その2 銀の水時計(5)
「私が時計になりますっ。私なら、リック達より大きいから、少し大きな時計が出来るで
しょ。だから…」
子ねずみ達にはお母さんがいます。マーマおばさんは、大切な大切な子供達の誰一人、
時計なんかにしたくない筈。
子ねずみ兄弟だって、お母さんに二度と会えないなんてとっても嫌で、悲しいんです。
けれど、ハナハナなら大丈夫。ハナハナにはお父さんもお母さんもいません。
育ててくれた大好きなお姉さんはいるけれど、リック達を失うマーマおばさんよりは、
ミィミは悲しくないかも知れません。
ううん。本当はおんなじくらい悲しいかもしれないけれど。
ハナハナは真剣な表情でトーベルさんを見詰めました。
「お願いです。どうか、私を選んで下さい。トーベル先生っ」
「……参ったなあ」
トーベルさんが、苦笑いしながら金色の頭を掻いた時。
「子供達をあんまり怖がらせるからですわい。トーベル伯爵」
ドアの方から長老の声がしました。
ハナハナ達が振り向くと、熊の妖精のおじさんに手を引かれて、長老がこちらにやって
来ました。
「ごきげんよう、パッセルベルの長老殿」
「伯爵もお元気そうで、何よりですわい。——ところで、お仕置きはそのくらいにして、
そろそろ子供達を安心させてやってくれませんかの?」
「…お仕置き?」
ハナハナは目を丸くしました。
と、トーベルさんが青い目を優しく細めて、ハナハナの白い頭をふわり、と撫でました。
「だって君達と来たら、僕の書斎に勝手に入って遊んでいたからね」
「……ごめんなさい」
少し泣き止んだマックが、小さな声で謝りました。
「あの、お仕置きって…?」
おずおずと聞いたハナハナに、長老がほっほっと笑いました。
「その水時計の水は、ここの泉の水じゃよ」
「え…? 妖精の血じゃないの?」
「あっはっは」
トーベルさんが、それまでと打って変わって朗らかに笑いました。
「ごめんごめん。そんなものは使ってないよ。長老のおっしゃる通り、水時計の水にはこ
この泉の水と、少しトネリコの木の皮のエキスを入れるんだ。すぐに出来るから、後で見
せてあげるよ」
聞いた途端、子ねずみ三兄弟が揃って大きく溜め息を付きました。そのままずるずると
脱力して床に座り込んだ三人に、長老とトーベルさん、それに熊のおじさんはもう一度大
笑いしました。
その後、ハナハナと子ねずみ達はトーベルさんと長老と一緒に、泉へ行きました。
トーベルさんは泉の縁に立つと、上着の内ポケットから細い小枝を一本出しました。
右手に小枝を持つと、トーベルさんは屈んで左手で水を掬い、そっと小枝に掛けて行き
ます。
「何をしているの?」
尋ねたハナハナに、長老は「しい」と口に人さし指を当てました。
そして、小声で言いました。
「トーベル伯爵は、妖精の中でも一番身分の高い、ハイエルフなんじゃ。ハイエルフは色
んな魔法を操る事が出来る。あの水時計は、この世界中のあちこちに封印されている魔王
の黒い水を監視するための道具で、ハイエルフの魔法でしか作る事が出来ん」
「ふうん」
ハナハナが頷いた時、トーベルさんが立ち上がるました。たっぷり水を掛けた小枝に、
今度は外側のポケットから取り出した茶色い小瓶の中身を振り掛けながら、小さく呪文を
唱えます。
すると、小枝がぱぁっ、と光り出し、見る間に真ん中にくびれのある時計の形に変わり
ました。
完全に時計の形が出来上がると、光はすうっと消えました。
トーベルさんはハナハナ達を振り向くと、
「出来たよ」と笑いました。
その時。ぱしゃん、と水面が波打って、泉からマーフが顔を出しました。
「あ、マーフ」
水の妖精は、ハナハナの呼び掛けにこちらへ来掛かりましたが、トーベルさんを見付け
ると、「あ」と声を上げて再び水の底へと姿を隠してしまいました。
「あれ、どうしたんだろ、マーフ」
「今のは、この泉の妖精だね?」