一.え、此処、テニス強いの?
先生の話によると、この学校は小学校から大学まである付属校で、転校を除き、持ち上がり組と外部生からなるそうだ。入試は小学校、中学校、大学の時しかないらしいっスよ。だから、同じ学校に通う生徒同士の交友を捗らせるために、この学校ではクラス替えが毎年あるそうで、たくさんの生徒が昇降口前の紙を見ていた。
あんなにうじゃうじゃと人がいるのを見たのは、中学以来かもしれない。あ、”オレ”は受験組じゃなくて推薦だったんスよ。勿論スポーツ推薦も来てたし、学力でも来てたんスけど。中には洛川高もあったんスよね。ま、全部蹴って桜凛に行ったけど。
全中とか、I.H.(インターハイ)やW.C.(ウィンターカップ)でも、あそこまで、うじゃうじゃいた記憶は無い。転校生の私は事前にクラスのこと、聞いていたからいいけど、あの中には入りたくないっスね。特に女子の目が怖かった。なんか、狩りをする肉食獣みたいに、殺気が出てた。これからの学校生活がか、な、り、不安になる。小さく溜息を吐き、靴を履き替えて、職員室に向かった。
「すいませーん。転校してきた木村 涼っスけど……」
職員室に入るとき、柄にもなくちょっと緊張した。あ、ちゃんと「失礼します」は、ドアを開けた時に言ったっスよ。海王中バスケ部主将で、部長だったリューセー(竜王 蒼也)にレギュラー全員、マナーを叩き込まれてるんスから。つー(小田 翼)とかタッキー(滝川 翔)は、こってりと絞られてたけど。”オレ”達には殆ど関係なかったんスよ。礼儀は親に叩き込まれたからね。
ちょっと懐かしい事を思い出してると、「こっちだ、こっち」と職員室の中から、ちょっと抜けた声が返ってきた。先生、優しそうっスね。私は笑みを深め、先生と少し話をした。
担任の岸谷先生(ちょっと抜けた声の主)に連れられ、職員室を出る。ここ、光定高校は海王中程ではないにしろ、人数が多い。そのため、校舎がメチャクチャ広い。しばらくは迷うこと、間違いないッス。早く友達作んないと。
教室で転校生が来た時、恒例の廊下待ち。面倒臭いなぁ。しかも、さり気寒い。小説とかは、不安で一杯に描かれているけど、私の性格上、それはない。絶対無い。ありえない。ユウですら、「懐いたら、キミはゴールでレトリバーみたいですね」と、珍しく微笑んで、”オレ”を撫でてきたくらいっスもん。おっと、入れだって。
「初めまして。転校してきた木村 涼ッス。宜しく」
にこやかに笑って、挨拶をすれば、けっこう大きめな拍手をもらえた。男子からヒュウて口笛が聞こえたんすけど!? 嬉しくないッスよ!? 一応、歓迎されてるんスね~。たったそれだけのことでもちょっと嬉しい。先生に示された席(嬉しい事に窓際の一番後ろ)の周辺は、そこそこ顔が整っている人達だった。そこに向かって、すっと席に着く。
さっきの何かを狩るような目をした女子は彼等と同じクラスになりたかったのかな?
正直に言おう。彼等なんかより、身内贔屓かもしれないスけど、我らが海王中のエースのタッキー(滝川 翔)とか、「おい」リュ―セー(竜王 蒼也)とか、いやリューセーは怖い「おいってば」けど、つー(小田 翼)とか、って……つーは子供ッスね。あとは、タク(加賀 拓真)は、おはようステーション(おはステ)という番組の占いのラッキーアイテム(持ってないと必ず死にそうな目に遭っていたんス。事情を知っている先生から不憫そうな目でOKが出されていた)を持ってるけど、そっちの方が「オイっ、つってんだろ!」ずっといい。で、さっきから話しかけてきている、斜め前にいる男子の怒りがピークに達しそうだ。ちょっとくらい考え事したっていいじゃん。ふて腐れながら、不機嫌さを隠して尋ねる。
「私になんか用っスか?」「お前、俺らに話しかけてくんなよ?」「はぁ!?」
いや、いや、いや、イキナリ何言ってきてるんスか、コイツ。自分から話しかけておいて、何アホなことを言ってるんだろ、コイツ。
「何言ってるんスか、この人?」
「ゴメンね。無視していいよ」「じゃあそうするッス」
その彼を指差して、隣に座っている、儚い感じで青みがかった黒髪を持つ人に尋ねると、その人は苦笑して答えた。知り合いからまでも、あっさりと放置されてるって。
まだギャーギャー騒いでるけど無視だ、無視。煩いっスね。先生の話聞いてあげなよ。先生、ちょっと涙目だ。女子からは痛いくらいの目線(人一人くらいは、殺せそうっス)が来た。男子はドンマイとでも言いたいんスか? そんなの嬉しくないっスよ~。
「相馬、煩い。静かにしてよ」「だけどよー!!」「煩いぞ、先生の話を聞け」
騒いでた奴は、私の前の席にいる眼鏡にそう言われるとしぶしぶ黙った。先生は気を取り直して話を続ける。その後は何の波乱も無く、淡々と話が続いた。岸谷先生、涙目だったけど。皆放置っスか!?
