十二. 涼はうちで預かる
あの後、”オレ”は泣き疲れて眠ってしまったらしい。マリっちからの手紙は枕元にあった。それには「皆許してくれたよ。今日は楽しみにしといてね」とだけ書いてあった。何かあるんスかね。一抹の不安を残して朝食を作りにキッチンに向かった。
…あ。その前にテニスコートでコート張らないと…。目的地変更してコートに向かった。
料理を作って皿に盛りつけていると、とても慌てていたのかノックもなしにドアがバンッ!!と開いてマリっちが入ってきた。珍しいッスね。
「りーくんっ!食堂っ!急いでっ、竜王君が呼んでる」
「リューセーが!?すぐ行くっス!!」
待たせたらどんなに怖い目に合う事か。慌ててエプロンを外し、キッチンを飛び出した。
食堂に着くと静まり返っていた。いつもならもう集まってきている(姫川の周りで五月蠅い)レギュラー陣が騒いでいるはずなのに……。
静かな雰囲気は余計に入りにくくしていた。そんな中マリっちは入っていくので、慌てて後に続く。中に入ると原因が分かった。なんで、テニス部とリューセーが睨み合ってるんスか…?
「リューセー、こんな朝っぱらから何睨み合ってるんスか?」
「ああ、やっと着たか。りゅ……いや、涼。お前、マネージャー業やりながらバスケ「皆とできるなら出来なくてもこなすっス!!」そうか」
リューセーは笑みを浮かべて赤沢達を見る。正直、マネージャーなんかより、バスケ部の皆と選手として振る舞っている方が何億倍も楽しいっス。
なにより、もう二度とやれないと思っていたタッキーとの一 on 一が出来る。体格差はどうしても埋められないし男女差も生まれてしまったけど、今までの努力はどうなのか、試してみたい。本当に”オレ”は生粋のバスケ馬鹿だったらしい。少し苦笑がもれる。
「聞いた通りだ。僕達は涼が、そちらのマネージャーを貶すはずが無いことを知っているし、そちらにとって涼の存在はもはや争いの種となるだけだ。
涼本人もそのような環境にいるのはよくない。僕達は中学からの仲だ。争いの種が消えるのはそちらにとって大きなメリットだろ?」「勝君、ちょっときて」
赤沢は五十嵐先輩に呼ばれ渋々とそちらに向かった。それを見たリューセーは私たちの方を向いた。よし、やっと言える。
「おはよッス、マリっち、リューセー。昨日はなんかごめん・・・・・・」
「「今更だな」ね」
ちょっとムッとした。二人してこんな状況で私が挨拶なんてできると思っているのだろうか。分かっているのに弄ってくるこの感じが懐かしいのは事実だけど。
「お取り込み中に声掛けられるほどメンタル強くないっスよ!!」
リューセーはふっと笑って「そうだな」と言った。分かってるなら、態々取り立てないで欲しいッスよ。ふて腐れると二人は苦笑して顔を見合わせた。
「決まったか?」
その後少し雑談をしていたら、リューセーは思い出したかのように(と言ってもリューセーが忘れる訳はない)赤沢達に話を振る。さっきまで、”オレ”をからかっていたリューセーでは無く、何かを背負っている主将の竜王蒼也がそこに立っていた。
赤沢達もこちらを向いていた。(今気づいたけど、いつの間にかテニス部部長が集合していた)その中の代表として赤沢が口を開く。
「ああ。君たちバスケ部に涼を預ける。だけど、これは涼を守るための措置だ」
「そこら辺の御託はいい。僕が求めるのは結果だけだ」
「じゃあ、僕がまた木村君の面倒を見ますよ」「あ、おはよっス、ユウ!!」
“オレ”は後ろから声をかけてきたユウに抱きつく。ユウはなんの危なげも無く抱き留めた。
「ほら、離れてください」とか言いつつ頭を撫でてくるユウは”オレ”の事、完璧に犬扱いしていると思う。が、撫でてくれる手つきが優しくて拗ねきれない。落ち着くからいいや。
「涼、朝食は持ってこなくていいのか?」
ユウの優しい手つきでほんわかしているとリューセーの声で我に返る。時計を見ると七時三四分。朝練は三五分まで。つまり皆が集合するのは一分後。のんびりしてる場合じゃ無い!
「あ!?ユウごめん!マリっち早く!!皆が来ちゃう。味噌汁とか位は温めよ!!」
「うん!じゃあ、ユウ君たちまたね!」
“オレ”達は慌てて隣の部屋に駆け込む。で、慌ててコンロに火をつける。味噌の風味が飛ばないように細心の注意を払いつつ、大急ぎで朝食の用意をしていった。
それもこれも姫川が仕事しないからだ。カートにほかのメニューを載せていき、いい具合に温まった味噌汁の入ったお椀も準備して、食堂へと戻る。既にバスケ部のメンバーは着席していて端っこから回していってもらった。
「お、お待たせしてすみません。竜王君に捕まってたんです」
マリっちに謝罪は丸投げして私は出来るだけ早く皆に配る。ゆっくり食べるのは無理でも、少しでも慌ただしくしなくていいようにしたいからだ。バスケ部は急いで食べていたけど、”オレ”とマリっちには片付けがあるので急いで食べても仕方ない。リューセーとユウには許可を取っているのでなんの問題も無い。
配膳していたときにルーやんから「木村テメぇ」とか言われたけど、ユウがどこからか出したボールで黙らされていた。(バシッじゃなくてゴッて音がした。大丈夫ッスかね……)
葉誠さんの三年の先輩達はニコニコしていたけど何でだろ。そんなこんながあって、三〇分程で皆出て行ったのでマリっちと一緒に片付けをした。
「ごめん、涼。こんな形でしか守れなくて」
赤沢が片付けの最中に謝ってきた。
「別に気にしなくていいスよ。それよりも練習に集中してくれればいいス」
そう告げると少し困ったように笑った赤沢はうんと頷いた。私のこと信じてくれる(と言っても姫川が騒いでるだけ)人が気にして練習に集中できないほうが嫌だ。赤沢もなんとなくわかったのだろう苦笑して離れた。
さて、急がないとリューセーに怒られるっスね。
「じゃ、私はもう行くっス。マリっち!!早くドリンクとか作ってしまお」
「うん!直ぐ行く~」
カートを押してキッチンに急ぐ。チラッと姫川を見ると何かを殺せるんじゃないかと言う位殺気に満ちた顔でこちらを睨んでいた。怖っ。女子がする顔じゃないっスよ。
その後、マリっちと些細な事で打ち合わせをしてドリンクを作る。(朝だけは暇だからってテニス部の分も作ってあげるマリっちはマジでいい人だ)それをカートに入れて、タオルを洗濯して外の干す所に持って行く。
「リーくん、後は私だけでいいよ。早く行かないと竜王くん怒っちゃうよ?」
って笑って、私を見送ってくれた。ありがとうマリっち。時間さえあればタッキーとかルーやんと一 on 一してタクにフォーム見てもらおう。タクみたいに流れるように綺麗なフォームになるのは大変そうッスけどね。
この時、私はあの恐ろしい最恐の鬼主将の事を完璧忘れていた。