁ、あんたの嫁入りが気になってたのさ。早くにおかみさんを亡
くしてる親方は、人一倍、嬢ちゃん大事だからよ。無事に婿さんの家族に気に入られるか
どうか、片親だって、いじめられやしないか、心配でしょうがなかったんだよ」
年輩のシマリスの大工さんが言いました。
「だから、ここんとこずっと心ここにあらず、でさ。ときどきぼーっと手を止めたりして
たもんよなあ」
ミントさんが、ボッヘさんの身体に縋ります。
「そんなことっ。大丈夫に決まってるのに……」
「分かってるんだよ。それでも気になるのが親ってもんだ」
「そうそう。幾つになっても子供は子供。嫁に行く、婿になるっても、嬉しい反面、心配
なんだよ、親って奴は」
そういうもんなんだ、と、大人に混じって聞きながらハナハナは思いました。
お嫁に行って幸せになれるのか、そういう心配を、お父さんやお母さんはするものなん
だ。
羨ましいな、と思いました。
だって、ハナハナにはお父さんお母さんはいません。
もし居たら、ハナハナがお嫁に行く時、ボッヘさんみたいに心配するのかな。
ハナハナがそんな事を考えていた時。
「おおいっ、長老さまがおいでになったぞ〜っ!」
上の枝から声がしました。
見上げると、若い逞しい猿の妖精の大工さんが、長老をおんぶして掛け降りて来ます。
その後ろに、トーベルさんが付いて来ます。
あっという間に、大工さんとトーベルさんははみんなの居る枝へと降りて来ました。
大工さんの背から降りた長老は、急いで輪の中へとやって来ました。
「ボッヘさんが足を滑らしたとなっ」
「はい。上の三叉枝から、ここまでまっ逆さまに」
長老はミントさん達の反対側へ行き、屈んでボッヘさんの様子を看ます。動かない手を
取って調べ、胸に耳を当てて心臓の音を確認していました。
「ううむ。まだ生きておる」
「ほんとですかっ!」
みんなの顔がぱっと明るくなりました。
しかし、長老は難しい顔で先を続けました。
「じゃが、このままでは危険じゃ。一刻も早くしかるべき処置をせんと」
「『王の葉』は、今の季節じゃ生えてないしなぁ」
大工さんが残念そうに言いました。
「『命の水』があれば一発で解決なんだけどね」
トーベルさんの言葉に、長老が、
「おお、そうじゃった」と顔を上げました。
「伯爵、お持ちではないのかな?」
「残念ながら。去年うちの団員が興行中に大怪我をして、それで使い切ってしまったので
すよ。後は何処かで分けて貰うしか……」
「それは、何処にあるのですかっ?」
訊いたのは、トッドさんでした。
「取りに行く必要があるのなら、僕が行きますっ! 教えて下さい長老さまっ!」
「私も行きますっ!」
ミントさんも言いました。
長老は、二人の必死な顔を交互に見ました。
「うむ……。隣村の村長が持っておったのだが、この間話した時には、今は切らしてしま
っていると言うとったな。あとは、あるとすれば、山向こうの緑龍平野の真ん中の街リー
リスの長老のところじゃ。……じゃが、あそこから分けて貰っても戻るまでは、ボッヘさ
んは保たんじゃろう」