HR終わって、ちょっとした休みの間に、私の周辺の人が自己紹介してくれた。
「オレは赤沢 勝。こっちの煩かった奴は月影 相馬って言うんだ。相馬がゴメンね」
赤沢って優男みたいだけど、芯がしっかりしてる。部長か何かじゃないんスかね。桜凛の部長もしていた相田主将みたいに。あの人、彼と違って女子と話すことすら苦手っスけど。
「私は木村 涼っス。よろしく赤沢君」
名乗られたら名乗り返すべきなので、再度名乗る。けれど、三人の目には警戒が見て取れる。ま、月影以外は悟らせないようにしてる見たいっスけど、バレバレッスよ。
………どんだけ女子に色々されてきたんスか。最初の……月影とか言ったっスか?は、明らか嫌悪しかないっス。
私たち、海王中バスケ部の秘密兵器、みたいなものであるユウ(黒崎 佑弥)は、感情表現の少ない人だった。なので、三年間一緒に居るうちに、人の感情の機微に詳しく……と言うよりも聡く? なったからね。じゃないと、ユウと意思の疎通、出来ないし。慣れって凄いっスね………。
「俺は村田 有理だ。相馬、いい加減にしろ。木村、悪いな。こいつは女子が苦手でな」
「ああ、いっスよ。村田君もよろしく」
ニコッと笑いかける。何事も笑顔が大事っス。月影とはそこそこ付き合うつもりだけど。村田の言い方、私がミーハーだと言いたげっスね。違うっつーの。
「因みに私、君らのこと、キョ―ミ一nmもないっスよ。自意識過剰なんじゃないっスか?ま、皆、格好いい方だけど、私の周りにいた仲間の方がもっと格好いいし」
そうニコニコしながら毒舌を吐くと、赤沢は上品に笑い、他の二人も笑い出した。つか、月影に至っては爆笑してるし。え、貶したし、見よう(いや、聞きよう?) によっては、かなり失礼なこと言ってるのにいいんスか!? あ、自覚して酷いこと言ったんス。だから、「テメェっ」みたいなこと言われると思ったのに、笑うって何処かずれてないっスか?
話を戻すと、タッキーとかユウとか、リューセーとかタクのほうが断然格好いい。マリっち(杉原 麻里)もそう言ってたし、ユウとツーは可愛いもありっスけど、本人には言えない。言ったら、つーは拗ね、ユウは毒舌口撃が待っている。そんなのいらないッスもん。
「ごめん、ごめん。そこまで言ってくれるとは思わなくて」
「実際に皆の方が格好いいっス!! バスケも上手いし」
じゃなきゃ、こんなに胸が締め付けられてる訳ないっス。”オレ”こんなに依存してたんだ…。ぎゅっと、悟られないように、スカートの裾を握りしめる。
「そうか」「お前、おもれーな」
さっきとは真逆の空気になった。
「ねえ、 キーンコーンカーンコーン… あとで話すよ」
チャイムが鳴ったので、赤沢は前を向いて話は終わりとなった。
その後、始業式があって、LHRで委員とかも決まった。
「ねえ、木村さん。委員に入らなかったね。部活に入るの?」「帰宅部に入るっスよ?」
だって、女バスなんかより、男バスの方が断然凄いし。入ったって楽しくねーもん。タッキーみたいな強い人とか、絶対にいないし。女子と男子の差は歴然である。小学生までくらいが、対等だったと思う。
「いや、無理だぜ」
「ああ、うちは委員会か部活のどちらかに所属しなくてはならない」
「え?」
先生、忘れずに伝えて欲しかったっス。それ、ちょー大事なことじゃん。
「入る所ないならテニスのマネしてくれないかな」
「疑問符すらないんスね」
「だってねーんだろ、入りたい所。しかも、お前。俺に突っかかってきたし、仲良くなるの時間かかんじゃねーのかよ!」
お前が先に喧嘩売ってきたじゃん!!! 私は基本フレンドリーだし、喧嘩とかしたこと無いっスっ! ………って、タッキーと二回位したっけ。今回も逢ったら、絶対凄く怒られるっス……七宝全員に。マリッチは泣き付いてきそうだ。
「平気っスよ?」「でも、入りたい所ないんだろ?」「うっ…」
痛いところを突くな、馬鹿のくせに! やりたい所は確かにない。そして、この三人も私を逃がす気も更々ない。リューセーのせいで、無駄に嫌な勘のみは発達しすぎた。困ったもんっスよ…。絶対に要らないスキルっス!
「じゃ、じゃあ! お試しってどうっスか?」「お試し?」
少し考えて、そう提案すれば、三人は首を傾げた。赤沢や月影はともかく、村田には合わない。いや、イケメンはどんな格好しても決まるけど、村田はかしげるより顎に手を置いた方が絶対に決まると思う。……話がずれた。
「そ、お試し。互いによく知らないから……どうスか?」
「いいよ、それで。じゃあ行こっか」
赤沢の言葉を受けて月影が私の腕を掴んだ。女子の扱いが酷い。正直やりたくねーよとか、うだうだ考えてると、気づいたら、靴も履き替えて外にいた。